DRI テレコムウォッチャー



NTT DoCoMo、AT&T Wirelessと戦略的提携を結ぶ

2000年12月15日号

 NTT DoCoMoは11月30日、米国第3位の携帯電話会社AT&T Wirelessと戦略的提携について覚書を結んだ。この提携は同社が98億ドル(日本円で1兆792億ドル)の巨額の資金を投じAT&T Wirelessの株式16%を購入するという巨大な投資を伴う。両社はこの提携により、これまでの米国標準のTDMAネットワークを欧州標準のGSM標準に改変してW-CDMA(日本・欧州業者がサポートする3Gの規格、3G規格にはこの他米国のクアルコム社が提唱するCDMA2000があり、両規格が覇権争いをしている)導入のためのネットワークの整備を行い、2001年にはiモードをベースにした携帯サービスをスタート、翌2002年には3Gサービスの導入開始に進む計画である。
 NTT DoCoMoはiモードにより、世界でモバイルインターネットサービスの提供に成功を収めた唯一の企業であり、その海外戦略の展開は全世界から大きな注目を集めている。他方AT&T Wirelessもインターネトモバイルサービスは振るわないものの、米国市場において1500万の加入者を有し年率30%のスピードで成長しているAT&Tグループ内の優良事業部門(本年春、トラッキング株を発行)である。
 両社の大掛かりな戦略的提携が欧米の携帯電話業界、IT業界に及ぼすインパクトは計り知れぬほど大きい。正にグローバル電気通信業界における20世紀末最大のニュースだと言うべきであろう。
 以下、この提携の持つ意義、外国のジャーナリズムがどのようにこの提携を評価しているか、最後に両社が結んだ覚書の内容について述べることとする。


NTT DoCoMoとAT&T Wirelessの戦略的提携の意義

 第1は戦略的提携(strategic alliance、なおこの言葉はAT&T Wirelessの側が使用している)の語が示すとおり、今回の両社の提携はAT&T Wirelessがモバイルインターネットの分野でのNTT DoCoMoの実力を高く評価し、DoCoMoの技術、サービス(iモード)をベースにして、自社のネットワーク、サービスの再構築、さらに3Gの導入を行う路線を選んだことである。
 NTT DoCoMoのモバイルインターネットのサービスであるiモードについては、世界独歩の大量加入者獲得に驚嘆の目が向けられる一方「若年層対象のゲーム中心のサービスに過ぎないではないか」、「WAPのような国際標準でないのだから、海外に輸出できるはずがない」など、特に欧州諸国からの批判が強かった。しかし今回の両社の提携は上記批判に対する最も強力な反証となろう。
 第2に今回の提携が携帯電話分野における日米の強力な2大携帯電話事業者相互間のものであるだけに、これが他の携帯電話事業者に与える大きなインパクトが挙げられよう。
 AT&T Wrelessの会長兼CEOのゼグリス氏(Zeglis)は、2携帯電話事業者による強者連合について「AT&T Wirelessは米国の携帯電話事業界で多くの加入者数を有し、また確固とした運用実績を有している。またNTT DoCoMoはモバイル・インターネットにおける世界のリーダーである。携帯電話業界のこの2社の力を統合することにより、北米全土におけるAT&T Wirelessによる次世代モバイルサービスの提供が促進される」と述べている。ちなみに同社は本年3月から、モバイルインターネットサービスPocket Net)を提供しているが、加入者数は30万程度(同社全加入者の2%)であって、サービス品質も評判が良くない。それだけにNTT DoCoMoとの提携による支援を必要としているのである。
 インパクトはすでにわが国の携帯電話業界に及んでおり、AT&T Wirelessは日本テレコムに有する株式(15%)の売却を望んでいると報じられている(例えば12.12付けFT.Comの"AT&T may sell Telecom stake")。NTT DoCoMoとの新たな提携に賭けたAT&T WirelessがDoCoMoと競争している日本テレコム(子会社のJ-phoneを通じて)との資本関係を清算したいと考えても不思議ではない。
 第3に、しばしば批判されるドコモの少数株式取得(AT&T Wirelessに対する場合16%)による海外進出戦略が今回の覚書の内容からすれば、大きな成功を収めていることである。これは本年8月に合意されたDT(ドイツテレコム)によるボイスストリームの取得と比較すると明らかである。DTはボイスストリームの100%の株式を取得するのに480億ドルとNTT DoCoMoの5倍もの巨額の支払い(かなりの部分が株式交換によるにせよ)を約束した。DTもボイスストリームとの協定の中で、同社のすぐれた携帯電話技術の移転を強調している。NTT DoCoMoは同社主導の基本戦略を全面的に受け入れることと引き換えにAT&T DoCoMoのマイノリティーの資本取得に応じたのである。自社技術により提携相手を主導しようとの目的には共通性がある。してみるとDoCoMoは自社の持つワイアレスモバイルの技術、マーケティングのずば抜けた優位性のゆえに安い投資で、DTの場合より大きな携帯電話会社との提携が可能になったということができよう。
 最後に今回の提携は以下に示すように、NTT DoCoMo、AT&T Mobile双方にとってそれぞれ戦略遂行上大きな利益をもたらすものであって、合意した路線の追及に当たって両社の利害が一致しており、今後の強固な提携持続が期待できる点が挙げられる。

