DRI テレコムウォッチャー




欧州委員会と米国司法省、MCIWorldComによるSprintの統合を拒否

2000年7月15日号


1999年10月、MCIWorldCom(米国第2位の長距離通信事業者)がSprint(米国第3位の長距離通信事業者)を株式交換方式により統合することで合意したと発表した。金額は1150億ドルと電気通信分野での最大のM&A発表であった。
当時、これまで長距離通信業者の統合に次ぐ統合でシェアを伸ばし、しかも世界最大のインターネットバックボーン回線部門UUNET(この部門自体も1998年にMCI買収により取得したものだった)を武器として、国際通信の分野でも急成長を続けてきた同社のエズレー会長の経営者としての手腕は高く評価された。MCIWorldComは早晩、AT&Tに追いつき追い越すのではなかろうかとの予測もなされたほどである。
この発表が行われた時、FCCは両社の統合が米国国際市場で複占状態をもたらす危険がないかどうか慎重に検討する必要があると警告を発したが、両社も電気通信アナリスト達も規制機関の出方については楽観的であった。これまで米国の規制機関も欧州委員会も電気通信分野における大型合併を全面的に拒否したことはなく、様々の条件をつけることはあるにせよこれを認めてきた。またMCIWorldComにしてみれば、かってWorldCom当時FCCから自社のインターネットバックボーン部門を他社に売却することを条件にMCIの買収を認められたことがあった。今回も自社のUUNETを保持し、Sprintのインターネットバックボーン部門を売却すれば規制機関の審査はパスするものと判断した。
しかし本年2月以来、欧州委員会と米国司法省は緊密な連携の下にこの案件の審査に当たり、6月27日司法省は反独占法違反で両社を訴追、翌28日には欧州委員会は両社の合併を全面的に拒否した。本論執筆の現在、両社は現在両社間で結ばれている合併に関する合意を解消してはいないが、両規制機関のあまりにも厳しい拒否の姿勢の前に両社は合意解消以外の道はないと観測筋はみている。
今回の米・欧の規制機関の決定は(1)両社の今後の行動(2)外国電気通信会社の米国電気通信市場への参入の動き(3)大型合併自体の今後の動向に深刻な影響を与えるものである。
以下、欧州委員会の判定の内容、そのインパクト等について解説する。


緊密な連携の下に両社の合併を拒否した欧州委員会と米国司法省

欧州委員会のモンティ委員(Mario Monti、競争担当)は本年2月21日、MCIWorldCom、Sprint両社から上げられた合併申請に対し、欧州電気通信市場の競争に及ぼす影響が懸念されるから厳重に検討のうえ7月初旬には結論を出す旨を明らかにした。
同委員は6月の第3週に米国に出張、クライン(Joel Klein)米司法省反トラスト局長等の規制関係者と打ち合わせ、欧州委員会と米国司法省合同で両社の合同を阻止する旨の合意に達した。6月20日欧州委員会は両社に対し、現在の形での合併は認めることはできず、また再申請しても欧州委員会がそれを承認する可能性はきわめて薄い旨を通告、事実上合併を断念するよう通告した。同時期、米国司法省も両社の合併は米国電気通信市場の競争を著しく損なうから、両社に対し反トラスト訴訟を提起すると警告した。MCIWorldCom、Sprintの両社はこのような事態に対処するため欧州委員会に対する申請取り消しを行ったが、合意解消はしなかった。なおも大幅な譲歩による解決の方法がないかどうかの可能性を検討しようとした。しかし両社は明かに両規制機関からのサインを読み違えていたのである。
規制機関側は早急にこの案件を決着させる行動に出た。6月27日米国司法省は警告通り合併が実施されれば電気通信市場の競争が阻害され、米国の消費者の通話料が引き上げられる恐れがあると両社に対し訴訟を提起した。さらに翌28日欧州委員会は両社の合併を拒否し、両社は合意解消以外の道は開けていないとの声明を発表した。
欧州委員会、米国司法省からの強烈な拒否通告を受けた両社は近日中に態度を表明すると述べたが、本論執筆時点(7月12日)では何らの発表もない。しかし両社が昨年10月に発表した合併の合意を解消せざるを得まいというのは観測筋の一致した見解であって、すでにジャーナリズムは合意解消を折り込み次になにが起こるかを予測する行動に出ている。敗者となったMCIWorldComは他社からの合併対象とされる可能性があるとすら論じられる始末である。昨年10月の合併発表の時点には電気通信業界の時の人であった同社会長のエバーズ氏(Ebbers)の権威は(一時的なものか否かは別にして)地に落ちた。




