ますます激しくなる国家機密 vs 人権保護をめぐるグローバルなせめぎ合い
2014年1月6日号
米国では、2013年12月下旬、同年6月初旬にEdward Snowden氏が暴露したNSA(米国国家安全保障局)の米国市民に対する大掛かりな個人情報収集についてのReview Group報告書発表、連邦裁判所による両極端の2つの判決が相次いで報道された(注1)。 2014年初頭に当たり、この2件について紹介する。
成熟期に達したITネットワーク利用の無数のアプリケーションは、グローバルに経済の効率化を進め、生産の仕組みを変え、社会、経済、文化に大きなインパクトをもたらしつつある。ITネットワークがもたらす利便は、計り知れない。しかし、他面、このネットワークは、大きな負の効果も生み出している。犯罪へのIT利用、サーバー攻撃、学生のネット依存症等々(注2)。今回の紹介記事は、この今後も継続すると予想されるITネットワークの負の効果の顕著な顕在化である。
2014年元旦、ニューヨークタイムス紙は社説で、米国政府は、Edward Snowden氏を特赦し、米国で社会復帰できるチャンスを与えるべきだと論じた(注3)。こういった主張は、すでに2013年後半から、一部の米国メディアが報道していたところで、特に目新しいものではない。しかし、これまで、NSAの報道について慎重な姿勢を取ってきた米国の代表的新聞社が、新年に、Snowden氏の特赦に組した意義は大きい。
周知のとおり、オバマ政権は、2013年に引き続き、内政外交の両面で、多くの難問を抱えている。 オバマ大統領は、年頭の演説で、Review Groupの報告書を踏まえ米国政府の政策を明らかにすると見られている。しかし、Review Groupの座長、Michael Molett氏が、2013年6月までFBIの副長官を勤めたオバマ大統領の腹心であることからも知られる通り、オバマ氏が、Review Group報告書の趣旨を大きく、改変するとは思われない。
他方、Snowden氏のリーク情報は、英国紙ガーディアンを通じて、欧州各国にもインパクトを及ぼしている。最もセンセーショナルであったのは、米国諜報機関が35カ国の元首相の個人通信情報を入手していたという報道である。この報道につき、米国政府は、否定も肯定もしていない。本文で紹介したとおり、The Review Groupの報告書には、緊急事態においては、外国のトップの個人情報傍受は、米国大統領の承認により、当然、可能になると受け取れる勧告も含まれている。当然のことながら、欧州各国においても、機密取得のために個人のプライバシーの侵害ができるかどうかについての議論が高まっている。
わが国では、米国で機密保護とプライバシー保護の関係が大きく議論されているのと同時期の2013年12月6日に、国会において急遽、野党の反対を押し切って可決された特別秘密保護法が、大きな批判の的になっている。ただ、米国のReview Groupの報告書を通読しているとき、勧告の内容について、幾回となく既視感を味わったことだけを記させていただく。
機密情報の収集と憲法に定められたプライバシー保護のバランスをどのように確保していくかは、米国、日本に限らず、全世界の国民の利害に関係し、生活と密着した重要な問題である。2014年は、昨2013年以上に、この問題がグローバルに討議される年となろう。
オバマ大統領指名のReview Group、米国の諜報活動資料収集の在り方について報告書を提出
オバマ大統領が、2013年8月末、米国諜報活動資料収集のありかたについて、諮問した諮問委員会(President’s Review Group on Communications Technologies)は、2013年12月18日、”Liberty and Security in a Changing World”という魅力的なタイトルの報告書を提出した。
300ページに及ぶこの報告書は、Snowden氏の内部資料リーク事件以来、強い批判を受けているNASの立場を擁護するとともに、プライバシー侵害を抑制するための施策、情報取得とプライバシー保護の関係、外国の情報取得についての協力関係等について、46項目の勧告を行っている。
以下、この報告書の勧告、エグゼキュティブサマリーに基づき、報告書の中核と考えられる部分を紹介する(注4)。
見出しは、筆者が便宜的に付したものである。
報告書作成の目的:本報告書の目的は、米国の安全を守り、外交政策を推進すること及びプライバシー、市民の権利の保護に敬意を表することにある。
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リスク管理の重要性:リスク管理の重要性が強調されている。外国から機密情報を取得する場合、機密を取得しない場合に生じるリスクと、それにより人権が侵害される場合のリスクを考慮する。
