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DRI テレコムウォッチャー


  Softbank、Sprint買収に成功:念願の米国市場進出を果たした孫正義氏
2013年7月15日号

 Softbankは、2013年7月11日、スプリント買収の手続きを完了したと発表した(注1)。これにより、Softbankの孫正義氏は、長年の念願であった米国市場進出の念願を果たしたわけである。孫氏は、新生Sprint(Softbankが78%の株式所有)の会長に就任、従来から同社のCEOであったDan Hesse氏はその職を継続する。
 Softbankは、2012年10月15日、Sprint取得を、またSprintはSoftbankからの財務支援を受けて、従来からマジョリティーの株式を所有している子会社、Clearwireの全額株式取得をFCCに申請していた。以来、9か月近くにわたり、両社は、株主、規制機関の承認取り付け、さらにはSprint、Clearwire両社取得の強力な対抗会社として立ち現れたDish Networkとの取得合戦に精力を傾注した。同社は、上記の難関をいずれも所定の期間内に突破し、予期していた時期(当初から2013年半ばを想定)に電気通信分野のおける最大規模のM&Aを成し遂げた。快挙というべきである。 Softbankが、この大きなプロジェクトの達成に成功した条件として、以下のものが挙げられよう。
 第1は、Softbankの総帥、孫正義氏の際立った経営手腕である。孫氏は、日本市場における携帯電話事業の将来性に目をつけ、2007年に我が国市場の攻略に失敗した英国携帯電話会社、Vodafone Japanを買収した。以来、果敢な営業戦略とスマホの成長率に社運を賭け、AppleがiPhoneを市場に出すや、いち早くこの人気機種の販売権を取得し、飛躍的に業績を伸ばしている。いまや、Softbankは、モーバイル電話の分野で長年、わが国において首位の座を維持してきたNTTに業績面で追いつき、株式時価総額においては、NTTを凌駕した。この勢いを土台にしての米国市場進出であったが、出足はきわめて好調である。
 第2に、わが国では触れられることが少ないが、Softbankに買収される側のSprintの業績も、まだ赤字を解消する段階に達していないながらも、悲願であるネットワーク一元化計画(Network Vision)が着実に進んでおり、SprintのCEO、Dan Hesse氏も米国携帯電話業界において、着実に実績を重ねている(注2)。今回のM&Aは、孫、Dan Hesse両氏の緊密なタッグ・マッチにより、実現したといえよう。
 第3に、Softbankは、同社に対抗し、最初はSprintを、Sprintが取得できないことが判明すると、次にはClearwireをと、執拗に競争応札により、Softbank、Sprintの企図を打ち砕こうと画策した衛星通信会社、Dish Networkとの競争に打ち勝ったことであった。2013年4月、255億ドルという、Softbankの当初の提示額201億ドルを大幅に上回る買収金額を提示したDish Networkは、当初、Softbankの強力なライバルになると評価する向きもあったが、それは杞憂に終わった。Softbankは、株主に対し、周到に準備した同社の買収計画が、いかにSprintの将来にとって有利なものであるかを説得、片や、買収金額を216億ドルへと15億上乗せした。この結果、6月25日、Softbankの特別株主総会は、圧倒的多数で、Softbankへの78%株式買収を可決した。
 最後に、規制上、最大の難関と思われたのは、米国国防上の見地から、SoftbankのSprint取得が許可されるかどうかという問題であった。この審査を行う機関は、CFIUS(米国対外投資委員会)であるが、同委員会は、6月29日、SoftbankのSprint統合には問題がないとの結論を下した。ただし、Softbankは、この案件と慎重に取り組んだ模様であって、Sprintは、社内に国防委員会を設置し、役員会のメンバーとして、専担者(部外から)を配置すると約束した(注3)。なお司法省は、7月6日、いち早く、SoftbankのSprint買収を認めた。2011年末、司法省とFCCは、AT&TによるT-Mobile買収を拒否したとき、その理由として、米国モーバイル市場が、Verizon、AT&Tの2社による強力な支配力行使により、寡占化に近づいている傾向を強く指摘していた。従って、今回の案件について、司法省、FCCの承認を取り付けるのは、容易であろうとの予測が、当初からもっぱらであったのである。
 本文では、Dish NetworkとのM&A合戦に伴うSoftbank、SprintによるSprint、Clearwire取得金額の変更、今後のSoftbankの米国市場侵攻戦略について、説明する。なお、参考として、Sprintの2013 1Qにおける収入、利益の概要も付記した。


