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  Miraでよみがえるシン・クライアント概念の波紋  (ITアナリスト 志賀竜哉氏)

2002年6月25日号

 先ごろマイクロソフトは今年11月にタブレットPCを米国で発売すると発表した。タブレットPCは同社がコンセプト提案するタブレット型のPCで、ペン入力、ワイヤレス通信、高速CPUや大容量HDD搭載で、性能としては現行のノートPC並みだ。用途としては、会議室などでノートにメモするように使ったり、メモやファイルを参加者同士で回覧したり、パワーポイントなどをプロジェクターに飛ばしてプレゼンテーションを行う。おおむね従来のノートPC基本機能は変わらないが、無線LAN機能のサポートでオフィス内でのポータビリティに優れることとデジタルインクと言うペン入力機能で、紙のノートを代替しようというのがポイントだ。日本でも東芝、NEC、富士通、HP、ソーテックの5社がこの秋の発売を表明しており、今年後半の話題はタブレットPCになりそうだ。実はこのタブレットPCとともに注意しなければならないものがある。やはりマイクロソフトが提唱するMiraというハードウエア概念だ。

■シン・クライアント vs ファット・クライアント

 歴史的にみてコンピューティングは、メインフレームによる集中処理の時代からクライアントサーバーによる分散処理へと進化した。これはクライアントがインテリジェント化する歴史、すなわちシン(薄い)クライアントからファット(太った)クライアントへの移行であり、マイクロソフトのWindows発展の歴史とも言える。しかしネットワーク技術の進化は再びファット・クライアントをシン・クライアントへ戻そうとした。実は1997年、商用インターネットが普及し始まったころだが、マイクロソフトへの強烈な対抗心を燃やすオラクルのラリー・エリソン会長は、インターネットを使えばWindows PC(ファット・クライアント)は不要、ブラウザの入ったNC(ネットワークコンピュータ、シン・クライアント)があればいつでもサーバーにアクセスして処理した結果だけを表示すればよい、と言い出し、Windowsパソコン不要論を言い出した。当時平均的なWindows PCが10万円以上、NCは5万円を切るというだけに衝撃的であった。また、ブラウザを動かすOSはシンプルなものでよく、エリソンはネットワークコンピュータのOSは無償で提供するとして、ビル・ゲイツを慌てさせた。
 しかしエリソンの野望は失敗した。理由は、まず第1に、これ以降パソコンの価格が劇的に値下がりし、価格のメリットが薄れたこと。第2に、通信帯域がまだ狭かったためシン・クライアントの概念は時期尚早とされ、ファットクライアントが重視されつづけたためだ。かくしてマイクロソフトはシン・クライアントの恐怖からWindowsを守った。

■シン・クライアントの復活

 で、Miraだ。Miraは、Windowsのターミナル・サービス機能を利用し、デスクトップPCの液晶パネル部分のみを持ち運んで使う。見た目タブレットPCと似ているが、タブレットPCはWindows、CPU、ハードディスクを装備したファット・クライアント。一方のMiraはWindowsCEという軽いOSとPDAを動かす程度のCPU、もちろんハードディスクはないシン・クライアントだ。ヘビーなデータ処理はファット・クライアントであるデスクトップPCが担当し、結果だけをブラウジングするわけだ。つまり、かつてマイクロソフトのWindowsの将来を脅かしたシン・クライアントが皮肉にもマイクロソフト自らの手で復活させたわけだ。
 当時と決定的に違うのは、Wi-Fiなどの高速無線LAN環境やブロードバンド環境が充実してきたこと、そして、仇敵エリソンに元気がなくなったことだ。

■シン・クライアントが引き起こす波紋

 もう1つ重要なこととして、FreestyleというWindowsXP用の新しいインターフェイスがある。これは家庭のテレビやステレオなど家電品をコントロールしたりブラウズする。つまり、これがあれば、Mira上でパソコンの機能だけでなく、テレビや音楽まで楽しめるようになる。かくして、パソコンと家電が融合する新たな市場で、かつて自ら葬り去ったシン・クライアント技術をもう一度復活させることになる。
 ということはあらゆる家電にWindowsやFreestyleが対応させられ、家電市場もマイクロソフトに牛耳られるのかといった不安も日本の家電業界から聞こえてこないわけではない。一部にはすべてフリーでライセンスすべきだとの声もあるが、残念なことに日本の家電業界はこれに匹敵する壮大なアイデアを打ち出せずにいる。パソコンメーカーがただの箱作り屋に成り下がった悪夢を家電業界も見させられるのだろうか。今年の秋以降タブレットPC、そしてMiraやFreestyleが登場で話題は盛り上がるが、われわれはこの視点を忘れずに注視すべきだ。


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