Excite@homeの崩壊劇―利害関係者の様々な思惑のなかで無視されたユーザーの便益
2002年1月15日号 Excite@homeは1999年5月、ケーブルテレビ会社にブロードバンド回線を提供するExciteとポータル企業の@homeが合併して設立されたインターネット事業者である。回線販売により利益を生み出すとともに、高度ブロードバンド回線を利用しての動画ポータルサービス提供により他のポータル企業に差異を付ける戦略を推進してきた。終始赤字を続けたものの、1999年末には同社株式は一株当り60ドルもの高値を呼んだ。AT&T、Comcast、Coxなどの大手ケーブルテレビ会社は、こぞってケーブル利用ブロードバンドサービス提供のために同社サービスを利用し、また株式をも取得した。
Exite@home崩壊の経緯―あくまでも自社の利益追及に走ったAT&Tと情勢を読み違えたExcite@homeの債権者―
Excite@homeのブロードバンド加入者数は360万に達し、業界のトップとなったものの、ポータルはさほど多くのユーザー数を吸収することができなかった。さらに不況に伴う広告収入の激減が収益に大きな被害を与えた。この結果、同社は資金繰りに窮し、2001年9月経営不振の米国企業の掛け込み寺になっている米国破産法第11条の申請を余儀なくされた。
資産の買取を申し出たのは同社最大の株主のAT&Tであり、Excite@homeはAT&Tに吸収されることで一件落着のように思われた。ところがその後、Excite@homeの債権者からAT&Tの買収価格が安すぎるとの異議の申し立て→AT&Tの拒否→Excite@homeから債権者の要求を受けての裁判所に対するサービス提供拒否の請求→裁判所の請求受諾という予想外の経過を辿ることとなった。AT&Tは先にExcite@homeとの間で結んだ設備買取の合意を破棄し、自前のネットワークによりユーザーに対し回線を提供する方針を定め、またExcite@homeからサービスを受けているComcast、Cox等他のケーブル事業会社は同社と2月末日までの期限付きで旧来の回線提供を行う旨の協定を結んだ。
すでにExcite@homeのポータルサービスの部分は小規模なポータル会社のiWonが取得しているので、2002年2月末をもってExcite@homeのブロードバンド回線提供はケーブル会社に吸収、ポータルサービスは他のポータル会社に統合され、同社は消滅することとなる。
既に、DSLサービスを提供する独立系事業者が軒並み地域電話会社に吸収され、壊滅状態にある(2001年9月1日付けテレコムウォッチャー、「米国のDSL業者3社、いずれも経営不振にーDSL架設は地域電話会社とAT&Tの独占へ」)。米国におけるブロードバンド利用は、ケーブル利用によるものがDSL利用のものより優位にあるが、Excite@homeの絢爛たる挫折は、ケーブル利用のブロードバンドサービスにおいても独立系事業者の運営難を物語るものである。(注1)。
以下、Excite@home崩壊に至る経緯、無視されたユーザーの便益、Excite@homeのポータル部分を吸収したiWon社の事業概要について、解説する。
1.AT&T、Excite@homeの資産買収で合意(2001.9.28)
被害を受けたユーザー ―FCCも無力―
AT&TはExcite@homeの資産を3.07億ドルで買収するとともに、同社の負債分のうち0.835億ドルを肩代わりすることで合意した。AT&Tは筆頭株主(23%の普通株を有する)であり、同社がExcite@homeの資産を取得することはきわめて当然の成り行きであった。しかし、まさに、上記の金額がExcite@Homeの債権者からの反発を受け、結局、後述の破局を招くことになった。
2.Excite@homeの債権者団、サービス停止により、買収金額積み上げへの圧力を掛ける(2001.11.28)
Excite@homeの債権者団は、AT&Tが合意した買取金額に不服を表明し、一方的にサービス提供を停止した。AT&Tに対する専属サービス提供打ちきりにより、引き上げ交渉のテーブルに付けさせようとしたのである。この行動は、破産法を所管する連邦裁判所判事の事前承認を得た上で行われた。
債権者団の弁護士は、債権総額約10億ドルのうち少なくとも、1998年、1999年に投資した7.47億ドルは回収したいとの見解を表明した。
3.AT&T、Excite@homeとの合意を解消(2001.12.4)
AT&Tの反応はきわめて迅速であり、数日後の12月4日、同社はExcite@homeとの合意を破棄して、自前のブロードバンドネットワークによりExcite@homeの回線を利用している加入者約85万を自前のネットワークに収容すると発表した。
4.Excite@home、他のケーブルテレビ事業者とサービス提供について暫定協定を結ぶ(2001.12.4)
同時に、Excite@homeはAT&T以外のブロードバンド提供ケーブル業者10社と2001年2月末までの暫定期間、従来通りサービス提供を行う旨の協定を結んだ。12月4日までの約4ヶ月間でこれら10社のケーブル事業者は加入者を自前のブロードバンドケーブルに切り換える前提の下での協定である。これにより、2001年3月以降、Excite@homeの存在理由はなくなる。
上記の経緯をフォローした観測筋は、もっぱらAT&Tが唯一の施設買取業者であってすでに買い取りの合意をしているのにもかかわらずサービス停止が圧力になると過信した債権者団の判断誤りであると論じている。
しかし最大の大口株主であり、Excite@homeのみからブロードバンドサービス提供を受けていたAT&Tの対処の仕方はいささか穏当でないという批判がある。実のところ、AT&Tは最近、ブロードバンドサービスの提供準備体制を進めてきたところであって、債権者団がサービス提供拒否を宣言したのを好機として捉え、自前によるサービス提供への切り替えを決断したものと見られる(注2)。
