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  EU委員会、単一電気通信市場に導く規制パッケージ(Connected Continent)を提案
2013年10月15日号

 2013年9月11日、EU委員会は、固定通信・モーバイル通信の規制、周波数の領域について、EU全域における競争の導入、料金引き下げを目的とした、斬新な規制パッケージ(Connected Continent)を提案した。この提案には、インターネット利用についての顧客の権利を保護する規制内容(いわゆる、ネットニュートラリティー)も含まれている。
 EU委員会は、域内単一市場の形成を目標として、参加加盟国28カ国の市場における規制、標準の統一化に努め大きな成果を収めてきた。2008年のリーマンショック後の世界的な不況にあっても、特に、ギリシャ政府の金融破たんを契機としたいわゆるソブレンクライシスは、一時、EU加盟諸国に深刻なインパクトをもたらし、EU単一市場の構想そのものに無理があるのではないかとの根源的な批判を招いたほどであった。しかし、EU経済は、最近、大きな回復を示し、ほぼ、リーマンショック前の状況に復帰した。
 EU委員会における今回のドラスティックな電気通信、IT分野における規制改革提案は、これまでのEUの施策が、もっぱら、加盟国(現在、28)内における料金、市場参入に対する規制、あるいはガイドラインを示すことにより、EU各国のキャリア間の競争、ひいては、顧客の料金の低廉化に貢献したものではあったが、実際に、EU市場全域にわたるキャリアの登場、高品質、多様なサービスの展開が遅れた点の反省の上に為されたものである。
 2013年9月11日、EU委員会委員長、Manuel Barroso氏は、欧州議会において、2013年次EU委員会の現状報告を行った。そのなかで、同氏は、次のように、今回の改革提案の意義を説明している(注1)。
 “われわれは、物流について単一市場を有しており、その経済的便益を享受している。同様の方式を他の分野 ― モビリティー、通信、エネルギー、金融等 ― に及ぼさなければならない。活力ある企業、人々を押しとどめる障壁を取り除かなければならない。欧州の接続(Connecting Europa)を完成させなければならない。(中略)。EUが物流について、単一市場を有しているというのに、ディジタル市場となると28の参加国市場に細分されているのは、おかしいことではなかろうか。”
 担当のEU委員兼副委員長、Neelie Kroes氏は、現在、法律制定作業を2014年春、イースタの時期までに完了させるとしている。EU委員長、委員ともに、任期は2013年10月中旬。遅れてスタートし、しかも大きな政策変更を伴った案件であるだけに、EU委員会自体が、電気通信分野への自由化による競争促進を発表して以来、26年ぶりであるというこの改革を実行に移すのは、反対勢力の抵抗を排する努力が必要であるだけに、多くの困難を伴うものと見られている。Connected Continentは、10月24日から25日に掛けてブラッセルで開催されるEU理事会(加盟国28国の首脳が出席)に提案される。EU委員会としては、十分に事前説明を行ってきただけに、よもや、理事会で否決される事態は起きないと思うが、ドラスティックな内容であるだけに、参加国の規制機関、キャリアから反対が多いことも事実である。
 本文では、今回のEU委員会の提案の骨子、提案をするに至った背景を紹介する。


EU委員会提案(Connected continent)の骨子(注2)

規制の撤廃、緩和

1、  

サービス提供申請の効力のEU市場全域への拡大
EU加盟国で行ったサービス提供申請の効力は、即、EU全市場についてなされたものとする。

2、  

周波数管理のハーモナイゼーション

●  

周波数の管理の太宗(オークションの実施、周波数収入の徴収等)は、従来通りEU加盟国の規制機関の権限に委ねる。

●  

ただし、周波数管理についてのその他の事項(オークション実施時期、実施期間等)については、EU委員会が調整(ハーモナイゼーション)を行う権限を持つ。


料金規制の撤廃、緩和
1、  

着信通話への課金は、2014年7月1日から廃止する。

2、  

国際通話、ローミング料金の決定方法
キャリアは、EU域外固定国際通話について、EU域内長距離電話を上回る料金を課してはならない。
EU域内のモーバイル通話の料金は、分当たり€0.19(VAT込み)を超えてはならない。ローミング料金設定について、次のオプションのいずれかを選択する。すなわち、EU委員会の規則に基づいての各国規制機関のローミング規制は廃止し、競争に委ねる。

●  

EU域外ローミング料金は、域内ローミング料金並みの水準にする。

●  

ユーザがSIMカードを新たに購入することなしに、他のキャリアにローミングすることを認める。


ユーザの権利の拡大、明確化(ネットニュートラリティーの導入)
●  

ポストペイド契約のユーザは、12カ月の期間の契約を結ぶことができる。

●  

契約文は、平易な記述であることが義務付けられる。

●  

キャリアは、リースしたインターネット回線をブロックしてはならない。 品質の高い特別のインターネットサービス(IPTV、ビデオ・オン・デマンド、クラウド等)の提供は認められる。キャリアは、ユーザが要求した場合、伝送速度の通知義務がある。

 


