気候関連のシナリオ分析と経営戦略
気候関連の最も重要な影響は中長期的に現れ、その深刻さや期間は不確実性をともなう。不確実性がもたらしうる将来の様々な状況下で、気候関連のリスクと機会がどのように組織に潜在的な影響を及ぼすか考慮する必要がある。それを実施する一つの方法としてシナリオ分析が提唱されている。20カ国・地域(G20)の金融安定理事会(FSB)が設置した「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の提言(TCFD提言)は、2℃以下のシナリオを含む異なる気候関連シナリオを考慮した組織の戦略のレジリエンスの記述を提言の柱の一つとする*1。
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TCFD提言によれば、シナリオ分析の目的は、「様々な将来の状態の下での事業のレジリエンシー/堅牢性を検討し、より良く理解すること」にある*2。レジリエンシー/堅牢性とは、「破滅的事象に耐え、もしくは、組織の業績に影響を及ぼす可能性のある事業環境の変化や不確実性に適応し、ほとんどの状況や条件の下で有効であり続ける組織の事業戦略や投資戦略の能力である」と説明されている。ほとんどの状況や条件の下で有効であり続ける組織の戦略を策定し、実行し、結果を残して、はじめて組織の戦略はレジリエントであるといえるならば、TCFD提言の求めは極めて高い。
シナリオ分析は、戦略の(あるいは、策定中の戦略)のストレス・テストととらえられる*3。ストレス・テストとしてのシナリオ分析とは、戦略に示された一連の戦略目標が、異なるシナリオ下の状況でも耐えうるかどうかを検証するということである。異なるシナリオ下のリスクと機会に照らして戦略目標それぞれの妥当性を検証する過程で、修正すべき戦略目標、取り下げるべき戦略目標が見出されていくはずである。そうした戦略目標を、いずれのシナリオに照らしても堅牢な戦略目標へと洗練させ、ほとんどの状況や条件の下でも有効であり続ける戦略を練り上げることは容易ではない。ありとあらゆる手段を尽くすといった「野心的なビジョン」を掲げるだけでは戦略目標とはいえない。想定される移行リスクや物理リスクに受動的で、過度にリスク回避的であってもいけない。トヨタ自動車のハイブリッド車(HV)
開発のようにいずれのシナリオ下でも必要となる「基本戦略」を軸に、中長期の戦略を作り上げることのできる企業は限られている。トヨタは、HVの開発を通じて、ZEV(zero
emission
vehicle)にも活用することが可能な要素技術を蓄積し、量産基盤を確立している。これによって、需要動向をにらみ柔軟かつ戦略的にパワートレインのラインナップの変更が可能になるとしている*4。
特定のシナリオを中心に置き、そのシナリオに適合的な戦略を推し進めつつ、パイロット・プロジェクトなどへの参画を通じて、それとは別のシナリオにおいて有効な戦略の準備を限定的に進め、シナリオの重要な分岐点が見えた段階で、本格的な参入判断をくだせばよいという条件付き拡大戦略も発想しがちだ。例えば、国際石油開発帝石はCO2回収・貯留(CCS)実用化技術開発プロジェクトに参加している。このようなアプローチのひとつといえよう*5。どのシナリオの経路をたどっているのかを注意深く見守り、シナリオの重要な分岐点に到達したことを指し示す「変化の兆し」を見逃さないことが重要だと言うのは簡単だが、手遅れにならず、他社に先んじて重要な分岐点を見出すためには、相当の知識の集約がいると考えられる。
そもそも、気候関連の影響の差異が大きく現れるであろう2030年以降を射程とした中長期の戦略をもたない企業も多いとみられる。3年程度の時間軸の中期経営計画しか戦略としてもたない企業に、シナリオ思考の中長期の戦略づくりを求めたとして、足元の戦略との一貫性や整合性をいったいどのように保つのか定かでない。それでも気候関連の中長期のリスクや機会を、よりよく理解することの意義は認められるのかもしれない。Nestleはそのことを指摘する*6。
もっとも、シナリオごとにリスクと機会の分布は一様ではない。一方のシナリオでは魅力的な要素も他方のシナリオでは魅力的ではないというのは往々にして起こりうる。もっぱらリスクと機会に引きずられた形で戦略を考えるというのも考えものである。一方で、自社の実力を中心に考える、その組織能力の向上が変化への適応度を高めるのだという姿勢も大事になる。気候関連の自社の実力を読み解くカギは、従来型のESG評価の枠組みにある*7。気候関連への監督・執行体制(ガバナンス)の確立や方針策定・コミットメント、インパクト・アセスメントの実施による負の外部影響の回避・軽減、リスク管理プロセスの確定、監査プログラムの導入、従業員・サプライヤーへの方針の周知徹底、研修の実施、それらを評価する指標(主要業績評価指標
:
KPI)の設定とモニタリングなどだ。これらの取り組みの継続的な評価と改善・強化を通じて、組織能力のレベルを継続的に高める。TCFD提言に即して言えば、「ガバナンス」、「リスクマネジメント」、そして、その継続的改善と強化を評価・管理するための「指標と目標」ということになる。
参考資料
*1 TCFD「Final Report: Recommendations of the Task Force on Climate-related
Financial Disclosures」(https://www.fsb-tcfd.org/publications/final-recommendations-report/)
p.14
*2 TCFD「Technical Supplement: The Use of Scenario Analysis in Disclosure of
Climate-related Risks and Opportunities」 (https://www.fsb-tcfd.org/publications/final-technical-supplement/)
p.2
*3 英国政府科学局(Government Office for Science)「The Futures Toolkit Tools for Futures
Thinking and Foresight Across UK Government」(https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/674209/futures-toolkit-edition-1.pdf)p.64
*4 トヨタ自動車「トヨタ環境チャレンジ2050 ~ゼロの世界にとどまらない“プラスの世界”の実現へ」p.9(https://global.toyota/pages/global_toyota/sustainability/report/er/er18_07-13_jp.pdf)
*5 国際石油開発帝石「サステナビリティレポート2018」 p.41(https://www.inpex.co.jp/csr/pdf/sustainability2018-00.pdf)
*6 Nestle「CDP Climate Change 2018」p.ただし、回答へのアクセスは登録が必要。 (https://www.cdp.net/en/responses/12942)
*7 例えば、EU Technical Expert Group on Sustainable Finance (TEG) (https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/business_economy_euro/banking_and_finance/documents/190110-sustainable-finance-teg-report-climate-related-disclosures_en.pdf)
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