DRI テレコムウォッチャー




Pacific Century Cyberworks(香港のネット企業)、
   Cable&Wireless HKT(旧香港テレコム)を取得へ


ーアジア地域にも登場したニューエコノミー優位のM&A-       2000年4月1日号


 香港ネット企業のPacific Century Cyberworks(PCCW)は本年2月末、同社よりも先にCable&Wirelessplcと対等合併の交渉を進めていたSingapore Telecomを退けてCable&WirelessHKTの取得に成功した。
 この出来事は(1)本年1月に相次いで行われた欧州におけるボーダフォン・エアタッチによるマンネスマンの取得、米国におけるAOLによるタイム・ワーナーの合併の場合と同様にニューエコノミー企業に対する先行き期待(しばしば過大であると批判される)による株高、それから生じた異常なほどに膨脹した株式総額をテコとして実施されたアジア初の大型M&A(総額380億ドル)であったこと、(2)今回のM&A劇で中国政府はかねてからの懸案であったとみられるCable&Wireless plc社の香港資産(即ちCable&WirelessHKT株式54%)の取得を早期に実現できたこと、(3)野心的で若いPCCW社総帥李氏の今後の事業展開は香港がわが国と地理的に近く、すでに李氏がわが国と深い関係を有している点もあり、わが国を含めアジア諸国に大きなインパクトをもたらすことが考えられること等の点できわめて重要な意義を持つ。
 以下、上記の諸点を中心に、多少の解説を試みることとしたい。
 なお、PCCWのCable&Wireless HKT買収が定まった結果、このM&Aに関与したSingapore Telecom、Cable&Wireless plc、News Corpの3社はいずれも新たな状況のもとでの戦略変更を模索し、あるいはこれを実施に移しつつある。さらに今回のM&Aは、ニューエコノミーを機軸にしたベンチャー事業が伝統ある既存の電気通信会社をいかに容易に買収できるかの先例をつくったものとしてアジアにおける既存電気通信事業者に強いインパクトを及ぼしており、これら事業者の戦略変更を促進する契機をもたらすことは確実である。

交渉開始後1カ月半の早期決着

 Singapore Telecommunications(シンガポール最大の電気通信会社、略称はSingTel)が本年1月、大手国際電気通信会社のCable&Wireless plc(以下、C&Wと略称)がマジョリティー(54%)の資本を有するCable&WirelessHKT(香港最大の電気通信会社。以下、HKTと略称)と合併について交渉を始めてから、PCCW(Pacific Century Cyberworks)がHKTを取得するに至るまでの主な経緯は次の通り。
* SingTelとC&WがSingTelとHKTとの合併について交渉を開始した。交渉に際し、 SingTelは両企業を統合し、香港、シンガポール地域での広域電気通信事業を展開することによる規模の経済のメリットを強調した。(1月下旬)

* 香港の高速インターネット企業のPCCWがHKTの買収を提案し、株主は(1)すべて を株式交換方式によるか(金額約380億ドル)、(2)株式及び現金の組み合わせによるか(計約350億ドル)のいずれかのオプションを選択できると発表した。(2月中旬)

* 香港の高速インターネット企業のPCCWがHKTの買収を提案し株主は(1)すべて を株式交換方式によるか(金額約380億ドル)、(2)株式及び現金の組み合わせによるか(計約350億ドル)のいずれかのオプションを選択できると発表した。(2月中旬)

* SingTelはPCCWの買収提案に対抗するため、メディア会社のNews Corp(メディア王として有名なオーストラリアのマードック氏が支配するグローバルなメディア会社)と提携し、現金10億ドル(SingTel はNews Corpに対し、同社株式4%を提供する見返りとしてこの金額取得の確約を得た)の提供をHKTに申し出た。(2月27日)

* C&Wは、役員会において、PCCWの提案の受諾を決定した。(2月28日)  SingTelが合併話を切り出してから1カ月半PCCWがHKTの取得を発表してから、約2週間のインターネット時代にふさわしい早期決着であった。

 ここで注目すべきなのは、SingTelの提案は同社とHKTとの合併{即ち、合併会社の共同運営}であったのに対し、PCCWが提案し成功を収めたのはHKTの取得(即ち、当然のことながら、経営権の取得を含む)であって、この両提案は根本的に異なっていたことである。C&Wは同社子会社の株式52%を売却する対価としてPCCWの株式および現金を受け取る提案を受け入れた結果、同社はPCCWの株式11.2ないし20.9%程度を入手することとなろう。しかし、C&Wは折を見てこれら株式を売却する意向を示している。

