ドイツテレコム、VoiceStreamの取得について同社と合意
- 念願の米国市場に進出へ -
2000年8月15日号 7月23日、ドイツテレコムは米国の新興携帯電話会社 Voice Stream と同社との合併について合意した。
ドイツテレコムは1998年1月に行われたドイツ電気通信市場の全面自由化以降、競争業者に多くのシェアを奪われ、1999年次の決算では前年に比し5 %の収入減となっている。また2000年に入っても収入減の傾向は止まっていない。当然、国内市場での減収を国際市場で奪還しなければならず、かねてから国外大手通信事業者の取得、提携の海外戦略を立て、幾つかの事業者と交渉を続けてきたが成果は実らず今日に至った。これに対し、同社と並ぶ欧州巨大電気通信事業者のフランステレコムは1999年に多国籍企業向けの国際電気通信事業Global One(本来ドイツテレコム、フランステレコム、スプリントの3社が経営していた)の単独経営に乗り出した。同社は最近買収した英国携帯電話会社 Orange の下に自社携帯電話事業の統合を行うなどの果敢な措置(テレコムウオッチャー6月15日号『フランステレコム、オレンジの買収により携帯電話事業の拡大をめざす』参照)を取った。これに比するとドイツテレコムの国際進出での立ち遅れが著しかった。
今回のドイツテレコムによるVoiceStream買収の合意は、将来性が高い携帯電話の分野において米国におけるシェアの取得、米国と欧州諸国間の携帯電話トラフィックの獲得を意図したものであって、これによりドイツテレコムは念願の米国電気通信市場への参入を果たした。ドイツテレコム VoiceStream の両社は2001年前半には合併を実現したいとしている。
以下、今回のドイツテレコムと VoiceStream の合意内容、両社にとっての合意のメリット、将来展望について解説する。
合併についての両社の合意内容ドイツテレコムと VoiceStream の合併についての合意内容はおおむね次ぎの通りである。
- ドイツテレコムによる VoiceStream の取得は株式交換と一部現金により行なわれる。すなわち、VoiceStream株主の株式1株に対しドイツテレコムが今後発行する新株3.2株および現金30ドルが交付される。交付額(ドイツテレコムの支出額)をドルに換算すると507億ドルとなる。この他ドイツテレコムは VoiceStream の負っている負債50億ドルを肩代わりする。
- さらにドイツテレコムは VoiceStreaに対し、同社のネットワークの高度化、改善のため50億ドルを投資する。
- VoiceStream は合併後、ドイツテレコムの携帯電話部門に編入される。ドイツテレコムの米国携帯電話事業の経営は VoiceStream の役員層がこれに当たり、引き続き VoiceStream のブランド名も維持される。
なおVoiceStream は1995年に設立された小規模の携帯電話会社の Western Wireless Corp から分離した会社である。以来GSM規格(携帯電話の欧州規格)により、合併と米全土にわたる免許取得により急成長を遂げてきた。特に本年に実施された Omnipoint、Aerial 両社の統合により、米国全土をほぼカバーするナショナルキャリアになった。
現在同社は米国の上位25の携帯電話市場のうち23で免許を有し、米国でGSMによる携帯電話業者としては最大の加入者数(6月末で230万)を有している。成長率が極めて高いので年末には360万に達する見込み。会長兼CEOは John Stanton 氏である。短期間に小規模携帯電話会社からナショナルキャリアを創り上げた同氏の力量は高く評価されており、この点もドイツテレコムによる同社取得の大きな誘引になったといわれる(この項は7.24日付けのドイツテレコム及び VoiceStram の両社合併合意に関するプレスリリースによった)
両社にとっての合併のメリットドイツテレコムは8月1日、ドイツ有力新聞紙上に、VoiceStreamとの合併が同社にもたらす意義とメリットを強調する全面ぶち抜きの広告を掲載した。この要旨(7.24付け T-Mobile International の CEO Kai-Uwe Ricke 氏の声明により一部補足)は次ぎの通り。
- 米国携帯電話市場の大きさ、ポテンシャル:米国の携帯電話市場は複数の標準が並存したという事情もあり、欧州より発展が遅れた。この結果、普及率も欧州平均より低いが現在急速に進んでいる。2003年までの新規加入数は1.5億加入と想定され、この数は欧州主要4国の加入数の総計を上回る。
- VoiceStreamの長所:VoiceStream はこの米国携帯電話市場にあって欧州基準のGSMによる最大の全国携帯電話ネットワークを有する企業である。免許取得地域も米全土の80%を上回っている。他の携帯電話企業より成長率は高く、1加入者当たり収入も平均より高い。またもっとも加入者数の多いGSM標準(全世界の携帯電話加入者総数4.95億のうち、現在130国で3.31億の加入者を有する。)により、国際ローミングによる米国外の地域の加入者との通話ができる。(もちろん、同社は現にこのサービスを提供している)
