転期を迎えた英米の小売ドット・コム企業
2000年6月1日号
ここ3年ほどの間、社名にドットを付した新興ドットコム企業はわが世の春を謳歌してきた。インターネット関連のビジネスをやっているというだけで将来性の保証があるかのようなムードが支配的であったため、赤字会社であっても株価が高騰し増資を続けることによって事業の拡大を図ることが出来た。
金詰まりに苦しむドット.コム小売企業
転機は2000年4月14日のニューヨーク株式の急落時に訪れた。この日、ダウ平均株価は前日より617.78ドル安い10305.77ドルで引け、5.6%の下落率を記録した。さらに下落が急激であったのはハイテク企業(ドットコム企業を含む)の多くが上場しているナスダック指数である。同指数は前日比355.49ドル安い3321.29ドルへと急落した(下げ幅は9.67%)。以来ニューヨーク株式市場は一進一退、荒い値動きを続けており、本稿執筆時点の5月23日現在、結局、ほぼ4月14日の水準に逆戻りした(ダウ:10422.20、ナスダック:3164.62)。しかも連邦準備委員会議長グリーンスパン氏がインフレ懸念を警告し、今後も公定歩合利上げの意図を宣言している以上、ダウもナスダックも今後当分これ以上の値上がりは期待できまい。明かに米国株式市場は調整局面に入っている。
このようにハイテク産業の株価は大きく下げているのであるが、これにより株式市場での資金調達を命綱として事業運営を行ってきた新興のドットコム企業が受けている打撃は大きい。多様な事業展開を行い市場規模も遥かに大きい企業間商取引(いわゆるB2B)に携わる企業はともかくとして、企業対消費者商取引(いわゆるB2C)を行っている企業の多くは現在窮地に陥っているとの報道が多く見られる。
本稿では、B2Cドットコム企業のうち、業務内容が判りやすくわれわれに身近な小売ドット・コム(いわゆるeテイラー)について、現状と近い将来に予想される再編への動きについて解説することとする。
3月26日付けのエイシャン・ウォールストリート・ジャーナル(Jack Willoughby Barron氏による論説、The Coming Net Crash Crunch)はインターネット株式評価会社Pegasus Reseach Internationalの調査内容を紹介した。この記事は対象にした米国207社のインターネット小売企業のうち、少なくとも51社が今後12ヶ月で現金が枯渇する。また74%はキャッシュフローがマイナスだったとの衝撃的な内容のものだった。
高成長だが赤字が続くAmazon.com
例えばインターネットによる青果物販売会社として名が通っているPeapodは、5月には現金が切れるので会長のビル・マロイ氏は辞任を表明、このため同社の投資家達が手を引き、新たな投資家を探している。また玩具販売会社のeToysのキャッシュは11月まで保つものの、最盛期には80ドルした株価が今では12ドルでも買い手がつかないという。インターネット小売業の草分けで我が国でもよく知られているAmazon.comへの評価も厳しい。昨年12月の財務データを基礎にした資料ではAmazon.comのキャッシュは2001年の1月に切れるはずになっていた。もっとも同社は本年始め、6.9億ドルの転換社債を発行したので後2年ほど保つだろうという。(Amazon.comの経営については、ドット・コム小売業の代表として次項でさらに解説する。)
この記事は4月14日のニューヨーク株式暴落の前に書かれたものであるので、インターネット小売業の事態は現在さらに悪化しているはずである。また上記のようなB2Cドットコムに関する実態、悲観的な見方がジャーナリズムで報道されたことが株式価格を引き下げる一因になったものだとも考えられる。
米国より遅れてスタートした英国のインターネット小売業界でも5月中旬、十数カ国で手広く事業展開を行っていた衣料品販売大手のboo.comの経営破綻が明かになるとドットコム企業の見通しについて悲観的な報道が出始めている。PWC(世界5大会計事務所の1つ)は英国の代表的なネット企業27社を調査した結果、英国市場に上場するインターネット関連企業の4社の内1社は半年以内に資金が枯渇するとの調査結果を発表した(日経5.19日の記事による)。またフィナンシャルタイムス(5.17号)は「新興ドット・コム小売業者は死滅に向かうのか(Are start-up e-tailers facing extinction?)」というセンセイショナルなタイトルの記事を出した。
