日米政治情勢と経済 石澤 靖治 学習院女子大助教授
2002年1月7日号
日本の経済はどうなるのか――憂鬱な状況に誰もが頭を抱えるこの問題について、日本とアメリカの政治情勢という視点から考えてみたい。そして私の結論を先に言えば、残念ながらあまりいい状況にはならないということである。
まず小泉首相と日本経済だが、この政権では抜本的な改革はできない。それは「小泉改革」というものには根本的な「矛盾」がつきまとうからである。旧来の社会・経済構造の上に立つ自民党を、自民党総裁である小泉首相は変えることが不可能であるのは、普通に考えれば当然すぎるほど当然のことである。ならば小泉首相の驚異的な支持率は下がってもいいようなものだが、一向に下がらないどころか、12月の世論調査では再び盛り返す気配さえみせている。それはこの政権に「矛盾」があるからである。国民は自民党の体制と小泉改革とは相容れないことを十分に知っている。そして日本の状況がこのままでだめなことも熟知している。だからこそ「自分たちが支えてあげなければ」と思い、それが高い支持率につながっているのである。それに応えるように小泉首相は国民に直接アピールする手法をとりつづけている。
その結果何が起こったか。医療制度改革では自民党が勝ったと言い、小泉首相も抵抗勢力を押し切ったと述べた。補正予算編成でも小泉首相は以前からの公約の国債30兆円を守ったと自慢したが、結局はいずれ国債の償還にあてる資金を用いたにすぎない。税制改正にしても、根本的な部分には全く手がつけられていない。小泉首相は名を取り、自民党は最低限の実を得た。たぶん今後いろいろな「改革イベント」が官邸と自民党との間で行われるだろうが、結局はこのような中途半端な結果に終わるのではないだろうか。
エコノミストの中には、小泉改革に対して日本経済の状況があまりにも脆弱すぎるという考えを示す人が少なくない。具体的な政策としては、国債発行30兆円という枠にとどまらずに財政支出をすべきで、抜本的な改革はある程度の景気回復が見られてから行えばいいということである。エコノミストではない私は、景気の状況が極めて悪いことはわかっていても、日本が国と地方で700兆円近い巨額の債務を抱える中で、いつどんなタイミングで財政を出動し、またいつ抜本的な改革を行えばいいのかという判断は残念ながらできない。ただし言えることは、もはや批判することがタブーとなった小泉首相が「政界の長嶋」となった現在、その采配に問題があっても、失業者が街に溢れるようになるまでは当分は安泰だということである。権力構造に基本的な矛盾を抱える小泉首相は、そのことによって高い支持率を獲得する一方、国債発行30兆円にこだわらない景気回復も、抜本的な構造改革のどちらもできず、中途半端な状況と閉塞感は続いていくだろう。矛盾の上に立つ政権を支持する日本の悲劇である。
国内の財政・金融政策が手詰まりの中で、日本経済にとって頼みの綱は、アメリカ経済の回復である。アメリカで最も権威のあるNBER(全米経済研究所)は、11月末、アメリカ経済はリセッション(景気後退)入りしたと宣言したが、問題はそれがいつ回復するかだ。アメリカの景気はGDP(国内総生産)の7割を占める個人消費の動向が重要な鍵を握ることは言うまでもないが、もともと株価の低迷で企業業績が悪化してレイオフが行われたことや、逆資産効果で消費が不振だったところに、9.11テロの影響で消費者心理の冷え込みは決定的になった。
ではこれが2002年にはどうなるかだが、先のNBERは、2002年の春頃には回復に向かうと予測している。確かに消費は低迷しているが、テロが解決した場合には消費マインドは明るさを取り戻すのかもしれない。またIT(情報技術)関連企業の株価は低迷しても、ITによってビジネスにおける生産性が向上したことは事実である。NBERではそのことを今後の景気回復の好材料と考えている。
