活発化するSingTelの海外投資活動 ―オーストラリアのC&WOptusの取得もほぼ確実―
2001年6月1日号 SingTel(シンガポールテレコム)は国内市場が狭く、しかも競争業者も多く参入し、競争が激化しているため、国際電気市場への進出に力を入れている。
東南アジアを中心に海外投資を加速するSingTel
これまで、マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア、台湾を始め東南アジアの20もの諸国の電気通信事業者に投資を行ってきており、その累積投資額は29億米ドルに及ぶという。この額は同社の年間収入を超える規模である。
この投資活動の勢いは近年も衰えず、昨年にはインドの電気通信事業者のBharti Telecom Groupに6.0億ドルの投資を行った。また、2001年3月にはオーストラリア第2の電気通信事業者、C&WOptusの取得で合意、最近ようやく規制機関の承認が得られるとの内諾を取り付けた模様である。
約1年前の2000年4月、SingTelは香港のCable&WirelessHKTの買収を企てたが、香港の新興通信会社 Pacific Century Cyberworks (PCCW)に敗退した(注1)。
今回のC&WOptusへの資本参加は交渉相手も同じくグローバル企業のC&Wであって、取得企業の所属国こそ香港からオーストラリアに振り替わりはしたものの、昨年の敗退の後約1年の後にSingTelは念願の大幅な海外投資に成功したこととなる。
SingTelは、株価が全世界的に低落している今日、他社の株式取得は投資コストが安く上がるので、今が海外投資を強力に進める好機と見ている。
以下、東南アジアの電気通信事業者のなかで、着実な努力を積み重ね世界の電気通信事業者のなかでも最も海外電気通信市場進出に成功している企業に属するSingTelについて、その海外進出の実績、インド、オーストラリアにおける最近の大型投資の状況、同社の海外進出の特色等について述べる。
SingTelはここ数年来、海外投資を重点的に行って成功を収めている。その基盤は好調な利益の伸びにある。同社は、シンガポールが現在、国内の電気通信市場を完全自由化しており競争業者からの激しい競争を受けているさなかにあって、収支状況は好調である。
最近発表されたSingTelの2000年次(2000年4月から2001年3月)の決算では、23.2億シンガポールドル(12.8億米ドル)の純利益、49.3億シンガポールドル(27.1億米ドル)の収入を上げた。純利益は1999年の決算に比し、26%の増である。もっともSingTel(シンガポール政府が未だに78%の資本を所有)はシンガポール電気通信市場自由化の補償として、2000年次には政府から23.6億シンガポールドルの補助を受けている。してみると一見、好調のように見えるSingTelの業績も、当面その基本は政府補助金に支えられたものであることに注目する必要があろう。SingTelのCEOのLeeHsienYang氏はシンガポールの元首相で同国建国の父ともいうべきLee Kuan Yew氏の子息であることは良く知られている。SingTelがシンガポールテレコムを代表するブルーチップ企業としてシンガポールにおいて特別の地位にあることも銘記しておくべきであろう。
次表に、SingTelの投資のうち、アジア、オセアニア地域の主要投資5件の状況を示す。表 アジア、オセアニアにおけるSingTelの主な投資先企業
投資先企業 事業概要 資本参加比率 Advanced Info Service Ltd(タイ) タイ国最大の携帯電話会社、加入者数150万 20% Globe Telecom(フィリピン) PLDTに次ぐフィリピン第二の電気通信事業者。市内、市外の固定電話、携帯電話を提供 39% New Century(台湾) 最近、国際・長距離市場に参入 24.9% Bharti Group(インド) インドで最大の新規参入電気通信会社。当面、携帯電話が主体。 28.5% C&W Optus(オーストラリア) Telstraに次ぐオーストラリア第2の通信事業者 100%取得の可能性大