Amazon.comがネットによる書籍販売を開始したのは早くも1995年のことだった。同社は無店舗により新刊、旧刊を問わず世界のどこからでも注文を受け付け、速やかに配送し年々業を伸ばしてきた。2年前まで書籍、音楽、ビデオだけを販売してきたが、いまでは玩具、電気製品、家庭用製品、ソフトウェア等の商品も取り揃えている。会長のベゾス氏はネットで売れる商品を世界のどこへでも販売するのがAmazon.comの方針だといい、拡張路線を走っている。国際市場での販売にも力を入れており、昨年は年商の22%を海外から得た。
クリック・アンド・ブリック(Click and Blick)業者からの反撃
同社の1999年の年商は16.5億ドル、損失は7.2億ドルであった。1998年の年商6.1億ドル、損失1.2億ドルと比較すると年商は確かに倍以上に増えているが、これに伴い損失も増えている。ベゾス氏は1999年決算の発表に当たり、2000年末には黒字にすると約束したが特に投資家からの反響はなかったようである。どうやらここ数年、同じ約束を繰り返しているらしい(SeattleTimes.5.11の記事、Profitability in sight for Amazon.com)。
このように赤字が解消せず、しかもピーク時には一株当たり113ドルの高値を呼んでいた株価も最近は40ドル台に低落していることからAmazon.comの将来を疑問視し早晩(前記エイシャンウオールストリートジャーナル紙の記事によれば2年程度先)経営が行き詰まるだろうという厳しい観測も出ている。 しかし書籍購入の文化を変えたとまで称えられたドットコム小売業界の希望の星Amazon.comまでが万一挫折することになれば、米国のドット・コム業界全体の存立が問われることとなろう。
ドットコム小売業者にとっての最大の強敵は店舗を構える同業者からの市場参入である。(欧米ではこれら企業をClick and brickと呼んでいる。brickは店舗を意味する。)米国最大の小売書店Barnes and NoblesはAmazon.comに自社の市場を侵食されるや、ネット販売子会社のbarnes and noble.comを設立し典型的なクリック・アンド・ブリック企業となった。Amazon.comが「ワンクリック」(最初のクリックで既存顧客からの事後の幾つかのクリックを省略できるようにしたシステム)について、ビジネス特許侵害でbarnes and noble.comを訴えた事件は大きく報じられたが、ことほどさように両社は激しく競争しているのである。
将来展望―第2期(選別、統合期)に入った小売ドットコム企業
このようなクリック・アンド・ブリック企業の数はインターネット利用の一層の高まりとともに益々増えて行くものと考えられる。例えば、ダラスを本拠とする高級化粧品小売業者のNeiman Marcusは1999年から一部商品のネット販売を行っていたが、最近これを全品種にまで拡大したという。こうしてネット小売業者は全般的に既存有店舗業者の市場参入による競争(既存業者からすれば、多くの場合ネット業者からの競争に対する対抗手段)からの脅威にさらされている。
確かにドットコム業者による無店舗経営は固定資本への投資を要しない利点は大きい。また、顧客からすればPC画面により商品を選びその場で決定、注文できるメリットがある。しかし他面、顧客からの認知度を高めるため巨額の広告費用が必要であり、また競争に打ち勝つため正確に早く商品を配送するための物流システムを整備しなければならず、これに伴う経費は大きい。ほとんどのドットコムが赤字経営から脱却できないのはそのためである。
クリック・アンド・ブリック業者は新興ドットコム企業との競争で意外に有利な立場にあるということも出来る。まず従来からの暖簾があるから、さほど広告費を掛けないでも参入時から顧客への認知度はかなりの程度高い。また、一流小売企業なら最初から財務基盤も確立しているだろう。さらに後発でネット業務に参入するに当たっては、先発業者の経営のやり方を研究し最初から競争に勝てるシステムを構築することもできる。人材の引き抜きもできよう。さらにクリック企業の側が優勢になれば、ネット企業の買収すら可能である。
ところで最近、B2Bネット事業の大きな分野として、業界単位でのネットによる資材、機器の共同購入の進展が大きく見られるが、この動きは米国においてB2Cの小売業界と卸売り業界の間でも始まっている。
