快進撃を続けるシスコシステムズ
- New Worldモデルと果敢なM&Aが武器 -
2000年8月1日号
世界最大のインターネット機器メーカ シスコシステムズの株式総額は、本年3月27日マイクロソフトを抜いて世界でトップとなった。4日後GEに再び首位の座を明渡したものの、この出来事によりインターネットを駆使したNew Worldモデルと相次ぐM&Aにより急成長を続けるシスコシステムズの名声はますます高まった。また同社の急成長の牽引役であるCEOチェンバーズ氏(John Chambers)の言動もますます注目を受けるようになった。(沖縄サミットの前、同氏は来日、他の米国・アジアのIT企業の経営者数名ととも幾つかの会合に出席、講演も行った模様である)
シスコシステムズは将来の社会、経済が「インターネット」を軸にして動くと信じるインターネット教の企業である。CEOのチェンバーズ氏はさしずめその教祖であろう。(新ビジネスを展開する場合、自社の新技術・新製品・サービスを確信するあまり、企業がカルト的な行動を取るのは珍しいことではない。本欄の6月15日号『フランステレコム、オレンジの買収により携帯電話事業の拡大を目指す』では携帯電話事業の教祖の1人、オレンジのCEO. Snook氏を紹介した。また最近その威光がやや薄れたものの、全世界でもっとも信者が多いITの教祖は言うまでもなくマイクロソフトのビル・ゲイツ氏である。)
本稿では、このようにユニークな経営により成長路線を走っているシスコシステムズの経営方針、業績、買収政策、将来展望を紹介する。
経営方針「現代はインターネット革命の時代である。この革命に迅速に対応できない個人、企業は将来、果たすべき役割がなくなってしまう。
シスコシステムズが成功し生産性を向上させてきたのはNew Worldビジネスモデルにより、事業運営に当たりインターネットアプリケーションを利活用して来たことによるところが大きい。
シスコは世界中の他の企業にも当社同様の生産性向上、コスト削減、競争上の利点を得ることができるようインターネットアプリケーション、インターネット戦略を実施に移すお手伝いをしている。インターネットビジネスモデル成功のカギは顧客に焦点を当てることである。シスコシステムはインターネットを利用しての事業改善にあたり、従業員個人の情熱と並んで顧客の満足度の優先順位をトップに置いている。」
上記はCEO チェンバーズ氏が世界の企業にあてたレターの形でシスコシステムズのホームページに掲載した宣言文である。「わが社が成功したインターネットアプリケーションを採用すれば成功しますよ」というアピールは最高の“キラー・マーケティング”であろう。また、自社経営によほど自信がなければ言えないことである。これによってもシスコシステムズがいかにユニークな企業であるかが判る。
New Worldモデムとは、機器、システムのR&D、資材調達、製造、マーケティング、販売といった企業の諸活動(バリューチェイン)に最大限インターネットアプリケーションを導入し、企業経営の合理化を徹底する経営方法のことである。この分野ではパソコン製造の自社工程をアセンブリー(完成品の組みたて)にしぼり、顧客からはインターネットで注文生産のみに応じるビジネスモデルを採用し、一躍世界最大のコンピュータ会社に伸し上がったデルコンピュータが有名である。シスコシステムズも多分デルと類似だが、多分より高度のビジネスモデルを使用しているものと思われる。チェンバーズ氏はフォーチュン誌とのインタービューに答えてシスコの売上げの90%はネット上で得られたものだといっている。これは信じられないほど高い数字であり、同社のNew Worldモデルが成功していることを示す証拠であろう。(2000.5.15付け Fortune、There's Something About Cisco by Andy Serwerによる)
また声明で強調されている顧客満足度については、定期的に集めた顧客からのアンケート結果にもとづき関係する従業員のボーナスの大部分を定めるという。まさに「顧客は王様だ」という格言を実施に移しているということは注目に値する。(1999.10.01付けBusiness2.0,John Chambers: The Art of the Dealによる。)
ところでチャールストン(ウェスト・バージニア州)生まれで軽い南部訛の米語を話すシスコ・システムズの社長兼CEOのチェンバーズ氏(50才)は1975年にインディアナ大学で MBA を取得後、IBM、Wang社(大手コンピュータ会社であったが、その後倒産)でマーケティング業務に携わった後シスコシステムズに入社、1995年以来現職にある。穏やかな人柄で教会の牧師のようにインターネットの効用を判りやすく説くという。氏のマーケティングに関しての凄腕には定評があり、まさにインターネット教の教祖にふさわしい。