注2:本表作成に当っては、SingTelホームページの“News Center”欄のデータの他、2000.4.30付けエイシャンウオールストリートジャーナル紙の”SingTel Favors Light Touch”を参照した。上表のうち、Advanced Info Service LtdとGlobe Telecom の2社からSingTelは安定した配当を得ている。同社は昨年7月に4月から6月末に掛けての3ヶ月間の決算を発表した際、海外投資からの最大の利益は上記2社および、Belgacom(ベルギー)から得られたものであると発表した。
台湾のNew Centuryはサービスを開始したばかりで、利益を期待するには、未だかなりの年数を要する模様である。
その投資規模の大きさ、市場の潜在性、戦略的な重要性からしてSingTelがもっとも重視しているのは、昨年から本年にかけて、それぞれ資本参加、取得合意に成功したインドのBhari Group及びオーストラリアのC&WOptusである。
次ぎに、項を改めてSingTelの両社への投資状況について触れることとする。
潜在性の大きいインド市場を狙うSingTelSingTelは、2000年8月、インドの新興電気通信会社のBhhati Group に20%、4億米ドルの資本参加を発表した。これまで競争導入が遅れ、電気通信発展の最後進国であったインドもここ数年来、自由化の進展、経済の好調、未だ特定地域ではあるにせよ、ITの進展等に伴い、ようやく新規ベンチャー資本が電気通信分野に投じられるようになり、競争電気通信事業者によるサービスも次第に拡大してきた。Bhahati Groupはこれら企業のうちで、もっとも意欲的に最先端の技術を使ってのサービス提供に努力している企業である。
Bhahati Groupは傘下に幾社ものサービス提供会社を有しており、現在のところ携帯電話事業の比重が高いが、ゆくゆくは汎インド固定・携帯ネットワークを敷設し多彩なサービスを提供するという。SingTelは2001年5月にも2億ドルの追加投資(これで、SingTelのBharti Groupに対する資本比率は28.5%になる)を行ったが、この資金もこのネットワーク建設資金の1部に充当される。
SingTelは、今回のBharti Groupとの提携について、同社は同グループに対する戦略的提携先として、マルチナショナルな環境の下で技術面、マネージメントの援助に尽力したいと言っている。周知の通りシンガポールは、中国系の他、多くのインド系の人々をも含んでおり、この点、インドでの仕事をするには人的側面で有利な立場にある。
この意味で、相互に親近感が持てる両社の提携には成功の条件が充分に整っていると言えよう。
ほぼ、見通しが付いたC&WOptusの取得SingTelは、本年3月末オーストラリアのC&WOptus(註3)の株式52.5%(C&Wの所有分)を取得することで同社及びC&W社と合意したと発表した。なおSingTelはこの合意が規制機関から承認されれば、株式市場においてその他の株式の買収も進める計画であり、結局C&Wを取得するものと見られている。これに要する投資総額は83.3億米ドルの巨額になると見積もられている。
これまで固定通信を中心にしたグローバルな国際通信事業者であったC&Wは数年来、IPベースで企業ユーザーへのサービス提供に特化した国際電気通信事業者になることを目指しており、この目的遂行に不要な資産の売却を遂行中である。今回のC&WOptusの株式売却はこの資産売却計画の一環として行われたものである。当初、VodafoneとNZTelecomの両社もC&WOptus買収に触手を動かしていたが、途中でその計画を放棄しSingTelが同社を取得することとなった。
SingTelは国家機密上の難点を指摘していたオーストラリア国防省の説得に努めた結果、同省の内諾を得た模様であり、ハプニングがなければ、C&WOptusの取得は先ず確実になったものと見て差し支えない(注4)。
今回のSingTelの海外進出は、オーストラリア、シンガポールの両国で最大のM&A案件であったこと、またこれまで支配権の取得に至らず海外企業のマイノリティーの資本参加を基本としてきた同社としては、珍しいテイクオーバーとなった点で注目される。
ただし、SingTelは当面、機器、資材の共同調達のメリット(購入コストを10%程度減少させることができるとみている)を指摘しているものの、C&WOptus社を急激にSingTel色に染め変えるというようなドラスチックな考えは持っていない模様である。同社の海外戦略の基本は現地資本、従業員との融和であって、この路線は資本を取得するC&WOptusにも適用するとのことである(注5)。
