中国は現在約6000万の携帯電話加入者を有しているが、普及率は6%程度と低いため今後も巨大な潜在需要が見込まれている。
中国の携帯電話会社は、東部沿岸地方の6省にサービスを提供しているChina Mobile (Hong Kong)Limited(中国移動通信)、China Mobileの親会社であり本土のその他の地域に携帯電話サービスを提供しているChina Mobile (Hong Kong)Group及びこれら2社に対する競合会社として中国全土にサービスを展開しているChina Unicom(中国連通)の3社がある。このうちもっとも業績が良く将来性が高く評価されているのが経済発展が著しい東部沿岸地域に地盤を持つChina Mobileである。
China Mobileの前身はChina Telecom(HK)であり、香港の中国本土返還後まもない1997年9月に同地に設立された。名称がChina Mobileに改称されたのは最近の2000年5月である。設立当初は香港の自由市場のメリットを活用し、電気通信のオペレーションを行うとともに外国から電気通信新技術を導入する窓口の機能を果たすと観測されただけで、具体的にどういう事業を行う企業か判然としなかった。ところが、以来3年あまりでヴォーダフォン、NTTドコモに次ぐ世界有数の携帯電話会社に成長した。
2000年4月、香港のネット会社のPacific Century CyberworksはCable&Wireless HKTを取得した。この取得は形式的には民間会社相互の話合いによったものであったが、外国ジャーナリズムは当時背後にあって睨みを利かせた中国政府の力を背景にしたM&Aであると評した。中国政府からすれば外資であるC&Wが有する基幹通信網の利権の取得は香港本土返還後の大きな目標の1つであった。同政府はこの目標をスマートな形で解決したということができよう。(この間の経緯については、テレコムウオッチャー2000年4月1日号を参照)
China Mobileは2年前に香港、ニューヨークにおける株式の上場を果たした後、好調に業績を伸ばしている。本年はこれまでの東部6省の営業区域に加えて同社の持ち株会社、China Mobile Communications Corporationから7つの市省の携帯ネットワークを買い取るとの契約を結んだ。しかもその買収金額を国際株式市場における増資でカバーするばかりか、増資のうちの一部株式をヴォーダフォンに引き受けてもらうという形で同社との戦略的提携を果たした。
先に実現した中国企業へのC&Wの資本奪還の目標達成とともに、中国政府は香港を窓口にして電気通信事業の先端部門を国際化するとの目標の実現に成功を収めたということが出来る。香港の中国本土への返還時点にこの出来事が中国の政治、経済にどのようなインパクトをもたらすかが論議されたものである。少なくとも電気通信に限って言えば、本土返還は大きなプラスであったと結論できよう。
以下、China Mobileを巡る最近の動き、同社の競争会社 China Unicomとの関係等について解説する。
China Mobileをめぐる関連会社
次図にChina Mobileと同社持ち株会社との関連を示す。(図は China Mobile のホームページを基に作成)
まず China Mobile(Hong Kong) Limited(中国移動通信)は東部沿岸6省(広東、福建、江蘇、淅江、河南、海南)で携帯電話事業を運営している。運営は、それぞれの地域で100%子会社を通じて行われている。本社の所在地は香港。China Mobileの上位に位いする会社は同じく香港に本拠を持つChina Mobile(Hong Kong ) Group Limitedであり、同社がChina Mobileの株式75%を持つ。残り25%の株式は市場に放出されており、一般株主が所有する。
China Mobile(Hong Kong)Group Limitedの親会社であるChina Mobile Corporationに関する記述はChina Mobileのホームページには見当たらなかった。しかし2000年5月の同社のプレスレリース(China Telecomから、China Mobileの組織変更に関するもの)による限り、持ち株会社であってその権限は少ないとの印象を受ける。また、このプレスレリースでは規制機関の情報産業省はChina Mobileのマネージメントに関与せず、マクロ的な政策についてのガイダンスを行うとしている。
つまり中国政府は携帯電話事業を2種類に分けて、東部沿岸地域の収益率の高い事業と内陸地域を主にした収益率の低い事業をそれぞれ別会社に経営させ、前者の株式を国際市場に放出し、国際化するとの方策を取ったのである。
この方策は世界最大の携帯電話潜在加入者の存在が強力な武器となって、予想以上の成果を収めている。特に本年10月、China Mobileは同社の増資を軸として、中国東部沿岸7地域の携帯ネットワークの買収を決定し、増資への参入の形で世界最大の携帯電話会社のヴォーダフォンとの提携について合意することに成功した。携帯電話事業はもとより事業部門の株式会社化、株式放出に乗り遅れ、地盤が大きく沈下した英国のBTと比較すると、中国情報産業省、China Mobileが電気通信市場のグローバルな国際資本化の流れに棹さして巧みに国益、会社利益を高めたかが明らかであり、好個の対照である。(BTの経営については9.15日付けテレコムウオッチャーを参照)
事業の拡大を図るChina Mobile ― 営業エリアを拡大しヴォーダフォンと提携へ ―
外紙は本年10月4日前後にChina MobileがChina Mobile Corporation(持ち株会社)から、東部沿岸エリア7地域の携帯ネットワーク買収で合意した記事と同社が新株を発行(増資)し、またその新株の1部を引き受けてもらうという形で、ヴォーダフォンと戦略的提携をするという記事を同時に伝えた。