財務状況 ― 大手二大ネットワーク企業(ルーセント、ノーテルとの比較)シスコシステムズの財務状況を同社最強の競争相手であるルーセントテクノロジーズ、ノーテルネットワークズとの比較で見てみよう。次表は1999年次の決算をもとに3社の収入、利益を比較したものである。
シスコシステムズ、ルーセントテクノロジーズ、ノーテルネットワークの
1999年次収入・利益比較(単位:100万ドル)
企業名 収 入 (前年比伸び率:%) 純利益 利益率 会計年度 シスコシステムズ 12154 (43.7) 2096 17.2 1998.7.1から1999.6.30 ルーセントテクノロジーズ 38303 (27.1) 4766 12.4 1998.10.1から1999.9.30 ノーテルネットワーク 22220 (26.3) 1730 7.8 1999.1.1から1999.12.31 注:Nortel Networksの純利益は324百万ドルの赤字であった。
ここでは他の2社との比較の便のため、同社の利益には『営業利益』を使った。
この表でわかる通り3社ともに利益率が高く、収入の伸び率も高い。通信トラフイックの全般的な増大、IP機器への移行に伴って機器、システムの発注は多く、ネットワーク通信機器メーカーの業績は全般的に良好なのである。 とりわけシスコシステムズの利益率、収入の伸び率はルーセントテクノロジーズ、ノーテルネットワークスよりかなり高い。さらにシスコシステムズがウォール街から高く評価されている理由は一株当たり利益が毎4半期前期を上回っていることである。シスコが業績を発表した最近の4半期は2000年第3四半期(1999.1.1から1999.4.30 )であるが、この期で10期連続一株当たり利益を高めた。このようにシスコシステムズの業績はずば抜けており、本年3月、数日で終ったものの株式総価格で世界最大となったことは当然と考えられる。(本稿の財務数値はシスコシステムズ、ルーセントテクノロジーズ、ノーテルネットワークス3社のホームページを利用した)
シスコ・システムズの企業買収戦略シスコシステムズの急成長は、同社の特異かつ計画的な企業買収に負うところが大きい。1993年これまでルーターのみの販売会社であったシスコシステムズはスウィッチの製造メーカであるCrescendo Communicationsを1993年に買収した。これがスタートであって、以来毎年買収を繰り返し2000年7月9日現在、買収会社数は61社に上る(1993年:1社、1994年:3社、1995年:4社、1996年:7社、1997年:6社、1998年:9社、1999年:18社、2000年:13社)。買収は新株発行による株式交換により、シスコ社の株価、株式時価総額が持続的に上昇するという好条件の下で、毎年企業M&Aを加速させて今日に至っている。
シスコ・システムの企業買収戦略には次の特色がある。
- 自社で開発できない製品は企業買収により入手することを基本方針とする。
- 製品開発が終り、あと半年か1年ほどで市場に出せるというベンチャー企業を主な買収ターゲットにする。この段階で被買収会社はまだ売上げを出していない(青田刈りの企業買収)。買収価格の基本は将来に生み出される製品の収益見込み、人的資源の評価に従がって行われる。被合併企業の物的資産には価値を置かない。
- 買収に当たっては企業文化の相性を重視する。シスコの企業理念、経営方針に賛同する企業だけを買収先に選ぶ。
- 買収後、被買収会社の製品はシスコのブランドで市場に出す。シスコの信用、販売力により、買収されたベンチャー企業が自前の努力で販売するより高い価格が付き良く売れる。
- 被買収会社の経営層はできるだけシスコ社の幹部として活躍してもらう。
シスコ社はこのような買収戦略の遂行により失敗例が幾件か出る事実を認めているが、他の企業の買収失敗比率より遥かに低くまた被買収会社従業員の自発的退職比率も極めて低いと述べている。(この項では次の資料を利用した。前項で紹介した John Chambers: The Art of the Deal、2000.5.12-13付け The Asian Wall Street Journal の Cisco's House of Cards by Thomas G Donlan、1998.11付け The New York Times, Whiz Kid: Young Deal Maker Is the Force Behind a Company' Growth by Laura M.Holson)
