守勢に立つBT(ブリティッシュテレコム)
- 大幅投資で財務は逼迫へ -
2000年9月15日号 BTは1980年代から1990年代にかけて政府所有の株式を段階的に市場に放出し、1997年には英国政府は『黄金株』(一株で大口株主の権利を行使できる政府所有の特殊株式)も放棄して完全な民営会社となった。またOFTEL(電気通信庁)の徹底した非規制化政策により、同社に対する料金規制もほとんど撤廃されている。
当然BTは国内で激烈な競争にさらされている。この競争による収入、利益の落ち込みをカバーするため、国内の携帯電話事業の強化、海外投資を積極的に行うと共に、本年4月には事業部門制に基づく組織変革を発表し、逐次その実施に努めている。
しかし最近、BTが3G(次世代携帯電話)への投資に予想以上の経費が必要であることが明らかになるとウォール街は同社の将来に強い懸念を示し、格付け会社のS&Pは同社の格付けをいち早くAAからAに引き下げた。
このような状況のなかで、BTは負債(年間売上を大きく上回る約4兆9500億円に達すると言う)の減少策を講ぜざるを得なくなっている。
もっとも財務の悪化はBTだけに限られたものではない。オランダのKPNも同様の悩みを抱えているし、ドイツテレコムも米国における携帯電話会社VoiceStream及びPowertelの取得以降は新規の海外投資を見合せる旨を発表している。いずれの電気通信事業者も巨額の投資を行い自社の体質改善、海外進出を行わなければ競争に対処できず、株価も維持することができない。さればといって、過大な投資をすると見返りの収入が得られるまでの間、現金不足に悩まされるというディレンマに陥っている。本年4月に英国を皮切りに始まった3G(次世代携帯電話)のオークションは、おおむね免許附与国が課する免許料が高いこと、免許取得後ネットワーク構築に多額の経費を要すること、提供される将来の3Gサービスへの予測が付かないこと等の理由により、上記の財務悪化、金融筋・格付け附与機関による電気通信事業者の評価の引き下げ傾向をさらに促進する効果をもたらしており、これが欧州電気通信業界の今後の大きな懸念材料になっている。
以下に述べるBTの苦境ははもちろん、同社固有の原因に基づき早期に生じたものであるが、同様の現象は其の他幾つかの電気通信事業者にも生ずる可能性がある。
以下これまで拡大路線を走ってきたBTがどうして守勢に追い込まれたかの状況を解説する。
1999年次(1999.4.1から2000.3.31)にBTが行った企業買収、関連会社・合弁会社への資本参加のための投資
(1)企業買収BTは企業買収に40.65億ポンド(約6700億円)を支出した。
最大のものはBT Cellnetの株式40%の買収(31.73億ポンド、約5200億円)であった。英国の携帯電話事業では、トップ事業者のVodafoneを筆頭にBTCellnetのほかOne2One(ドイツテレコムが所有)、New Orange(フランステレコムが所有)が市場に参入しており、Cellnetのマーケットシェアは23.4%に過ぎない。BTとしては競争体制の強化を図るため、Cellnet資本の全額を取得する必要があった。
その他の買収会社は次の通り。* アイルランドのIreland's Esat Telecom Group
* 米国のイエローページ(職業別電話帳)会社のYellow Book USA
* ニュージランドのClear CommunicationsとDX Communications
(2)関連会社、合弁会社への投資BTは関連会社、合弁会社の投資に31億ポンド(約5100億円)を支出した。
投資案件は次のとおり。
* AT&Tとの合弁による多国籍企業向けサービス提供通信会社のConcert
* Japan Telecom(日本テレコム)へのAT&Tと共同での30%株式取得(12.51億ポンド)
* カナダの電気通信会社2社、AT&T CanadaとRogers Cantelへのそれぞれ9%、16.5%の資本参加
* 香港の携帯電話会社のSmarToneへの20%の資本参加
(この項は主としてBTホームページのMedia Centerによった)
組織変更の実施BTは2000年4月、従来の地域別組織を廃止、事業部制に改変する計画を発表した。計画の実施状況は定かでないが、基本的な組織整備は終了している模様である。
その基本は成長の著しい事業部門での国際競争に打ち勝ち、また将来に株式を上場、外部からの資金の導入を図るため、4つのグローバル事業部を設立することにあった。
4グローバル事業部の状況は次表の通りである。
名 称 事業内容 競争状況 BTWireless 国内、海外における携帯事業部門 売上27億ポンド、利益4億ポンド。総加入数約1200万で国内でVodafoneに次いで2位。欧州ではVodafone(英)、New Orange(仏)、T‐Mobile(独)に次いで4位 BT Open World 大衆向けインターネット事業 売上5千万ポンド、欠損1億ポンド。国内では首位であるが、欧州内ではT‐Online(独)、Terra Networks(スペイン)に次ぐ3位 Ignite 事業者向け、高速データ・IP通信回線の販売 売上21億ポンド、利益0。競争状況は不明であるが、WorldCom、C&W、Colt等強豪競争相手があり苦戦の模様 Yell イエローページ(オンラインを含む) 売上5億ポンド、利益2億ポンド。競争状況は不明であるが、比較的強い模様。昨年、米国のイエローページを買収。 注:上表は2000.5.19 及び7.14付けファイナンシャルタイムズのBritish Telecom shares fall by 7%、BT juggling act is still in need of polish on the world stage及びYahoo .comの2000.7.13日付けの記事、Analysts Still Call BT's Turnroundを参照の上作成した。
上表事業部門外のBTの大きな事業(売上高において、いまだBTの太宗を占める)は顧客に対し、通話サービス、ネットワークアクセスを提供するネットワーク部門である。BTはこの部門を小売部門と卸売り部門(BT Rental)に分離した。また多国籍企業に対するサービス提供はAT&Tとの合弁会社であるConcertが担当している。
