これまで、米国電気通信事業者の業績低下、破産法第11章の適用、さらには市場からの業者の退場が相次ぐなかで、RHC3社(Verizon、SBCCommunications、BellSouth)だけは例外的に業績が安定しているものと見なされてきた(注1)。なにしろこれら企業は、いずれも電気通信業界最大の規模を有しているし、他業者からの競争は激しさを増しているとはいっても、数千万を数える電話加入者と直結するローカルループ(市内回線)をなおも準独占的に支配している。しかも米国第1位、第2位を占める携帯電話会社(Verizon は英国のVodafoneと合弁でVerizon Wirelessを、またSBCCommunicationsとBellSouthはこれまた合弁でCingular Wireless)を傘下に収めているからである。
ところが2002年次に入り、これらRHC3社の業績にもさすがに翳りが見え始めてきた。第1四半期、第2四半期の決算については、ウォール街筋はRHC3社の業績低迷に懸念を示しながらも、一般経済市況低迷の影響を色濃く受けたためであり、やがて回復するだろうと好意的に見る向きも多かった。
現在、米国電気通信企業の2002年次第3四半期の決算が発表されているさなかである。一般に電気通信事業者の業績が回復してはおらず、またもや惨憺たる決算となったのであるが、RHC3社もいずれもおおむね減収減益の決算を発表せざるを得なくなった。これはRHC3社浮沈の神話を打ち砕くに充分なものであり、最近格付け会社は3社の格付けを下げる方向に向かっている。
3社ともに、業績不振の主原因は異なるものの、共通して一般の経済市況の低迷の他、(1)携帯電話業者、CLEC(競争的通信事業者)、長距離通信事業者との市内電気通信市場を巡る競争(2)(1)と密接に関係する案件であるが、地域公益事業委員会におけるUNT-Pの強制により、RHCが低料金により、競争業者(特にAT&T、WorldCom)に対し、市内回線をコストを下回る安値で提供することを余儀なくされていることが収入、利益を引き下げている(注2)。
RHC3社が自社の業績悪化の原因をバブルの後始末あるいは一般的な市況の影響ではなく競争の激化によると認めたことは、米国の電気通信業界の転落に聖域が無くなったことを示すものとして注目に値する。換言すれば米国の市内電気通信市場にも本格的な競争が到来したということが言えよう(註3)。
以下、2002年次決算の数値に基づき、3社の業績が競争によりどれだけ蚕食されているかの状況を見ることとする。
3RHCの2002年次第3四半期の収入利益の概要
表1はRHC3社の2002年次第四半期における収入と利益の数字を取りまとめたものである(注4)
表1 RHC3社の2002年第3四半期決算(単位:億ドル、括弧内は前年同期対比(%)
RHC |
収入 |
利益 |
備考 |
Verizon |
171.0(0.5%) |
4.4(230) |
収入、利益には買収、売却分を計上 |
SBC |
127.8(-5.5) |
16.8(-15.8) |
収入、利益には買収、売却、リストラ費を計上 |
BellSouth |
70.2(-6) |
7.3(1000) |
前年次利益は1.07億ドルの損切り分を含んでおり、この分を除けば11億ドルの黒字であった。従って今期は実質的には、前期比約50%の減益である。 |
同時に3社の2002年通期の見通しを表2に示す。
表2 RHC3社の2000年次通期見通し
Verizon |
●収入0-1%の増 ●33億ドルの負債減少 |
SBC |
資本支出を20%減 |
BellSouth |
収入減を2-3%に収める。 |
上記2つの表から伺えるのは、第一に3社ともに実質的に減収減益基調に陥っていることである。次項において特にSBCの事例について詳しく説明するが、事業の中核をなす市内通信事業の減収が大きく、他事業(携帯電話、長距離通信事業、データ通信等)による黒字でカバーし切れなくなっている(BellSouthに至っては携帯電話事業不振のために減収、減益に追い込まれた)。
第2に、このため3社ともに2002年次全期(といってももう第4四半期を残すのみであるが)の見通しも暗く、表2に明かなとおり、収入の横這いあるいは減収を認めるか、投資の削減を言明するかといった悲観的なものに留まっている。
2002年次第3四半期におけるRHC3社業績不振の個々の原因
(1)SBC、市内通信分野の競争、携帯電話の不振で大きく減収、減益
表3に示す通り、SBCの業績は今期、携帯電話、データの両部門を除きすべての部門で前年同期を下回った(注5)。
SBCはこのように今期の業績が悪化した原因として次の2点をあげている。
- 小売り市内回線の減少(これにはUNE-P回線751,000を含む)によって駆動された市内、長距離電話収入の減
- 経済の低迷を反映したデータ・携帯電話収入の鈍化
上記のうち市内回線の減少は年間4.3%に達しており、SBCにとっては相当に深刻である(注6)。また表で明らかである通り、SBCは市内音声部門よりも長距離音声部門の減収の方が大きい。この点について同社はAT&T、WorldCom等によるUNE-P回線利用の市内・長距離分野参入により、同社の市内・LATA内市外通話が大きく浸食され、同社の大幅な長距離市外通話加入者獲得(期間内に318,000の加入者増、計長距離加入者数580万、LATA間長距離回線収入49%増)によっても、カバーが全然できなかったことを示している。
2002年夏ごろから始まった長距離電話事業者、CLECの安いアクセス料金(UNE-P利用による)を利用してのRHC市内・長距離市場への参入はRHC3社に脅威を与えているが、自社には未だ長距離サービス提供を認められていないが、長距離電話サービス会社には安いUNE-P料金の利用を認められている地域が多いので(SBCの言い分による)特にSBCへの打撃は大きいようである。
表3 SBCの部門別収入内訳(単位:100万ドル)
項目 |
2002年第3四半期 |
2001年第3四半期 |
2002/2001(%) |
音声市内 |
6.150 |
6.658 |
-7.6 |
音声長距離 |
572 |
647 |
-11.6 |
データ |
2.441 |