両社はそれぞれ、地域を接する東南アジア、オセアニアの代表的な電気通信事業者であり、その業種(固定、携帯、インターネット提供のフルサービス事業者)も規模も似通っている。両社スタッフの相性(ケミストリー)が合えば、C&WOptusの取得はSingTelの発展に大きく貢献することとなろう。
SingTelの海外投資政策の特色最後にSingTelの海外投資戦略の特色をまとめておこう。
第1は、SingTelが今後も、海外投資を継続する強い意思を有していることである。インド、オーストラリアにおける相次ぐ大型投資の成功により同社の国際的なプレゼンスはかなり高まった。しかし本国シンガポールの市場の狭さ(人口400万)というのは、SingTelにとって、絶対的な成長の制約要因となっている。今後も、SingTelは機会を求めて海外進出を積極的に行い、事業を拡大して行くだろう。
第2は、今後も投資の主眼をマイノリティーの資本取得に置くということである(この意味では、Optusの取得は例外的なケース)。1つには、まだ東南アジア諸国では国内資本への外資参入に対する規制が強いという事実によるものであろう。またマルチカルチャーを重視するシンガポール政府自体の原則からして、企業支配を連想させる他国でのマジョリティーの資本取得はSingTelの戦略方針には相応しくないということもあろう。
第3は、海外電気通信のハブ(活動の中心点)の獲得に力点を置いていることである。SingTelのCEOであるLee Hsien Yang氏はこの点について、「オーストラリアはアジア・パシフィック地域における最大の電気通信市場の1つであり、シンガポール、香港、日本と並ぶ4つの電気通信ハブの1つである。我々はオーストラリアの国内でのOptusにも、またアジアパシフィック地域全体でサービス提供範囲が広がるOptus統合後のSingTelにも途方もないほどの投資機会があるだろう」(SingTelがOptus株式取得について合意した2000.3.26付けの同社のプレスレリース)と述べている。
Yang氏が東南アジアにおける電気通信のハブの重要性を指摘した点は注目に値する。成田空港の狭隘なことから、わが国のジャーナリズムは東南アジアにおける空港のハブを香港、韓国に奪われていることにはしばしば警告を発している。しかしシンガポールテレコムの着実なハブの取得、ハブを有する他国の電気通信事業者との連携に焦点を当てた戦略もわが国への警鐘とならないだろうか。
電気通信のハブは物理的に目に見えないだけに、資料が公開されない限り、各国のハブを経由する国際通信の流れがどうなっているのか、わが国に当然流れてくるはずの国際通信トラッフィックで、他のハブ(香港、シンガポール、オーストラリア)に奪われているものがあるのかいなかは人々の関心を惹かない。
国内において電気通信事業者相互間の競争ルールの策定に精力が注がれている間に、シャープな戦略を策定、実行に移すSingTelのような事業者からの攻勢により、わが国の電気通信のハブ機能が衰えることがないよう希望したい。注1:この経緯については、テレコム・ウオッチャー2000年4月1日号に詳しい。なお、その後のPCCW社の運営状況は芳しいものではなく、不幸にも私が予言した通り、当面、旧C&WHKTの固定通信部門の収入を大きく頼る状態が続いている。本来なら、香港のハブを持つPCCWはシンガポールテレコムに対抗して、東南アジア市場での覇権争いに参加すべきである。その意欲は充分にあり、またその目的でTelstra(オーストラリア最大の電気通信事業者)とも提携し、計画も立てているが、現在のところ資金不足のためその活動は精彩を欠いている。
注3:C&WOptusは、Telstraに次ぐオーストラリア第2の電気通信事業者であり、固定・携帯通信、ケーブルテレビサービスを含むフルパッケージのサービスを提供している。
最近発表された2000年次の同社決算によれば、純利益は前年度より60%増えてオーストラリアドル4.38億ドル(2.204米ドル)であった。
注4:2001.5.10付けのエイシャン・ウオールストリート・ジャーナル“SingTel Believes Offer For Options Well Proceed”
注5:2001.4.30付けのエイシャン・ウォールストリートジャーナル“SingTel Favors the Light Touch”
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