経営破綻したGlobal Crossing
ーHutchison Whampoa およびSingapore Technologies Telemediaが経営権を握り再建へー
2002年2月15日号 Global Crossingは1997年に設立されたIPベースの電気通信サービス提供・海底ケーブルの卸売りを主体とする米国新興電気通信会社の雄である。創設者のGary Winnick氏は証券業界から転じて同社を設立し、将来の通信トラヒックが旧来の回線交換からパケット交換へ、また音声中心からデータ中心へと飛躍的に、また急スピードで増大するとの壮大な予測の下に、社名が示すとおり世界にまたがる海底線光ファイバー網を構築して、業務の拡大を続けた。特に同社が単独で建設し、早くも1998年に稼動させた9,000マイルに及ぶ米国と欧州諸国間の40ギガ光ファイバー海底ケーブルAtlantic Crossing I は、既存通信事業者の既設海底ケーブルに比し、その性能、価格が格段に優れており、この後同業他社の市場進出に大きな刺激を与えた。
東南アジア電気通信事業2社とGlobal Crossingの合意内容
ウォールストリートも一般投資家も1990年代末から2000年に掛けてのIT・電気通信フィーバのなかで、Global Crossingの経営方針を支持した。同社は高い株価に支えられ、巨額の投資資金を株式・社債市場あるいは金融機関からの借入れにより調達し、事業の拡大を続けた。
このようにして、同社は従業員9200名、年商、34億ドルの企業に成長したものの、2000年春ごろから、莫大な投資に見合うほどの売上、利益を上げることが出来ないことが明らかになった。以来、経費節減、資産の売却、従業員の削減に努めたものの及ばず、ついに本年1月29日、他の多くの経営破綻電気通信事業の例に倣い、米国破産法11条の適用を申請した。
2月上旬、Global Crossingとは業務上のつながりが密接である東南アジアの電気通信事業者2社(香港のHutchison Whampoa(注1)とシンガポールのSingapore Technology Telemedia(注2)がGlobal Crossingに7.5億ドルを出資し、支配権を取ることで、3社間の合意が出来た。しかし今後、この再建計画は法廷からの承認、債権者の諒承を受けなければならない。しかも後述する通り、エンロンの大掛りな不正・汚職に関する政府関係機関の調査と関連して、Global Crossingの決算のやりかたにも疑惑が投げ掛けられ、SEC、FBIも調査に乗り出している。エンロンと並んで、"Global Crossing"が米国ジャーナリズムで悪役扱いされている現状では、東南アジア2社主導による同社の再建計画が両社の思惑通りに進行するか否かも疑わしい。
以下、Global Crossing再建計画の概要、再建計画に暗影を投げている同社の会計疑惑、Global Crossingと同様に経営不振を伝えられているWilliam Communications、Level3の経営状況について解説する。
Global Crossing、 融資先から引導を渡されて破産法11条の下での経営再建を申請
Global Crossingは、2001年10月に、経理状況が悪化して来たため、金融機関と資金借入に当たり取り決める契約条件(その中心はEBITAの限界値の維持)が守れなくなるとの警告を発し、その後債権者と交渉を続けてきた。
東南アジアの電気通信事業者2社への経営権譲渡によるGlobal Crosssingの再建計画の概要
2001年末、債権者側はGlobal Crossingに対し、2002年2月末までに契約条件のクリアを条件として再融資を約束したが、同社はこの約束を守ることができず、2002年1月28日に裁判所に対し、米国破産法11条に基づく経営再建の申請を行った。
Global Crossingは破産申請に至るまで、特に2001年後半には経費削減、資産の売却、計3,300人に及ぶ従業員数のリストラ等コストの削減に努めてきた。しかし次ぎの数字を見ただけでも、今後急速に売上の上昇が見られるようなことがあればともかく、同社が到底生き延びることができない企業であることは明らかとなっていた。要は実力不相応に借入金を増やし過ぎたこと、米国流の金融機関が返還不能に陥ることが明かになった債務者に対しては、遠慮会釈なく契約不履行による措置を実行(わが国における不良債権処理との大きい差異)する市場原理の徹底により、同社は破綻したのである。
年商:34億ドル、借金:125億ドル、年間支払利子:8億ドル。(ビジネスウィーク2月11日号の"Telecom lenders are standing in line for what?" より)。
かねてからGlobal Crossingは、上記の裁判所に対する再建申請と同時に、東南アジアの通信事業者2社(Hutchison WhampoaとSingapore Technology Telemedia)への経営権譲渡を中核にした計画の概要を発表した。その内容は次ぎの通りである(注3)。
- 現在のGlobal Crossing社を解散し、新会社を設立する。Global Crossingの債権者は債権を全額放棄する見返りとして、次ぎの権益を獲得する。
