DRI レポート
「DRI レポート」シリーズは、随時掲載!!


      携帯バブル後の展開を探る
風間  仁  (海外調査コンサルタント、技術士、DRI顧問)

2002年11月1日号

携帯電話事業も成熟時期に

 IT産業は成長神話が崩れて急速に成熟産業化している。他産業分野におけるIT技術導入も今ではユビキタスな生産要素と化して、もはや市場競争での差別的な武器とはなり得ない。「総じてハードウェアの需要は成熟産業が示す循環型となった。ソフトウェアも短納期の大型新需要は無く、業者は既存ソフトの追加調整となる小口契約を追うのが現況だ」という。通信サービス産業も固定電話事業は需要飽和と競争激化で不採算化し、移動電話や新情報サービスなどの新事業の成長に望みをかけている。だが、その移動電話事業もキャリアーやベンダーの部門別決算では赤字が目につくようになり、変革期に入ったことを示している。
 早くから普及が進んでいた欧州市場や90年代に二桁成長が続いた米国市場の需要は明らかに飽和しつつある。途上国市場での需要増はあるものの加入者の伸び率は鈍化して、「2002年の世界の携帯端末需要も前年並み横這いに近かろう」ともいわれている。このところMotorola, Nokia, Ericssonなどの大手ベンダーの決算報告では軒並みに大幅な減益や赤字の発表が続いた。全世界のARPU(利用者当たり月間平均料金)は低利用者の相対的増加やキャリアー間の競争により低下しているが、さらに3G(次世代方式)のライセンス取得やその追加設備への大型投資が負担となって、欧米の各携帯電話キャリアーの決算報告もやはり振るわない。いま欧州では多くの銀行が携帯電話キャリアーへの融資を拒絶しているという。
 直近の7〜9月期決算報告では、10月15日にMotorolaが減収だが増益(経常黒字化)と報じ、10月17日にはNokiaが増収増益ベースの好調な回復を報じて、投資家に若干の安堵感を与えた。しかし、10月18日のEricssonの発表では「市場の縮小が2003年まで続くので、リストラにも努力したが黒字転換は来年になる」として投資家を失望させた。Nokiaの好決算は同社の新発売端末の好調によるもので、インフラシステムに重点を置くEricssonは売上、注残とも前年同期比減となった。各ベンダーのインフラビジネスは依然として不振が続いている。
 Nokiaは「世界で50社のGSMキャリアーが既にMMS(マルチメディア・メッセージ・サービス)を始めていて、新サービスが広まりつつある。第4四半期にはdual-mode GSM/WCDMAによる収入増も期待できる」としている。また、米国には「固定電話から移動電話への代替が進んで、携帯電話の加入者数もMOU(延べ利用時間)も増加する。ただし料金競争はかなり激化するだろう」とした予測(Yankee Group)もある。
 携帯電話市場のパイを増やして現在の閉塞状況を打開するキーワードは3Gなのか。あるいはそこまで行かずとも固定電話の代替やWAP/JAVAを装備した2Gや2.5Gサービスで活路が見出せるのか。本稿では携帯電話業界の大きな関心事であるこのテーマを巡る最近の動きを俯瞰する。

苦戦が予想される3G事業

 NTTドコモは海外出資先の株価下落により9月期中間決算でも大型の減損処理を繰り返した。だが、同社の国内事業は経常利益二桁成長の快進撃が続いており、2003年3月期も十数%アップが予想されている。利益成長の源泉は2000年3月期に導入したiモードサービスで、その加入者数(10月20日現在35,088,000)は今なお増加を続けている。この新規加入数がドコモの総加入者数の増勢を維持し、また音声ARPU の減少分もiモードARPUの増加分で補っている。
 日本では、各携帯電話キャリアーが加入端末用インターネットのプラットホーム化やPDA、POS、GPS、カメラ、非接触型ICカード、ブルートゥース等と組み合わせた多彩なアプリケーションを開発していて、通話手段以外の通信用途や携帯電話利用者を対象顧客とする "携帯ビジネス" がかなり発展している。また、そのためのキャリアーと(携帯インターネット用)コンテンツ・プロバイダーとのwin-winの提携関係も多い。しかし、欧米ではこの種データ通信アプリケーションがさほど普及していない。
 欧米では、携帯端末へのデータ通信サービスの実用化が遅れたこともあろうが、インターネットが既に充分に普及していて、中途半端な携帯インターネット接続(web browsingには不満足なスピードや端末)の利用動機が本質的に少ないのかもしれない(データサービスの利用はノートPCやPDAからの接続が多い)。だが、欧州では「料金値下げでインターネット接続や国外ローミングが増えてきた」とも伝えられている。また、米国では「未サービス地域の解消」と並んで「低料金化」が望まれている。だからデータ通信サービスの低需要は料金水準の違いの影響もあるのかもしれない。参考までに、調査会社Yankee Groupによる最近の調査では、米国の利用者が携帯電話に望む改善項目の順位はhands-free(42%)、voice dialing (37%)、小型軽量端末(23%)と続きweb browserは最下位(6%)だという。どちらにせよ、欧米の大半の個人利用者にとって携帯端末への要求条件は、今のところ、「操作簡便で安く音声通話のできる道具」に尽きるようだ。

