DRI テレコムウォッチャー



米国通信政策の成功と誤算   - 進捗するブロードバンドと事業者間競争の遅れ -

2001年2月1日号

 FCCケナード委員長(民主党)はブッシュ共和党政権誕生前日の1月19日に辞任した。同22日、FCC委員のパウエル氏(Micael Powell)が新FCC委員長に任命された。
 ケナード氏は退任の挨拶で、「FCC委員長の主要課題は(1)競争的な市場を作り上げること、(2)デジタル時代の利便(即ちインターネット、ブロードバンド)を全国民に広めることの2点であり、私は在任中この両課題と献身的に取り組んだ」と語った。
 しかし客観的に見ると、ケナード氏が1996年電気通信法に基づき推進してきた電気通信政策は、(2)の点で大きな成果を収めたものの、諸種の理由から(1)では所期の成果があがらなかったと言ってよい。
 以下、上記2点について前FCC委員長ケナード氏の在任中の業績を検証する。


FCC発表による2000年の成果(1992、1997年との比較)

 最初に、FCCが発表した電気通信・ITの主要指標についての成長を表1に紹介する(注1)。2000年と並んで1997年の数値が並置されているのは、ケナード氏がFCC委員長に就任した年であり、同氏の3年間の在任期間中にどれほどの進展があったかを示す趣旨であろう。

表1 電気通信・ITの諸指標の数値(2000、1997、1992)
項目
1992
1997
2000
インタネット網に接続された小・中学校教室の比率(%)
0
27
63(1999年)
インターネット接続世帯の比率(%)
不明
18.6
56.0(10月)
電話保有世帯の比率(%)
93.8
93.8
94.4(12月)
携帯電話加入者数(単位100万)
11.0
55.3
97.0(6月)
携帯電話平均料金額(ドル、分当り)
0.53
0.43
0.24
州際電話平均料金額(ドル、分当り)
0.15
0.11
0.11
(1999年の数字、2000年は地域電話会社の長距離参入、アクセス料金引き下げでもっと下がっている)
平均国際料金額(ドル、分当)
1.04
0.71
0.56(1999年)
市内競争業者(CLEC)の市場シェア(%、回線)
不明
不明
6.7
同上(%、収入)
0.3
2.3
5.8(1999年)
ブロードバンド加入者数(100万)
不明
不明
4.3


成長軌道に乗ったブロードバンド

 ブロードバンドはFCCの努力もあって、確かに2000年後半頃から成長のテンポが高まり成長軌道に乗った。以下、その状況を考察する。

(1)ブロードバンド促進に払ったFCCの努力

  ケナード氏はブロードバンドの拡大、推進に多くの努力を傾注した。そのため"ブロードバンド委員長(Broadband Chairman)"のあだ名がついたほどだという。(注2)
 ここでは、FCCの主要施策の2点に触れておく。

●M&A認定に当たり事業者から取りつけたブロードバンド推進の誓約

 ケナード委員長の規制政策の際立った特徴は、競争条件確保のため、相当きめこまかくIT・通信事業者の行動を規制したことであった。同委員長は、在任中AT&TによるMediaOneの取得、ベルアトランティックとGTEの合併(合併後の企業はVerizon)、SBC Communicationsとアメリテックの合併等の審理を終結するに当たり、必ずブロードバンドの推進(具体的には、ケーブル会社に対してはケーブルモデム、また地域電話会社に対してはDSLによる)に努めるよう求め、これを条件として承認を行った。
 ケナード委員長のこのような規制方式は2名の共和党FCC委員(次期FCC委員になると見られるPowel氏をも含め)からとかくの批判を受けたものの、この政策がブロードバンド推進の初期の段階にあってIT・電気通信業界にブロードバンド問題の重要性を認識させブロードバンド推進のインセンティブとなったことは間違いない。