NTT DoCoMoの利益

 同社の海外戦略は世界の主要地域で「かなめ」となる携帯電話事業者にマイノリティーの資本参加をすると共に、同社のiモード、W-CDMA方式による技術、マーケティングを伝達することにより、競争が激しくまた飽和化しつつある国内市場で予想される収益減を補い、増大させるというものである。さらにはモバイルインターネットの分野で世界のトップを走る携帯電話会社として、NTT DoCoMoのiモード、W-CDMA運用方法が事実上の世界標準として、できるだけ多くの地域の携帯電話会社に採用されることを狙っている。同社はこの目的のため、本年は海外の携帯電話会社との提携に力を注いできた。これまで(1)欧州では、オランダのKPN Mobile(株式15%の取得)、英国Hutchison 3G holdings(株式20%の取得)、(2)アジアでは、香港、台湾でそれぞれ、Hutchison Telefone(株式19%の取得)、KG Telecom(株式20%取得。契約締結はこれから)、(3)米国では携帯電話にコンテントを掲載するためのソフト開発のため、世界最大のISP会社AOLと提携してきた。
 今回のAT&T Wirelessとの提携による米国市場への大規模な進出はNTT DoCoMoの海外進出の最大の目標であり、同社の海外投資作戦のフィナーレを告げるものであった。立川社長は「これで欧米におけるわが社の投資は終了である。ただアジアでは台湾、韓国だけでは少ないので、まだパートナーを求めている」と述べている(12.1付けInternational Herald Tribune, "DoCoMo to buy 16% of AT&T Wireless")。

AT&T Wirelessの利益

 AT&T Wirelessの利益は2点ある。第1はNTT DoCoMoからモバイルインターネットを現行ネットワーク及び3Gネットワークで提供するに当たっての技術面、マーケット面でのサポートを受けることである。要はモバイルインターネットの技術、運用については経験が浅く技術、マーケットのノウハウを欠くAT&T WirelessはNTT DoCoMoを真に頼り甲斐のある提携相手として選んだのである。
 第2点はNTT DoCoMoがAT&T Wireless株式16%の代償として提供する96億ドルの現金の重みである。AT&T Wirelessは今後最新のモバイルインターネットサービスを提供するための現行ネットワークを改善し、またW-CDMAネットワークを構築するに当たり、大きな投資を必要とする。さらにAT&Tは現在620億ドルもの巨額の債務(その大部分はケーブルテレビ会社の買収を含め、ケーブル回線によるデジタルビデオ・通話・高速インターネット接続の統合サービスヲ提供する投資のツケである)を負っており、今後2年で実施する事業の4分割実施までの期間にできるだけこれを返済したいと考えている。AT&Tがこのように少しでも多くの現金を求めている折から、NTT DoCoMoからの巨額の投資資金はまさにこの上ない贈り物である。

NTT DoCoMoの実力と両社の提携を評価する欧米ジャーナリズム - 論点はiモードが日本以外の国に移植できるか否かに

 欧米のジャーナリズムは今回のNTT DoCoMoとAT&T Wirelessの提携を大きく報道した。いずれも(1)NTT DoCoMoが日本で短期間に独自規格のiモードにより、1500万もの加入者を獲得し、欧米で成功していないモバイルインターネットの分野で驚異的な躍進を続けていること(2)今回のNTT DoCoMoの米国進出が大きなインパクトを有することで一致している。
 iモードを単に学生、OL相手のメール、ゲーム中心のサービスで国際的には評価するに当たらないという論調(本年の初めから春に掛けての)が陰を潜めたことは注目に値する。しかしこのサービスが外国で成功するかどうかについては疑問視する論調は依然強い。
 以下、幾つかの論説を紹介する。

