急激な需要の落ち込みに対処するため大幅な業務調整に入ったノーテル・ネットワークス
2001年7月1日号 最近のエコノミスト誌は、欧州,米国,日本の世界主要3地域の経済動向についてマクロ予測を行い、欧州、米国の経済成長が減速し場合によればリセッションとなる可能性が高いし、日本は残念ながら、すでにリセッションに入るギリギリのところまで経済が悪化しているとの記事を掲載した(注1)。
ノーテル・ネットワークス、大幅な生産調整と2001年次の巨額赤字の計上見通しを発表
妥当な予測と言えるだろうが、6月の上旬から中旬に掛けての米国,欧州の1部通信機器メーカの将来予測の発表、需要落ち込みに対処するためノーテル・ネットワークスが発表した減産計画(大幅な人員整理、不稼動資産処分を含む)を検討すると、米国の電気通信部門では、もうリセッション(景気後退)に留まらず、完全にデプレッション(不況)に入りつつあると思われる。天気予報に譬えれば、米国,欧州経済は全般的に曇り勝ちだが米国の1地方で(不幸なことに電気通信分野で)大雨というところであろう。
以下、ノーテル・ネットワークス(2000年次の売上高で通信機器メーカ世界一)の業務調整政策、他の大手通信機器メーカの減員、2001年次第2.4半期の業績見通し米国の通信機器メーカが不況に突入した原因について、解説する。
ノーテル・ネットワークスは2001年6月15日、プレスレリースにおいて、同社製品に対する需要の急激な落ち込みに対処するため、今後,精力的に、縮小する需要に見合う設備,職員数に事業規模を調整する計画(realignment plan)を発表し、世界の電気通信業界に大きな衝撃を与えた。
ノーテル・ネットワークスの事業規模調整に対する基本方針は次ぎの通りである(注2)。
- 生産設備は将来性がある部門に重点を置き,不採算部門から撤退する(注3)。
- さらに、10,000名の従業員を削減(同社は、既に本年1月から3月に掛け、3回に分け計20,000名の減員を発表している)する。
- 2001年第2.4半期の決算(7月下旬に発表される予定)では、売上45億ドルに対し、192億ドルの損失を計上する予定、損失のうち通常業務運営上の損失は15億ドルで,他は業務縮小政策に伴うものである。
- 株式配当は取り止める。
最先端の通信機器の開発,販売にかけては他社の追随を許さないほどにビジネス戦略の構築,実施で優れていたノーテル・ネットワークスが、このように記録的な欠損を発表し、大幅な減産に乗り出したことは、現在,米国の通信機器メーカを直撃している危機の深刻さを物語るものと言えよう。
ノーテルがすでに、次期2001年第1.4半期に予定している上記の192億ドルの損失の大部分は、事業規模の縮小に伴う必要経費の計上によるものである。表1は、ノーテル・ネットワークスが撤退作戦のため、どのような項目にどの程度の経費を充当しているかを示したものである。(注4)。
表1 ノーテル・ネットワークスの業務調整計画実施のための所要経費
金額 経費計上の理由 123億ドル 企業買収に伴う特別損失。対象企業はAlteon WebSystems,Xeos,Qtera 26億ドル 不採算部門からの撤退に伴う経費の計上。このなかには、Promatory Communications及びSonoma Systems買収に伴う特別損失計上分の7,5億ドルを含む。 9.5億ドル 6.5億ドルは過剰あるいは不要となった在庫品の処分。3億ドルは不良債権,その他投資への引当。 8.3億ドル 1月から3月に発表した20.000人の人員整理,工場閉鎖に伴う所要経費。 20億ドル 企業買収に伴う特別損失。最初の項目と同じ性格のもの。対象企業名は発表されていない。
この表で際立つのは、取得企業の特別損失の金額が150.5億ドル(最初の項目の123億ドルを含め他の項目に含まれている金額をも加えた総計)と総経費186.8億ドルの大半に当る81%を占めていることである。ノーテル・ネットワークスは取得企業の取得時の価格(同社からすれば簿価)と現在価格との差額を計上したわけであるが、その金額がいかに大きいかに驚かされる。まことに高く付いたバブルの清算であった。
また、人員整理の規模もきわめて大きい。ノーテル・ネットワークスの2001年初頭の総従業員数は94,500人であるのに、これまでに発表した人員整理数は計30,000人(今回発表した10.000人+1月から4月に発表した計20,000人)に上り、全従業員数に対する比率は31.7%となる。
項を改めて、なぜノーテル・ネットワーク(一般的には機器メーカが)がこれほど大きい業務調整に踏み切らざるを得なかったかを検討することにする。