新会社に対する21%の株式(2)現金3億米ドル。なお、Global Crossingの株主は見返りを受けない(すでに、株価は数セントに下落している)。- Hutchison WhampoaとSingapore Technology Telemediaは、共同で7.5億ドル(両社からそれぞれ、3.75億ドル)を出資し、新会社の79%の株式を取得する。
- 新会社の役員は10名を予定。10名のうち、少なくとも8名はHutchison WhampoaおよびSingapore Technology Telemediaから選出する。
- 再建期間における顧客へのサービスはこれまで通り提供される。また従業員に対する給料も従来どおり。
ところでGlobal CrossingのCEO John Legere氏は上記発表に当たっての同社プレスレリースのなかで次ぎのような声明を発表している。
会計操作疑惑の渦中に立つGlobal Crossing
「強力なHutchison Whampoa、Singapore Technology Telemedia両社からの新たな資本注入を得て、私は当社の将来に強い確信を持つものである。この投資額とわれわれが進めているリストラ施策によって、われわれの財務は強化され、Global Crossingは比類のないグローバル・ネットワークの基礎の上に、持続可能なビジネスを築いて行くことができるだろう。われわれは世界の200の都市においてグローバル企業、グローバル電気通信事業者に対しネットワークサービスを提供するグローバル・リーダーになれることを確信する」。
巨額の借金を抱え、株主、債権者に多大の損害を与えたことに対する弁解の言はなく、ただバラ色の未来をまたもや描くだけの調子のよい声明である。
しかし同氏はこの発言から1週間と立たない間に、Global Crossingが会計操作の疑惑を掛けられ窮地に立たされる事態を予想していたのだろうか。
かねてから米国の1部の新興通信事業の財務諸表の正確さには、疑問を呈する向きが見られた。最近、売上において米国第7位の巨大エネルギー会社のエンロンが倒産、その粉飾決算の責任者を追及する声が大きく高まり、現に議会の公聴会でも多くの証人が喚問されている最中である。不幸なことに、エンロン自体がIPの利用に関しては米国でもっとも進んだ企業であり、この事件と関連しIP、電気通信企業の経理の信頼性に疑いの目が向けられる事態が生じている。このような状況の下に、エンロンに次いで早くも政府機関からの調査対象とされたのは、他ならぬGlobal Crossingであった。
経営破綻が噂される他のブロードバンド回線販売業者2社
端緒は、Global Crossingの経理担当の元副社長からの同社幹部宛ての告発の書簡から始まった。この書簡は同社が不正経理によって収入を水増ししていると非難したものである。これが発送されたのは昨2001年の8月であるが、SEC(米国証券取引委員会)は、この事実を知り、Global Crossingに対し2002年2月4日、この件に関する資料の提出を求め、さらに2月8日に公式の調査を開始した。引き続きFBIも独自の調査に乗り出した。
Global Crossing側は、会計規則、経理原則に則って財務諸表を作成したのであって、大手監査法人のアンダーセンの監査を受けていることでもあり、不正行為はないといっている。しかし、これまた不幸なことにアンダーセンはエンロンと契約した監査法人でもあり、エンロンの粉飾決算に手を貸したと見られ、その信用は大きく失墜している。
Global Crossingは、真相究明のため特別委員会を設立し、アンダーセン社以外の監査法人に監査事務を任せる方針を定めた(注4)。
既に述べたように、東南アジア2社と予備的合意したGlobal Crossingの再建計画は現在の同社株主、債権者に取りきわめて不利な内容となっている。株主には、投資金額は全額戻らず、また、社債、債権の返還率も10%から20%に留まると予想される。
従ってGlobal Crossingの不正会計疑惑は再建計画に当初から不満な同社の株主、債権者の憤懣に油を注ぐ結果となった。
すでに2月4日までに4つの会計事務所が株主を代表し、虚偽の情報公開により多大の損害を蒙ったとして、集団訴訟を提起している。また、社債、債権を有する金融機関、ベンチャーキャピタルもいずれ強硬な姿勢を示すものと見られる。再建案そのものに反対する可能性もあると1部のアナリストは観測している(注5)。
Global Crossingは世界を結ぶ高速光ファイバー網により、既存電気通信事業者に対抗し、電気通信業界の覇者になることを意図した新興企業の先駆者であり、幾つかの同種事業者が同社の後を追って、事業を展開した。
米国では、そのうちWilliam CommunicationsとLevel3の2社が現在Global Crossingと同様の負債返済の困難に陥っており、Global Crossing同様に破産法11条の下での経営破綻に追い込まれるのではないかと懸念されている。
両社の業務内容、負債状況を次表に示す。表 米国の高速光ファイバー網企業2社(William CommunicationsとLevel3)の経営状況