Excite@homeが一方的に回線を切断してしまったため、サービスが提供されずに被害を受けたのは、同社との契約がなくなったAT&Tが有するブロードバンド加入者85万名である。AT&Tは即刻、自社回線への切り換えを開始したが、すべての加入者の切り替え完了には1週間以上を要した模様であり、この間、これら加入者はブロードバンドインターネットへのアクセス、メールの送受、チャットルーム、ケーブルテレフォニー等のすべてのブロードバンドサービスを受けることができなくなり、多大の被害を蒙った。また、切り換えを受けた加入者もメールアドレスが変更になったため、メール受信に混乱が生じた。
捨て値でExciteのポータルを手に入れたiWon―独自路線追求で成功したポータル会社の事例―
Cox、Comcast等10社の2月末までの暫定協定により、Excite@homeへのサービスが保持される加入者はサービスの切断こそ免れたものの、切り換え時にはメール番号が強制的に切り換えられてしまう結果となった。この点は、AT&T加入者と変わりはない。
このため、ケーブルテレビによるブロードバンドテレビに対する信頼が薄れたことは間違いなく、この機会を利用してのDSL業者からの販売強化もあり、2001年第4四半期における加入者獲得数に多少、悪影響が及んだものと考えられる。
ところで、FCCがこの件に関して手を拱いていたわけではない。FCCのパウエル委員長は、連邦裁判所がExcite@homeの加入者サービス切断に間する承認を下す直前にカールソン裁判官(Thomas Carlson)に書簡を送り、ブロードバンドの推進が1996年通信法の重要規定の1つになっていることを強調し、「単に債権者、債務者の利害の考量を検討するだけでなく、影響を受ける幾100万の公衆の利害も考慮してほしい」と要請した。しかしこの要請はカールソン氏に受け入れられることはなかった。
ところで、同様の加入者無視の行動は2001年3月、AT&TがDSL提供業者、Northpointを買収したときにも生じているのであって、その時にも10万を超える同社の加入者は電話1本でサービスを打ち切られた(2001年9月1日付けテレコムウォッチャー「米国のDSL業者御3家、いずれも経営不振に」)。このときは、少なくともAT&Tに何らの責任はないと考えられるが、不幸なことに類似の2つの案件についてAT&Tが関連し、多少とも悪役扱いを受けることとなった。
要は、基本サービスと異なりデータ、インターネット等の高度サービスがFCCにおいて全く規制を受けていないことがユーザー無視の結果を招いた主原因であると考えられる。確かにこれらサービスについて規制を行うのは難しい。しかし、データ、インターネットサービスは、そのウェイトが年々増大しており、ひとたび途絶した場合、思い掛けないほどの損害を社会、経済に及ぼすものなのである。この点は当の米国はもとより、ビジネスのやりかたが急速に米国風になりつつあるわが国でも上記事例を他山の石として、十分検討するに値するところであろう。
最後に、Excite@homeが有していたポータル部分がどうなったかをフォローしておこう。 このポータルを買った企業は、同じくポータル企業であるiWonであり、購買価格はわずか1億ドル。Excite@homeは株価最高の時期には670憶の株式時価総額を示していたのだから、まったく捨て値だといえる。
Excite@homeは破綻したとはいえ、Exciteのポータルはそのソフトもシステムも健全であり、十分利用できるものであった。iWonは自社のシステムをExciteの方式に切り換え、ゆくゆくは社名も"Excite Network"に衣替えして運営するという。
ところで、iWonはハーバード・ビジネス・スクール出身の2人のベンチャー企業家(Steinman氏とDaughty氏)が1998年にスタートした企業である。Excite@homeとは対照的に、コストを切り詰め、投資を節減し、なんとか2000年後半以降の広告料収入の大幅減に耐え、生き延びてきたきわめて地味な会社であるという。株式公開も行っていない。またExcite@homeのような有力なスポンサー会社もなく、それゆえに健全経営に徹しざるを得なかったのであろう。
上記の事実から、98%までが倒産したと言われる米国のネット・コム企業のバブル崩壊劇進行のさなかにあっても、なおかつ良識にもとづき健全経営により過剰投資の弊害を免れることができたばかりか、バブル崩壊の廃墟のなかから宝石を選び出すこともできたベンチャー企業もあることを学ぶことができる(注3)。(注1) Excite@homeに次ぐケーブルテレビブロードバンドの大手回線提供業者はRoadRunnerである。2001.8.27付けのTelephonyに掲載されたExcite@home has MSOs scramblingによれば、住宅用ブロードバンド全加入者(DSL、衛星、固定無線等他の方式も含む)に占めるExcite@home、Brood Runnerのシェアはそれぞれ27%、22%であって、両社でほぼ半数となる。その他のケーブルテレビブロードバンド業者の状況は不明である。
(注2) この件については、2001.12.8付けYahoo!NEWS, "Low Bid for Excite@Home Disrupts Service"。
ただ、とかく悪者扱いにされがちなAT&Tの立場を擁護しておくと、同社が付けたExcite@homeの買値自体は不当に安いものではないことを認める論者が多い。例えば、2001.12.4付けFT.com、"AT&T withdraws bid for assets of Excite" つまり、Excite@Homeを野垂れ死にさせる原因を作った責任者として、同社の債権者とAT&Tの双方が批判されているのであるが、客観的にみてAT&T以外に白馬の騎士がいないのに、より多くを望んだあまりすべてをなくした債権者団の判断が間違っていたということになろう。
(注3)iWonのExciteポータル取得の経緯については、http:www.nytimes.com/2001/12/27, "InRewitten Internet Fables, the Late Bird Gets the Worm"によった。
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