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大量メタデータの収集・蓄積の抑制:現在、政府は大量のメタデータ(通話の発着信番号、通話開始、終了時間)を収集、蓄積しているが、これを廃止する。 今後、データの収集、蓄積は、民間の企業、第3者機関に委託し、政府は、正規の手続に基づき、必要のつど、これを利用する。
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電話会社・インターネット会社・その他情報会社の情報開示:電話会社、インターネット企業、その他の情報企業は、議会が制定した法律により、諜報機関から情報提供の要請を受けた事実を公開することができるようにする。(コメント:Snowden氏のリークにより明らかになった情報からすれば、NSAは、上記企業から、オンライン、オフラインの大量のインターネット情報等にアクセスしていた事実が明らかになっている。しかるに、報告書では、この事実に触れていない。あたかも、メタデータ以外の情報漏洩は、情報提供事業者の責任であるかのような記述である)
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非米国人への監視の緩和:原則として、米国人に対するのと同様の要件の下に、非米国人からの情報を入手する。(コメント:現在はほとんど野放しで非外国人への監視が行われている。すくなくとも、この勧告だけは賞賛に値する)
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外国要人に対する情報収集の抑制:Intelligence Community(FBI、FCC等)が、センシティブな情報を取るときは、大統領の決断を得てから行うような仕組みを構築する。これは、権限無しに行き過ぎた情報収集活動が行わないための措置である。(コメント:今後も友好関係にない諸国のリーダの個人情報入手を断念する気がない旨を表明した点が重要)
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特定国との機密情報交換等:特定の評価基準を満たした少数の緊密な同盟国と機密情報収集のガイドライン、マニュアルの作成を検討することを勧告する。
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組織改革:(1)NSAを外国機密情報に関する組織に特化し、他の部門は切り離す。また、長官は米国上院承認のポストで文官とする。(2)テロ対策よりむしろ外国情報関連の業務にウェイトを置いた組織、PCLOB(Privacy and Civil Liberties Oversight Board)を設立する。(3)FISC(Foreign Intelligence Surveillance Court、FISA法に基づき、NSAの情報収集について、事前に承認を与える特別裁判所)に、民意を代弁する独立の立場の弁護士、Public Interest Advocateを配置する。
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収集した情報の保護:報告書作成のきっかけが、Snowden氏によるNSAの機密情報漏えいに端を発したものであることからして、当然のことであるが、報告書勧告は、後半の9項ほどの分量を使って、収集した情報の漏洩を防ぐ対策について勧告している。
詳しい紹介は省くが、(1)機密情報にたずさわるものの身元調査は、公務員あるいは、非営利団体の職員により行うこと(2)上記職員の監視は、実施方法に基づき、継続的に行うこと(3)機密情報を収めるネットワークの性能は、機密保持上、ソフト、ハード両面で高い性能を有すべきであることなどが、列挙されている(注5)。 |
NSAメタデータ収集について、対照的な判決を下したワシントン連邦地裁、ニューヨーク連邦地裁
ワシントン連邦地裁、NSAのメタデータ収集はほぼ憲法違反であるとの判決を下す
米国ワシントン連邦地裁のRichard Leon裁判官は、2013年12月16日、NSAが行っているほとんどすべての米国市民に対するメタデータの収集は途法もない違法行為であり、ほぼ、憲法修正第4条に違反するとの判決を下した(注6)。この判決は、2013年6月、1私人(保守的な市民活動家、Larry Clayman氏)の提訴に対し下されたものである。
Leon 裁判官は、“ほとんど、すべての米国市民に対し個人情報をハイテク技術によって系統的に収集、蓄積した行為ほど無差別、恣意的な人権侵害は、想像を絶するものであり、まさに、オーウェル的(Orwellian)だ”と酷評した。
同氏は、さらに、このような大掛かりな監視体制が果たして効果を上げたかどうかについて、“米国政府は、NSAによる大量のメタデータの収集による分析の結果、差し迫ったテロ攻撃を防ぐことができたとか、あるいは、切迫した政府目的遂行に役立ったとかという証拠を1件たりとも出せないでいる”と論じている。