PCCWの勝利をもたらした中国のナショナリズムとニューエコノミー

 後知恵としての考察ではあるが、今回PCCWが勝利を収めたのはきわめて当然な成り行きであったと思われる。
  まず、香港のマスコミ・世論はSingTelとHKTとの合併に強硬な反対を示した。一般の香港人から見れば、19世紀末のビクトリア朝期以来その前半の歴史が英国帝国主義の発展と結びついていたC&Wの子会社であるHKTは明かに植民地時代の遺物であって、1997年7月における香港の中国への返還以降は一日も早く香港側に資本を引き渡すべき対象だと考えられていた。また周知のごとく、香港とシンガポールの両国は東南アジアにおける金融・商業のハブを握ろうとして角逐し合っている競争相手である。さらにSingTelに対し、シンガポール政府が78%の株式を所有していることもSingTelに不利に働いた。シンガポール政府がSingTelを通じて香港の通信・情報インフラを支配するという印象を与えたからである。このようにしてSingTelは香港人の澎湃たるナショナリズムの前に敗退した。この点はSingTel会長のLeeKa-shing氏も誤算をしたと認めている。(ファイナンシャル・タイムス3.8号)
 第2にSingTelに対抗して名乗りをあげたPCCWがニュー・エコノミーを謳歌するグローバルな風潮の波に乗り、同社の株高(PCCW株はHKT買収を宣言するまで高騰を続け、遂にネット株の代名詞である米国のアマゾンドットコムの株式総額を上回った)を追い風として、HKT買収の香港企業として最適の条件を備えていたことである。ところでSingTelとの合併(つまり、事業の共同運営)よりもHKT全株式の売却の方を選んだC&Wの経営陣は(1)昨年、同社のCEOに就任したウォーレス氏(Graham Wallace)の新経営方針のもとで従来の固定通信中心の電気通信事業の運営からビジネス顧客へのインターネット回線・サービスの提供へと大きく転換したことにより、必ずしもHKTを必要としなくなったこと(2)熾烈なナショナリズムのもとで、香港の会社でありながらよそ者扱いされている心理的圧迫が強く、引き続き香港で先行き不透明なHKTの権益を保持するより、この機会に同社を売却して多額の現金(HKT売却の見返りとして、現金及び新会社PCCW-HKTの株式を選んだ同社は現金だけで約80億ドルの巨額を手にするはずである)を受け取り、香港市場から優雅に退場するのが得策だと考えたのであろう。
 最後に、中国政府は今回のM&Wに何ら関与しなかったと称している。香港の統治に関する「1国2制度」の原則を適用し、香港の自由市場を中国本土復帰前と同様に維持することは中国政府の国際的公約であるからこれは当然のことであろう。しかしHKTには中国最大の電気通信会社である中国電信(China Telecom)子会社の中国電信(香港)が11%の資本参加をしていること、POOWのHKT取得が定まるや中国銀行を筆頭に大手金融機関4社がこぞって同社への100億ドル融資のコンソーシャム結成を申し出ていること等からして、水面下でPCCWと中国政府との間でなんらかの話し合いがあった可能性が強いと消息筋は報じている。(ファー・イースタン・エコノミック・レビュー3.30号の特集記事にいたっては、PCCWによるHKTの取得計画は本年2月下旬、中国銀行、中国電信、POOWの幹部の会合によって策定されたと論じている)
 今回のM&A劇は、中国政府からすれば香港復帰後の大きな懸案(HKTを香港事業家の経営下に置くこと)を最もスマートな形で解決したという結果をもたらしたのではなかろうか。また皮肉なことに、SingTelの提案は中国にとっての理想的な解決を早期に実現する絶好のキッカケをもたらしたといい得よう。

多難なPCC‐HKT社の将来

 さてこのように誠に鮮やかにHKTの買収に成功したLi Hsien Yang氏ではあるが、今後同氏が率いることとなるPCCW-HKTの前途は必ずしも順風満帆のものではあるまい。時代の波に乗った李氏がニューエコノミーを牽引車とし、それにHKTがこれまで長期にわたり積み重ねてきた顧客ベースをフルに利活用すれば、素晴らしいハイテクの電気通信・マルチメディア企業を起動に乗せるだろうと楽観視する向きもある。しかし事態をリアリスティックに考察する限り、氏の前途にはかなりに大きな困難が待ち受けているのではあるまいか。
 まず同氏が引き受けたHKTは、これまではC&Wのドル箱であったにせよ1995年以来香港において進行中の通信自由化の進展とともに事業の主体をなす移動体通信、国際通信のシェアを急速に失ない、利益率も低下している。次表で示されるように1999/2000 年の上半期における同社の収支状況をみると昨年前期に比し、収入、利益は大きく落ち込んでいる。

HKTの収支状況(1999.4.1‐9.30)
項 目
実 績(単位:1億香港ドル)
伸び率{前年同期比}
収 入
142.9
17.3
利 益(広帯域投資を除く)
43.2
29.1
広帯域への投資
70.9
利 益(投資控除後)
27.7
145.4
「HKTのプレス・リリース(1999.11.5)より」


