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  ユビキュタス・コンピューティングの切り札“無線タグ”  (ITアナリスト 志賀竜哉氏)
2002年12月25日号

 ICチップを小型、薄型にして商品情報を記憶させ無線で読み取り、荷札やバーコード代わりに使おうという「無線タグ」の技術が注目されている。小さいものだと0.4ミリ角というのも試作されており、まさに塵のようなコンピュータ、「ダスト・コンピューティング」とも言われる。パソコンを中心としたITは人間の頭脳を助けた点で社会を変えた。無線タグは今度は人間の手足や耳、目鼻といった感覚面を助けることで、社会を大きく変えていくことは間違いない。同時にこれは人間がコンピュータに囲まれて生活するユビキュタス・コンピューティング実現の切り札になる技術だ。

■無線タグとは

 IBM社のe-ビジネスのテレビCMでご記憶の方もあるかと思われるが、近未来風のスーパーマーケットで人相の悪い挙動不審の若い男が、肉や缶詰など手当たり次第に周りをきょろきょろしながら万引きまがいにコートの懐に入れ、そのまま出口を抜けると警備員に呼び止められる。男は捕まえられるのか!と思いきや、「お客さん、これをお忘れですよ」とレシートを渡してくれるオチのやつだ。実はあそこでは商品1個1個に無線タグが貼られていて、出口のゲートでは無線ですべての商品情報が感知、精算され、即時に男のクレジットカードも認証され、自動的にチャージされるので全くの合法行為となる。つまり、キャッシュレスでかつレジに並ぶことなく、“レジレス”で買い物が出来る未来を表したものだ。この“レジレス”に欠かせないのが無線タグの技術だ。無線タグは大括りにはRFID(Radio Frequency Identification)といわれ、近距離の無線を使う点でJRのSuicaや住基ネットで使われる非接触型ICカードの仲間だ。ICカードは形状が決まっているため、複数のアプリケーションを利用するなど高機能化を目指しているが、無線タグは形状が自由で単機能目的で超小型化の方向性にある。物流、在庫、人の管理、センサーなどとして様々な分野に応用が期待されている。物流などバーコード代わりの用途の方面には米国のマサチューセッツ工科大学が「オートID」として、センサーとなる技術についてはカリフォルニア大が「スマートダスト」と称して技術開発プロジェクトを進めている。要素技術としては半導体、印刷、通信であり、その方面では日本の企業でもこの研究はかなり進んでいる。

■敵と味方の区別が起源

 そもそも、この無線タグの技術だが、その起源はおよそ60年以上も前にさかのぼり、米国で軍事技術として1940年代から研究が始まったとされている。そもそもの用途は敵と味方の飛行機を遠くからでも判別できるように、トランスポンダーという送受信機を飛行機につけたことから始まった。トランスポンダーとは放送衛星にも使われ、地上の基地局から送られた電波を地上に広域に反射させるいわば電波の鏡のような役割を果たす。飛行機につけると敵味方の判別は出来ないレーダー機能を補うことができる。筆者の想像だが、日本の真珠湾攻撃が1941年12月8日、第2次世界大戦の本格的な空の戦闘の始まりに備えようといった軍事ニーズに対応したものと思われる。その後1970年代に米国連邦政府は、無線タグを家畜や核兵器の追跡に応用してきた。高額なだけに用途は限られたが、最近になって半導体チップに小型薄型化と低価格化、量産化、コンピュータによる情報解析の進歩と無線技術と結びつき、複数の無線タグを混在させても正確に読み取る精度が向上したことから、スーパーマーケットで売られるような日用品へも用途が開けたわけだ。

■無線タグの仕組み

 無線タグの基本的な仕組みは、超小型のICチップの周りに平面コイル状のアンテナをめぐらす簡単なものだ。カード状、コイン状など形は自由なのが特徴だ。また、ICチップの内容を書き換えられるため再利用ができる。送られた電波の信号を跳ね返すだけだから電源は要らない。ただし用途によって電源を持たせたほうが良いものもあり、その意味では二通りあることになる。また通信方式によって、「静電結合方式(数mm)」「電磁結合方式(10cm以内)」「電磁誘導方式(30cm以内)」「マイクロ波型(数メートル〜数十メートル)」があり、これも用途で使い分ける。
 日立製作所が開発したミューチップと呼ばれるものはマイクロ波型無線通信機能と38桁の数字を記録できるメモリーが組み込まれ、0.4ミリ四方、厚さ0.06ミリのチップ。まさに“ごみ”だ。このチップは当面新日本製鉄、伊藤忠丸紅鉄鋼向け鋼材の物流システムに利用される。将来的には1個数円までコストを下げられると言う。
 ミューチップはバッテリを持たないが、バッテリ搭載型、つまり自ら情報を処理し電波を送ることが出来る無線タグで最も小型はおそらく、カリフォルニア大・スマートダスト・プロジェクトの試作品であろう。16立方ミリというからマッチ棒の頭くらいだろうか。このプロジェクトはもともと米軍が費用を負担しているが、スマートダストを空から戦闘地域にばらまき、敵の動きをリアルタイムに探索しようとするものだ。実験では数個のスマートダストをばら撒いた砂漠地帯で、近くを通過する車両の位置、進行方向、速度をリアルタイムに把握することに成功したという。まさにスパイというか斥候をチップ化したようなものだ。同時多発テロ以降、軍事機密となり米軍は開発成果の発表を控えているので、現時点での小型化と高性能化はもっと進んでいるとみてよいだろう。

