欧米電気通信事業に仮借なく進行するバブルの清算過程
2001年6月15日号 21世紀の最初の年である2001年もまもなく上半期を終ろうとしている。この半期を要約すれば、すでに2000年後半期にその予兆が現れていた電気通信分野におけるバブルの清算過程が特に欧州・米国において強く進行した時期であった。
続出した破産法第11条適用の申請
欧州では、この過程で主として3G(第3世代携帯電話)に関連した携帯電話会社、その親会社である既存電気通信会社が過大な投資に加えて、オークションで法外に釣り上がった免許料金の支払のため、程度の差こそ異なるものの、大きな負債を抱え、現在、その償還に大童である。企業の倒産は顕在化していないが、莫大な債務処理の問題が未解決のため、金融業界をも巻き込んで大きな火種が残っている状況である。
3Gの影響が少なかった米国では、バブルの崩壊はすでに2000年後半から始まったドット・コム企業のうちのB2C(インターネットによる一般消費者対象の小売業)から始まり、2001年の初頭から、急ピッチで他のIT・電気通信事業に及んだ。現在、インターネットを最大のツールとして事業を展開しているネット企業、CLEC(市内競争事業者)、長距離通信事業者、電気通信機器メーカは押しなべて、一部の企業を除き、業績はおおむね不調であり、株価は下がったまま回復していない。
特に、最近、5月から6月に掛けては米国破産法第11条(注1)を申請する企業が多く現れて、米国電気通信関連企業の抱えている財務の悪化状況が深刻である事実を改めて、浮き彫りにした。 要は、新技術に駆動されて急成長しつつある電気通信産業の将来の需要を高く予測し過ぎた結果、株価が上がり、企業がその高い株価に支えられた信用を基にして過大な借金をし、これにより過大な投資をした報いが顕在化したのである(注2)。1980年代後半から1990年代前半にわが国で生じたバブルと業種こそ異なるものの、その本質は変わらない。
米国の1部アナリストはこの清算過程は始まったばかりであって、今後、企業の倒産はまだまだ続くと予測している。ただ、幸いなことに、ある推計によれば、今後予想される焦付き負債総額は20億ドルから30億ドル程度であり、わが国をいまなお悩ましている不動産・建設.小売業を主体としたバブル後の不良債権額に比すれば,その額はさほどの規模ではない(注3)。
憂慮すべきことは、英国の光ファイバー企業、GTSの経営破綻が6月上旬に発表され、これまでは、3Gによるインパクトはともかくも、他分野の電気通信分野での財務問題はなかったと考えられてきた欧州の電気通信事業にもバブル清算の現象が及ぶ徴候が見えてきたことである。
以下、最近の米国の破綻電気通信企業の2,3の事例、この事態を利用する既存電気通信事業者、電気通信事業の倒産が顧客サービスに及ぼしている悪影響について解説する。
表 破産法11条の規定に基づき、事業の再建に踏み切った電気通信事業の事例
企業名 業務内容 財務悪化状況等 North Point ISPに対するADSL提供会社として、Covadに次ぎ、業界第2位。 破産法申請は2000年12月。その後、資金繰りは改善されず、2001年3月に破産。2001年6月、AT&Tは同社の資産を買収した。 Winstar ブロードバンドによる一連のサービス(IPデータ、専用線、市内・長距離電話サービスを含む)を企業に提供。 資金繰りがつかず、2000年4月に破産法第11条の申請を行う。 最近、決算報告に虚偽の内容があったとして、幾つかの金融機関から訴訟が提起されている。 Teligent スタート時は、ワイアレス・.ローカルループを利用してのブロードバンド提供会社。その後,事業を拡大,ブロードバンド利用の一連のサービスを提供する企業となった。創設者はAT&Tで将来のCEO候補とも言われたAlex Mandle氏。 チェース・マンハッタン銀行等に対する8億ドルの負債の返還ができないため、2001年4月、破産法第11条に基づく申請を行った。 PSINet 90年代前半に、IP利用のISP、ASP事業の展開を始めた業界における草分け的存在である。