- ドイツテレコムがVoiceStreamを取得することにより得られるメリット:ドイツテレコムはVoiceStream の吸収により、傘下のドイツ及び幾つかの欧州諸国の携帯電話加入者(T-Mobileが資本取得あるいは資本参加している英国の ONE2One、オーストリアのmax.mobil.ハンガリー、チェコの携帯電話加入者)とVoiceStream 加入者との国際携帯通話を促進できる。
また将来、音声の分野だけでなく、データの送受、インタネット接続、電子商取引の面でもドイツテレコムは優れた欧州の技術を VoiceStream に提供できるだろう。当面、VoiceStream は現在ドイツテレコムがサービス開始しているGPRS標準(ISDN水準のデータ送受を可能にするもの)を2000年第2四半期から提供する予定である。
また、VoiceStream の会長兼CEO Statten氏はドイツテレコムとの合併を発表するプレスリリースのなかで「世界最大の電気通信事業者であるドイツテレコムとの提携は当社に取ってきわめて魅力のある機会である。VoiceStream は次世代携帯電話、インターネット・モバイル、マルティメディア・アプリケーションといった新サービスを導入するより競争力の強いナショナルキャリアを目指しているのであるのであって、今回の提携は米国の消費者にも大きな利益となろう。我々は共通の技術プラットフォームの下でサービスを提供し、統一の料金制度、世界全域での携帯電話サービス提供など顧客フレンドリーなサービス提供を行うことができる」と述べている。合併後も米国内での経営を任されているため、ドイツテレコムとの関係を「事業提携」と捉えている見方は注目に値する。
世界の主要携帯電気通信事業者に占めるT-Mobileの地位
周知の通り携帯電話の加入者数は世界各国で急速な伸びを示しているのであるが、ここ2、3年来の大型合併を通じ、Vodafone Airtouch(英)、Verizon Wireless(米)といったメガキャリアも出現している。次表は世界の10大携帯電話事業者とその加入者数を示したものである。
世界の10大携帯電話事業者と加入者数(単位:100万)
携帯電話事業者名 加入者数 シスコシステムズVodafone (英) 37.4 NTT-DoComo(日) 26.3 Verison Wireless(米) 25.0 China Telecom(中国) 23.6 T-Mobile(独) 22.3 Orange/France Telecom(仏) 22.0 Telefonica Mobile(スペイン) 21.8 Telecom Italia Mobile(伊) 17.3 SBC/BellSouth(米) 16.5 AT&T Wireless(米) 13.1
注1、Orange/France Telecom 以外の9社については、ドイツ銀行の資料(7.26日付け Frankfurter Allgemeine紙より孫引き)によった。また Orange/France Telecomについては最新の資料が得られなかったので、当テレコムウオッチャー6月15号「フランステレコム、オレンジの買収により携帯電話事業の拡大をめざす」で筆者が推計した本年5月時点の値を使用した。ドイツ銀行の資料には調査時点が明示されていないが、数字の規模からして最新のものであることは明かである。従がって、現在 Orange/France Telecomの加入者数がT-Mobile の加入者数を上回っていることは間違いない。
注2、T-Mobileの数字には、ドイツ国内の加入者数の外、国外の子会社、関連会社の加入者数が含まれている。上記資料で内訳が示されていないので、以下に示すCIT Publicationsの資料から T‐Mobile加入者数のおおよその内訳を推測して頂きたい。西欧3カ国での加入者数(ドイツのT-Mobile、英国のOne2One及びオーストリアのmax.mobile3社の加入者数):1500万、東欧諸国(ポーランド、チェコ、ハンガリ)、ロシアの加入者数:300万(2000.1.20付けCIT PublicationsのDT's mobile arm prepares to fly the nestより。この記事のアドレスは、http://www.telecoms-data.com/comms/200100.htm。資料の数字に VoiceStream の加入者数230万を加え、調査時点の半年間の増加率を斟酌すればドイツ銀行による T-Mobile 加入者2230万との整合性がほぼ確認できる。
上表の10社のうち、欧州では英国、ドイツ、フランス、イタリア、スペインの主要5カ国の携帯電話会社がいずれもリストに乗っており、さすがに世界携帯電話事業における欧州の優位性を誇示したものとなっている。またスペインのテレフォニカが携帯電話大国のイタリアより上位にあるのは、中南米携帯電話会社に対する投資が成功を収めていることによる。
アジアでは NTT-DoCoMo がトップに位置するのは当然として、China Telecom が DoComo に迫っているのが注目される。最近特に通信インフラの拡充に力を入れている中国のことである。加入者の絶対数で China TelecomがDoComo を抜くのは、時間の問題であろう。
米国では Venizon Wireless、SBC/Bell South、AT&T Wireless の3社が掲載されている。