■応用は無限、社会を変える

 無線タグの応用分野はほとんど無限にあると言ってよい。このあたりが社会を変えてしまうといわれる所以だ。まずは物流(バーコード代わり)。冒頭のIBMのCMのような無人店舗(といっても警備員は必要のようだ)が可能になるし、在庫管理や棚卸しも一瞬だ。たとえば、書店で在庫品チェックの棚卸しだが、平均的な書店では家族、店員、アルバイト、出版販社のお手伝いなど、20人ほどの人海戦術で丸一日かかるという。通常年2回は行う大変な作業らしい。これが本にすべて無線タグが印刷されれば、カード・リーダーを書棚にかざして一回りするだけで、在庫情報の全入力が済んでしまう。小売店の棚卸作業を根底から変える。また万引き防止タグの役割も果たす。小売店ばかりでなく、オフィスの我々の身の回りの文書にも無線タグがすべて刷り込まれれば、整理の悪い人でも書類の“発掘”が簡単に出来る。前述のミューチップだが、紙幣に刷り込めば偽造防止に役立つからマネーロンダリングが通用しなくなるかもしれず、その筋の人には“困った”ことになる。事実、欧州中央銀行ではユーロ紙幣に無線タグを埋め込む計画があったという(2001年12月19日EEタイムズ記事)。
 次に人の流れ(センサー、追尾機能)。これはスキー場でスキー客の流れを把握し最適なゲレンデ作りに役立てる実験が行われている。マラソン競技やトライアスロンの記録管理にも使える。また、徘徊老人、子供の迷子防止も簡単だ。よく、幼稚園や小学校の遠足で点呼をするが、無線タグを持たせておけば誰がいないのかすぐにわかる。大学生は教授が無線タグを使ってしまえば不埒な学生は“代返”が効かなくなるかもしれない。
 ニューヨーク・マンハッタン・ソーホー地区にオープンした店舗プラダの計画では、無線タグをつけた服を試着室に持ち込むと、タグ情報からインターネットに連動し、これに合うバッグやベルトなどを選んで画像情報として目の前で上映してくれる計画があるという。つまり、ファッションアドバイザーの代わりをすることになる。
 中央大学の研究では、道路の下に無線タグを埋め込み、その上をリーダーを搭載した車を走らせ、自動走行システムに結びつける案もあるという。また子供に無線タグを持たせ、物陰から飛び出す前に運転者に事前に知らせる仕組みも考えられている。ことほど左様に無線タグの用途は計り知れないものがあり、様々な手続きをどんどんノンストップ化させ社会生活のスピードを加速するものと思われる。しかしながら元々軍事技術を出自とするだけに、暗い側面も伴う。2002年夏、住民基本台帳ネットワークで議論になった国民総背番号制化のように、我々が意識出来ればよいが、知らない間に無線タグを服や体内に埋め込まれたり飲まされたりしても気付かないうちに管理されてしまう危険性もある。ユビキュタス・コンピューティング実現の切り札となる画期的技術である分だけ、悪用された場合の危険性も計り知れない。実用には管理するセキュリティ技術がクローズアップされるだろう。


データリソース社では、「RFID」関連のレポートとして、

RFID(非接触自動認識)システム調査:技術、市場、主要企業
RFID: Technology Evolution. Market Segmentation Analysis and Player Profiles (米国アライドビジネスインテリジェンス社)

RFID エンドユーザー調査
RFID End User Study (米国アライドビジネスインテリジェンス社)

ウルトラワイドバンド(UWB)無線 - 技術的な見通しの評価と潜在的な市場での応用
Ultra Wideband (UWB) Wireless: World Market Forecasts. Industry Drivers and eSolutions(米国アライドビジネスインテリジェンス社)

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