(1)ファイナンシャルタイムズ
 ファイナンシャルタイムズはRichard Waters(ニューヨーク)と中本(東京)の両記者による現地取材の記事を掲載している。この記事は両社の提携の核心を解説している点できわめてシャープであるが、同時に日本で成功したiモードを米国で成功させるのは難しい点を力説してもいる。(12月1日付けの"Danger of culture clash in high - tech lesson from Japan")

(2) エイシャンウォールストリートジャーナル
 Robert A.Guth、Peter Landers両氏による論説も、特に今回の提携が機器業界にもたらす影響も論じている点、参考になる。ただし米国のように広い画面のPCの取り扱いに慣れた顧客にiモード類似のサービスを導入する難しさを力説している。

(3) エコノミスト
 上記の両紙に比して、英国の経済専門誌のエコノミストはドコモの日本におけるサービス実態を冷静に分析した論説を掲載している。同誌の12月5日号の最新記事(In the laboratory)では、DoCoMoのモバイルサービスが学生層からサラリーマン層にも普及し始め、30%のトラッフィックが40才以上の人々からのものであること、またチケット予約、航空券の購買、オンラインバンキングなどの商取引分野にも普及しつつあることを指摘した。結論として「日本におけるこの経験を欧米に導入するに当たってはリスクがあるが、同時に欧米の競争業者はアジアからのこの脅威を真剣に受けとめるべきだ」と結んでいる。

(4) アナリストの論説の事例
 米国のアナリスト達のなかではNTT DoCoMoに好意的でその成功に期待する論調が多く見られる。例えばDan Acknan氏はやや皮肉の意を込めてであろうが「日本の企業がまた米国の買収のため戻ってきた。日本での成長をスライドさせれば、ドコモのiモードは世界基準になる可能性がある」と述べている。(11月30日付けFoebes.com "Top Of the News: Thank You For Owning AT&T")
 また、John Borland氏は「この両社の提携で動きの鈍い米国のモバイルインターネット市場が刷新されるかも知れない」との期待を寄せている。(11月30日付けのCnet.com News, "AT&T、NTT deal could jumpstart wireless Web")
調査会社のCahnersによれば、米国のインターネットモバイルの総加入者は100万程度であり、しかもAT&T WirelessのPocket Netをも含め、サービスはおおむね酷評を受けている。上記2人の発言はこのような米国の顧客、業界の閉塞感打開をDoCoMoに託したものと言える。

(5) NTT DoCoMo最大の支援者はEUから
 両社提携についての欧州からの意見がほとんど見られないなかで、12月1日にロイターが報じたLiekanen氏(欧州委員会の企業.情報社会担当委員)の発言は注目すべきものであった。氏はあるセミナー出席の機会に「この出来事はここ数年間での最重要の決定事項であるかもしれない」と述べたと報じられている。(AT&T DoCoMo Deal May be Biggest in yeas)
 このコメントに付された短い解説では、氏の発言はNTT DoCoMoの協力によりAT&Tが米国標準のTDMAネットワークを欧州標準のGSMに改変する決意をした点を評価したものだという。発言の真意はともかくもNTT DoCoMoを大きくサポートする発言である。

NTT DoCoMoとAT&T Wirelessの覚書の内容

 締結した覚書については 両社がそれぞれプレスリリースを発表している。もちろん、それぞれの内容に食い違いはないが、AT&T Wirelessのプレスリリースの内容の方が詳しい。ここでは原則として、それをベースにしNTT DoCoMoのプレスリリースは補足(括弧で示す)に使った。なお見出しは筆者が付したものである。

目的
 NTT DoCoMoとAT&T Wirelessは高速、グローバルスタンダードの携帯ネットワークで次世代携帯マルチメディアサービスを開発するため、戦略的提携を行う。

NTT DoCoMoによるAT&T Wirelessの株式取得

  • NTT DoCoMoはAT&Tが所有するAT&T Wirelessの株式1.78億株とAT&T Wirelessが発行する新株2.28億株の計4.6億株を取得する。取得に要する投資額は98億ドル(日本円1兆792億円相当)で、この結果DoCoMoはAT&T Wirelessに16%の資本を取得する。(この取引終了後のAT&T Wirelessの株主分布は、AT&T69.8%、NTT DoCoMo16%、公衆14.2%となる)
  • この外、NTT DoCoMoはAT&T Wirelessの4170万普通株に相当するワラント債(新株引き受け権付き社債)を取得する(これは、12月1日付けファイナンシャルタイムスによれば、AT&T Wirelessの1.6%の資本に相当する)。権利行使期間は5年。

