米国の携帯電話業界は、地域単位にライセンスを付与された数多くの群小事業者による合従連合の統合過程から生じた6社の全国事業者を軸として形成されている。これら6事業者を加入者数の順位で列挙すると、次の通りである。Verizon Wireless(米国最大の地域電話会社、Verizonと英国携帯電話会社Vodafoneによる株式折半の携帯電話会社)、Cingular Wireless(地域電話会社であるSBCCommunications及びBellSouth両社によるそれぞれ60%、40%株式所有の合弁会社)、AT&TWireless(AT&Tからスピンオフした携帯電話会社、その名称にかかわらず、現在AT&Tとの資本関係はない)、SprintPCS(Sprint Group傘下の携帯電話会社)、Nextel(無線呼出し会社から発展した携帯電話会社)、T-MobileUSA(2000年にDT(ドイツテレコム)が買収したVoiceStream及びPowertelが前身)。
米国の携帯電話の普及率は欧州、日本より低いが、最近では50%を越え、加入者増は伸び悩みつつある。このように加入者増が大きく期待できないさなかにあって、6社もの業者が同一市場で営業しているため、競争はきわめて激しい。
最近における携帯電話の料金の特色は、定まった月額料金で顧客が最大限掛けられる通話分数を指定し、夜間料金・週末料金は別枠、掛け放題無料にするというオプションが通常となりつつあることである。このオプションを使用すれば、料金は市内、市外を問わず分当り10セントが標準的な水準であり、市外通話の多い利用者にとっては、端末持ち運びの便宜を考えると固定電話より有利な点が多い。従って、欧州、日本より遅ればせではあるが、米国でも携帯電話サービスが地域電話会社、長距離電話会社による固定電話サービスの大きな競争相手としてたち現れることとなった。
さればといって、携帯電話会社の業績がすぐれているわけではない。確かにこれまでは、6社ともに毎期、加入者数、売り上げを伸ばしてきた。しかし、サービスの向上、ネットワークの拡大のため、設備投資は嵩むし、加入者獲得のためのマーケテイング費用も大きく掛かる(T-Mobileの発表によれば、1加入者獲得のための経費は322ドル)。このため、本文で述べる通り、黒字基調に乗っている事業者はむしろ小数である。また、程度の差こそあれ負債を抱え、その償還に追われている。
2002年第3四半期の決算報告によると、6社のうちCingular WirelessとSprint PCSは加入者数が純減となった。今期の数字だけにより、この両社が今後、他の4社に比し、脱落の道を辿るとは言えないが、米国の携帯電話業界の需要が飽和期に入ったこと、6社の業績に今後格差が付く徴候が現れたと見ることができよう。また、同時に6社が同一市場で料金競争を軸とした営業活動をしているとはいっても、次第に提供するサービス、セールスポイントに各社ごとの差異が現れつつあることも明かになっている。
以下、上記の諸点及び米国携帯電話6社の合併の展望について述べることとする。
米国6大携帯電話会社の業績、加入者数
表1 米国6大携帯電話会社の収入・利益・加入者数(2002年第3四半期)
携帯電話会社名 | 収入(単位億ドル、括弧内は前年同期増減比) | 利益、キャシュフロー、EBITDA(単位:億ドル) | 加入者数(2002年9月末、単位:万) | 加入者数増減(対2002第2四半期、単位:万) |
Verizon Wireless | 46.1(10.2%) | 18.0(キャシュフロー) | 3150 | 80.3 |
Cingular Wireless | 37.8(2.1%) | 10.9(EBITDA) | 2210 | -10.7 |
AT&TWireless | 40.6(16.3%) | -20.4 | 2015 | 20.1 |
SprintPCS | 31.6(-7%) | -13セント(1株当り) | 1450 | -7.8 |
Nextel | 23.0(26%) | 3.83 | 1010 | 48.0 |
T-Mobile US | 16.0(不明) | 1.01(EBITDA) | 890 | 86.9 |
上表(注1)から、汲み取れる主な事項を次に列挙する。
* 今期、Nextelの加入者数が1,000万の大台を超えたことにより、6社中T-MobileUSを除く5社のすべてが1,000万を越える加入者を有することとなった。地域電話会社傘下2社(Verizon Wireless,Cingular Wireless)の加入者数5,360万に対するに、独立系会携帯会社4社(AT&TWireless,Sprint PCS,Nextel,T-MobileUS)の加入者数5,365万がほぼ拮抗している点が注目される。
* 加入者数の伸びはまだ持続しているが、その伸び率は大きく鈍った。T-Mobileを除く2002年第3四半期の5社の加入者数増の総数は129.9万(上表より算出)であるが、これに対し前期(2002年第2四半期)の加入者増の総数は227.2万であって、今期の増率は前期の57%に過ぎない。これは米国携帯電話市場において需要の飽和化が急ピッチで進んでおり、携帯電話事業者相互の競争がゼロサムゲーム化しつつあることを示す。