ところで事業部門別に組織を編成し、さらに成長部門は株式会社にして株式を公開、親会社の権威を高めるというのは、今やわが国、欧米では当然のこととして主要電気通信事業者が行っていることである。今回のBTの組織改変はあまりにも、遅きに失していたといわねばならない。
負債に悩むBT
BTの負債問題が欧州のジャーナリズムを賑わすようになったのは、ドイツの電気通信会社 Viag Intercom(BTが資本45%を所有している)がドイツにおける3G免許を取得した直後同社の株式をさらに45%取得し、事実上BTの子会社にする旨を発表したことに始まる。Viag Intercomはドイツの携帯電話通信業界では1000万台の加入者数を有するMannnessman Mobilfunk(英国のVodafoneの子会社)、T-Online (ドイツテレコムの子会社)に及ばないことはもちろんのこと、E-Plus(オランダのKPNが事実上支配権を持っている)、Mobilcom(フランスのNew Orangeが支配)よりも規模が小さい。BTはこの会社に67億エキュー(約6600億円)の巨費を投じて支配権を握ろうとの決意を固めたのである。しかも、欧州一の高値を呼んだドイツの3G免許に84億エキュー(約8300億円)、英国における3G免許には40億ポンド(6600億ポンド)を支払っている。BTとしてはドイツ、フランス、オランダがそれぞれ欧州最大の携帯電話市場であるドイツで次世代携帯電話事業の構築を目指している折に、欧州第2の電気通信事業者として撤退はできないということであろうが、投資家筋からすれば大きな危惧を抱くのも無理からぬことである。
債権格付け機関であるS&Pは上記のドイツテレコムの決定に敏感に反応し、8月24日BTの債権格付けをAAからAに変更した。これは同社の負債増大の傾向に対する明らかな警告であった。ドイツテレコムはこのため予定していた米国における1000億ドルの社債発行を延期した。またドイツテレコムの株価は依然として低迷、低落の傾向を続けており、格付け引き下げの影響は早くも現われている。
BT自体、すでに大きい同社の負債が今後増大することを認めている。同社の経理担当役員 Robert Brace氏は今後の資金需要をも見込むとBTの負債は3300億ポンド(約4兆9500億円)に達すると言っている。既に紹介したとおりBTは1999年度に企業買収、資本参加のため72億ポンド(約1.2兆円)を使った。また3Gの免許取得で自国、ドイツだけの免許取得とそれに伴うViag Intercomの株式取得だけでも約120億ポンドの経費を要する。この他、オランダ、スペインなど他の諸国における3G免許料さらにはこれら諸国での3Gネットワークの構築経費を考慮すれば、3300億ドルの負債需要は妥当な数字だと考えられる。
BTの対応策
負債が増大すればするほどBTの信用は低下し、それはひいては企業収益を圧迫し、これがさらに負債の返還を難しくするという悪循環に陥りかねない。この意味でこれまで欧州電気通信業界での優等生、英国企業のFlag Ship(旗艦)と称えられできたBTの前途には俄かに暗雲が立ち込めた。
これまでのところBTは総合的な負債減少のための対策を打ち出してはいない。こういう時期にこそCEO Bonfield氏からBTは負債削減のためかくかくの措置を講ずるから安心して欲しいとの声明を発表すべきであるが、経理担当役員からの談話として断片的な方針が新聞記事を通じて、出てくるところにBTの部外PR(ひいては管理体制全般)の問題があると考えられる。
BTの経理担当役員のBrace氏によれば、BTは負債が146億ドル(日本円換算約1兆5千億円)に減少するまでは大きな企業買収は行わないという(2000.8.31付けのCBS Market Watch.comの記事、BT to reduce debt by $14.6bn)。
しかし企業買収の抑制だけでBTの負債が急速に改善されるわけはなく、欧州のジャーナリズムは(1)不動産の売却、(2)資本参加している一部部企業からの撤退(即ち株式の売却)、(3)設立された事業部門の株式公開の一部あるいは全部を実施すると観測している。(2)についてはすでに対象企業としてExcite UK、LineOneの名前が挙がっている。また(3)については、最初に上場されるのは業績が良い電話帳部門(オンラインの電話案内を含む)のYellだと見られている。(主として、2000.9.1付けのファイナンシャルタイムズ、BT sagging under mountain of debt による)
それにしても英国を基盤とする電気通信事業者で、現在それぞれ携帯電話、高度データ・インターネット通信に特化したVodafone、C&Wの好業績が目立つ。Vodafoneは短期間で世界一の携帯電話事業に成長し、売上はまだまだBTに及ばないまでも株式時価総額でBTを遥かに追い抜いている。C&Wも最近の業績向上(香港テレコムの売却益が寄与している面もあろうが)は目覚しい。BTの業績が振るわないのはすべてのサービスの品揃へはしたが、市場シェア第1位を占めるサービスが提供できず、専門サービス提供業者に追いぬかれている点に根本原因があると考えられる。
これに対しドイツテレコムは欧州最大のISPであるT-Onlineの株式上場を果たし、この優良会社を軸にして自社株式価格の引き上げに成功した。またフランステレコムは被買収会社Orangeの経営者に自社携帯電話会社の経営を委ねるという思いきった決断を下し新たに設立された国際携帯電話会社のNew Orangeに自社の将来を託している。
BTは確かにドイツテレコム、フランステレコムに比し、徹底した競争環境のなかで事業経営を行うというハンディがあったことは事実であるが、新たなグローバルな競争環境に適合するための断固たる経営者の意思決定が欠けていたところに最後の問題があったと言い得るであろう。
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