●軌道に乗ったE-Rateの実施

 E-Rate(Education rate、教育税)は小・中学校、図書館への電気通信サービス、インターネットアクセス、インターネット接続に対するFCCの資金援助政策である(注3)。
 1996年電気通信法の規定に基づいた年間22.5億ドルに及ぶこの投資政策は1998年から1999年始めに掛けての議会共和党議員連からの大きな反対にもかかわらず着々実施に移されている。この結果、これまでこの施策からの資金を受けた小・中学校は95%に及び、100万を越える学級、5.8万の図書館が網で結ばれた。(注4)
 こうして、米国は世界で最も、公的資金により学校へのインターネット投資(多分、そのかなりの部分がブロードバンドに対するもの)の進んだ国となった。このE-Rateの施策が直接的、間接的に米国におけるブロードバンド拡大、普及への物的・精神的な基盤を準備した点は大きい。

(2) 米国ブロードバンド普及の現状

 では上記のFCCによる推進策に呼応して、米国のブロードバンド加入者数はどの程度伸びたのであろうか。最近発表されたFCCの報告書を基にして、その現状を紹介する(注5)。

表2 米国におけるブロードバンド加入者数の伸び
時期    

   方式
2000年6月末
2001年末(推計)
ケーブルモデム
230万
910万
DSL
75.4万
1010万
MMDS
82.1万
(1999同期、70万)
なし

ケーブルモデム:ケーブルモデムは現在ブロードバンドの主力である。大手ケーブル会社はケーブルのディジタル化を進め、ビデオサービスと高速インターネット回線の組み合わせ販売(バンドルサービス)により、収入増を計ろうとしている。
 この分野ではAT&T BroadbandとAOL TimeWarnerの両社がサービス提供を競い合うこととなろう。

DSL:米国のDSLサービスは2000年前半まではSBC Communications、Verizon、BellSouthがまだ本腰をいれず、これら大手地域会社の市内設備にコロケーションして顧客にサービスを提供するData CLEC(例えばCovad Communications)の活動が際立っていた。しかし最近、大手地域電話会社による架設が軌道に乗りつつある。
 最も積極的なのはSBC Communicationsである。同社は1999年に60億ドルを投じ、2002年末までに営業エリアの80%の加入者をDSLサービスにアクセスできるようにする「プロント計画」(Project Pront)を策定し、これを推進している。またBellSouthも2000年9月末、年間架設目標20万を上回る21.5万の加入者を獲得したと発表した(注6)
 表2の2001年末の予測値はFCCがMorgan Stanley Dean Witterの調査数値を引用したものである。この推計によれば現在劣勢のDSL加入者数がケーブルモデム加入者数を追い抜くと見ている点が注目される。

MMDS: 固定衛星インターネットアクセスであるMMDSは主として、WorldCom、SprintPCSの両社が提供している高速インターネットサービスである。アンテナを使用するこのサービスはケーブルモデム、DSLの両サービスに比し不利だとの見方が強かった。その観測通り加入者は低落傾向にある。しかしFCCはこのサービスがニッチ市場で生き延びるものと見ている。

DBS利用のサービス: 米国のDBS(直接放送衛星サービス)の加入者数は2000年6月には、前年同期の1010万から1300万に伸び、順調に成長している。FCCの報告書はこのような事業の伸びを背景にして、大手業者2社 DirectTVとEchoStarが共に高速インターネット提供の分野への参入を計画しており、将来DSL、ケーブルモデムの有力な競争サービスになり得るとの可能性を指摘している。
 技術的に下りの伝送に問題があるが、2001年から2002年に掛けサービスが登場する見通しだという。

注1:本表は2001.1.12付けFCCのニュースリリース Principal FCC Achievements During Chaireman Kennard's Tenure 1997-2001に掲載された表である。なお2000年の項で月の表示は原文にはない。筆者が原表に付加されている参考文献(掲載省略)の目録により、適宜付加した。資料の発行月であり、作成月でない近似値であることをお断りしておく。
注2:出所は注1と同じ。
注3:E-Rateについては、 テレコムウオッチャー2000年9月1日号「峠を越えた米国のデジタルデバイド政策」を参照されたい。
注4:出所は注1、注2に同じ。
注5:出所は2001.1.8付けFCCニュースリリース FCC adopts seventh annual report on competition in video markets
注6:出所は2000.7.9付けTechWeb、Study Shows Huge Surge In DSL Wave