将来展望 - シスコシステムズの快進撃は今後も続くかこのように紹介していくと、シスコシステムズの将来は順風満帆のように見えるが、これは一つには同社の広報活動がきわめて行き届いており、ほとんどの資料が同社のホームページとホームページからサーフィン出来る他社のドメイン(シスコシステムズに不利な情報がこれら資料に含まれているはずがない)から手に入るという事情による点も大きい。こういった資料を読んで原稿を書いている私自身もシスコの信者にし立てられそうな気がしてくる。
実のところシスコシステムズといえども、激烈な競争下で生死を掛けた業務活動を展開しているのであって、現在の業績が絶好調だからといって、将来の成長が保証されているわけではない。同社の急成長路線を危ぶむ見方も幾つか出されている。
例えばシスコシステムが圧倒的なシェアを誇るルーターの分野でも昨年から強力な競争会社のジュニパーネットワーク社(Juniper Network)が出現し、シスコのシェアを侵食し始めた。ジュニパーは特に高速ルーターの分野ですぐれた製品を出している。このため1998年に年間1.75億ドルの高速ルータ市場の86.6%を有していたシスコシステムズのシェアは翌1999年には80.7%(年間市場5.78億ドル)に下がったという。これに対しジュニパーは1998年のシェア6%を一挙に17.5%に高めた。Qwest、Uunetといった有力通信事業者もシスコからジュニパーに発注を移しており、ジュニパーは第2のシスコシステムズになると予想する向きもある。
ルータだけでなく、シスコシステムズはノーテル、ルーセントの強豪2大電気通信機器会社と多くの製品で競争し合っている。今後ますます音声からデータへ、回線交換からIP(インターネットプロトコル)へ移行するトラフィックの疎通に使用される主要機器の最大シェアをどの業者が制するかは未だ今後の問題だといっていいだろう。
シスコシステムズが得意としてきた業績向上(一株当たり利益の増大)とこれによる株高、さらに株高を基盤にした増大する株式時価総額の引き上げと株式交換によるベンチャー買収という企業拡大のサイクルをいつまでも続けられるかどうかにも、疑問が投げかけられている。
確かにこれまではシスコシステムズは毎期の株式当たり利益を確実に予想を上回る水準に維持して来た。それだけに株式市場から高い信頼を得て、これが高水準の株高、大きい株式時価総額をもたらす原因となった。しかし問題は現在の株式の価格が1株当たり利益に比して高すぎる点にある。(1999年度のシスコの一株当たり利益は42セント、これに対して平均的な株価は68ドル、利益に対する株価の比率は130倍)裏返せばシスコの一株当たり利益の絶対値は他社に比し必ずしも高い水準ではない。度重なる企業買収のための株式発行で株式数が増えているからである。シスコの財務担当者が毎期じょじょに一株当たり利益を高める限度に他社買収を押さえるという絶妙な財務政策を実施し、少なくともこれまでは成功を収めてきたとも言い得る。The Asian Wallstreet Journal のThomas G.Donlan 氏は果たしてシスコシステムズが最後まで好業績を維持し現在の株価水準を維持できるかを執拗に追及する。
例えばシスコシステムズは昨年売上げ1000万ドルの企業 Cerent and Montrey Works をシスコシステムズの新株1億株との交換で69億ドルで買収したのであるが、Donlan氏は果たしてこの高い買収が将来新株分に高配当を生み出すだけの収益にリンクできるのか疑わしいという。将来ますます金額が高まって行く企業買収が1、2失敗に終ればシスコの急成長がストップしてしまい、急成長路線の上に築かれている同社の戦略自体が狂ってしまうこととも成りかねない。
事実シスコシステムズの株価自体も最近67ドルから68ドルで安定している。本年3月のニュウヨーク株式暴落の影響をほとんど受けなかったのは流石であるが、70ドルを超えたピーク時には株価には戻っていない。シスコ側は他社の株式価格も下がっているから企業買収政策に支障はないと強気であるが、本年に入って同社の経営戦略のうち一抹の翳りが出てきたという印象は否めまい。
1984年の創業以来十数年間で世界最大のネットワーキング企業となり、老舗の電気通信会社諸社(米国カナダではルーセント、ノーテル、さらに欧州、日本も視野に入れれば、アルカテル、シーメンス、NEC、富士通も)に脅威を与えている強力なハイテク企業のシスコシステムの企業戦略も大きく株式資本主義に依存している。(つまり、その原因は自社であれ株式市場自体であれ、株価水準が下がれば戦略の抜本的組み直しが必要になるという側面を見落とすべきではあるまい。)
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