データ通信の飛躍的な伸び特にインターネットの利用増大につれ、IP(インターネットプロトコル)による音声電話サービスの可能性が大きく喧伝されて来た。まもなく音声通信はIPネットワークにより提供される結果、PSTN(回線交換による公衆交換網)も数年のうちに不要になるだろうとの議論すらなされたのはほんの2、3年前のことである。
以来多くの新興通信事業者、ベンチャービジネス、既存通信事業者、機器メーカ、コンサルタント業者等がこの新サービスの開発・提供に携わっており、確かに一定規模の事業分野を形成するようになった。
しかし通話遅延、エコーがある等の技術問題は解決されておらず、音声品質が劣り業界のサービス標準も決定されていない現状である。このため「悪かろう、安かろう」のイメージが定着してしまった。この結果学生、PCを常時扱う人など利用は1部の層が中心となっており、期待したほどの発展を見せていない。
他方、専用IPネットワークによる企業間、あるいは企業内のビジネス通話でのインターネット電話(VoIP)の利用は大きく伸びている模様である。VoIPの場合、通話品質はかなり通常の電話に近くなっているし、企業環境の下での専用線利用においては音声サービスはデータ、ファックス等の他の通信と併用して提供されるので、多少のサービス品質の悪さはカバーされてしまう。VoIPは将来、PSTN(現行の回線交換ネットワーク)がIPネットワークに置き替えられる場合の先駆的なネットワークの形として大きな意味を持つものではあろうが、それ自体は専用線のIP化の一環として理解すべきものであろう。
以下、インターネット電話の定義、インターネット電話の占めるシェア、米国の代表的インターネット業者2社のNet2PhoneとDialpad社の状況、なぜインターネット電話は業として成功しにくいのかの理由を述べる。
インターネット電話の定義
「インターネット電話」(Internet Telephony)とは、IPネットワークによる双方向音声サービスの提供をいう。現在実用に供されている「インターネット電話」は次の2種類に大別される。
第1は、公衆ネットワークを介在するが通常の公衆ネットワークを通じて為される通話の場合と同様電話対電話で行われる通話である。料金は通常の電気通信事業者が提供する通話の半分ぐらいに設定されている。
第2は、インターネットの付加機能として利用される通話であって、ユーザーはインターネットのモニターをクリックして相手を呼び出し、ヘッドフォンを使って通話を行うものである。大手インターネット会社はおおむねこの2種のサービスを双方とも提供している。
このほかIPの専用線、LANの利用の1部として、企業ユーザーが音声サービスを利用するVoIP(voice over IP)があるが、狭義にはこのサービスはインターネット電話と区別される(例えばTech DictionaryのIP Telephonyの定義)。もっとも欧米ではインターネット電話と同義に使われている場合も多い。また日本ではVoIPは「IPプロトコルを利用してデータだけでなく、音声通話を提供出来るようにする技術」、インターネット電話は「VoIPを利用して提供されるサービス」との定義も広く採用されている。
微々たるシェアと将来への過大な期待
以下に最近の2、3の資料から得られたインターネットのシェアの現状[1999]、及び将来シェアの予測値を示す。
表 総通話収入に占めるインターネット電話のシェア
発言者 | 1999 | 将来予測 |
(1)FCCケナード委員長 | 1%未満 | 今後3年で15% |
(2)ロイター | 1%未満 | 将来30% |
(3)Clarent Corporation (インターネット電話のソルーションプロバイダー) | 4%(1999年) | 44%(2005年) |
(4)IDC | 5億ドル(1999年) | 16億ドル(2000) |
出所 : (1)9.12付けFCCニュースリリース、(2)8.4付けTech Web、(3)FTComの2000年春季特集号、(4)7.10付けBureaucracy誌の論文、When is voice really voice? |
(1)、(2)の1999年の実績値は共通しており、同一の情報ソースに拠っていることを推測させる。また(4)では5億ドルという1999年の年商が出ている。米国の長距離・国際通話の年商は600億ドルを超えることは確かであるから、この記事もインターネット電話サービスの比率を1%未満と見ていることとなる。(3)のClarent Corporationが示している1999年実績値4%は高過ぎるようである。
このように大きく喧伝され、多くのサービス提供業者、機器メーカー、ソフト業者等がサービス開発、実施に熱を入れている割にはインターネット電話の占めるシェアは低い。
現状がミゼラブルであるのに比して、3年から5年程度の将来予測は各論者ともに相当に勇ましい。しかし私はこれらの予測数値には確たる根拠がなく、インターネット業界あるいは同業界の利害関係者がインターネットサービスを成長させて行きたいという希望、願望が込められた期待値であると見ている。IDC(後述する米国の代表的インターネット提供会社NetPhoneの元親会社で現在も大手株主)は2000年にインターネット電話の年商が1999年に比し、3倍以上の16億ドルに伸びると予測している。しかし本年にインターネット電話サービスがそれほどまでに急増しているという情報は特にない。多分この予測も過大であろう。
FCCのケナード委員長はすでに紹介したインターネット業界関係者に対し行った演説(出所3に示したプレスリリース)のなかで「私は米国人がIPテレフォニーの価格と機能を理解すれば、回線交換と永遠におさらばするものと考える。その時期はきわめて近い」と述べている。これはインターネット電話業界へのリップサービスであって、本人が本当にこのように信じているかどうかは疑わしい。後ほど述べる通り、IPテレフォニーの価格の安さこそがIPテレフォニーをニッチ市場に留めてる主要因だとも考えられる。
その結論に入る前に、米国の代表的なインターネット業者2社 Net2PhoneとDialpadの現状を見ておこう。
