2001年9月5日、International Biometrics Group(以下:IBG)から生体認証技術市場に関する年次報告書が発表された。この中で、同市場の収益は大規模の公共部門での導入を中心としながら、今後はPC/ネットワークアクセスおよびEコマースにも広がりを見せ、2000年の3億9900億ドルから2005年には19億ドルへ成長する、との予想が立てられていた。しかし、それから僅か6日後に発生した9.11テロ事件が、同市場への見方と必要性を大きく変えたのである。それまで連邦政府では、生体認証技術を「興味深い技術」と捉えていた節があったが、深刻な状況を経験した現在では、セキュリティ強化に不可欠な要素としてあらゆる場面で採用されてきている。こうした現状を背景に、Frost & Sullivanの最新報告書では、2001年に9340万ドルと評価された生体認証技術市場が、2006年までには20億5000万ドルと急上昇すると予想されている。
バイオメトリクスとも呼ばれる生体認証技術は、生体的あるいは行動上の特徴から本人であることを認証する技術で、ここ数年の間に商用としても広範で実用されるようになった。生体認証の種類は目的や用途によって多岐に渡るが、指紋をはじめ手(静脈、掌紋)、目(虹彩、網膜)、顔貌、音声(声紋や抑揚)、署名(筆跡、筆圧)、DNAなど個人の部位や行動の特徴を数値化し、登録済みのデータと照合させる点では、概ね共通している。元来、認証方法としては本人のみが把握している知識(パスワード等)、本人のみの所有物(ATM/ICカードやトークン等)が広く使われてきた。これらは確かにセキュリティ目的を果たすが、亡失など本人の過失だけでなく、盗難や攻撃などの外的要素からも脆弱性が指摘される場合もある。特に、単独のセキュリティ方法に依存する場合は、さらに危険度を増すことにもなる。
そこで「唯一無二」の認証媒体である体の部位、つまり本人から切り離せない情報の利用に関心が高まった。このように、生体認証技術の特長は、半永久的に変化しない生体情報、そして体の一部であるため認証媒体を携帯したり、更新作業の必要性が無い点に言及される。脆弱性としては、生体特徴の複製が考慮される。例えば、米国ではシリコン素材を利用した指紋複製による犯罪ケースも見られる(それでも生体特徴の複製を行うには、かなりの専門知識と特殊な設備が必要らしいが)。確かに、競争の激化による生体認証装置の価格引き下げは、普及率の上昇に貢献した。その一方で、安価なデバイスの中には高度な認証機能を持たない製品もあり、生体情報を使ってもどこまで厳密な照合が行われているのか、といった完全性への疑問も浮上してきた。しかし、いかなる認証技術にもリスクの可能性はあるが、それを限りなくゼロに近づけるのが生体認証技術であろう。現在、実用化されている生体認証技術は指紋、虹彩、署名の3種に大別される。
Market Snapshotでは3ヶ月に渡って、米国における生体認証技術への取り組みに着目していくが、今月はその第一回として、最も普及率が高い指紋による生体証明技術からお話しよう。前述の通り、米国では9.11事件後、セキュリティへの様相が変化した。米上院では反テロ対策として国境における保安、警察当局での捜査強化に加え、生体認証技術にも対応するよう昨年10月、The USA Patriot Act(米愛国者法)を通過させた。これに続き、同月にはThe Aviation Security Act(航空保安法)も発効させ、米国内の空港で働く職員全員へのバックグラウンドチェックの一環として指紋による生体認証を義務付ける方針を固めた。事実、サンフランシスコ国際空港では、Identix社の技術を基盤としたNECの自動指紋認証システム「NEC/LS-21Live Scan」を設置し、新規採用や契約更新をする際、空港職員の審査を行っている。IBGによると生体認証技術市場の48.8%は指紋照合が占めており、それに次いで顔貌情報が15.4%のシェアを持っている。これは、指紋と顔の特徴による本人認証が伝統的に行われてきた沿革を反映した結果だ。指紋照合の高い普及事情は、身近なところで運転免許書への導入事例がある。現在のところカリフォルニア州をはじめジョージア、ハワイ、オクラホマ、テキサスの全5州がその対象となっている。
Frost & Sullivanでは指紋照合による生体認証産業は、2001年から2003年にかけて5倍の割合で成長を遂げ、1億8500万ドルに達するとした上で、2006年までには7億ドルの収益を上げるものと見ている。この急速な成長には、コスト面でのメリットも要因となっている。特に企業のPCセキュリティの場合、ユーザー名とパスワード管理に年平均で1人当り300ドルの費用がかかるのに対し、指紋照合では生体情報を使うため、この管理費がぐっと削減できる。こういった面からも、民間レベルでは今後、企業を対象に導入率が高まる可能性もある。
10月のMarket Snapshotでは、虹彩による生体認証技術に関する米国事情をお届けいたします。
(c) 2002 KANABO Consulting