 次世代方式への本格的切り替えで状況が変るかといえば、それだけでは「否」である。3Gは国際標準の完全一本化が成らず、目標の一つであった「世界中どこでも使える端末」は幻と化した。「動画も流せる高速データサービス」への期待も、改良型2Gや2.5Gと競合したときのコスト差に見合うキラーアプリケーションが浮かび上がらず、実需の盛り上がりムードが見られない。身近な例として、わが国では既存設備を使ってコスト削減しているKDDIのCDMA1X(2.5Gと位置づける意見もある)の加入数は順調に伸びているが、世界が注目しているNTTドコモのWCDMA(3G)は割高な利用料金やサービス地域の制限(10月末現在でも全国カバー率は80%強)が影響してか振るわない。9月末に、ドコモはFOMA(同社の3Gサービス)の加入目標数を当初計画の3分の1とする大幅な下方修正を行った。WCDMAとCDMA1Xのこの傾向の違いは海外でも同様で、調査会社Ovumなどは「2000年代初期はCDMAが北米とアジアで加入数を伸ばし、WCDMAがこれに追いつく時期はかなり先になろう」と予測している。
 欧州業界では3Gへの熱狂が醒めて「3Gにはライセンスの取得と追加設備への投資に見合う収益性がない」とする見解がほぼ業界常識となった。3G促進の動きが根絶はしないが、「3G事業の凍結が好感されて株価が上昇した企業(VPN)」や「投資負担の重圧にあえぐキャリアーの救済ため、欧州委員会は競争政策を緩和して複数事業者による3G用設備共用を支援(例:T-Mobile / O2 )」などのニュースがその支配的雰囲気を示している。高額の免許料を徴収した欧州各国の政府がその罪滅ぼしか今では事業者に対する義務条件の緩和や財政支援に動き出している。
 一方、「WCDMAは重要特許を所有すると主張する企業数が多くて(約百社)、ライセンシング条件の決着が不透明な状況が続いている。知的所有権関連のコストが高くついてWCDMA市場の発展を阻害する可能性もある」という警告的観測もある。どうやら暫くは、世界市場ではWCDMAよりもGSM/GPRSやCDMA1Xによる市場支配が続く公算が大である。

活路は新しいアプリケーションの開拓か

 携帯電話キャリアーの活路はMOUの拡大に尽きる。顧客利用者は低料金で利用できる実益のある使い道(アプリケーション)を求めるのであって、単位料金あたり性能数値の向上だけでMOU を増やしてくれるほど甘くはない。端的に言えば、業界の今後の成長はデータ通信機能を活かした魅力的な新種サービスの創造にかかっている。当然ながら、新種のサービスには例えば自動車や建設機械のような人間以外の移動物に(半固定物でもかまわない)端末を取り付けたM2M(Machine to Machine communication)---- cellular M2M---- の分野も含まれる。
 Yankee Groupの調査でWeb browserの要求が少なかった米国市場といえども、実は携帯電話キャリアーによるデータサービスへの展開が進みつつあり、大手数業者がJAVA搭載携帯電話のサービスを開始している。調査会社の Probe Research は、「ビジネスの場では今は誰もがeメールやweb絡みのアプリケーションを使っている。使い勝手の良い携帯端末も現れて市場環境は90年代とは全く変っている。数年前までデータサービスの事業化に失敗してきた各キャリアーも学習と研究を積み重ね、市場のセグメンテーションを意識しながら市場開拓の再挑戦に乗り出してきた。携帯データ通信サービス市場が開花する可能性は充分にある」と言う。
 キャリアーが狙う顧客市場は個人消費者ユーザーと企業ユーザーとに大別できるが、どちらの市場にも開発の動きがある。前者を対象とした優れた実績をもつ事業モデルはNTTドコモのiモードだが、海外でも各国なりに類似の携帯応用ビジネスが開拓されつつある。ビジネス環境や文化的背景には国情の差があるので、これらの市場で日本と同型の個人ユーザー需要が開花するとは限らない。ドコモと提携した欧米キャリアーの事業は現時点では苦戦のようである。10月22日に英キャリアーのOrangeがMicrosoft の"Smartphone" の採用を発表したが、最近Microsoftが力を入れ始めた携帯電話端末やPDAの携帯電話化が欧米市場で意外に普及する可能性もあるとして、既存の大手携帯端末ベンダーは警戒している。海外各国の個人ユーザー向けビジネスの今後の帰趨に注目したい。

