峠を超えた米国のデジタルデバイド解消政策
2000年9月1日号 米国で生まれたデジタルデバイド(digital divide)という語がわが国でも流行している。この言葉がなにを意味するかの議論も盛んであるが、米国ではデジタルデバイドはPCを持ちインターネットにアクセスできる者とそうでない者の間の格差であるとの単純明快な定義の下にその解消に懸命の努力が行われている。
この結果デジタルデバイドは急速に解消しており、米国政府もIT政策の軸足を「デジタルデバイド」から「ディジタルオポチュニティー」(ITがもたらす潜在性の開発)に移項しつつある。またITの国際輸出に関心を持ち始めている。
本論ではデジタルデバイド解消のため、米国の「官」が特に学校、図書館といった基本公共施設へのインターネットインフラの充実にどのような努力をしてきたか、またインターネットの普及度合い(即ちデジタルデバイドの解消度合い)はどの程度進んだか等について最新の状況を解説する。
インターネット普及率、小・中学校、図書館へのインターネット接続の比率
(1)50%を超えたインターネット接続世帯普及率コンサルタント会社2社(Nielsen/NetRatingとMetrixInc)が最近発表した報告書のいずれもが米国のインターネット接続世帯の比率が本年6月で50%を超えたと報道されている。(2000.8.17付けYahoo Technology News, More U.S. households online than not及び2000.8.21付け同紙のMore low-income households find place on line)
(2)学校・図書館へのインターネット接続
これはPC端末の価格、及びインターネット接続料の低落とインターネットアクセスに対する強い需要が相俟って、本年2000年における米国の家庭へのインターネットアクセスが急激に伸びたためである。特にこれまで普及率の低かった年収20000ドルを下回る低所得世帯の伸びが大きいという。過半数の世帯に普及したということは、米国のインターネットサービスが自動車、電話、テレビ等と並んで大衆製品化しつつあることを意味する。
もっともこの数字はこれまでの統計資料からしてさほど驚くには当たらない。NTIA(National Telecommunications and Information Administration、全国電気通信情報庁。米国商務省の内局)が発刊した1999年7月の報告書Falling through the Net: Partによれば、1998年末のインターネット接続世帯の比率は40%となっている。またJupiter Communicationsの推計では2000年末の予測値として50%(電気通信総合研究所常務取締役小沢隆弘氏の論文「インターネットはどこまで普及するか」からの孫引き)の予測値を挙げている。Jupiter社の数値が半年間早く実現したということになろう。
米国連邦政府は小・中学校へのインターネット接続支援に力を入れている(もちろんインターネット整備の責任を持つのは州、都市等の地方自治体)。直接これに関連する主な機関は連邦では教育省(補助金の附与、ソフト開発への援助等)、FCC(学級・図書館にインターネットを接続するための補助金の支出システムであるE-Rate施策)である。
インターネット接続の状況はおよそ、次ぎの通り。* 2000年末までにすべての学校をインターネットに接続するとの目標をほぼ達成できる。(Richard W. Riley教育相のNational Educational Computing Conferenceにおける2000.7.27 のスピーチ原稿、Remarks as prepared for delivery by US Secretary of Education、Rile、米国教育省のプレスリリース)
* 1999年における学級へのインターネットアクセス比率は63%で1998年に比し12%増
* E-Rateによる割引サービス(インターネットアクセスサービス、インターネット配線、関連機器の購入に対する)の提供を受けている公立の小・中学校、図書館の比率はそれぞれ82%、50%(2000.4.13付けFCC NEWS、Statement of FCC Chairman Kenard and commissioner Gloria Tristani)
つまり米国では教育省、FCCの経費補助政策により、小・中学校、図書館に対するインターネット接続、インターネット網の構築が推進されている。当初、教育省の補助金を呼び水にしてインターネット接続の推進を継続して行なった結果、本年末ほぼ全校への接続を終了、さらにFCCの企画によるE-Rateの実施(全額補助ではなく、所要経費の10%から90%を負担)により、インターネット網の設立を半ば以上完了したということである。
