DRI レポート
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      技術や市場構造の遷移を考えよう
風間  仁  (海外調査コンサルタント、技術士、DRI顧問)

2002年7月1日号

 独占的電気通信サービス事業を解体する市場ルール(電気通信の法制度)の改訂と整備が1990年代に各国で進展して、「サービス面や経営面の新機軸の取り入れを促進する競争原理の導入が利用者の利益と業界の発展に不可欠」という考え方はほぼ世界的に定着した。需給両面における電気通信サービスの制約を緩和した効果は伝統的な通信業界の構造変化だけに止まらない。新種の技術や新種のサービスの自由化とその進歩が他の業界にも構造変化をもたらし、同時に他業界や国外からの通信サービス市場への新規参入をも促進する。

 前者の典型は近年の金融業界に見られる業態変化であろうか。銀行端末を利用者自らに操作させる夜間休日サービスも常識的な風景となった。世界の為替市場での為替取引の総額は世界の貿易総額の三桁倍に近づいているが、実体経済を遥かに超えるこの巨大な投機的金融取引の瞬時処理が可能なのはコンピュータと通信の最新技術が自由に使えるからである。我々はこれからも各業界でこの種の驚異的な業態変化を見ていくのだろう。
 潜在成長性に富む通信市場は激しい競争市場でもあり、新参入業者が絶えることはない。例えば、現在はILECのLocal Loop(電話加入者線)アンバンドリングを巡る議論が喧しいが、将来、携帯電話やケーブル電話での価格破壊が進んだり、PLC(電灯線搬送)、FWA(固定無線アクセス)、FTTH(光ファイバー・アクセス)などの経済化が進んで、在来型固定電話のトラヒックが減少することにでもなれば、既存のLocal Loopが助成金を使う斜陽事業にもなりかねない。

 このような通信サービス業者にはたらく競争圧力下での事業経験と反省は新たな創造的思考を生み出す動機となる。新旧各業者の経営上の新たな試みは今後の市場構造や採用技術の遷移方向を明示する。とくに、現在、経営不振に悩む通信網業者に対する第三者の経営再建策の提言は業界がこれから向かう方向についての重要な暗示を含むことが多い。したがって、これらに対する注意は欠かせない。
 PricewaterhouseCoopersは、昨年7月に行なった通信網業者向けの経営再建セミナーで「市場の成長性を過大評価し "収益性よりも先ずはシェアの獲得" を優先した経営方針が経営破綻をもたらした」とし、経営分析の結果に応じて経営者が採るべき政策 ---事業からの撤退、事業の部分売却、アウトソーシング、事業再編など---の選択基準を示した。そこでは、注目すべき経営指標として事業収入(または 事業収益)の対PP&E(有形固定資産)比率に注目している。また、収入増でなく支出減への設備投資としては、Yankee Groupのアナリストが「多くの通信網業者はOSS(operational support system:=billing, 障害診断処理....などの運用業務支援の諸システム)への投資で可能となる人件費の節減が不十分だ」と主張している。いずれにせよ、"設備投資効率の良否が事業の存続の鍵" ということである。
 通信網業者の経営改善を考える電気通信専門のコンサルタントや技術者の提言は、この "投資効率改善" への具体的技術手段にふれるものが多い。それらの例として以下がある。

  1. 新規設備投資ではSonetへの投資を避け、IPへの重点投資にシフトすべきである。Sonetは年率数パーセントの成長しか望めない音声トラヒック向けに最適化した技術だが、IPのデータトラヒックは2000年の時点ですでに音声トラヒックと並んでおり、年々倍増ベースの成長がまだしばらく期待できるから。
  2. 統計は高速アクセスの提供が電話会社の収入増につながることを示すが、ADSLの適用距離の制約は網サービス業者に機会損失をもたらしている。とくに、高所得加入者の多い郊外に見られるremote terminal経由区域にはDSLそのものが使えない。これらの対策を真剣に考えるべきだ。
  3. CLEC(競争的地域電話会社)の成功企業には、加入者の潜在意識にある保安性や信頼性の重要さに訴える差別化機能をセールスポイントにしたところが多い(ILEC ---既存地域電話会社--- 並みの配慮さえも欠けば脱落する)。また、これらの機能の開発や運営も専門業者にアウトソーシングして、事業費を節減しているケースが多い事実にも注目すべきだ。
  4. 今後のIPやブロードバンドの通信量の急増を考えれば、ピーク時の処理能力に合わせたパケット網の投資政策では経営が成り立たない。伝送すべきパケット情報のリアルタイム性の要求度(例えば high, standard, low)に応じてサービス料金を区別するインセンティブを導入し、送受信トラヒックをpriorityの順に処理 する "traffic shifting" を行なうべきだ。" high priorityサービスに必要なリアルタイム性を失わない網コストの低減" と "オフ・ピーク利用トラヒックの需要増" により、網の投資効率は大幅に改善できる 。
  5. 有線系と無線系の通信サービスの壁を撤廃し、さらにナローバンドからブロードバンドまで受け付ける全統合サービスを考えるべきだ。利用者は番号制度、料金制度などが一元管理された統合サービスに加入して、必要なサービスを随時選択的に利用できることになる。通信網業者にとっては、交換機やルータなどの設備の共用や統合、インフラの冗長性の相互補完、重複事業組織の整理統合…などにより経営の合理化が進むだけでなく、統合された環境でのみ可能な新種サービスの創造による事業の発展も期待できる。
  6. IP通信のバックボーン回線を運営する国際IPキャリアーの通信品質の規準はまちまちで、その品質も安定せず、かつそれら情報の多くは非公開である。bit当たりの実効通信費( performance / cost)はキャリアーにより2倍もの格差がある。大口利用者は、通信データの性格に応じた "品質保証ルート" や "最小料金ルート" のように、目的別に最適な経路選択を望むが、現在のEGPプロトコル(TCPの一種)はそれらに対応できない。利用者側で自衛的に経路指定の手段をとっても、特定ルートのトラヒック輻輳や障害時の迂回不能など、ネットワークに派生問題をもたらしている。関係業界の協議によるこれらの総合的解決策が必要だ。

 論者の視点やそのスケールはまちまちだが、これらの意見はそれなりに正鵠を得ているように思われる。そして、理があるならば徐々にその支持者を増す。技術や市場の流れは支持者の多い意見に沿うような(ないしは、アイデアを育成する)方向に早晩向かう筈である。とくに、提言の4〜6は「ITUの場で協議を続けた電話業界の歴史に習うか」あるいは「デファクト標準がリードしたコンピュータ業界の流儀で進むか」で今後の市場構造を決めかねない基本的テーマでもある。
 市場構造や市場ルールは不変のものでない。現在の市場は自由競争の開花期にあり、種々の新技術の実用化と業者間競争が加速している。だが、「現状は過渡的なカオス(注)であり、いずれは新しい秩序(例えば、先の提言4〜6の実現)に向かう新しい技術と市場構造が醸成される」ということも充分に考えられるのではなかろうか。

(注) chaos =aconfused unorganized state of primordial matter before the creation of distinct forms (Webster Collegiate Dictionary):即ち、別の安定状態が創生される初段階の原始混迷状態。


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