アジアの電気通信会社2社、当初より有利な条件でGlobal Crossingを取得
2002年9月1日号 2002年1月29日、米国の大手新興電気通信会社(IPベースの光ファイバー敷設を中心とする電気通信会社)のGlobal Crossingは、米国破産法11章の適用申請を行った。世界にまたがる海底線光ファイバーを持ち、年間売上34億ドル、従業員数9,200名を有していた巨大電気通信企業の破綻は、それ自体が衝撃的な事件であった。しかし年初に起こったこの出来事は、それに加えて深刻な電気通信分野の不況が生じた2001年に引き続き、2002年も前年と同等あるいはそれ以上に電気通信産業にとり、容易ならざる年になることを告げる予兆でもあった。
両社によるGlobal Crossing取得の条件
同年2月上旬、Global Crossingと業務上のつながりが深かったアジアの2電気通信事業が、早くも同社資本の取得について名乗りを挙げた。1社はシンガポールにおいて、SingTel(シンガポール・テレコム)に次ぐ電気通信事業者であるSingapore Technologies Telemedia、他の1社は香港最大のコングロマリットで、香港のみならず世界の幾つかの地域で電気通信事業の運営も行っているHutchison Whampoa Groupであった。
その後この案件は、(1)2社のGlobal Crossing購入価格が高過ぎるとの債権者側からの苦情申請(2)他の買取応募者の申込み要請(3)債権者側との条件交渉が折合わないとの理由での交渉から下りるとの2社の声明発表(4)幾社もの応募会社から応札があったといわれながらも、結局最後まで2社の提示した条件を上回る条件を出し、真剣にGlobal Crossingを取得しようとした応募会社の不出現―といった経緯を辿った。
結局、Singapore Tecnology TelemediaとHutchson Whampoaの2社は、半年にわたる交渉の結果、当初より有利な条件でGlobal Crossing を手中に入れることができた。
以下、両社がGlobal Crossingを手に入れた条件、その意義、今後の見通しについて解説する。
2002年8月9日に合意された両社のGlobal Crossing取得の条件は、およそ次の通り(注1)。
- 現在のGlobal Crossingを解散し、新会社を設立する(従って、旧株主は一切補償しない)。
- 両社は2.2億ドルで新会社株式の61.5%及び中核的でない資産(ケーブル敷設部門電話会議部門等)を取得
- 銀行債権者は、1.75億ドルの手形と株式6%を取得
- 社債保有者は、2,500ドルの手形と株式31,5%の取得
- 新会社の役員は10名。うち8名は両社、2名は債権者側が選出
この条件と提案時点での条件とを比較すると次の相違点が注目される。
両社と債権者の交渉妥結内容の示す意義
両社は、提案時点より、安い価格でGlobal Crossingの支配権と資産を購入した。最初に提示した金額は、7.5億ドルであったから(取得株式の予定比率は79%と高かったにせよ)、両社は提示額の3分の1を下回る金額で、Global Crossingの支配権を握ったことになる。しかも中核的資産の価値だけでも、市況が回復すれば買収金額の回収が可能であると期待できるほどの価値があるという。
これに対し債権者側は、当初に提示されていた現金の3億米ドルがなくなり、その代りにより金額の少ない手形と増加比率の株式(当初提示額の21%から38.5%へ)を受け取ることとなった。
これは明かに、買収側に立った両社の大きな勝利である。
債権者側は、当初の両社の買収提示額がGlobal Crossingの22.4億ドルもの資産評価額からして、少な過ぎると主張した。片や他の企業からの応札を求め、また応札の条件が有利なものにならない場合は、Global Crossingの資産の売却により、その金額から投資金額を償還するのも止むを得ないとの強行な態度にでた。
ところが、確かに応札を打診する企業は数多くあった模様である。AT&T、Verizon、Level3、 等の通信会社がGlobal Crossing買収に動いたと噂された。Level3は、自らが一時は破産を噂された企業である。そのLevel3も有力な投資家の後盾を得て、Global Crossingの買収を計ると言われた。しかし、真剣に両社が提示した7.5億ドルを上回る金額を提示して、買収を計らうとする対抗企業は出現しなかった。
また債権者側は、中核的資産の買手が出なかったことにも落胆し、資産売却で多くの負債返済を求めることが不可能であることを悟った。
5月下旬、両社は債権者との協議は相場が合わないから、打ち切りにしたいと申し出た。もっともジャーナリズムは、この申し出は交渉を有利に導くためのジェスチャーだと見ている(注2)
さらに7月の中旬には、Global CrossingのCEOのレジェル氏は、同社の合理化策が順調に進行しており、経費の削減、収入額は予定を上回っているから、自力での再建もあり得るとの強気の見解を示した(注3)。
結局、債権者側からすれば、長引く交渉を行った結果、最初に両社の提案を受け入れておけば得られたことが明かな多くの金額を失ったことになる。
Global Crossing及びGlobal Crossing Asiaの将来展望
しかし、それにしてもこの交渉は、現に米国の電気通信業界が陥っている不況の大きさを今更ながら大きく実感させることとなった。一時期、224億ドルと評価されたGlobal Crossingの資産の60%が、僅か2.2億ドルで買収されてしまったのであるから。債権者の側からすれば、125億ドルの債権のほとんどが将来性の不安な新生Global Crossingの株式の収益に託すこととなってしまった。
加えて今回の交渉経緯及びその結論からすると、Singapore Technology Telemedia及びHuthinson Whampoa両社の交渉テクニックの巧みさには驚嘆せざるを得ない。