事業者名 業務内容 負債状況 William Communications 米国の大手光ファイバー卸売り企業。米国の他、欧州諸国にも電気通信事業者、ISPに対し市内・長距離・国際通信回線の卸売りを行っている。年商は10億ドルを超える。 同社に融資している金融機関の一部は、同社が金融機関との間で定めた契約条項を守れないのではないかと警告している。同社は強く、経営破綻の恐れはないと強調しているが、市場ではその噂が絶えない。同社は契約条項の改訂(多分EBITDAの水準の緩和)を求めて、同社の融資先と交渉しており、2002年2月末には、同社が破綻に追い込まれるか、危機を脱するかが明らかになる。 Level3 Communications 通信事業者に対する海底ケーブルの卸売り、および、広汎なIPベースの高速通信サービスの提供。2001年の年商は13.09億ドル。 2002年2月末、同社が有する債権17.75億ドルについて、同年6月末には契約条件が守れなくなると通告した(同社はその時点で、EBITDAがゼロになるといっているので、契約条件はEBITDAの収支均衡であるのかも知れない。 もちろん現在の時点では、両社が経営破綻することが確実になったわけではない。しかしすでに両社の株価が1ドルを割り込んでいること、すでに疑惑の対象とされているGlobal Crossingと業態が似ていること、債権者である金融機関自体が最近、経営が不調(その大きい理由は他ならぬIT・電気通信バブルの崩壊による債権の値下がり、債務の負償還である)になっており、債務企業への姿勢を強めていることからいって、経営破綻の可能性は相当に高いと言わざるを得ない。
さらに付言すれば、Global Crossingに引き続き、米国大手の独立系市内電話会社のMcLeod USAが2002.1.31日に破産法11条の申請を行った。同社は、大口債権者の支援を得て、経営債権を行う計画であるが、この例を見ても電気通信業界における経営破綻の進行は激烈であった2001年に続いて、本年も一向に勢いを緩めていないことが判る。
要は、第3者の資本、指数函数的な楽観的なニューエコノミーの伸びを当てにして成長した新興通信事業のビジネスモデルが誤りであって、これら業者が業を起こしてから数年の間(1990年代の初めから2000、2001年の初期)にその誤りの清算を迫られているとの見方も成り立つのである。
最後に、Hutchison WhampoaとSingapore TelecomによるGlobal Crossing支配権獲得の意義はきわめて大きい。香港、シンガポールの両通信事業者が、法外な安値(絶頂期においてGlobal Crossingの株式総額は600億ドルを超えていた)で最新鋭の海底線ケーブルの権益を獲得し、すでに提携関係にあるAsian Global Crossing(Global Crossingの子会社であるが、当面、親会社の破綻の影響を受けず健全経営をしている)をも含め、東南アジアひいては全世界でのインターネット幹線の販売面で強力な地歩を占めることが出来るからである。
本年9月頃には決着が付くものと考えられるこの案件については、すでに述べた通り波瀾含みの要素(例えば、両社の提示している出資額を大きく上回る価格を提示する他の企業がでてきたらどうなるだろうか)があるので、決着の時期を見て、その意義を論じることとしたい。(注1) Hutchison Whampoaは李嘉誠氏が率いる香港最大のコングロマリット企業である。本来、港湾、不動産が事業の中心であったが、ここ数年来、電気通信サービスに力を入れている。特に欧州における3G携帯電話サービスへの投資には熱心であり、英国では、子会社Hutchison3GUKを通じ、NTTDocomoとも提携している。
(注2) Singapore Technologies Telemediaはシンガポールにおいて、SingTel(シンガポールテレコム)に次ぐ電気通信事業者であり、音声・データ・ブロードバンド・マルチメディアの各サービスを提供している。
(注3) この部分については、2001.1.28日付けのGlobal Crossingのプレスレリースを基本とし、補足資料として、2001.2.6日付けFT.comの記事、"Global Crossing rescuers seek 90%debt write-off"を利用した。
(注4) 英米各紙の報道によれば、Global Crossingに対する疑惑の中心は IRU(契約破棄ができない永久的な使用権、indefeasible right of use)に基づく顧客との回線使用契約に関するものである。 この契約によれば、回線提供側は、契約当初に将来にわたっての使用料の前払いを受ける。Global CrossingはIRUにおいて年度単位に収入を分割せず、取得時に受け取った全額を計上し、これにより収入の水増しを計ったとして、非難を受けている。
もっとも、同社は収入の一括計上の事実を否定してはいない。これは1999年までは会計規則上合法な行為であったのであり、それ以降は中止しているし、また同社の監査事務所のアンダーソンの監査でも承認された問題である。2000年以降は会計規則の変更に応じて、年度ごとの収入計上方法によっていると主張している(2002.2.8付けFT.com "SEC probes Global Crossing accounting practices")。
(注5) 2002.2.6付けFT.com "Global Crossing rescuers seek 90% debt write-off"
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