 即ち同社の利益率は現在でもかなりの高水準(30.2%)であるが、競争に対処するための広帯域投資に資金を投じる結果欠損を出している。同社の収入の落ち込みは昨年4月以来、同社のドル箱の国際通信分野への再版ベースの競争導入が大きな原因になっていた。また本年の4月からは、国際通信分野の設備ベースでの本格競争導入も開始される結果、新生PCCW−HKT社はこれまで以上に増収対策、経営の合理化を迫られることとなろう。
 第2に、PCCW社はネット企業としての将来性を買われて高い株価を維持しているのであるが、実のところ同社のこれまでの事業の主体はネット企業への投資であって、まだ事業運営による収入をほとんど生み出していないといわれる。李氏はネット企業としての実績を挙げ、PCCW−HKTを香港ハイテク・電気通信会社の中核会社として運営して行く重責を担ったわけであるが、最先端のネット・電気通信の技術の駆使を必要とし、しかも市場が狭い香港市場にとどまらず海外市場への進出も当然考えなければならない。
 事実、李氏はかって衛星を利用したテレビ配信事業会社のStarTVを創設、その運営に携わった経験もあり、インターネットテレビサービス(テレビ画面でインターネットを扱えるサービス)を香港、中国のみならずその他のアジア諸国にも提供するという強い経営ビジョンを有しているといわれる。さらに携帯電話サービスについても関心が強いとのことである。(エイシャン・ウォールストリート・ジャーナル、2月1日のThom Real氏の論説)
 しかしこれはサービス展開に要する技術、資金、資源、他企業との競争からしていうは易くして実行は難しい試みである。李氏がかって運営し、その後マードック氏が引き継ぎ、現にサービスを提供している比較的コンセプトの簡単なStarTVのテレビ番組配信事業ですら、まだ利益を生み出せない事実の重みを考えておく必要があろう。
 まかり間違うとオールドエコノミーを主としたHKT部分からの収入に寄生するという事態すら起こりかねない。(先に紹介したHKTの1999、2000年上半期の収支を2倍すると年間の推計収入は約280億香港ドル、広帯域投資前の利益は約86香港ドルで、これは日本円換算でそれぞれ3920億円、1240億円に相当する。今後減少していくにせよ、HKTの事業がそう簡単に赤字になるとも思われない。)
 いずれにせよ、風雲児 李氏と同氏が統率するPOOW-HKTの事業展開には、今後大いに注意を払う要があろう。

** 参考:李ファミリーとPCCW社 **

 今回のPCCWによるHKT取得の背景を理解するためには、同社を率いる李沢楷氏 (Li Hsien Yang)の父親で香港実業界の大立者である李嘉誠氏(Li Ka-shing、71才)の話から始めなければならない。氏は広東省潮安県の生まれである。幼にして故郷を離れ一家で香港に渡り、戦後プラスティック工場の経営からさまざまな事業を拡大し巨大コングロマリットの長江実業グループを築きあげた。典型的な華僑のサクセス・ストーリーである。
 PCCWの総帥としてHKTの取得に成功、現在もっともホットな若手実業家として注目を集めている李沢楷氏(33才)は李嘉誠氏の次男である。氏は大富豪の御曹司として銀の匙をくわえて生まれたわけであるが、少年時代から父親の司会する長江実業の役員会を傍聴し、事業経営の勘を養ったという。スタンフォード大学でコンピュータ技術の学位を取得し米国流のビジネスのやり方、ハイテク技術も身に付けた。先端ネット企業を経営するには十分なキャリアの持主だといえよう。
 同氏は24才の時に創設したStarTV社(テレビの配信会社)を1993年にマードック氏に9.5億ドルで売却、これを資金の一部としてPCCWを創設した。もう幾年か前のことになるが、氏の名前が日本の新聞を賑わせたことがある。東京八重洲の国鉄跡地を最高の指値で買い占めたという記事であった。このように不動産を含めPCCW社は諸種の事業を行っているようであるが、どうやらもっとも儲けになっているのは米国、アジア地域で目下高騰を続けているネット関連株の売買の模様である。(氏がどの程度の取引をしているのかは定かでないが、例えばサウスチャイナ・モーニングポスト(3.13)によると李沢楷氏は過去半年間の投資で簿価上13億米ドルを儲けたと述べているという。まさに香港の孫正義氏である。
 ところで、長江グループの電気通信部門はHutchison Whampoa社を通じてグローバルな活動を続けており、その業績はきわめて好調のようである。香港での運営会社はHutchison Telecomであるが、同社の携帯電話(提供会社はHuchison Company Limited)及びページングサービスの加入者数は香港でトップである。また、固定回線の分野でも、昨1997年に米国のインターネット回線業者のGlobal Crossingと合弁会社設立によるインターネットを含む香港域内電気通信の大々的な運用開始を狙っている。さらに昨年12月初旬、日本最大の移動体通信会社のNTTドコモがHuchison Company Limitedに出資(約430億円で株式19%を取得)することで合意した。
 問題は李沢楷氏がPCCWの運営に当たり父親の経営する長江グループと緊密に提携していくのか、独立した行動をとるのかということである。同氏が李ファミリーの一員として行動するというのであれば、今回のHKTの取得は中国の国益に沿った行為であると共に李ファミリーがHKTを乗っ取ったと言う側面も強くなる。中国のWTOへの加入も間近に迫っているおりでもある。HKTが同族経営の一部門であるとの批判を受けない事業活動を行うことを信じたい。



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