Softbank、Sprint両社、それぞれ大量の資金投入により、Sprint、Cleawireの株式を購入

Softbank、Sprint株式78%取得と同社の体質改善のため、166億ドルを投資へ
 2012年10月、当初、SoftbankがSprintと株式取得について、合意を結んだ時は、Sprintが予定したSprintの70%株式取得金額は、201億ドルであったが、Dish NetworkとのM&A合戦の結果、株式買い取り金額を増額せざるを得ず、15億ドル増額した216億ドルに増やさざるを得なくなった。しかも、当初計画からすると、Sprint株主から購入する株式買収分は、121億ドルから166億ドルへと大幅に増やしたのにもかかわらず、Sprint新株発行のSoftbank引受け分及び、Sprintへの助成金分80億ドルは、30億ドル分カットして、既存株主の株式購入分に充当している。Sprintの2013年1Qの決算が予期以上に好調だったから、計画遂行上、問題はないというのが、Softbankの言い分である。(注4)。  

Sprint、Clearwireの株式を22億ドルで完全取得
 Sprintは、Dish Networkとの激烈なM&A合戦の末、50%の株式を所有していた小規模のモーバイル通信会社、Clearwireを一株当たり5ドル、総額22億ドルで残り株式50%を取得することに成功した。Clearwireの株主は、2013年7月8日の総会で、この取得を承認した(注5)。
 Clearwireは、LTE設置に必要な周波数帯を豊富に所有しているのが、強みである。Sprintは、同社を自社の傘下に完全に収めることにより、今後,安心してLTEネットワークの構築に邁進することができよう。


Softbankの米国市場侵攻戦略

 孫正義氏は、Sprint経営権取得の見通しが、確実となった時点に開催されたSoftbankの株主総会において、同社の経営ビジョンを語っている(注6)。
 株式総額において、中期的に世界で10位、究極的には、世界のトップの会社になるとの孫氏のビジョンは、恒例のbig talkとして聞きおくこととして、注目すべき点は、孫正義氏が、2007年に不良会社、Vodafone Japanを買収してから、この会社を我が国最大のモーバイル電話会社の一つに育て上げた経緯からすると、Sprintの経営を米国市場において、成功させるのはむしろ容易であって、十分、自信があると述べていることである。
 孫氏は、この点についてさらに、契約数(ボーダフォン:横ばい、Sprint:増加傾向)、業績(ボーダフォン:赤字寸前、Sprint:反転傾向)、端末(ボーダフォン:なし、Sprint:充実)の3項目について、8年前のVodafone取得時に比すれば、今回、Softbankがいかに恵まれた環境のもとに、Sprintを取得したかを強調している。
 孫氏はこれまで、米国のモーバイル電話の運営が、わが国のそれに加えて非効率でサービスが悪く、料金も高い点を指摘し続けてきたのであるが、この分野において斬新なマーケティング戦略を推進していくことにより、米国モーバイル事業者の2強、Verizon、AT&Tの強く囲い込まれた加入者層の切り崩しに全力を挙げていくものと思われる。
 これまで、テレコムウォッチャーにおいて幾度も紹介した通り、Verizon、AT&Tの2社が現在、収入の伸びに比し、利益率が高い決算を引き続き保っていられる最大の理由は、成長しつつあるスマホの料金体系を(1)層別定額制(その本質は従量制)(2)機器単位ではなく、加入者単位の契約制度、複数のモーバイル電話、タブレット、その他端末を加入者単位で一元的に課金する(3)一定(通常2年)の契約期間を設定し、期間内のキャンセル料を高額にするといった仕組みにある。これにより、データを多く利用する中流の上以上の階層を長期間の加入者として囲い込み、加入者数は増えなくても、一人当たり料金使用額を増大させ、利益を増大させることを狙いとする。
 今のところ、Verizon、AT&T両社において、この料金戦略は成功しているように見えるが、底流には、加入者からのこの料金戦略についての批判が結構強いようである。
 2013年1QのAT&T決算において、AT&Tが初めて、ポストペイド加入者数において、純減を記録した事実が明らかとなった(注7)。
 参考の項で紹介したとおり、Sprintは、目下整理中のNextelネットワークの加入者を除外すれば、同じ2013年1Qにおいてポストペイド加入者数を増やしているのである。
 現在、米国のモーバイル事業者は、1億を超える加入者数を有する2強のVerizon、AT&Tに、2社の約半分(5500万)の加入者数を持つSprintの3社が主役であり、2.5強の世界である。当面、孫氏は、Verizon、AT&Tの加入者層を切り崩し、SprintをVerizon、AT&Tと肩を並べるモーバイル事業者に育て上げ、3強の仲間入りを狙うであろう。わが国において、再建を危ぶまれたボーダフォン・ジャパンを、わずか8年間でNTTドコモ、KDDIと並ぶ3強の一社に変貌させたように。


