8月5日、電子政府実現への第一歩とされる「住民基本台帳ネットワーク」が稼動した。土壇場になってネットワークへの不参加、接続拒否、個人選択制などで、6自治体が異議を申し立てた形となったが、まずは粛々と稼動し始まった。スタート直前になって「国による国民監視強化」「個人情報の漏洩」といったデメリットがより多く各メディアによって強調され、IT化による行政改革の側面やサービス向上のメリットを強調する論調は少なかった。しかし、住基ネットの本格活用はこれからで、来年は住基カードをめぐって再び議論が白熱することは間違いない。来年こそはバランスのある議論を望みたいが。
■主張されなかったメリット
今回の住基ネットの争点を整理してみよう。反対派の意見は大きく分けて次の2つに集約される。(1)一元管理による国家統制強化への危惧(2)個人情報漏洩などセキュリティに関する危惧。一方推進派は(1)1999年小渕政権時代に成立した既成の法律であること(2)新法案では公務員の情報漏洩に通常の2倍の罰を与えることと専用線を使った安全なシステムであること(2)国の事務の軽減と行政サービスの向上と効率化、を訴求した。しかし、テレビをはじめとする一般メディアの扱い方は、国家=悪、反対派の識者=善といった単純な2元論に終始し、行政のIT化によるメリットは余り語られなかった。住民票がどこでも取れるとか、今後いくつかの申請に住民票がいらなくなるとかいったようなメリットが矮小化されてしまい、住基ネットは電子政府の実現にとっては不可避的なものであり、ITによる行政改革、国家戦略上の電子政府実現を語る議論がなされなかった。おそらくITのメリットを声高に叫んでもあの当時のヒステリックな雰囲気の中ではせいぜい当局の手先としてレッテルを貼られかねない雰囲気だった。そういえば、一斉に名寄せができるため脱税の摘発にも有効といったメリットはもう少し強調されても良いような気もしたが。
住基ネットと連動して利用されることになる行政手続情報通信利用法案(6月に閣議決定)では法令に基づく国、自治体、独立行政法人、特殊法人などへの手続きについて、「書面による」などと規定している法律全般を個々に改正しなくともオンライン申請ができるように読み替えるもので、自宅や職場のパソコン、場合によっては携帯電話からオンライン申請が身近になる法律だ。これもすでに6月に閣議決定されており、電子申請が加速する。膨大な行政事務の無駄と非効率性が具体的改善の一歩を踏み出したわけで、メリットも認識しておく必要があるだろう。
■争点は住基カードへ
それはさておき、今回の騒動のポイントは、土壇場になって初めて住基ネットの何たるかが理解されたことだ。ひとつには小渕政権当時、住基ネット法案通過時のメディアのITに対する理解不足、もう1つは夏休みの子供の宿題と同じで直前にならなければ実感できない人間の習い性の二つが問題だろう。そしてまた人々はこのことを忘れ、全国に名を馳せた福島県の片田舎にある矢祭町のことなど誰も忘れてしまうだろう。しかし、住基ネットの本番はこれからだ。住基ネットはあくまでインフラに過ぎず、その上で動くアプリケーションが住基カード(ICカード)だ。住基ネットは400億円の投資だった。しかし、本人認証のために持つと住民票が不要になるとされるICカードだが、初年度で1400万枚の需要があるとされ、ICカードリーダ、暗号化するエンコーダなど年間1,000億円のビジネスになるものとみられ、ITベンダーにとってはこの時期貴重な公共事業だ。
■行政ICカード一本化の流れ
このICカードの採用をめぐりおそらく来年の今ごろは大きく紛糾していることだろう。なにしろ、ICチップは4Mバイトもあれば新聞1部ほどの情報が入る。そこで空いたスペースがもったいないし、本人認証の4情報だけではコストに見合わないので民間と連携し複合機能を持たせることでカードコストをペイしようとするだろう。現行法では禁止されているが当局は法改正によって連携を視野に入れていることは間違いない。行政関連ICカードは自治省だけでなく、社会保険庁が病歴記録や保険証代わりに、警察庁は免許証代わりに、国土交通省は高速道路の支払いなど研究を進めており、いずれ一本化される流れができつつある。カードの一本化は確かにメリットだが、逆にリスクも増す。ある民間調査機関が自治体に行ったアンケート調査では、その中で行政関連ICカードに関し、「一本化すべきかどうか」について約95%の自治体が「一本化すべき」と答え、5%のみが「一本化に反対」を唱えている。となるとほとんどの自治体ではこれら行政関連カードは先行する住基カードが中心となり、一本化の第一歩を踏み出す可能性は高い。そうなると様々な個人情報が一括してカードに入ることになり、個人情報保護法の成立が重要になってくる。来年この住基カードをめぐって再び議論が活発化するだろうが、メリットを強調する論調も期待したい。