海外にも多くの子会社を有し、従業員は数千人に及ぶ。 2001年6月1日、43億ドルの負債の資金繰りがつかず、破産法第11条の申請を行った。ただし申請の効力は同社のアジア、欧州、中南米の子会社には及ばない。 Viatel 10,000キロの光ファイバーケーブルを有するケーブルの販売会社であるとともに、企業に対するISP兼ASP。本拠は米国だが、事業の主体は欧州。 2001年5月、前年度に不払いが生じたこと及び、貸借対照表の改善をはかる様があるとして、破産法第11条の申請を行った。 GTS ロンドンを本拠とする企業及び通信事業者に対する高速インターネットサービス提供の大手電気通信会社。 「6月1日、GTSは14億ドルの負債が支払えないため、破産に陥るのを防ぐための手続きを開始した」(これは2001年6月1日付けFTの"GTS defaults on $ 1.4bn"からの引用であるが、目下私が入手した資料はこの記事だけなので、詳細は不明。 ここ、数ヶ月間に負債が支払できず、破産法11条の適用を申告し、事業再建の方途を選んだ電気通信事業者(このうちNorth Pointはその後の再建が成功せず倒産)の代表的なものを上表に掲載する。
AT&T、Verizonの料金値上げー市場は既存通信事業者に有利に
この表から汲み取れる電気通信企業の破綻の特色を見てみよう。
第1に、業界の中堅、代表格とも考えられるNorth Point、Teligent、PSINetといった有名企業が対象になっていることである。しかもそのすべてがDSL、ワイアレス・ローカルループさらには、光ファイバー、インターネットによるブロードバンドアクセスといった新技術を駆使した最先端分野(かつて良く使われた言葉では“ニュー・エコノミー”)の分野に属している企業である点に注目する要があろう。このように、務危機は電気通信事業のハイテク、新規企業部分を直撃している。
第2に、上記のこととも関連するが、いかに事業が伸びていても(破綻申請をしたすべての企業が大きく売上高を伸ばしている)大きな債務不履行を一度起こせば、即、破産法11条の申請に追い込まれているのであって、正に「金の切れ目が縁の切れ目」になっていることである。
最後に、米国破産法弟12条は申請企業に対し、定まったアクション期間を設け、この期間内に取った措置が効を結ばなければ、正規の破産手続きに移行することを定めている。この期間に業務改善をなし終え、破産法からの監視を免れることができれば、めでたしめでたしであるが、再建ならず正規の倒産に追い込まれる例も多い。North Pointは不幸な結末を迎えた事例である。同社は結局再建が成功せず、万策尽き果て倒産した後にAT&Tにより、その資産を安値(4億ドルを超えると見られていた資産を1.35億ドル)で買い取られるという哀れな結末を迎えてしまった。市場で敗れ去ったものは、いかにも米国流のサバサバした解決法ではあるが、他方索漠たる感は否めない。
相次ぐ新興の電気通信企業の破綻で総体的に優位に立ったのは、既存の長距離電気通信業者・地域電話会社である。
突然にサービスを奪われ損害を受ける企業、消費者
- AT&T、7月1日から長距離基本サービス料金を10%程度引き上げへ
AT&Tは本年6月1日、長距離基本サービス料金を次ぎの通り引き上げると発表した。
ウィークデイのサービス料金:分当り29.5セントから30セントへ(昼間時間帯:午前7時から午後7時)また、夜間、深夜時間帯(午後7時から翌朝7時まで)は分当り22.5セントから25セントへ
通常、月当りまとまった長距離通話サービスを利用する住宅用ユーザーは、月額幾らかの定額料金を払い、従量制の通話料は安くなる(AT&Tも含め大体分当り5セントが相場)割引通話制度を利用するのが常である。この通話を利用しない低利用ユーザーが上記の基本サービス料金を利用することとなる。
AT&Tによると、同社ユーザーの約6,000万人の加入者のうち、3,200万人が割り引き通話制度を利用し、2800万人が基本サービス料金を使っている。しかし、両者からの収入比は85%対%程度のものであるという(注4)。