通信事業者の設備投資に支えられてきた機器メーカとバブルの崩壊ノーテルのCEOのロス氏(John Roth )氏の説明は、単純明快である。氏は同社が業務調整を行わざるを得ない理由として、電気通信事業者,サービス提供業者が機器の発注を急減したためだと述べている。
欧米8大通信機器メーカの人員削減、収支悪化の状況
機器メーカの収入は、そのすべてをサービス提供業者からの発注に依存する。ところが、当コラムでも、主として米国の新興通信事業者について前回に紹介したように、電気通信、IT事業者が軒並み過剰投資の清算に迫られ,新規投資どころか負債の返済、負債の借り替えに追われている(注5)。従って、機器メーカへの発注を生み出す設備投資,既設設備の取替えに資金を投じる余裕がなくなったのは当然のことである。
そもそも、機器メーカはサービス提供業者に対し、好況の時期には高利益を得るチャンスが大きいが、不況に対する耐力は脆弱である。サービス提供業者はたとえ事業が赤字であっても機器業者に注文を出す。 例えば、IT景気が華やかであったほんの一年前までは、高騰する自社株式の信用をバックとして、新設のdot.com会社は苦労することなく投資資金を調達し、その資金を機器メーカに投じて、IP網と接続するため、サーバ,ルーター等の関連機器を発注した。機器メーカは発注したサービス会社の業績に関係なく、売上代金を受け取り、巨額の利益を手にすることができた。ちなみに、機器メーカ繁栄の絶頂期は2001年の4月、IP用機器で四半期ごとに売上を伸ばしてきたCiscoが株式時価総額で世界一となった時期である。
不況になると、サービス提供業者の場合は収入の減少に見舞われるが、固定した加入者層を有しているため今後の収支の最低限の予想は付く。ところが、機器業者の場合、その見通しが立たないという弱点がある。さらに、ノーテルのような大手機器メーカは激しい競争に生き残るため、多かれ少なかれ、サービス提供業者に対しクレジット(いわゆる、ベンダー・ファイナンシング)を附与している。不況期に相手のサービス提供業者が倒産によるこのクレジットが回収不能になると、メーカは機器代金が回収できず、その損害は益々大きいものとなってしまう。表1に見られるように、ノーテルは3億ドルを不良債権等の引当に計上しているが,これが多分、供与したクレジットに対する引当額だと考えられる。
ノーテルの事業再編成については、様々のアナリストが論じているが,要領のよい最新の意見を紹介しておこう(注6)。
ノーテルは、今回の再編で毎4半期50億ドルの売上規模で,利益を出せる事業規模を狙っている。2001年次の同社の収入は約300億ドル(正確には298億ドル)で4半期の収入は75億ドルであるから、前年度の3分の2の売上に対応するところまで事業規模を縮小するということになる。
ところが、ノーテルCEOのロス氏は、顧客の動向が読めない以上,上記予測は覆る可能性があり、その場合にはさらに、その事態に対処した対策を講じざるを得ないことを認めている。
まことに、ノーテルにとって、容易ならざる事態といわざるを得ない。これまで、主としてノーテル・ネットワークスを例にして、需要の急激な落ち込みへの対処策を見てきたが、実は同社が他社に先駆けて透明性の高いニュースレリースを発表しているため、同社を事例として取り上げたまでであって、他の幾つかの大手電気通信事業者も大なり小なり、同様の事態に追い込まれているとみてよい。 表2により、2000年次売上高で上位8社の電気通信機器メーカがここ数ヶ月に発表した人員削減計画、第2四半期決算の予想を見てみよう。
表2 欧米の大手電気通信機器メーカ(2000年次上位8社)の人員削減数・2001年第2四半期業績予想
事業者名 削減従業員数(総従業員数に対する比率、発表月) 2001年次第2四半期の業績予測 Nortel Networks 30,000(30%強、1,3,4,6) 192億ドルの欠損を予定 Nokia 0 10%増益を予定 Ericsson 21,700(19.5%,1.3,4) 第1.4半期は49億クローネの大幅欠損,第2.4半期も欠損の見込み。 Lucent Technologies 16,000(12%,1月) 欠損の予定(前期の第14半期に赤字転落) Cisco Systems 8,500(18%,4月) 前第1.4半期も欠損、欠損は確実 Motorola 15,000から,22,000(12,7から15,7%、1,3月) 前第1.4半期も欠損、欠損は確実 Siemens 4,000(20%,9月) 第1.4半期は純益増。黒字の見込み。 Alcatel 2,000(11%,4,6月) 減益となるが,利益計上の見込み
上記の表について、多少のコメントを付け加えておく。