欧州委員会と米国司法省の両社合併拒否の理由

(1) 欧州委員会

欧州委員会は両社の合併に反対する理由として次の2点を挙げている。
第1に両社合併によるインターネットバックボーンの威力である。両社のインターネットバックボーンが結合されるとそのネットワークと顧客ベースが強大であるため、競争業者者は対抗できず競争業者の顧客が合併会社のバックボーンに吸い込まれてしまう危険性があるという。(この点は両社側も当初から意識していたところであり、両社は現に本年6月8日にSprintのバックボーン回線は合併対象から切り離すと申し出ていた)
第2点は多国籍企業に対するグローバル電気通信サービスの提供であって、この分野でも両社の合併を認めるとBTの市場シェアを合わせると市場の半ばを占めることとなり、BT、合併会社での支配的地位を認めるわけにはいかないと判定している。
また欧州委員会は多くの米国及びEU諸国の電気通信事業者から、AT&Tのシェアと合併会社のシェアを加えると国際音声電気通信市場において支配的地位を占めることになろうとの苦情を多く受けたがこの案件の所管は米国司法省であるので同省に検討を委ねたとしている。(この項は欧州委員会の2000.6.28付けRapid Text File. Commission prohibits merger between MCIWorldcom and Sprintによった)
(2)米国司法省
司法省は両社が関係する電気通信市場について、両社及びビッグスリー(両社プラスAT&T)の市場シェアを検討した結果、次表の通りいずれも支配的なシェアを占めると判定した。

表 MCIWorldCom/Sprintあるいはビッグスリー(両社プラスAT&T)の市場シェア
電気通信市場WorldCom/Sprint あるいはビッグスリーのシェア
国内住宅用長距離通信市場WorldCom 19%、Sprint 8%。ビッグスリーで約80%
バックボーンインターネットサービスWorldCom 37%、Sprint 16%。両社計53%
50カ国との国際通信サービスWorldCom/Sprintで少なくとも30%。ビッグスリーで約80%
60カ国との国際専用線サービスWorldCom/Sprintで少なくとも37%。ビッグスリーで約82%
大企業向けデータネットワークサービス(ATM、フレームリレー等)ビッグスリーで支配的シェア
国内大企業向け特注サービスビッグスリーで支配的シェア

なおMCIWorldComは移動体通信部門を有しておらず、Sprintには移動体通信部門のSprintPCSがある。司法省も欧州委員会も市場シェアの上では問題がないと見たため、両社合併後の移動体通信についてはなんら触れていない。従って論理的には当然のことながら、MCIWorldComがSprintPCSだけの取得を望むなら、両規制機関は異議を唱えないということになろう。
米国司法省はこのように両社がサービスを提供する個々のサービス市場のシェアの状況を列挙した後に「他の通信事業者ももっと小規模の形で市場参入しているが、MCIWorldComとSprint、あるいは両社とAT&Tとの間の競争ほどの便益をもたらしはしなかった」として、両社の合併が米国の電気通信競争市場にもたらす害を協調した。(上記の記述は2000.6.27 付け米国司法省のプレスレリースリース「Justice Department sues to block WorldComユs acqisition of Sprint」によった。)
ところで両社の合併について司法省への説明に当たってきたSprintの上級副社長デルビン氏(Richard Delvin)は司法省が両社を相手取って訴訟に訴えたことは遺憾だとし、声明文を発表し次のように述べた。
「我々は、米国の電気通信業界が最近のFCCによる相次ぐ合併承認により、グループの地域電話会社グループ(SBCとBellAtlantic/GTE)およびAT&T/ケーブルテレビ会社の複占(デュオポリー)になっていく状況に対し、MCIWorldcom/Sprintが競争業者として競争を促進する役割を果たすと主張したが、資料こそ3670箱分提出したものの口頭で説明する機会すら与えられなかった」と不満を洩らしている。(この部分は2000.6.27付けMCIWorldComのプレスレリースリース「Sprint statement in response to Department of Justice lawsuit in opposition to merger」によった。表もプレスレリースリース中の資料を基にして作成した。)
確かにデルビン氏の議論も無理はあるようであるが、申請側の論旨を全く無視して一方的に反競争訴訟を提起した司法省の態度も専横というべきであろう。