行政府の長、教育省、FCCが総掛かりで推進した学校・図書館へのインターネット導入政策基本方針が法律、関係する省庁で明確に定められた上で、それぞれの責任部局が所要の施策を実行するという官主導のやり方が学校・図書館へのインターネット接続の施策に取られてきた。読み書きと並んでインターネットの取り扱い(インターネットリテラシー)が児童にとって必須であるとの考え方、後述するように学校はCACの最たるものとして、インターネットにアクセスできない人の公衆利用に供する拠点として大切だとの観点からクリントン大統領を先頭にして教育省、FCC、さらに実態調査の面では商務省(NTIA)も参画、学校・図書館へのインターネット普及に努力が傾注された。
多少これまで述べてきたことと重複するが、小・中学校、図書館へのインターネット接続の為の政策と施策をまとめたのが次表である。
表 米国政府による学校・図書館へのインターネット接続の為の政策・施策
項 目 政策・施策の概要 基本政策(教育省) 2000年末までに小・中学校全校にインターネットを接続 基本政策(FCC) ●年間22.5億ドルの経費投入により、学校・図書館に対するインターネットアクセス、インターネット網構築、関連機器購入を支援
●資金は指定された電気通信事業者からの拠出(最終負担者は通信サービスユーザー)による。
●運営機関は(USAC: Universal Service Administrative Company)
上記E-Rate施策は1996年電気通信法254条のユニバーサルサービスの規定を具体化したFCC規則(1997.5)に基づく。公衆・業界等への基本政策の周知徹底 各種講演会等を利用して、インターネットがいかに重要か、学校・図書館への導入がどうして必要かを説明する。主な講演者はクリントン大統領、ゴア副大統領、FCCケナード委員長、ライリー教育相。回数はFCCケナード委員長が最も多いようである。現に継続している次期大統領選キャンペーンを意識した行動である点も否定できない。 教育省の施策 ●小・中学校へのコンピュータ配付、インターネット接続への経費支出(2000年末でほぼ終了見込み)
●インターネット教育推進のためのソフト開発への補助金支出
上記以外にも様々な施策が推進されている。FCCの施策 基本政策の項目で述べたように、傘下法人のUSACを通じてE-Rate政策を推進している。1996年電気通信法254条のユニバーサルサービスの規定が柔軟性に富み、ユニバーサルサービスの定義をFCCに委ねている点からして、将来FCCがインターネット接続をユニバーサルサービスに指定する可能性もあり得よう。 NTIAの施策 報告書作成により、政策策定の基礎資料の提出、提言を行っている。E-Rateとの関連では特に1997年のThe Digital Economy (邦訳あり)と共に発表された報告書「Falling Through the Net」(米国におけるインターネット利用の実態調査結果の報告書)が重要。 この表について、多少補足説明を付け加えておく。
教育省の施策:すでに紹介したNational Education Computing ConferenceにおけるRiley教育相(1993年以来現職)の発言からすると、米国教育省は巨額の補助金を学校へのインターネット接続、インターネット利用による教育の効率化に投じている。例えば、教師にコンピュータ、インターネットの取り扱いを習熟させる大型プロジェクトのTLCF(Technology Literacy Challenge Fund)に1997年以来10億ドル以上が投じられている。この他、幾10もの他のプロジェクトがある模様である。さらに地方自治体が教育への投資の主役であり、その投資額の方が遥かに大きいことからすると、わが国のインフラに対する公共投資に見合う役割(投資額はわが国の公共投資の方が多いにせよ)が米国ではIT教育基盤整備のインフラ投資が果たしているのではなかろうかとも推測される。
FCCの施策:1998年の春から秋に掛けてE-Rateに対する激しい反対が上下両院の共和党議員から起こった。FCCのE-Rate推進のやり方が強引に過ぎ、またその性格からして通信料に対する実質的な付加税によるべきではなく、国庫で負担すべきだというのが主たる反対理由であった。このためE-Rateの廃棄あるいは修正を求める法案が幾つも出された。しかしE-Rateは挙党一致で可決された1996年電気通信法に基づいてFCCが具体化した施策であったし、またクリントン政権、FCCの『次世代国民のIT能力を強化するための教育に必要だ』との大義名分論に対抗することはできず、現にUSACはこの施策を着々と実行に移している。仮に2001年2月以降共和党政権が誕生しても、E-Rateの根幹は変更されることはあるまい。ただし、進捗状況が良好であることから数年の内に全校ネットワーク構築の目的を達成するのではなかろうか。
