Vodafone Group(欧州最大の携帯電話事業者)の最近の業績、M&A戦略
2013年8月1日号
今回は、グローバルな事業展開により一般に不振な英国企業の中にあって、継続的に成長を続け適度の利益を上げてきたVodafone Groupの業務活動を取り上げる。
Vodafoneは、欧州最大の携帯電話事業者であるとともに、グローバルにも加入者数においてChina Mobileに次ぐ最大の携帯電話事業者である。同社のここ数年来のサービスの多角化、サービス提供地域の拡大は、2008年に同社CEOに就任して以来、拡大路線を追求、成功を収めたVittorio Colao氏の精力的な活動と切り離しては語れない(注1)。
しかし、最近、発表された2013 2Qの決算によると、さしものVodafone Groupもきわめて深刻な減収減益に追い込まれつつあるようである。もちろんこれは、欧州経済を強く直撃している経済不況の影響を受けてのことである。
他方、ここ数か月来、米国2大通信事業者の好調な業務運営、これに引きかえ不況に悩み、投資資金不足により第4世代ネットワークLTEにも立ち遅れた欧州通信事業者のギャップの大きさにより、早晩、米国通信事業者から欧州通信事業者に向かっての大型のM&A攻勢が掛けられるのではないかとの、通信アナリストたちによる予想記事も見受けられる。欧州における深刻な不況が今後も継続し、通信事業者の業績が回復しないとなると、案外、これらの予測記事が想定しているような事態も起こりかねない。
上記の詳細については、本文をお読み頂きたい。
Vodafoneはどのような企業か
グローバルな事業展開
Vodafoneは、英国に本拠を持つグローバル携帯電話事業者である。同社は、1985年創業以来、欧州が世界に先駆けて開発したGSM標準によるセルラー電話標準を武器にして、欧州主要諸国で1位あるいは2位の携帯電話事業者として市場を席巻し、世界有数の携帯電話事業者に成長した。
北・中央の欧州市場の需要が飽和するに従い、同社は2000年代頃から、南欧州、アジア・中近東・大平洋地域の諸国へと市場を拡大している。現在、北・中央欧州、南欧州、アジア・中近東・太平洋地域の市場シェア(収入による)は、それぞれ、44%、14%、32%となっている。携帯電話運営会社を直接運営している諸国は30ケ国超、また合弁により携帯電話を共同運営している国は30ケ国超である。
加入者数で世界2位の携帯電話会社
表1 世界の携帯電話企業の加入者数一覧表(注2)
順位 | 企業名 | 加入者数単位(100万) | 調査月 |
1 | China Mobile(中国) | 745.0 | 2013年5月 |
2 | Vodafone(英国) | 446.5 | 2013年3月 |
3 | Airtel(インド) | 265,58 | 2012年3月 |
4 | SingTel(シンガポール) | 265.53 | 2012年4月 |
5 | America Mobile(メキシコ) | 251.8 | 2012年6月 |
6 | Telefonica(スペイン) | 249.26 | 2012年12月 |
7 | Orange(フランス) | 224.8 | 2013年3月 |
8 | Axiata(マレーシア) | 219.0 | 2013年3月 |
9 | Vimpel Com(ロシア) | 215 | 2013年3月 |
10 | China Unicom(中国) | 202.89 | 2011年1月 |
18 | T-Mobile(ドイツ) | 129.14 | 2012年3月 |
19 | Verizon Wireless(米国) | 115,18 | 不詳 |
21 | AT&T Mobility(米国) | 107.0 | 2013年3月 |
22 | Telecom Italia(イタリア) | 102.5 | 2012年12月 |
* 2013年第1四半期のVerizonの決算数値では、同社の携帯電話加入者数は9813万であって、AT&Tより少ない。したがって順位も、AT&Tの方が高くなる。上表のこの部分は誤りと思われるが、敢えて修正はしなかった。 |
表1は、第10位までは原資料そのまま、18位以下の6企業は、われわれに取り比較的馴染が深いと考えられる携帯事業者を選んだ。原資料には、30社の携帯電話事業者の加入者数が収録されており、1億を超える加入者数を有する企業は24社ある。携帯電話の加入者数が、いかにグローバルに増大しているのかが推し量られる。