両規制機関による合併拒否のインパクトと今後の見遠し

1999年から2000年にかけて欧州委員会も米国の司法省、FCCも電気通信分野の大型合併をともかく認めてきた(その多くは合併会社からの一部業務部門の切り離し等の条件が付いたが)。その流れのなかで、MCIWorldComとSprintの合併もかねてから、規制機関側が難しい案件だとの警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、多分条件付きでパスするだろうとの安易な気分が流れていた。今回の欧州委員会、米国司法省の合同作戦による両社合併の拒否はM&Aに対する規制機関の存在の大きさを十二分に思い知らされる効果をもたらした。
しかし先に紹介した欧州委員会、司法省の両社に対する合併反対の論拠は素人判りはするものの極めてプリミティブなものであるとの印象は免れがたい。また認定の機関こそ違うが、これまでFCCが地域電話会社の合併を認めてきた論理とも異なるように思われる。合併自体による直接的な独占強化の可能性には触れず、FCC自体が設定した競争促進条件により将来の競争が担保されるという論理(酷評すればやや詭弁じみている)をしばしば採用するのだから。(例えば、最近のBellAtlanticとGTEの合併を認めた裁定理由など)こういう状況であると、今後規制機関による合併を認めるためのガイドラインが必要にはならないだろうか。
ところで合併に失敗したMCIWorldComとSprintはそれぞれ新たな提携あるいは合併戦略を模索して行くこととなろう。当面Sprintはドイツテレコムを始め、幾社もの電気通信会社が取得の相手として狙っているようであり、今後同社の帰趨が定まるまでにはまだかなりの期間がかかるようである。MCIWorldComの側は今回のSprint取得により権威は著しく損なわれたにせよ、収益率でAT&Tをしのぐ優良会社であって当面経営に問題はない。長年の同社の悩みは携帯電話部門を持たないことであって、それが今回のSprint取得の試みの大きな誘引であったが、この分野では新たな戦略を考えなければなるまい。同社はSprintとの合併拒否が明かになった後ドイツの3G(次世代携帯電話)応札を取りやめており、このため欧州のあるアナリストは携帯電話部門への参入に経費がかかりすぎると考えたのではないかと評している。(2000.6.28付けフィナンシャルタイムス「WorldCom pulls out of German mobile auction」)2ヶ月ほど前MCIWorldComは英国の3Gの応札からも撤退しており、同社が少なくとも携帯電話分野でのグローバルな展開はあきらめたことは確実であるが米国市場での戦略は見えてこない。
ドイツテレコムが既にSpritntに10%の資本を有していること、昨年10月の時点で同社取得に熱意を示していたこと、最近は同社の株価も上昇、また大量の社債発行により資金も豊富であること等から、近く予想されるMCIWorldComとSprintとの合併合意解消後のSprint取得の最有力候補者と見られていた。またドイツテレコム、Sprintは非公式に合併について話し合いをしていることを否定していない。ところが米国の一部上院議員から強い反対があり、(ドイツ政府がドイツテレコムの株式の過半数57%を所有しており純粋の民間会社でないとの理由)両社の合併は難しいようである。(ドイツテレコムはつい最近米国の携帯電話会社のボイスストリームの取得の申し出をしたとか、C&Wとも同様の交渉をしているとか、大型海外進出について様々の動きをしている。いずれ提携の相手先が確実になった時点で同社の海外戦略を中心に論ずることとしたい)
 本年2000年に限れば、今回の欧州、米国規制機関の厳しい裁定のインパクト、電気通信株式の低迷等もあり、電気通信、IT分野の大型合併は低調で推移するのではないか。ひょっとすると、本年1月のヴォーダフォン・エアタッチによるマンネスマン取得が大型合併のピークであったのかもしれない。


文中の参照資料のメディア・機関へはこちらから
* EU(欧州委員会:European Union)

* FCC(米国連邦通信委員会:Federal Communications Commission)

* フィナンシャルタイムス



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* MCI WorldCom

* Sprint

* ドイツテレコム



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