期待外れにおわった異業者間競争

 1996年電気通信法の大きな目標の1つは地域通信事業者、長距離通信事業者ならびにこれら事業者とケーブルテレビ事業者の相互間の垣根を取り払うことにより、事業者間競争を促進することであった。しかし長距離通信事業者と市内通信市場への参入と市内通信事業者からのケーブル市場への参入はほぼ不発に終ったといって過言ではない。その概況は以下の通りである(注7)。

(1) 市内市場への参入を諦めた大手通信事業者、CLEC(競争市内通信事業者)のシェアも伸び悩み

 地域電話会社のうち、これまでにFCC、州公益通信事業委員会からの認可を得て長距離通信事業を提供しているのはVerizon、SBC Communicationsの2社であり、しかも認可を認められている地域は、それぞれニューヨーク州、テキサス州の2州に過ぎない。もっともこれら2州での加入者獲得は好調であり、AT&T、WorldCom等の既存長距離事業者は脅威を受けているという。
 これに対し、長距離電話会社の側は当初大掛かりな市内市場攻略の戦略を立て、1部は実行(例えばニューヨークで市内通話サービスと開始)に移したもののコストが掛かり、採算の目途が立たないとして戦略を転換、AT&Tは携帯電話とケーブル回線による統合通信サービス(市内も長距離もブロードバンドインターネットアクセスも)の提供に、またWorldComはMMDSの提供へと向かった。またこの間、音声に比しデータ、インターネットの需要が著しく伸びたため、音声サービス分野への進出に対する熱意が全般的に薄れた。
 このため1996年電気通信法制定前から活動していたCLECが地域電話会社の競争業者として残ったものの、FCC発表の表1に明らかなように5%から6%の市場シェアを得ているに過ぎない。
 新電気通信法制定の前後、地域電話会社と長距離電話会社(特にAT&T)の競争を展望し、アナリストたちの多くはそのマーケティングの力、ブランド名からしてAT&Tの圧倒的優位を予測したのであるが、結果は全く予想外に終った。多額の負債に苦しむAT&Tに対し、巧みに競争者を防ぎ市内電話業界で従来通り独占的な地位を享受している地域電話会社3社(Verizon、SBCCommunictions、BellSouth)は明かに勝者となった。

(2) 竜頭蛇尾に終った地域電話事業者のケーブルテレビへの進出

 1996年電気通信法制定後、しばらくの期間マルチメディアのホープとしてビデオダイアルトーンサービスの構想がもてはやされ、幾つかの試行が行なわれたこともあり、地域電話会社はケーブルテレビ会社の取得に関心を示し、現に幾件かの実行も進行した。しかし最近は全く熱意は冷め、現在ケーブルテレビに対してまとまったフランチャイズ(営業権)を有しているのはBellSouth(22地域で220万加入)だけである(注8)
 またケーブルテレビ会社の側も、料金規制が緩和され収益低下に悩まされる恐れがないためか市内会社の取得には関心を示さなかった。

 このように1996年電気通信法による規制は(1)強大な独占力を持つ地域電話会社と弱体化する長距離電話会社の際立ったアンバランス(2)IT・電気通信のニューエコノミー分野(携帯電話、IP、ブロードバンド)における競争の激化という結果を招いた。(2)はFCCも推進に努力し、予想した成果が挙がったといえようが、(1)は不測の事態であった。
 電気通信の主軸をなす2つの分野で、一方で独占により繁栄を続ける企業(地域電話会社)があり、他方で激しい競争のため努力をしても将来の業績低下が見込まれる企業があるとのアンバランスは電気通信の競争促進の面で世界のトップを走る米国の規制政策の成果としてはいささかお粗末である。
 前委員長Kennard氏がかなり個性的なポリシー(既に述べた通り、しばしば業界に干渉的に過ぎると批判される)を遂行してきたことでもある。1996年電気通信法で定められた枠組みは踏襲されようが、共和党の新委員長の下でのFCCの政策にはかなりの転換も予想されよう。

注7:本稿の論旨はあくまでも著者の私見である。しかし2000.12.11付けteledotcom掲載のJeff Kagan氏の論説 "Telecom Act TKO?"からは示唆を受ける点が多かった。
注8:2001.1.8付けFCCのニュースリリース "FC adopts seventh annual report on competition in video markets"




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