最初から真剣に応札してくるものが出ない金額を提示しておき、最終段階になって競争する応札者がでないことを確かめると、交渉過程の6ヶ月間に生じた資産の目減りを理由として債権団に一気に攻勢を掛けて、自社に有利な条件で妥結するという戦略が図に当ったと言うべきである。買収価格は、債権団が両社の提案を断わり、資産売却に転じるのを思いとどまるギリギリの線まで、買い叩いた数値であるという。
もっとも最近の米国と比較しての東南アジアの電気通信の成長が強いという背景も作用している。1997年後半から2、3年間、東南アジアの諸国は信用危機に見舞われ苦しんだ。しかし現在は、東南アジアの経済は順調に成長しており、電気通信も逞しく伸びている。
欧州のように3Gの免許取得、投資で損失を受けることもなかった。また米国のように電気通信バブルで負債に喘ぐ事態も生じなかった。皮肉なことに、新技術に乗り遅れたために、現在成長を維持しているのである。
周知の通り、米国、欧州の電気通信会社は業績悪化のため、格付け会社からの格下げを受けている。ところがアジアでは、逆に今後12ヶ月の間に、幾社かの電気通信事業者が格上げになるだろうという(Barclay CopitalのONG氏)。またING Financial Marketは、アジア市場が過当競争から免れた利点について次ぎのように説明している。「大半のアジアの市場では、市場を支配しているのは、高々2ないし3の企業である。従って、幾つかの欧州の企業のように、凄まじいスピードで成長しようという緊急性はない」(注4)。
これで当面、Global Crossingは買収を意図したアジアの電気通信会社の2社と債権者側の合意によって、再建の方向が定まった。しかし、同社はSEC及び米国司法省により厳しい不正経理の疑いを受け、調査が継続している。この調査の結論いかんでは、またもや同社の将来が不確実となる可能性がある。FCCの承認を得るのもこれからの問題であるが、米国電気通信事業の惨状からして、問題なく承認は得られるはずである。
Global CrossingのCEOのレジェール氏は、今回の協議が整うまでの6ヶ月間、関係筋との交渉、経費節減、収入確保のための対策に奔走し、関係者から高い評価を受けた。同氏は今後も引き続きGlobal Crossingの経営を引き受けることになろう。
ところで大方のアナリストたちは、Huchison WhampoaのGlobal Crossingへの参入は、同社本来の電気通信事業とはシナジー効果が得られず、折を見て株式売却を行う可能性があるものと見ている。
そもそもHuchison Whampoaの総帥、李賀誠氏の戦略は華商伝統の、多分に伝統的な売買で利ざやを稼ぐ方式が主体となっているため、この推測は当っていると考える。氏はこれまで、英国の携帯電話会社のオレンジをボーダホーン社に(その後オレンジはさらにFTに転売された)、また米国の携帯電話会社のVoiceStreamをDTに売却し、巨利を得た(注5)。
今回の投資が実を結ぶかいなかは今後の問題であるが、これまでの実績からすると軒並み電気通信企業株式の売買で多大の損失を負っている会社が続出している中にあって、巨利を博してきた李氏の手腕は見事である。
今後問題となるのは、Global Crossingが59%の株式を所有していたAsia Global Crossingの将来である(注7)。同社は2001年12月、Global Crossingが約束していた4億ドルの融資を得られず、以来、経営不振に陥っている。以来、親会社と独立してきた事実を強調、再建に向けて投資家を募っている。
親会社のGlobal Crossingの場合同様、幾つもの企業からの打診が続いているが、まだ本格的な交渉を行っている企業は模様である。
Global CrossingがHuchison Whampore、Singapore Technologiesとの再建の道を定めた今日、またもや両社がAsia Global Crossingにも投資するのではないかとの観測も流れている。 もっともAsia Global Crossingは、親会社との関係で会計不正の調査対象とされているし、最近決算報告も出してないので、債権者側からクレームが生じる恐れがあるという(注7)。
(注1) 2002.8.12付けのエイシャン・ウオールストリート・ジャーナル、"Global Crossing Accepts Buyout" (注2) 2002.5.25付けYahoo!Finance "Global Crossing fails to reach deal with bidder"
なおこのPowell氏の見解に対するコメントの一例として、同日付けForbesの論説"Powell to Bells; Please Buy WorldCom"(注3) 2002.7.15付けYahoo!Finance, "Global Crossing still pushing standalone plan" (注4) 2つの引用は、Yahoo!Finance,"Asia telcos seen as haven amid global telecom" から。 (注5) 少し古いが、Hutchison Whampoaグループと李賀誠氏については、2000年4月1日のテレコムウォッチャー「Pacific Century Cyberworks(香港のネットワーク企業)、Cable&Wireless HKT(旧香港テレコム)を取得へ) (注6) Asia Global Crossingは、アジア諸国(日本、韓国、香港、シンガポール、台湾、フイリピン)を結ぶ海底ケーブル、米国と日本を結ぶ海底ケーブルを所有しているケーブル販売業が主である。株主は、Global Crossing(58%)、マイクロソフト、ソフトバンクがそれぞれ、14.7%、残り11.6%が公衆株主である。2002.4.5付けエイシャン・ウオール・ストリート・ジャーナル、"Group Plans possible Bid Ror Asia Global Crossing" (注7) 8.12付けエイシャン・ウオール・ストリート・ジャーナル、"Global Crossing Accept Buyout"
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