* 収益の計上方法は、事業者ごとに異なる。純益に代えて、EBITDA(税引き、償却前の利益)あるいは、キャッシュフローを提示した5社は、純利段階での赤字またはきわめて小額の利益計上を避けたためであろう。純利益を計上したのは、AT&TWirelessのみである。6大携帯電話会社のなかで、いち早く黒字計上を果たしたNextelの飛躍的な業績の向上は特筆に価する。要は、同社を除き、携帯電話会社は、激しい価格競争による収入の伸び悩み、ネットワークの拡大、顧客獲得のための販売網の整備等のため、まだ収支均衡ベースに達しておらず、このため市場評価が低いのである(株式を上場しているAT&TWireless,SpritntPCSの株価はいずれも1桁台を低迷しており、ここでもNextelだけが最近の株価上昇により、2桁台の株価を維持している)。
* もちろん今後の推移において6社の業績には抜きつ抜かれつ大きな変動が生じることとなろう。ただ携帯電話への需要が飽和に近づきつつある現状では、今後6社が勝者と弱者に両極化していくのは必然の動きであろう。
激しい料金競争―オプション料金を利用しての月極め定額料金による顧客の囲い込みを狙うー
次表に携帯電話4社による典型的なオプショナル料金を示す。
表2 月額30ドルのオプション通話の条件
携帯電話会社名 | 通話範囲 | 掛けられる分数 | 夜間・週日 | 分当り換算料金 |
Cingular Wireless | 国内(市内・長距離を含む) | 300 | 制限なし | 10セント |
AT&T Wireless | 同上 | 300 | 1000分 | 15セント |
SprintPCS | 同上 | 300 | 制限なし | 10セント |
T-Mobile USA | 同上 | 300 | 制限なし | 10セント |
注記:T-Mobileの無制限通話は、週日だけに適用され、夜間は除外される。
このオプションを使うと、分当りの料金は10から15セントに過ぎず、夜間・週日の無料通話の要素も勘案すると、地域電話会社、長距離電話会社のサービス料金の水準に優に匹敵する。
ここでAT&TWirelessのみ他の3社に比し、料率が1.5倍高く強気であるのが注目されるが、多分サービス品質に自信があるのであろう。またVerizon Wirelessはこのオプションを提供しておらず、表3に示す月当り600分のオプションだけを提供している。これは同社が、利用度数の多い加入者の囲い込みに関心があるためであろう。Verizon Wireless,Nextel両社の料金が表示されていないのは、表3の月額60ドルのオプションに両社が登場しているのと考え合わせると、両社が他の4社に比し、高利用加入者の獲得に重点を置いているためと考えられる。
表3に示す600分のオプションによれば、割引率はさらに高くなっている。
表3 月額60ドルのオプション通話の条件
携帯電話会社名 | 通話範囲 | 掛けられる分数 | 夜間・週日 | 分当り換算料金 |
Verizon Wireless | 国内(市内・長距離を含む) | 700 | 制限なし | 9セント |
AT&T Wireless | 同上 | 1500 | 特例適用なし | 4セント |
SprintPCS | 同上 | 800 | 制限なし | 7セント |
Nextel | 同上 | 700 | 5200まで | 9セント |
T-Mobile USA | 同上 | 2000 | 特例適用なし | 2セント |
上記2つの表は2002年10月中旬の数値であるが、米国携帯電話会社の料金改正(値下げ)は、現在ひんぱんに行われており、毎週いずれかの携帯電話会社による料金改正(もとより数多くのオプション料金についての)が行われている状況である点を付記しておきたい(注3)。
6大携帯電話事業者のサービス比較
米国の上記6大携帯電話事業者が提供するサービスの長所短所について、米国のアナリストたちはどのような評価を下しているだろうか。表4にその1例を示す(注4)。
表4 米国6大携帯電話会社のサービス比較
携帯電話会社名 | サービス比較等 |
Verizon Wireless | ネットワークのカバレッジ、安定性、提供しているサービスの多様性については定評がある。特に音声の品質確保には力を入れている。他社より高い料金を設定しており、料金でなく、品質により勝負する基本方針を明確にしている。 |
Cingular Wireless | ネットワーク、料金ともに中庸。ただし基本方針が明確でない。
オプションサービスで限度分数を1料金月以内で使い残した場合には、次料金月に繰り越すことができるロル・オーバー・サービスを実施している点ガ特徴であるが、成果が上がっていない。第3四半期の加入者数減少のため、CEOが交代した。 |
AT&Twireless | Verizon Wirelessと同様、サービス品質の高さでは定評がある。また安価な料金で競争しようとしていない点でもVerizon Wirelessとの共通性がみられる。 |