NTTから入手する資金の使途

  • 62億ドルはAT&T Wirelessの事業目的(回線の拡大、加入者増、高度モバイルインターネット網の構築、貸借対照表の改善等)に使う。(筆者註:間もなく米国でも3G周波数帯のオークションが始まるので、多くの米国の新聞はDoCoMoから得た資金を免許取得料に当てるのではないかと論じている)。
  • 36億ドルはAT&Tが有する借金(筆者註:620億ドルといわれている)の返済に当てる。

マルチメディア・アプリケーション開発のためAT&T Wirelessの完全子会社を設立

  • AT&T Wirelessは現在使用中のネットワークさらに今後設定される次世代モバイルネットワーク用のアプリケーションを開発する子会社を設立する。
  • AT&T WirelessとNTT DoCoMoは両社の技術資源を共用し、新会社への要員配置を支援する。
  • CEO(最高経営責任者)については、NTT DoCoMoとAT&T Wirelessの了承する者が就任し、CTO(最高技術責任者)についてはNTT DoCoMoが指名権を有する。(筆者註:この部分はNTTのプレスリリースによった)

 なお米国のジャーナリズムはこのAT&T Wirelessの完全子会社の主目的が「iモードの米国版」を作ることにあると報じている。簡にして要を得た表現であろう。上記にはiモードの語は使われていないが、後述するように、AT&T Wirelessはiモードのライセンスを取得するのであり、しかも覚書の他の個所で「この戦略的提携により、顧客によるHTMLアプリケーションの利用を可能にする技術が使える」と述べており、iモードへの同社のコミットメントを明かにしている。(周知の通り、iモードにはパソコンの言語であるHTMLの縮刷版であるcHTMLが使用されている)

現行ネットワークにGSMプラットフォームを重畳(オーバレイ)、デュアルブラウザー端末の開発

  • AT&T Wirelessは現行のTDMA(米国標準)ネットワークにGSM(欧州標準)プラットフォームを重畳する。
  • GPRS(第2.5世代のパケット交換利用の方式)への移行は2001年早期に実施する。また、3G技術に近い高速のEDGE(WAPよりはるかに高速の384Kbsの伝送速度を持つ方式)への移行開始は2001年に行い、2002年末には大半の市場に3Gサービスを導入する。
  • AT&T WirelessはNTT DoCoMoからiモードに関するライセンスを取得する。
  • WML(欧州方式WAPブラウザーの記述言語)とcHTML(iモードブラウザーの記述言語)の双方が利用できるデュアルブラウザー端末を開発する(筆者註:この個所はNTT DoCoMoのプレスリリースによった)。これにより、AT&T Wirelessの第二世代モバイルインターネットを利用する加入者(AT&Tは加入者数は少ないが、WAPによるモバイルインターネットサービスのPocket Netを有している)は従来のサービスを継続できる。(なお、デュアルモードブラウザーの開発はWAPによる欧州のモバイルインターネットとNTT独自規格のiモードの差は主としてテキスト表示ソフトの「記述言語」の差であって、iモードの海外市場における円滑な導入はWML、CHTMLの双方のオプションを利用者に提供するデュアルモードサービスの提供により解決できるというNTT DoCoMoのかねてからの考え方を提示した点で、きわめて興味深い。同時にiモードの成功は、ユーザーフレンドリーなデュアル端末の開発に大きく依存することは間違いない)

日米ローミングサービスに関する相互協力
 両社は多国籍企業が両社のそれぞれのネットワークに関し有するニーズ、トラッフィクの処理に間してもパートナーとなる。


 なおNTT DoCoMoのこれまでの外国企業との提携状況の解説については、本テレコムウォッチャーの「インターネット携帯電話(モバイルネット)は日本の独走」(4月15日号)および「AT&Tドコモ、AOLと提携―AOLジャパンを実験台に新インターネットサービス開発へ」(10月15日)がある。特に今回の論説ではHTML、WML、WAP、GPRSなどの重要なテクニカルタームの説明をはぶいた。これについては10月15日号の「WAPとiモードの比較、iモード国際進出の可能性」の項の解説を参照願いたい。

参照               NTT DoCoMoのプレスリリース       AT&T Wirelessのプレスリリース





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