- Lucent Technologiesは過剰投資が原因で、2001年1月にいち早く赤字決算を発表した。その後、Alcatel社との合併に失敗、現在,将来の方向を失っていうるかに見えるのは、周知の通りである。振りかえれば、これが、機器メーカの業績不振、業務再調整宣言のはしりであった。Lucentの発表当時、多くのアナリストの説明は同社固有の経営の失敗により経営不振を招いたとの論調であった。しかし、その後、Nortel Networks,Cisco等、革新的経営の模範とされた同業他社がLucentとさほど変わらない事態に陥っていることからすると、電気通信機器製造分野におけるバブル崩壊という大きな流れが、機器メーカを押しなべて流してしまったとの印象を受ける。
- NokiaはNortel Technologiesが衝撃的な業務再調整宣言を行う数日前、利益の伸び率が当初予想の半分(20%→10%)になると第2四半期の業績見通しを下方修正した。この発表も欧米の電気通信業界に大きなインパクトを与え、Nokiaの株価を大きく引き下げたものであるが、同社が依然として強い収益力をほ凝っていることは間違いない。1つには、Nokiaは、2001年における携帯電話の需要総数がたとえ減少しても他社のシェアを奪うことにより、売上増を図れるとの自信を持っているためであろう。
- Ericsson は、携帯電話部門の不振が主原因で2001年第1四半期に欠損を出した。通信機器専業のAlcatel(フランス)は米国の各社と同様に、需要減の影響が大きいが、赤字計上をするほどに収支は悪化していないようである。Siemensは総合機器メーカである点が幸いしているためか、黒字基調に変わりはない。上表8社中、4社は北米の会社、4社は欧州の会社である。欧州4社中、Ericssonを除く3社はいずれも、本年第2四半期は黒字の予想であり、同期にこぞって欠損が予想されている北米の4通信事業者とは対照的である。これからしても、バブル崩壊のインパクトはIT革命の流れに棹さして、実需を遥かに上回る供給力を生み出した米国が最も強く受け、欧州は比較的、損害軽微であったことがわかる。
ところで、このように急激に生産調整に追い込まれたこれら通信機器メーカがいつ、増産に転ずるかが論議されている。それは、機器を発注する通信事業者が新たに投資を開始する時期と一致するのであろうが、多くのアナリスト、業界の経営者達は回復が軌道に乗るのは、2003年からになるかも知れないとの悲観論を出しているという(注7)。
さらに、機器メーカの不況は、通信事業者の経営不振ともあいまって、金融業界にもインパクト(融資の引き締め、ジャンク・ボンドの値下がり等)を及ぼしている。さらに、業界の淘汰(ここで紹介した大メーカが倒産することはないだろうが、これら大メーカに機器,部品を納入する中小メーカ)が進むであろうし、M&Aも盛んになるだろうとの予測も為されている。このような案件については、折りを見て論じる機会があろう。
最後に、わが国の通信機メーカが不況の圏外にあったのは幸いであった。わが国ではここ数年來、着実なITブームが持続しているが、T時期のドットコムの株式の急騰を除くと、IT関連のバブルとは無縁であった。わが国と米国のデジタルデバイドもよく議論となるが、両国関に格差があったからこそ、メーカは生産過剰に追い込まれずに済んだ側面があったのではなかろうか。注(1)6.18日付けのEconomistの論説、“Sign of slowdown”
注(2)6.15日付けのノーテルのプレスレリース、“Nortel Networks Provides Progress Update on Alignment Plan and Outlook for Second Quarter Performance”
注 (3)今回の発表の前の時点に、ノーテルはADSl用機器から撤退する旨を発表している。今後、どの部分を整理するか、同社は必ずしも明かにしていない。逆に、付加価値が高く,他社との差異化が計れる最先端技術の部門は、R&Dをも含め、保持する旨を確言している。
注(4)欠損総額192億ドルは表に計上した経費の計及び業務上の欠損の和に一致するはずだが、実際には不一致である。ノーテルのプレスレリース以外に頼るべき資料がないので、不一致はそのままに紹介したことをお断りしておく。
注(5)テレコムウオッチャー2001年6.15日号「欧米電気通信事業に仮借なく進行するバブルの清算過程」
注(6)6.21付けファイナンシャル・タイムス、”Times change for Nortel’s Roth”
注(7)メーカの需要回復が遅れる予測をした代表的な記事として、CBS MarketWatchの6.16日付けの記事“Markets take a hit, more blows coming”がある。
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