Vodafoneは、これら事業者間の中にあって、2位の実績を堅持している。一般に、グローバル企業の活動が低調である英国において、出色の企業であるといえよう。
不況、厳しい料金規制により悪化した2013 2QにおけるVodafone Groupの業績(注3)
表2 2013 2QにおけるVodafone Groupの収入等(単位:100万£)
| 2013 2Q | 前年同期対比(額面) | 前年同期対比(自生) |
グループ収入(合弁込み) | 9,604 | +5,2% | -0,8% |
グループ収入(合弁除外) | 8874 | +2,5% | -3,5% |
北・中央ヨーロッパ | 4,754 | +8,8% | -3.0% |
南ヨーロッパ | 1,250 | -8.0% | -11,6% |
アフリカ、中近東、アジア | 2,769 | +3,5% | +7.0% |
資本支出 | 1,193 | +6,9% | - |
フリーキャッシュフロー | 968 | 968 | - |
* 上表第3欄は、報告数値そのまま、第4欄は、他社の取得、資本参加等による外部要因を除去した自生(organic)部分の増減比率である。 |
決算では、今期の各地域の諸国あるいは特定キャリアの収入増減率について、次のようなコメントが付け加えられている。
● | サービス収入の伸びは大きい。たとえば、トルコ+15.5%、インド13.8%、VodaCom(南ア)+3.2%。 |
● | 北・中央ヨーロッパにおける競争は激しく、ドイツ、英国はその影響を受けている。ドイツ-5.1%、英国-4.5%。 |
● | 南ヨーロッパの情勢は、きわめて厳しい。イタリア-17.6%、スペイン-10.6%。 |
● | Vodafone Red(Vodafone UKが提供する掛け放題のパッケージサービス)は、16市場で400万の加入者数を獲得。 |
上記のように、Vodafone Groupは、特にスペイン、イタリア、ポルトガル、ギリシャにおける不況による収入減から大きな打撃を受けており、2012年にも、総額40億ポンドに及ぶ資産処理を発表したところである。表3で明らかな通り、Vodafoneは、利益に関する数字を発表していない。これは異例のことであって、同社は、2013 2Q期に赤字を出したのではないかとも考えられる。
これまで決算のたびごとに、自社の成長見通しについて強気の見解を発表し続けてきたCEO、Vittolio Colao氏の声明も、次のとおり、きわめて控えめのものとなった。“競争のプレッシャー、規制の圧力により、収入の成長が制約されたのにもかかわらず、われわれはより長期的視野に立っての当社の基礎固めを行った”。
携帯サービスから統合サービスを目指しての果敢なM&Aを実施したVodafone Group
創業以来、Vodafoneは、グローバルなM&Aの実施により事業を伸ばしてきた典型的な国際企業である。この傾向は、最近において変わらない。ただし、同社によるM&Aの最近の傾向は、モーバイルにとどまらず、固定電話、固定インターネット、TVサービスなど、多様なサービスを提供するキャリアの取得をも視野に入れてきたことが挙げられよう。
これは、モーバイル電話加入者の成長が、いずれの地域においても飽和に達しつつあるため、サービスをパッケージにして提供することにより、他社との差異化を計って、顧客を増やしていく他に、増収・増益を達成することが難しくなってきたことによるものである。
ここでは、2012年に合意を結び、2013年4月、ようやく統合が実現したC&W WorldWideの取得、2013年に合意を結んだものの、未だ、規制機関の承認待ちとなっているKabel Deutschlandの取得案件について説明する。
C&W WorldWide取得完了 ー 強力な光ファイバー網の利用によるサービスの充実を期待
Vodafone Groupは、2012年4月、C&W WorldWide(2010年、C&Wから分離して設立された光ファイバによる国際通信提供会社)と同社取得についての合意を結び、一年後の2013年には、同社統合を実現した(注4)。
Vodafone Groupは、C&W W社が英国に有していた20,500kmもの光ファイバー回線を利用して、Vodafone UKのインフラ増強、サービス提供に大きく役立てることができる。
(1)スマホが主流になりつつある現在、求められている高速モーバイルデータの伝送(2)BT等のキャリアからの固定回線を自前で構築することによるコスと削減。さらに、大手企業に対し、ビジネス用サービスを提供しているVodafone Global Enterprise部門に対するサービスの増高等々。ひいては、Vodafone Groupが念願としているモーバイル+固定のサービス統合の実現にも貢献することは、もちろんである。