EU委員会が提案を行うに至った背景 ― 真意は、グローバルキャリアによる強靭なインターネット網構築、高品質サービスの提供

 EU委員会は、2009年秋から2010年秋に掛けて、電気通信分野における最重要の施策をEU域内地域における高速ブロードバンド網構築にしぼった。この施策をDigital Agendaと命名し、前競争担当EU委員、Neelie Kroes氏がこの施策専担の任を負い、鋭意、施策の実施に当たっているところである(注3)。
 Kroes氏が任期の後半に至って、どうして、にわかに、従来のEU委員会の規制の枠組みの抜本的改革につながる可能性を持った提案を行うつもりになったのか。それには、次の2点の理由があったと思われる。
 第一点は、ここ10年ほどの期間におけるEU諸国のモーバイルインターネット、ディジタル分野の大きな立ち遅れである。1990年代初頭から2000年代始めに掛けて、EU委員会が主導し標準化されたGSM(2G携帯電話世代の携帯電話標準)は、欧州地域のみならず、世界を制覇するほどの勢いを示したものである。しかし欧州は、標準が3Gさらには4Gに移るに従い失速し、主導権は米国、中国、韓国に奪われてしまった。EU委員会は、加盟各国の規制に対し、あるいは指示、あるいはガイドラインの設定指導を行ったが、この政策は、群小の新興キャリアの参入を増やし、料金引き下げによる消費者の利便を増したものの、旧既存キャリアの財務を痛く圧迫し、投資が減少した。このため、たとえば米国、日本、韓国等一部の先進国では88%に達しているLTEネットワークのカバー率は、EU地域では、わずか8%に過ぎない状況である。
 こういう情勢の変化に対応するため、EU委員会は、EU加盟国の規制機関に働きかけて、EU全域の規制を均質化するこれまでの規制(いわば、間接規制)のありかたを反省し、EU域内全体をサービス区域としてのサービスの提供、このサービスを提供するキャリアを想定した規制への転換を考えざるを得なくなった。
 上記と関連したことではあるが、第二点として特に、2013年春ごろから、EU委員会に対し、2、3の欧州の大手キャリアが、規制の強い変革を強く迫った陳情を行ったこと、さらに、欧州のみならずAT&Tも委員会に対し、欧州における投資への熱意を説得した事実が挙げられよう。
 あるネット紙(Fierce Wireless)の2013年3月の記事によれば、欧州の大手キャリア(名称が挙げられているのは、Vodafone、France Telecomのみ)が、周波数管理、料金規制、M&A規制のありかたについて、具体的な改革案を早急に策定することをEU委員会に要請したと報じている。しかも、EU委員会のCroes委員は、“米国、中国等の比較からするとEUに電気通信キャリアが100超も存在するのは、多すぎるのであって、EU全域にサービスを提供するキャリアは、4社ないし5社あれば足りる。“と述べたという(注4)。
 2013年8月、Vodafoneの最近の業務概要を説明と関連して、AT&Tの会長兼CEO、Randall Stephanson氏がEU域内における投資機会を求め、関係者の理解を求めるために、規制機関、主要政治家等を訪問したとの記事を紹介したのであるが、この記事は、上記の記事と重なり合う(注5)。
 なお、同氏は、2013年Vodafone役員会メンバーに対する説明(演説のスタイルを取っているが多分、書簡を送付したのであろう)のなかで、EU提案の説明に織り交ぜて、次のような趣旨の熱烈なエールを送った(注6)。
 “障壁を引き下げ、御社の計画を援助することにより、EU委員会は、御社の投資がより、やりやすく、より実り多いものにするであろう。”
 Connected Contentには、M&Aについての提案はないが、この熱烈なラブコールからして、EU委員会が、将来のEUの通信・ITの枠組み変革について、いかに、強大なグローバル企業に期待を掛けているかが伺われる。



(注1)2013.9.11付け、EU委員会のプレスレリース、"State of the Union Address 2013."
(注2)Connected Continentの原文が得られなかったので、次の4点の解説的なネット資料を参考にした。本文の記述、段落等すべて、筆者が構成したものであることをお断りしておく。
●  2013.9.22付け、EU委員会のプレスレリース、EU委員会副委員長兼Digital Agenda担当委員、Neelie Kroes, "A strong telecom sector in a Continent."
●  2013.9.24付け、EU委員会のプレスレリース、EU委員会副委員長兼Digital Agenda担当委員、Neelie Kroes、”Building a connected continent."
●  2013.9.11付け、http://www.rerwireless,com, "European Commission lays out ambitious plan for a single EU telecom market."
●  2013.9.11付け、http://www.telecoms.com, "European Commission outlines single telecoms market package."
(注3)DRIテレコムウォッチャー、2009年12月15日号、「EU委員会、新たな電気通信改革方針を確定 ― EU単一電気通信市場形成の完成に向けて」
DRIテレコムウォッチャー、2010年10月1日号、「EU委員会、高速ブロードバンド構築促進政策をキック・オフ」
(注4)2013.3.15付け、http://www.fiercewireless.com,”European leaders push for plan for single telecom market."
(注5)DRIテレコムウォッチャー、2013年8月1日号、「Vodafone Group(欧州最大の携帯電話事業者)の最近の業績、M&A戦略」
(注6)2013.9.22付け、EU委員会プレスレリース、“A strong sector in Europe."



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