China Mobileはネットワーク買収のために必要な資金を手に入れるため、増資を計画しているのであって、両記事は密接不可分であることからしてこれは当然の扱いであった。
大きく営業エリアを拡大するChina Mobile
China Mobileは7つの都市、省、自治区(北京、上海、天津、遼陽、河北省、山東省、広西自治区)のネットワークを328.4億ドルで買収することで、China Mobile Communications Corpと合意した。このうち3分の2強の226.7億ドルは新株により、残り101.7億ドルは現金、社債、負債でまかなうという。
10月4日付けのCBS Market Watchは、China Mobileはこれらネットワークの統合により、現在の2390万の加入者にさらに1540万の加入者が加わり計3930万の加入者を持つ巨大携帯電話会社になり、しかも中国東部沿岸地域はシームレスな同社のネットワークで接続されると報道している。
ヴォーダフォンとの戦略的提携
China Mobileは上記の営業地域拡大についてのChina Mobile Communicationsとの合意と同時期に、世界最大の携帯電話会社のヴォーダフォンとの提携について合意した。提携は2000年2月から実施される予定。ヴォーダフォンは発行される予定のChina Mobileの新株のうち、25億ドル(増資後のChina Mobile株式の約2%に相当するという)を購入する。
ヴォーダフォンのChina Mobileへの資本参加は中国電気通信事業者への最初のものである。きわめて大きい潜在性を持つ中国携帯電話事業に他の事業者に先駆けて参入したのは、ヴォーダフォン社にとって大きな成功であろう。
今後、ヴォーダフォンはChina Mobileにマーケティング、技術、特に3G技術を供与して行くものと見られる。またChina Mobileの側も世界の広汎なエリアで事業展開しているヴォーダフォンと提携、資本供与を行わせた上でノーハウを取得できることは同社のプレステージを大きく高めることとなろう。
現在電気通信、IT株がグローバルに不調である折から、電気通信会社が増資、株式交換を武器にしての他社との提携を行うことはきわめて困難になっている。こういった状況のもとで、依然、高い株価を武器にして、増資による事業拡大、投資資金の調達を行なえる企業は稀有である。China Mobile新株発行は米国ウォール街から中国の携帯電話事業の将来性が例外的といえるほどに高く評価されていることによる。
China Mobileの将来 ― 迫られる競争への対処 ―
このように好調な業績、高い株価、ヴォーダフォンとの提携の見通しを背景として快進撃を続けるChina Mobileの将来は当面順風満帆のように見える。
しかしChina Mobileはサービス提供エリアの全域でChina Unicom(中国連通)と競争しており、同社はChina Mobileの営業エリアでほぼ均一の20 %のシェアを取っている。実のところ情報産業省はChina MobileとChina Unicom両社間の競争を促進しChina Unicomのシェアを故意に減らすため、China Unicomが料金をChina Mobileより10%安く設定することを認めている。China Unicomは本来1994年7月に中国郵電部に対する第2通信事業者として設立されたものであって、セル式携帯電話事業の他ページング、固定通信、長距離通信など、多様なサービスを提供している。本年6月株式の初公開を行い、56億ドルの資金を調達した。
もっともChina Unicomの場合、ページング以外の事業は赤字だといわれ、マネージメントについても外資関係者からは批判が強い。特に1999年の初めまで、法規に拠らず行ってきた外資との提携プロジェクト20件以上のすべてが情報産業省の指示によりキャンセルされ、多くの多国籍事業が損害を受けるといった失敗も惹起した。China Unicomと再び提携を望む多国籍企業は多いが、この事件は今後も多国籍企業側に感情的なシコリを残すかも知れない。
WTO加盟は間近に迫っており、中国政府は電気通信分野での自由化政策を次第に、先進国並に推進せざるを得なくなっている。ただ中国電信(固定通信を提供する事業体、中国政府は2001年には同社の株式公開を行う見通し)にせよ、すでに株式公開を果たしているChina Mobile、China Unicomにせよ、巨大会社であるため、実際に他国のグローバル企業が多くの株式を取得するのは難しいと見られている。したがってここ数年にChina Mobileが当面する脅威は国内通信市場の自由化が行われたあかつきに、競争事業者(最大の競争事業者はChina Telecom)との競争でシェアを奪われることであろう。しかし自由化の実施は、China Mobileにとり固定通信、あるいは付加価値通信の分野でシェアを拡大できる絶好の機会でもある。結局、自由競争を通じて、中国電気通信事業者間の優劣が定まって行くという他の先進諸国で現に起こっている過程がかなりのタイムラッグを置いて今後、進行して行くものと思われる。
(この項では9月20日付けのファイナンシャルタイムス電気通信特集のうちの中国市場に関するいくつかの論説に負うところが多かった。特にJames Kynge氏の論説 Duopoly could face intensified competition及び、無署名の論説 Market turns a blind eye to lucklustre performanceを参照した)
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