2.395 |
-1.9 |
携帯電話 |
1.980 |
1.903 |
+4.0 |
電話広告 |
868 |
972 |
-10.7 |
その他 |
770 |
949 |
-18.9 |
総計 |
12.781 |
13.524 |
-5.5 |
(2)BellSouth、傘下携帯電話会社(Cingular Wireless)の大幅減収が減収、減益の主原因に
表4にBellSouthの携帯電話部門およびその他の部門の収入(単位:億ドル)の内訳を示す。
表4 2002年第3四半期におけるBellSouthの携帯・その他部門の収入内訳
項目 |
2002年第3四半期 |
2001年第3四半期 |
2002/2001(%) |
携帯電話(Cingular Wireless) |
24.7 |
29.1 |
-15.2 |
その他(市内・長距離部門を含む) |
45.4 |
45.3 |
+0.2 |
計 |
70.1 |
74.4 |
-5.8 |
この表から、BellSouthの大幅減収の原因が同社携帯電話部門のCingular Wirelessにあることが明かである。同社は、SBCCommunicationsと携帯電話会社Cingular Wirelessを合弁(SBCCommunications、BellSouthの持分はそれぞれ60%、40%である)により所有しているが、問題はBellSouth所有のCingular部門の業績が2002年次第3四半期になってにわかに急墜したことにある。
BellSouthは2002年第3四半期にCingular Wireless全体で10.7万の加入者を失ったと述べている。
(3)携帯電話部門は好調だが過大な負債に悩むVerizon
Verizonの部門別収入の内訳を表5に示す(注7)。
表5 2002、2001年第3四半期におけるVerizonの部門別収入(単位:億ドル)
項目 |
2002年第3四半期 |
2001年第3四半期 |
2002/2001(%) |
国内固定通信部門 |
102 |
104 |
-1.8% |
携帯通信部門(Verizon Wireless) |
50 |
45 |
+10.2% |
その他 |
19 |
21 |
-9.6 |
総計 |
171 |
170 |
+0.6 |
上表から、Verizonの収入は予想を上回るVerizon Wirelessの収入増に支えられて、ようやく辛うじて前期を0.7%上回る増収を維持することができたといえる。もっとも皮肉な見方をすれば、Verizonの固定通信部門とVerizon Wirelessはかなりの程度サービスが競合するはずであるから、両部門は共食い(キャニバライゼーション)をしただけであるとの見方もできよう。ともかく既に述べたように、業績不振で加入者数を減らしたCingular Wirelessと異なり、Verizon Wirelessはこの期に80.3万と大幅に加入者数を伸ばし、総加入者数は3150万に達した。
国内固定通信部門収入の内訳をVerizonは発表していない。しかし長距離電話部門で加入者数80.4万、収入を9億ドル伸ばしたというところから逆算すると市内通信収入の減は絶対値で約10億ドル、比率で約10%の減となり、他のRHC2社(SBC Communications、BellSouth)の場合と同様、2001年から続いている市内通信収入の減と同様にかなり大きかったものと推測される。
上記の点からすると、Verizonの今期の収入の横這いがかならずしも減収に歯止めが掛かったということはできず、今後持続的な成長(例え低いものであても)を行って行けるかいなかは疑わしい。
さらにVerizonは、現在518億ドルもの巨額の負債を抱えており、この利払いにより利益を生み出すのが難しい状態に追い込まれているようである。しかも同社はこの負債の償還に務めてはいるものの、当面2002年末には550億ドルまで増大せざるを得ないという(註8)。
これまでRHC3社中最大であり、業績も優秀と言われてきたVerizonではあるが、このように見てくるとその経営体質は案外脆弱であると言わざるを得ない。
(注1) |
通常Qwest Communications InternationalもRHCと見なしている。しかし同社は業績が急墜し、また会計不正のためSEC司法省の検査・調査対象とされているため、今回は紹介の対象から除外した。 |
(注2) | UNE-P(Unbundled Network Element-Platform)は、わが国の電気通信業界でもしばしば議論されるいわゆる市内アクセス提供の問題である。RHCが問題としているのは、地域公益委員会が指示する料金レベル(主として長期増分コストのTelerilc料金)である。この案件については、年末から2003年にかけてFCCが裁定を下す予定になっているが、テレコムウォッチャーでも単独のテーマとして再説したい。 |
(注3) | 周知のごとく米国の電気通信市場は世界でもっとも開かれた市場であるが、これまでRHC3社は死力を尽くして自社の市内通信市場シェアの防衛に成功してきたのであり、東西NTT市内市場への蚕食の度合の方が大きいとも言いうる。2002年第3四半期の決算は米国RHCへの競争度合が日本型に近くなったとの見方もできる。 |
(注4) | 表1、表2はすべてRHC3社のプレスレリースから作成した。 |
(注5) | 2002.10.24付けSBCのプレスレリースによる。 |
(注6) | SBC自体は加入者回線減少率を発表してはおらず、この数値は次の資料から取った。2002.10.24付けYahoo!Finance, "SBC's Net Income , Reveneues Fall" |
(注7) | Verizonのプレスレリースの他、2002.10.25付けCBS MarketWatch, "Verizon profit rises on gains, wireless"から作製した。 |
(注8) | 2002.10.25付けThe Street.com" Tough Spot for Verizon on Debt Front" |
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