Kabel Deutschlandの取得で合意-通信市場の大きいドイツで宿願の統合サービスを提供へ(注5)
Vodafoneは、2013年7月、ドイツ最大のケーブルテレビ会社、Kabel Deutschlandを870億ポンドで買収することで同社と合意した。今後、この取得の実現には、規制機関の承認を得なければならないが、承認を得るに当たっての障壁はないと見られている。
Kabel Deutschlandは、全ドイツ16州のうち13州において、直接にサービスを提供している加入者760万を有しており、同社のネットワークは、高速インターネットの提供が可能である。過去12か月間、収入、利益も伸びている。将来、高い成長が見込まれるブロードバンド、ペイテレビの利用加入者比率は、それぞれ、16%、12%とまだ低いので、成長のポテンシャルは高い。Vodafone Groupは、Vodafone Germanyのモーバイル網とKabel Deutschlandの固定網により、固定・モーバイル電話、インターネット、ビデオの統合サービス提供の実現を計るものと見られる。
Vodafone、所有するVerizon Wireless持ち株45%を売却するか
表3 AT&T、Verizonと欧州主要電気通信事業者の株式時価総額(2013年6月末、単位:10億ドル)
企業名 | 株式時価総額 |
AT&T | 1946.0 |
Verizon | 1494.5 |
Telefonica | 629.0 |
Deutsche Telekom | 528.0 |
France Telecom | 269.0 |
Swiss Telecom | 228.0 |
Telecom Italia | 130.0 |
Koninkliike KPN | 93.0 |
Vodafone Group | 1445.0 |
上表は、主要欧米の通信事業者の最新の株式時価総額を表示したものである。
大半の事業者は、かって国営により独占で通信事業を取り扱っていたドイツ、フランス、スペイン、イタリア、スイス、オランダの電気通信事業者である。これら事業者の株式時価総額は、米国のAT&T、Verizonの3分の1ないし10分の1程度であり、最近の利率が低い金融情勢、自社の好調な収益事情からすれば、その気になりさえすれば、欧州の由緒ある事業者を丸ごと買収する実力を持ち合わせているのである。
しかし、米国の2大通信事業者AT&T、Verizon両社は、さらに大きい時価総額を有している。毎期、良好な決算をくり返し、他社買収の実力を備えている両社が、欧州市場に目を付けないはずはあるまい。
この点に関し、ファイナンシャル・タイムス紙は、AT&Tの動きについて、2013年6月特集記事で大きく報じた(注6)。
AT&TのCEO、Randall Stephen氏は、2013年5月から6月に掛けて、欧州主要国を歴訪し、幾つもの通信事業者、規制機関の幹部と会い、同社の投資機会をサウンドしたという。
Stephen氏は、欧州では、スマホの普及率は、主要国において50%を超えているが、4GのLTE網の敷設が遅れているため、LTE対応の高次サービスが利用できないままになっている。欧州は不況に悩み、規制機関の監視が厳しく投資環境はシビアであるが、AT&Tが米国の競争環境で取得したすぐれたLTEサービスを欧州で提供する機会はあると考えると述べている。
さらに、Verizon の動きとしては、数年来の懸案となっている同社によるVodafone Groupが、Verizon Wirelessに有する45%株式を買収を実施するかいなかの案件がある。
この問題については、VerizonとVodafone Groupのトップは、基本的に合意は成り立っているものの、買収金額(1000億ドルを優に上回るものと見られる)について、折り合いがついていないとする見方がもっぱらであった(注7)。これまで、この問題の決着について、積極的であるのは、Verizonの側であって、Vodafoneの側は、売り惜しみの姿勢を示してきた。しかし、欧州の不景気が、強い影響を及ぼすようになった現在、Vodafone Group態度も軟化せざるを得まい。
総じて、2013年は、米国携帯キャリアが、欧州に向かって、M&A攻勢を掛ける機運が高まってきた模様である。
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