 企業ユーザーの獲得手段として欧米のキャリアーがいま最も有望視している方向はCRM(Customer Relationship Management)サービスへの進出のようだ。CRMとは「企業が、顧客の利便性と満足度の向上による常客の増加で生産性と収益率を上昇させるべく、情報システムを応用して顧客との長期的関係を築くさまざまな手法」の総称である。最近では、企業はマス・マーケットを単純に狙うだけではサバイバルが難しく、顧客(または顧客層)ごとの差別化アプローチも必要だとされている。故に、CRMでも顧客企業ユーザーの個別事情の配慮ができる自由度のあるシステムが望まれる。CRMにも移動端末を導入して情報処理システムとの間にリアルタイム通信機能を備えれば、従来型のCRMの壁を越えた、効率的で、応用範囲も広いシステム作りが可能となるのは明らかである。
 とはいうもの、「移動通信キャリアーが企業ユーザーを能動的に獲得するには、顧客企業の業務を理解した上でその改善手段の助言をし、そのためのソリューションも提供できるような、一歩踏み込んだ能力がなければならない。そのためには、ソフトウェアベンダー、専門コンサルタントなどの関係業者との緊密な提携が必須である」といわれている。また、勝ち馬キャリアーとなるにはこれら提携業者に魅力を与える加入契約者ベース、ネットワーク機能、プラットホームなどの提示能力が必要であろう。故に、通信機器ベンダーの協力も得なければならない。
 さらに、このようなCRMビジネスも移動通信キャリアーが主導できると約束されたものではない。技術方式も端末機能も異なる複数キャリアーのサービスを利用するような広域活動が必要となる大企業や多国籍企業のCRMでは、(1)システム・インテグレーターやユーザー企業自身が専用端末の開発も含めて自社CRMシステムを構築する、(2)さらに一歩進んで通信キャリアーを単なる“wireless byte provider” に位置づけ自らがCRM通信サービスの再販業者となる、などの方がむしろ現実的となる場合も考えられる(最近では、この方向を目指すCRM開発の動きも観察できる)。したがって、携帯通信(携帯電話)キャリアーも競争と協調の両面作戦で対応する必要があろう。

 要約すれば、CRM戦略にはネットワークとプラットホームの提供だけでなく、携帯電話キャリアー自身が顧客の望むコンテンツまで含んだトータル・ソリューションとそのアフターサービスの提供能力までも必要とするように競争環境が変わりつつあるのだ。このような業態の変容は携帯電話事業に限るまい。成熟産業化した通信産業では、キャリアーもベンダーも将来は単なる情報通信パイプ提供者の立場だけでは済まなくなるのかもしれない。
 参考例を挙げれば、IBMは「情報産業は主収益源を "hardware" から "software, services and consulting".に頼る構造に移り、2000年実績で42%だった後者のシェアが2005年には58% に増えるだろう」と予測している。同社が7月30日に発表したPWC Consulting(PricewaterhouseCoopersのコンサルティング部門)の吸収合併はそのような予想をふまえた対応策でもある。携帯電話関連業界に目を転じれば、機器市場の減速もあって代表的ベンダーの一つであるEricssonが今では全売上の24%をサービス収入で稼いでいる(2002,1Q財務報告参照)。このようなIBMやEricssonの動きは将来の通信産業の方向性を暗示するのかもしれない。



データリソース社では、「携帯端末」関連のレポートとして、

移動体端末の将来予測 2002年版
Future Mobile Handsets(英国ARC グループ社)


米国プローブリサーチ社の「無線インターネットサービスとネットワーク市場 (WISN)」サービスのレポートから、

最先端のモバイル端末
Advanced Mobile Terminals (米国プローブリサーチ社)


モバイルターミナルにおけるPDA形式のOS
PDA-style Operating Systems in Mobile Terminals (米国プローブリサーチ社)


インスタット/MDR社の「Wireless Handset & Access Devices」など、Wireless セクターのレポート

などがあります。

また、「移動体・無線関連レポート」のページもご参照くださいませ。


「DRI レポート」シリーズ のバックナンバーはこちらです


<< HOME  <<< BACK  ▲TOP
COPYRIGHT(C) 2002 DATA RESOURCES, Inc. ALL RIGHTS RESERVED.