■ ユビキュタス・コンピューティング
最近よくユビキュタス・コンピューティングという言葉を耳にする。ユビキュタスとはギリシャ語で遍在と直訳されるが、正確に理解するためここで一度整理しておこう。実は1980年代に米国パロアルトのゼロックス研究所(PARC)のマーク・ワイザー(Mark Weiser)が提唱した概念だ。それによると、コンピューティングには3つの波が訪れるという。第1の波は、「1台のコンピュータを多くの人が使う方法」。つまりコンピュータが高額であった時代、タイムシェアリングや受託計算などが主流であった1970〜80年代をイメージすればよい。第2は「一人が1台のコンピュータを使う時代」。パソコンの普及に象徴されるように安くなったコンピュータを個人が占有することができるようになった1980年代後半から1990年代がそうだ。そして3番目がユビキュタス・コンピューティングの波、つまりコンピュータはさらに安価に身近になり一人の人が複数のコンピュータに囲まれて生活するという状況だ。現在でも、たとえば会社ではデスクトップ・パソコン、鞄にはPDA、ポケットにはJava対応の携帯電話、家に帰ればノート・パソコン、プレイステーション2、といったように複数のコンピュータに囲まれている。もうしばらくするとテレビやオーディオ機器、白物家電機器までがコンピュータ機能を持ち、すべからくネットにつながる時代がやってくる。つまり人間が行く先々には必ずコンピュータが存在するという文脈でユビキュタス・コンピューティングをとらえていただきたい。
■ ウエアラブルコンピュータ
さてその次だが、人が行く先々にコンピュータがある状況をもう一歩推し進めると、常にコンピュータを身につければもっと利便性は高まることになる。それがウェアラブル(身につける)コンピューティング(Wearable Computing)として今後10年間に最も重要とされるテクノロジのひとつとされる。現在ウアエラブル・コンピュータは米国のベンチャー企業Xybernaut社や日立製作所が開発を進めているが、ベルトなどに装着する小型のコンピュータでBluetoothで接続されたスクリーンには片目用か両目用の眼鏡のようなものが検討されている。初期の段階では飛行機の整備士、医療関係者、鉱山技術者など、事務職以外の特殊用途の人々が事務所以外でコンピュータを利用できる環境を目指している。第2段階になると、おそらく5〜6年後には一般の人々でも仕事だけではなくプライベートでもウエアラブル・コンピューティングの恩恵に浴することができるだろう。GPS(Global Positioning System)が内蔵され、自分がどこにいるかを自動認識し最適な通信環境にアクセスし、自動状況判断情報サービス(Context Service)によって、空港に近づくと発着状況や搭乗ゲート案内などが見れたり、デパートであればお買い得情報を得たり、野球場であれば選手のプロファイルが見たりできる。また好きなときに友人とテレビ電話をしたり、とんでもない時間に緊急の家族会議を行ったり、様々なバーチャル・コミュニティに参加したりすることも可能になるだろう。すなわちウエアラブル・コンピューティングの第2段階では、人々を時間と空間の制約からより一層解き放つことになるとともに、人々の生活の多くの部分を仮想現実が占めることになるだろう。問題点は、常時接続による情報過多、プライバシの保護、常時機器を身につけることで起こるかもしれない健康問題、それにこのバーチャル革命を人々がどのように受け入れるかである。
■ 最も特殊用途の外勤者
ウエアラブル・コンピューティングの第2段階は5〜6年後としても、業務用途は明確なニーズがあるためもっと早まる可能性もある。実は意外なところから切実なニーズがある。
米国の国防総省国防先端研究プロジェクト局(Defense Advanced Research Projects Agency, Departmentof Defense、DARPA)では「エクソスケルトン」という次世代の戦闘服を開発している。最も特殊用途な外勤者のウエアラブル・コンピュータの応用形態である。実は、米国は同時多発テロの容疑者ビン・ラディンを追ってアフガン空爆を続けているが、ゲリラ戦で対抗されている以上、何らかの形で地上戦は不可避と考えている。ここしばらく戦闘員の軍服は、携行する武器の重量が増大しているため軽量化の傾向にあった。しかし、新型の軍服は酷暑の砂漠から厳寒のアフガンでも耐えられる装備を持ったり、移動の速度を速くしたり、腕力や脚力を機械的に増幅させ、地上戦に適したコンセプトにかわってきた。見た目ロボコップのようなものになるのかもしれないが、ウエアラブル・コンピュータの軍事利用である。
古来、多くのテクノロジーは軍事目的をもって華々しく進化を遂げてきたことは紛れもない事実である。黎明期のコンピュータ、エニアックも開発目的は大砲の弾道計算であった。今後増大するゲリラ戦に対抗するためどうしても避けられないのが地上戦だが、ウエアラブル・コンピュータの技術をドライブするのは、その地上戦であることは間違いなさそうだ。