赤字に苦しむNet2Phoneと広告収入のみに頼るDialpad
Net2Phoneはインターネットサービスの大手業者である。もともと長距離通信事業者 IDTの子会社であったが、同社のインターネット電話の技術が高く評価され2000年8月AT&Tが39%の資本を取得した。AT&T以外にAOL、GT/NBC、Yahoo!、Softbankといった錚々たるIT企業が同社に投資している。またMicrosoft、Ciscoとの関係も深い。
サービスは長距離、国際の双方を取り扱っており、端末は電話対電話、PC対電話の双方が利用できる。インターネットのモニター上でクリックひとつで通話への切り替えが出来る技術(Click to talk)が高く評価され上述のIT企業の投資を招くキッカケとなった(4月10日付けビジネスウィーク、Internet phoning isnユt just talk anymore)。
ところが同社が発表したばかりの2000年次の年次報告書によると、売上は2倍以上になっているものの経費が嵩み赤字は昨年次より大きく増えている。
2000年次の売上は1999年の3325万ドルに対し、7240万ドルと118%伸びた。しかし実質的な赤字額は1999年次の660万ドルから5260万ドルへとこれまた急増し、赤字体質は解消するどころか悪化する傾向を示している。
同社は経費の増大は競争激化に伴うマーケティング、販売の費用の増大、新サービス開発費などを上げている。加入者数は1999年の32.5万から120万へと大きく伸びているが、料金が安いこともありこれだけの加入者増があっても赤字から脱却できない。
NetPhoneの業績悪化に伴い株価も大きく低落した。本年1月には60ドルを越えていた株価が現在18ドル(11月16日現在)と3分の1以下に低落している。
同社の経営層はこの業績低下を深刻にとらえており、SEC提出用の2000年の年次報告書のなかでは率直に「今後見通し得る将来にわたって業務が黒字になることは期待できない」と述べている。事業経営についての自信喪失を率直に表明したものとして注目に値する。IPテレフォニー提供業者の数は多いが、いずれも経営状況は苦しいものと見られる。
最近無料サービスを売りものにして華々しく登場してきたインターネット会社にDial.pad.comがある。同社は1999年に設立された新しい韓国系の会社で、日本にも最近進出した。PC対電話の通信を無料で提供し収入は広告から得るという。同社はすでに米国、韓国で1000万以上の加入者を得ていると称しているが、無料サービスではIPテレフォニー業界の収入増に寄与しない。皮肉なことであるがDial.pad.comの登場に見られるインターネット電話の無料サービス提供の現象こそ、インターネット電話業界が一般の長距離通信業界とは別個の「付加価値通信事業者」であることを示してはいないだろうか。
インターネット電話事業の業績が伸び悩む理由
インターネット電話が伸び悩む理由は第1に品質が悪く、不安定なことである。しかもPSTN網による通常の電話の場合のように国際的に確定された品質標準を使ってもいない。この意味でインターネットは事実上、試行サービス実施の段階だといっても過言ではない。
第2の理由は業者間の競争が激しくインターネット業者は料金をますます下げざるを得なくなっていることである。Net2PhoneはDialpad.comからのPC対電話のインターネット電話の無料提供の実施に対抗して、自社の同種サービスも無料にせざるを得なくなった。これは競争がすでにインターネット電話の重要なサービス分野で、極限まで推し進められたことを意味する。皮肉なことにClick to talkが簡単に行える技術が発達したことにより、PC対電話サービスは一般の情報検索サービスの一種に組み込まれてしまったと言うこともできる。
第3の理由は長距離通信事業者が提供する長距離・国際サービスの料金も低下しているため、顧客はコスト節減を目的にしてのインターネット電話を利用するメリットを評価しなくなったことである。例えば国内の長距離通話の料金水準は現在分当たり5セント、これに対しNet2Phoneが提供しているインターネット電話の料金は分当たり3.9セントである。通常の長距離サービス利用者が20分通話して100円程度で済む長距離通話をわざわざ品質の悪いサービスを我慢してまでインターネット電話に頼ろうとはしない。
上記の理由からしてインターネット電話の利用者は学生や外国の利用者(米国からみて)に多いようである(2000.8.4付けTech Web News."Web-based Calls Pose No Threat To Phones Yet")。
そもそも「安かろう、悪かろう」というイメージをサービスのスタート時点から公衆に植え付けてしまった点がインターネット電話を業として成り立たせがたくした最大の原因だと考えられる。敢えてウェブレン(20世紀初頭の米国の経済学者)のコンスピキュアス・コンサンプション(顕示的消費)の理論を引き合いに出すまでもないのであるが、人は誰しも消費に当たって世間並の見栄を張りたいものである。インターネット電話を利用することは即、世間並の通話利用が出来ないことを示してしまうこととなる。この心理的抑制によってインターネット電話は学生、低所得者、外国人等を対象にしたニッチ市場に留まってしまったのであろう。
関係する業者、コンサルタント会社、メーカーが5年後、10年後の大幅なトラフィック、業績の伸びを予測してはいるものの、こういった状況からして私はインターネット電話の将来にはきわめて悲観的である。ビシネスモデルが最初から間違っていたのではないかとすら考える。
なお、筆者は1999年初夏「インターネット電話の現状と将来展望」(データリソース分析レポートVol.5)でも、インターネット電話の短期間での離陸は難しいとの推測を述べた。1年半が経過した今日、インターネット業界にとっては不幸なことにこの推測は的中した。
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