すでに米国では大手小売事業のSears(米国第2の小売チェイン店)が音頭をとってネットによる仕入れ品購入市場のGlobalNetXchangeの創設を発表した。これに対抗し、その後1月と経たないうちにKmartとTarget(それぞれ米国第3、4位の小売チェイン店)もWorldWideRetailExchange(WWRE)の設立を発表した。
インフラ整備のためこれらサイバ市場が稼動するまでにはかなりの期間を要するだろうが、この仕入れ市場からネット小売業者は締め出され、今後クリック・アンド・ブリック企業との競争の面で不利な立場に置かれることになりはしないかと懸念される。
結論として言えることは、米国の小売ドットコム企業は新設企業の乱立時代(第1期)が終わり、第2期の選別、統合の時代に入ったということである。(英国に至ってはこの分野に参入したパイオニア企業が息切れし、第2期の期間が短かったということではなかろうか。)
この時期がどれほど続くかは判らないが、現存する業者の大多数は他社に統合されるか廃業に追い込まれ、その数は数社に絞られることとなろう。強者はユニークなビジネスモデルにより顧客を吸引する企業(例えば逆オークションで事業が伸びているPriceline.comとか、バーチャルモールで成功しているわが国の楽天)か、通常の小売市場で他のドットコム小売業者、クリック・アンド・ブリック業者との競争に打ち勝ったか競合に成功した大手業者(例えば、もっとも可能性が強い業者としてAmazon.com)であろう。この第2期が経過した後の第3期には独占あるいは寡占のドットコム小売企業が繁栄をつづけるだろう。
ドットコム小売業はドットコム業のなかでもっとも激しい競争に曝されている業種である。先に、クリック・アンド・クリック業者からの反撃をあげたが、同業競争業者者としては大手ISP(例えばAOL)やポータル企業(例えばYahoo!)がいる。これら企業は本業で強大な顧客ベースを有しているために顧客ベースゼロからスタートしたドットコム専用小売業者よりはるかに競争力が強い。さればといって、自動車や家電といった単価が高く多くのマージンが得られる商品については、今後メーカー自体が直接にネット販売を行っていき、独立ドットコムが単独で扱える商品ではあり得ない。(米国コンピューター会社のDellがネットによる徹底的な注文生産、ネット販売により、短期間に世界最大のパソコン会社に伸し上がった事実を想起すべきである。)このように分析していくと、当初店舗を備えた小売店より有利だと思われたドットコム小売業の運営が意外に厳しく、ネット企業のなかで早くも転機を迎えたのは無理からぬこととも考えられる。
消費者対象のネット企業(B2C)にはこの他、証券、銀行業務を無店舗で取り扱うネット証券、ネット銀行がある。これら業務は一件当たり取扱いに要するコスト節減額が店舗所有の金融機関に比し遥かに大きい。したがって事業の設立、継続に当たり問題はあるまい。実情は調べていないが、米国ではかなりの無店舗証券・銀行業務がすでに行われ、業績を上げている模様である(その一社として例えばE*Tradeはほぼ収支が均衡している。)欧州諸国でも北欧の一部企業を除きまだ営業中の企業は少ないと思われるが、広範囲にわたり計画が進行している。将来有望な事業分野だろう。
さらに企業間商取引(B2B)の分野となると、これこそは電子商取引の本命であり、取引高は企業対消費者の商取引(B2C)に比し、比較にならないほど規模が大きい。究極の目標は資材の購入から製造、販売まで経営のすべての分野にIT、インターネットを最大限に利用し徹底的に業務の合理化,効率化を追求するIT革命の実現にあるのだから、この企業革新に投じられる資金の量は今後幾年にもわたり巨額に達することは確実であろう。
今後機会をみて、これらB2B分野の解説も行っていくこととしたい。
文中の参照記事はこちらから
* ファイナンシャルタイムス
* シアトルタイムス、Profitability in sight for Amazon.com , 2000.5.11
* Amazon.com
* Barnes and Nobels
* Neiman Marcus
* Sears
* Kmart
* Target
* priceline.com
* 楽天市場
* AOL
* Dell
* E*TRADE
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