だが状況はそれほど楽観できるものではない。ワシントンポストの有名コラムニストのロバート・サミュエルソンは、かねてからアメリカの株価が異常に高かった分、その谷は同じだけ深いという見方を示している。FRB(米連邦準備理事会)はこの1年で7回もの利下げを行った。グリーンスパン議長は日本のバブル崩壊を参考にしていただけにその機動的な対応は見事だが、効果はまだ出ていない。いずれじわじわと効いてくるにしても、それだけ異例の金融政策を実行した中でも経済が低迷しているということは、バブル崩壊による逆資産効果の大きさを示している。
一方、経済政策のもう1つの柱である財政政策だが、これも2001年末の段階ではうまく実行されているとは言えない。また今後もそれが機動的に執行されるかどうかは、かなり不透明である。金融政策と違って財政出動による景気刺激策は、議会での立法措置が必要となる。議院内閣制の日本では、与党で景気刺激策が作られれば国会での議決は難しいことではないが、アメリカの場合、大統領を牽制する議会の動向が極めて重要になる。今回の場合、反テロリズムで一体となったホワイトハウスと議会だからすんなりと行きそうだが、そういうわけにはいかないようだ。ブッシュ政権が、今後大きなスキャンダルに発展しそうな問題を抱えているからである。それは先に倒産した全米第7位(フォーチュン500社ランキング)のエンロン社に関する疑惑である。
一時この会社は、アメリカ電力自由化の旗手ともてはやされたが、今回倒産して、実際は不透明な金融取引に手を染めていたことがわかった。日本でも同社の社債を組み込んだMMFが元本割れして問題になったが、この会社とブッシュ政権はただならぬ関係があることがわかってきた。同社のレイ会長はブッシュ大統領がテキサス州知事時代から多額の献金を行っていたことで知られるが、その見返りにテキサス州の電力市場の規制緩和を実現させたと言われている。また今回のテロ対策として、ブッシュの盟友であるトム・リッジが国土安全局の長官に任命されたが、リッジがそれ以前にペンシルベニア州知事だったときも、同州へのエンロンの参入に、「ブッシュ−リッジ・ライン」が力を貸したと言われる。さらにブッシュ政権の経済政策の中心人物であるリンゼー補佐官、ゼーリックUSTR(米通商代表部)代表は、政権入りする前は同社から俸給を得ていたこともわかっている。
このエンロン・スキャンダルは、アメリカの政治評論家に言わせると、クリントン政権を悩ませて政策遂行の妨げになった「ホワイトウォーター事件」以上の、スケールと根の深さを持つものだという。ところがこれまでは、それがアフガニスタンでの軍事攻撃の陰に隠れていた。だがテロの恐怖が消えれば、それを退治したブッシュ政権のエンロン・スキャンダルが浮上するかもしれない。議会で紛糾すれば、ブッシュ政権の機動的かつ効果的な財政出動に支障をきたす事態になる可能性が少なくない。もちろんそれは景気回復に大きな障害となる。
アメリカ経済は日本とは違い、90年代の繁栄を謳歌しており、こうした混迷があっても一気に大不況に突入するわけではない。だが、アメリカが90年代に世界経済を引っ張ってきただけの力強い成長をみせるとは期待できないと考えるのが妥当である。IMF(国際通貨基金)も2001年12月に発表した2002年の経済見通しで、0.7%の成長としている。ちなみに1999年と2000年は4.1%成長、2001年は1.0%(見込み)である。したがって日本経済もアメリカ頼みで景気を持ち直すことは期待できない。残念だが、2002年は政治と経済に不透明感が漂う年になりそうだ。
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石澤 靖治(いしざわ やすはる) 学習院女子大助教授
1957年生まれ。ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。「ワシントン・ポスト」極東総局記者、「ニューズウィーク日本版」副編集長を経て現職。専攻は現代政治経済分析・メディア関係論。著書に「大統領とメディア」「日米関係とマスメディア」。
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