SprintPCS | サービス品質が低い点及び料金表が複雑である点で顧客からの評価が低い。最近、低料金加入者からの料金の取り立てを強硬に行ったのが裏目に出て、多くの加入者を失い、Cingular Wirelessの場合と同様にCEOが交代となった。もっとも、7月に打ち出したPCSVision(画像、インターネット接続等を含む2.5世代サービス)は、専門家の間で米国最良のサービスと評価されており、将来、同社のサービスが見直される可能性がある。 |
Nextel | ビジネスユーザーに対するサービスが、2002年には急速に伸び、これまで多くの負債に悩んでいた同社を一挙に6社中で業績最良の携帯電話事業者に躍進させた。他社との差異化が成功した好個の事例である。全国ネットワークのカバレッジが手薄である点は短所である。 |
T-MobileUSA | 最少の全国携帯電話会社ながら、鋭利な料金ポリシーによる攻勢、ドイツテレコム傘下にあるため、欧州諸国とのGSMネットワークとのローミングの容易な点が長所となり、第3四半期に6社中で最大の加入者増を達成した。短所としてはナショナルカバレジが充分でなく、国内で他社とのローミング協定(例えばカリフォルニア州におけるCingular Wirelessとの)を要する点があげられる。 |
可能性がなくなったT-MobileUSAの身売りー近い将来の米国携帯電話事業者の合併統合は不可避
本年の8月頃、T-MobileUSAがCingularWirelessに身売りするのではないかとの報道が、ジャーナリズムを賑わせた。拡張路線を突っ走ってきたDT(ドイツテレコム)会長のゾンマー氏がその責任を取って辞任し、後任者のジーラー氏(Siehler)は、莫大なDTの負債を後始末する対策の一環としてT-Mobileの処分もありうることを示唆した(注5)。
また、Cingular WirelessのCEO カーター氏(Stephen Carter)もインタービューの席上、T-MobileUSAの統合に積極的な姿勢を示していた(注6)。事実、DTとCingular Wirelessの両社はこの案件について話し合いを行ったものとみられる。
しかし11月中旬、当初から暫定会長と目されていたジーラー氏が退場し、T-Mobileの会長であったリッケ氏(Kal-Uwe-Ricke)氏がDTの会長に就任した。リッケ氏は2年前に、VoiceStream(T-MobileUSAの前身)を買収した当の責任者である。リッケ氏にとって都合がよいことに、すでに述べた通りT-MobileUSAは、2002年第3四半期に業績を大きく伸ばし、6大米国事業者のうちで規模は最少であるものの、将来DTの経営改善に大きく寄与できる可能性があることを示した。リッケ氏は、就任早々この件について、「単に負債を増やす目的でT-MobileUSAを売却することは考えていない。ただしいつまでも米国市場第6位の地位に留めておくことは考えていないので、同部門の価値をよりよく利活用する目的で他社との合併を意図することはありうる」と述べている(注7)。
また当初、T-MobileUSAに執心していたCingular Wirelessは、加入者数の減少、業績の落ち込みで、他社の買収どころではなくなった。11月中旬、会長のカーター氏は辞任し、シグマン氏(Stan Sigman,SBCのCOO)が会長に就任、業績回復の任に当ることとなった。
ただ、いくら米国の携帯電話市場が大きいからといって、同市場で6社の携帯電話会社はいかにも数が多すぎる。今後数年間で、なんらかの形で1ないし2の業者が消滅(他社への吸収あるいは倒産により)していくことは不可避であろう。この場合、米国では先行きが見えていない第2.5世代、第3世代のサービス(換言すれば音声外のテキスト、画像等の高次サービス)分野を押さえた携帯事業者が他社を合併、覇権を握っていくこととなる可能性が強い。
(注1) |
表1は、各社が発表した2002年次第3四半期決算についてのプレスレリースから作製した。 |
(注2) | 表2は、2002.11.9付けThe Street.com, "Five thngs Cell-Phone Providers Don't Want to know"に掲載されている表を利用した。 |
(注3) | 上記、The Stret.comの資料 |
(注4) | 2002.11.9付けThe Street.com,"Tough call :What's the Best Cell Phone for You? |
(注5) | 2002.8.15付けFinancial Times Deutschland, "Deutsche Telekom :Ausland geshaft auf dem Prufland" |
(注6) | 2002.7.12付けファンナンシャルタイムズ、"Cingular hints at Voice Stream merger" |
(注7) | 2002.11.14付けThe Street.com, "Deutsche Telekom Keeps the Wireless Faith" |
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