AT&Tは昨年にも、同様の料金値上げを計画したが、消費者団体、FCC等の反対を恐れて断念した経緯がある。今回の値上げ実施は、新FCC委員長のパウエル氏が市場競争尊重論者であり、先ず反対はないだろうとの読みの下での断行であるが、注目すべきことは、AT&Tが競争者の圧力をなんら顧慮せずに値上げに踏み切ったという強みである。これには、AT&Tと競争関係にある通信事業者(競争市外通信事業者とかIP電話業者)の最近の経営体力の弱化があずかっていると考えられる。
- VerizonとBellSouthはDSL料金を値上げへ
料金値上げは、地域電話会社のVerizonとBellSouthがDSL料金についても行っている。
Verizonは最近、新規加入者についてはDSLへのアクセス料金と月額39.95ドルから49.95ドルへ値上げした。またBell South も本年6月から値上げを実施した。
これまで、DSLの架設は専業業者のCovad、NorthPointと地域電話会社の競争体制の下で行なわれ、この競争圧力が料金の引き上げを抑止していた。しかし、すでに述べた通り、North Pointは破産に追い込まれたし、トップ企業のCovadも今では慢性的な赤字に悩まされ、地域電話会社と対等に競争できるだけの力がない。
両社の料金値上げは、このように競争業者の弱体化の下で生じた現象である(注5)。IT・電気通信事業者がある日突然、サービス提供をストップしたため、迷惑を蒙ったという事例にも事欠かない。
本年3月、North Pointが倒産した時、同社からDSLをリースして業を営んでいる多くのISPが急にユーザーへのサービスがストップして大騒ぎになった事例は有名であり、当時米国のジャーナリズムに大きく報道されたものである。
その他にも、800番サービスが提供会社の経営破綻によりストップしてしまったのに、番号記載はそのままになっているため、顧客からの苦情が殺到したという事例、プリペイドカードで割安国際通話を掛けていた顧客が同じくサービスがかけられなくなり、カードが無効になった例などがワシントン・ポストで紹介されている(注6)。
以上は、おおむね米国のジャーナリズムの記事を基にして、できるだけ主観を交えずに最近の米国電気通信市場で生じている企業破綻とその影響の一端を紹介してきたものである。
わが国は今後5ヵ年間で、先進国中でもっとも進んだIT国家になることを目指し、現在その具体策を策定中であるが、本論で解説した電気通信分野での先進米国における電気通信バブルの現状は大いに他山の石とすべき教訓を含んでいるのではないだろうか。(注1)一定の余裕期間を与え,その期間内に施策の実行により、債務の履行できる状態になれば、法適用を解除する。債務履行ができなければ、正規の破産手続きに移行するというもののようである。
(注2)ある論者は、1次関数のリニアな伸びを誤って,指数関数的に伸びると予測した点に誤りがあったと述べている。言い得て妙である。
(注3)2001.6.2日付けのThe Washington Postの論説 "Fear of Telebomb Fallout" には アナリスト達の予測として次ぎのような予測をしている。「電気通信分野の負債総額は、4000億ドルから6500億ドルである。その4分の1がハイリスクの負債(ジャンクボンド等)である。そのうち200億ドルから300億ドル程度が今後12から18ヶ月内に債務不履行となる可能性がある」
(注4)2001.6.2日のYahoo! News "AT&T Hikes on Residential Calls"
(注5) 2001.5.2日付けのYahoo! News " Phone Companies Hike DSL Charges"
(注6) 2001.6.2日付けのThe Washington Times "Casualties of a Shakeout"
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