ただし、同判事は、この政府の行為に対し差し止め命令(インジャンクション)を出すことは控え、案件の重要性からして、差し止め命令の執行は、上級審の判定に委ねるとした。
ところで、この判決を引き出す原因を作ったEdward Snowden氏は、この判決を歓迎し、ロシアからガーディアン紙を通じ次のようなエールを送った。
“私は、NSAの大掛かりな市民監視プログラムは、憲法からの挑戦に抗し得ないこと、米国民は、こういった問題を公開法廷で審議されるのを見るに値すると信じて行動した。
本日、米国の秘密法廷(筆者注:NSA内の秘密裁判所、FISK)が承認した秘密のプログラムが白日の下にさらされ、憲法修正条項の下で米国人の人権侵害に当たるとの判決が下された。以降、このような判決が多く下されるだろう。”
ニューヨーク連邦地裁のWilliam H Pauly 判事、NSAのメタデータ収集を是認する判決を下す
ワシントン連邦地裁のRichard Leon 判事が、NSAのメタデータ個人情報収集を違法であるとの判決を下して2週間を経ない12月28日、ワシントン連邦地裁のWilliam H Pauly判事は、NSAが行っている行動は、個人のプライバシー違反には該当せず、まったく問題ではないとする対蹠的な判決を下した(注7)。この判決は、メガデータ収集は、ACLU(American Civil Liberty Union、米国の代表的な非営利人権擁護団体)が、メタデータ収集は、著しくACLU自体のプライバシーを侵害するとの提訴に対し下されたものである。
判決の論旨は、次のとおりである。
● | メタデータの収集は、アルカイダのテロ実施のネットワークが分散しつつある現在、米国政府の強力な対抗手段である。 |
● | 日常生活において、米用民は、メタデータあるいは、それ以上の情報を企業に通報し、企業もその情報を他の目的に利用し、それで、特に苦情を申し出てはいない。 メタデータの収集は、憲法修正第4条とは、関係がない。 |
(注1) | 筆者は、この問題を2005年以来フォローしており、テレコムウォッチャーで、幾たびも報告をし続けてきたが、当面、今回の報告と併せて、DRIテレコムウォッチャー、2013年8月15日号、「高まりを見せるNSAの大量プライベート情報収集批判の動き」をお読み頂きたい。 |
(注2) | 本文でも明らかなとおり、ここで争われているのは、米国憲法修正第4条に反するか否かの憲法問題なのである。参考までに、以下に、米国憲法修正第4条の冒頭の部分を掲げて置く。 「不合理な逮捕捜索、もしくは押収に対し、身体、住居、書類および所有物の安全を保障される人民の権利は、これを侵害することができない」。 |
(注3) | 2014年1月1日号、The New York Times、Editorial、"Edward Snowden, Whistle-Blower." |
(注4) | 報告書内容の紹介に当たっては、次の2点の資料を使用した。報告書についてオリジナルではなく英紙ガーディアンの資料によったのは、テキストが読みやすく編集されているからである(この資料のダウンロードはできない。) 2013.12.18付け、http://www.theguardian.com/uk, "Liberty and security in a changing world." 2013.12.18付け、The Whitehouse Blog, "Liberty and Security in a changing world." |
(注5) | 米国のジャーナリズムによるこの報告書の評価は、両極化している。大方の新聞(ニューヨークタイムスを含む)、ネットニュース、報告書は、メタデータ廃止を始め、相当にプライバシー保護に意を払っていると評価する記事が多い。少数のリベラル系の新聞、ネットニュースのみ、この報告書は、現状にお化粧を付しただけで、報告書の勧告を実施に移しただけでは、米国諜報機関活動のプライバシー侵害の実態は変わらないと論じている。 |
(注6) | この判決については、次の2件のネットニュースによった。 2013.12.16付け、http://news.yahoo.com, "Judge: NSA spying, "almost Orwellian, "likely constitutional." 2013.12.16付け、http://www.washingtonpost.com/, "Judge; NSA's collecting of phone records is probably unconstitutional." |
(注7) | この判決については、次のネットニュースによった。 2013.12.28付け、http://online.wsj.com/, "Judge Backs the NSA’s Surveillance." |
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