これら10社のうち、海外進出に積極的なのは欧州では Vodafone、T-Mobile、Orange/France Telecom、Telefonica、アジアでは日本の NTT DoComo の5業者である。今回 VoiceStream 取得で合意した T-Mobile は他の業者に比し、米国市場に焦点を当てた点に特色がある。また国境を接すると共に、多くの電気通信分野でライバル関係にある FranceTelecom、Deutche Telekom 両社の関係で見ると、本年6月 Orange の買収を契機として自社携帯電話部門の抜本的な改革を発表した France Telecom に対抗してDeutche Telekom が米国携帯電話市場に目を付け、VoiceStream の買収合意に成功することにより、ようやく対等の立場に立ったということができよう。
しかし次項で述べる通り、ドイツテレコムの前途はまだ多難である。
ドイツテレコム及び合併会社の将来展望
ドイツテレコムは、子会社である欧州最大のインターネットアクセス企業 T-Online を軸としてニューエコノミーへの転換に一部成功した。T-Online は欧州最大の加入者を有するインターネットアクセス・ポータル会社である。同社の将来性に対する期待から、親会社ドイツテレコムの株価は1999年後半 150%も高騰し、同社は株式交換方式による企業買収に乗り出す体制が整った。ドイツテレコムはまたフランステレコムにGlobal Oneを全面移管するに当たっての精算金、1999年における自社の第3次株式放出、2000年4月の T―Online の約10%の株式放出等により巨額のキャシュフローも手にしている。1999年10月 Sprintの合併合意を取り付けた MCIWorldDom のエバーズ会長は当時「ドイツ政府の株式持分がなければドイツテレコムの敵対的買収は容易だ」と豪語したが、上記の事情からドイツテレコムは一転して世界市場における最大の電気通信、IT企業の買い手として登場することとなった。同社が VoiceStream 買収の合意を取り付けることが出来た財務基盤はここにある。
このようにドイツテレコムは米国の電気通信市場に橋頭堡を築いたわけであるが、前途の問題は未だ大きい。
第1に規制機関からの承認をクリアする問題がある。米国の上院はドイツテレコムの株式58%が政府所有になっている点が問題だとし、有力共和党ホリングズ議員等一部議員が政府の株式所有が25%以上に及ぶ外国電気通信事業者からの米国電気通信事業者の取得を禁止する法案の制定を進めている。またFCCのケナード委員長もこの案件は慎重に審議するとの意見を発表している。本年6月に MCIWorldComのSprint 買収案件が米・英規制機関の手により一挙に覆されてしまった後だけに、今後議会、FCCがどのような動きをするかが注目される。しかし、自ら国際面での競争の自由化を主導して来た米国がこのような保護主義的な行動を実行に移すことは自殺行為であるし、すでに欧州委員会は米国がこの合併案件を拒否すれば、WTO 協議での米国との協力は行わないと警告している。8月11日、NTTコミュニケーションズがかねて両社間で合意がされていた米国のインターネットソフト会社 Verio の取得がクリアされたとの報道はドイツテレコムに取って朗報であった。NTTコミュニケーションズの場合もドイツテレコムとほぼ同様の理由で難色が示されていたものであって、ドイツテレコムは今後自社の主張を行うに当たり、NTTコミュニケーションズのケースを先例として援用できることとなる。
第2にドイツテレコム。ドイツテレコムの携帯電話事業部門は、規制問題がクリアされても次のような問題に直面する。まず T-Mobile の株式上場がある。T-Mobile の株式上場は欧州株式市場の低迷、VoiceStream の合併の決着の長期化予測等により当初の早期実施が変更され、ドイツテレコムは最近 VoiceStream との合併後に引き伸ばしを発表した。ドイツテレコムは2001年度に VoiceTelecom を含んだ拡大 T-Mobile の株式上場を成功させ、多額のキャッシュを得るとともに競争体制に対処しなければならない。
次ぎに、すでに多くの論者が批判している通り VoiceStream の取得は約束した負債の肩代わり、投資をも含めると607億ドルの巨費を要する。これだけの投資に見合う利益を今後ますます激烈となる競争環境の下で上げて行くのは極めて困難であろう。しかし見返りが得られないとなると、VoiceStream 買収のため新規発行されるドイツテレコムの株式価格が大きく下がり、同社の事業運営自体に大きな支障が出ることとなる。
要は、NTT、ドイツテレコム、BT、フランステレコム等旧独占電気通信企業のすべてが、競争が激化しつつある上に衰退しつつある音声通信中心の経営から成長が著しいデータ通信、インターネット、携帯電話へと、しかも国際市場へと軸足を移すのに懸命なのである。今回のドイツテレコムによる VoiceTelecom 取得の合意は同社によるこの分野での大きな決断(携帯電話部門のグローバルな拡大)を示したものだと言えよう。それにしても大きな賭けではある。
なお、ドイツテレコムの国際戦略の展開はこれをもって終ったわけではない。将来、さらに他企業の取得にも向かうものと考えられる。しかし、観測筋は少なくとも今回の案件の規制面での決着がつくまでは大型合併には着手しないのではないかと見ている。
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