コンシューマ向けの電子コマースは成長をし続けている。しかし,その規模はまだ小売りチャンネル売り上げ全体の1%程度でしかなく,電子コマースはまだ主流になったとは言えない。より詳細な製品情報,ナビゲートし易いインタフェース,リアルタイムな在庫状況などにより電子コマースの機能は確実に向上している。しかし,決済方法は全く進歩が無く,不正は電子コマースの大きな問題であり続けている。
電子コマースにおける不正の規模は明確でない。オンラインショッピングでの不正がクローズアップされることは消費者の不信感を増すことになり,オンラインマーチャント,クレジットカード会社は電子コマースの不正の規模はそれほどの規模では無いと語っている。しかし,オンライン決済に対するクレジットカードの手数料は2%前後であり,通常の1%から1.5%よりかなり高く,オンライン決済のリスクの大きさを物語っている。
オンラインでの安全なクレジットカードの決済方法としてVisaとMasterCardは協力し,SET(Secure Electronic Transaction)と呼ばれる技術を1996年に開発した。競合するVisaとMasterCardが協力したことは大きなことであるが,SETは消費者,マーチャントへの負担が多く,普及はしなかった。Visaは新たにVerified by Visaと呼ばれるセキュリティーを高めた決済方法を普及させようとしており,MasterCard,Discovery Card等もそれぞれ独自の方法にを開発している。
安全な決済方法が普及しない大きな理由は決済に関わっている消費者,マーチャント,カード発行銀行の問題意識が大きく異なっていることである。消費者の最大の不安はオンラインでの決済時にクレジットカード番号,その他の個人情報が盗まれて,悪用されることである。実際にはクレジットカード番号が盗まれるのはオンラインより一般の決済時の方が多く,盗まれたクレジットカード番号は,電子コマースで不正使用されることが多い。不正利用があった場合,銀行に連絡するなどの手間はあるが,消費者の損害は規定で50ドルまでとなっており,さらに殆どの銀行は顧客を失う可能性を恐れ,その50ドルも請求しない。このため消費者はオンライン決済に対する不安はある物の,実際のリスクはほとんど無い。消費者に大きな協力を求めることは無理であり,4 MBもあるプログラムのダウンロードをしなければ使えないSETが消費者に無視されたのは不思議ではない。Verified by Visaはエンドユーザのソフトウェアを無くし,MasterCardの新しい方法もユーザソフトウェアを100 KBの小さな物にしている。また,消費者にデジタル認証の仕組みを理解させることは不可能であり,システムを導入させても基本的なオンライン決済に対する不安は取り除くことが出来ない可能性もある。
カード発行銀行は不正利用が報告されると調査を行う必要があり,そのためのコストが発生する。さらに,不正により利用者の信頼を失うリスクもある。しかし,不正な決済でも手数料は入り,またカード利用者への返金のコストをマーチャントに請求することも出来る。安全なオンライン決済にためにはカード発行銀行の協力が不可欠であるが,銀行にはシステムの導入とその運営コストがかかる。このコストが大きければ銀行の協力は得られない。Verified by VisaはSETの問題の一つであった銀行へのコスト負担を下げているが,それでも年に10万ドルから20万ドルの費用になると推定されている。また,MasterCardは異なる技術を使うことから,銀行はそれにも対応をしなければならない。
不正の最大の被害者はマーチャントである。売った製品の代金を損するだけでなく,返金手数料を請求され,さらに不正が多いと決済手数料も値上げされる可能性がある。不正を防止する方法にはもっとも熱心であり,またそのために必要なシステムのアップデート費用は惜しまないはずである。しかし,殆どのマーチャントは安全性を高めた決済方法の導入には躊躇している。オンラインショッピングにおいて支払いの段階が面倒であると利用者を失うことは明らかになっている。本人であることの認証にこれまで以上の手間を要求することで売り上げが減る可能性は大きい。Verified by Visaのシステムでは,クレジットカードを入力した後,利用者はカード発行銀行のサーバーに送られ,パスワードを入力する必要がある。これまで以上に手間,時間が必要になることで,買い物客を失う可能性も高い。Amazonのone click shoppingなど,マーチャントは衝動買いを増す方法を求めており,認証を増やすことは逆効果になる。
電子コマースが小売りの主流の1つになるには不正問題を大きく減らす決済方法が求められる。現在のソフトウェアベースのシステムは解決方法では無く,スマートカードなどのハードウェアベースがソルーションだとの意見もある。しかし,ハードウェアを使ったシステムでは,コスト,負担はソフトウェア以上に大きく,いかに普及させるかの問題は解決されていない。