NTIA報告書の「Falling Through the Net」:1999年7月に発表されたこの報告書は所得、性別、年齢、人種等の別にインターネットの設備保有、利用状況を始めて調査した資料である。
所得、人種別にインターネットの利用度に相当の格差(デジタルデバイド)があり、今後この格差解消に努力すべきことが謳われている。また特筆すべきなのは、エグゼキュティブ・サマリー(経営者用要約)のなかで自宅にインターネット設備を有していない低所得層(年間所得25000ドル以下)がCAC(CommunITy Access Center、学校、図書館、公民館等インターネットを無料で利用できる施設の総称)を利用する率が高い点を強調している点である。またこのエグゼキュティブ・サマリーが「CACを設立し、これをサポートすることがすべての米国人が新技術へのアクセスを保証することとなろう。情報社会に入るに伴い、PC及びインターネットへのアクセスがますます重要となる。落ちこぼれる人をなくすことがすべての米国人の利益となる」で結ばれているいる点は注目される。インターネットアクセスをユニバーサルサービスとして取り扱う方向が示唆されていると考えられるからである。
米国のデジタルデバイド解消策とわが国へのチャレンジ
デジタルデバイドとは誠に巧みなキャッチフレーズである。インターネットに接続しない家庭は情報格差の被害者になる(即ち負け組みになる)との心理的圧力を受けるので、どの家庭でも多少無理をしてもPGを入れ、インターネット接続をしてみようという気になるだろう。この圧力によりITの重要性の意識が高まり、またインターネット接続世帯が増えた側面は否定できまい。
しかし、NTIAの調査結果によると特に低所得層による教育講座の受講、求人資料の検索、求人活動のためインターネットを利用する比率が高く、これもインターネットアクセス(CACの施設を利用してでも)が必須の条件になっている大きな理由として挙げられている。(Riley教育相は教育を受けるためにも、インターネットの取り扱いが出来なければならない点を強調している。また同氏は英語学習の良いインターネット学習用ソフトが開発されれば、その利用はグローバルなものとなろうと抜け目なく、教育ソフトの国際商品化を念頭に置いた発言をしている)。平成12年度の「電気通信白書」によれば、日本ではインターネット利用のうちでEメールの送受信とホームページの検索がそれぞれ91.6%と83.7%を占めている。これに比すれば米国の利用の多様化は現段階ですでにかなり進んでおり、ユーザーからしてもインターネットは必需品化しつつあるのだろう。
このような国内におけるデジタルデバイド解消(裏を返せばITの進展)を背景として米国がITをグローバルに輸出しようと決意したのが本年7月下旬の沖縄サミットにおけるIT憲章発表の時期だったのではないかと推測される。ホワイトハウスのホームページを検索すると「デジタルデバイドからデジタルオポチュニティーへ:グローバルな行動の呼びかけ(From digital divide to digital opportunity: A global call to action)」という7月22日付けの文書をみることができる。署名者の名前も記載されていないこの文書はその内容、日付(IT憲章発表の前日)からして、沖縄で採択されたIT憲章と関係があることは明かである。
この文書では冒頭「インターネットのような新技術、通信技術はわれわれの生活、学習、労働の仕方を変えつつある。この技術の潜在性活用に成功する国は経済の大きな拡大、福祉の劇的な改善、より強固な民主主義の政体を期待できる」と書かれている。
実際に採択されたIT憲章にはこのIT万能のフィロソフィーは折り込まれていないが、この基本理念こそ、米国政府が全世界に表明したかったことではないか。
ホワイトハウスのプレスリリースの項目をフォローしてみると、クリントン政権は最近「デジタルデバイド」より「デジタルオポチュニティー」を多く見出しに使っている。このように、米国のデジタルデバイド解消政策は国内における成功を背景として、いまやこれを外国に推し進める段階に立ち至ったのである。
このように米国が「デジタルオポチュニティー」をグローバルに輸出する意向を明かにしている以上、わが国でも早急に独自のIT推進政策を策定する必要があろう。米国流のIT万能思考(ITにより将来、生活、学習、労働の仕組みがすべて変革される)には俄かに賛同し兼ねるののの、座して待っていてはマネー敗戦に次ぐIT敗戦(多分、最後の敗戦)を喫することは避けられないからである。
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