参考;着々とネットワークの一本化、周波数獲得を達成しつつあるSprint(注8)

表1 Sprintの加入者数推移(単位:1000)

2013 1Q

2012 4Q

2012 1Q

Sprint ネットワーク

53,896

53,540

50,693

Nextelネットワーク

1,068

1,632

3,830

55,211

55,626

56,103


 表1が示すように、総体的に見て、Sprintの加入者数は減少を続けているのであるが、その内訳をみると、減少しいているのは、SprintとNextelの統合時にNextelが持ち込んだ旧ネットワークの加入者数であって、Sprint加入者数は、着実に増加している。
 Sprint/Nextelは、現在、これまで、同社の経営の最大の問題点であった両系統のネットワークの並立を解消し、これを最新のLTEネットワークに統合するNetwork Vision計画を進行中である。この計画が終了するまでは、加入者減はある程度やむを得ないと見ており、同社計画の中身として織り込み済みと見られる。しかも同社は、2013 2Qには、Network Vision計画を達成する予定である。


表2 Sprintの収入・利益の推移(単位;100万ドル)

2013 1Q

2012 4Q

2012 1Q

収入

8,793

9,005

8,730

営業利益

29

-705

-255

純利益

-643

-1,321

-663


 加入者数の減に伴い、Sprintの収入減、赤字は、依然続いている。しかし、2013年1Q期には、ようやく、営業利益の段階において、初めて黒字を達成できた。

 最後にスマホについてであるが、Sprintが、強豪、Verizon、AT&Tと互角に競争をして 2013年1Qの期間、Sprintは、500万台のスマホを販売した。これは、同期間内におけるVerizon720万、AT&T600万に比し、同社加入者数が、両社の約半数であることを勘案すると、きわめて良好な数値だと考えられる。
 2011年1Qから、開始されたiPhoneの販売も順調に進んでおり、この期は150万台である。ちなみに、Sprintネットワークのポストペイド加入者の86%はスマホだという。
 このように、Sprintネットワークの加入者についてみると、そのレベルの高さは、ほぼVerizon、AT&Tのそれに匹敵する水準に達している。近い将来、同社がSprintネットワーク(とりもなおさず、将来はLTEネットワーク)に特化するあかつきには、十分に、強豪2社に対抗できる力を持つことが期待されよう。



(注1)2013年7月11日付け、ソフトバンクのプレスレリース、「スプリント買収(子会社化)の完了に関するお知らせ」
(注2)DRIテレコムウォッチャー、2012年11月1日号、「Softbank、Sprint株式70%取得で合意:モバイル・インターネット世界市場の制覇を目指す孫正義氏」
(注3)2013年5月29日付け、http://news.ph.msn.com/, "Softbank, Sprint Merger gets security green light."
(注4)2013年6月10日付け、http://newsroom.sprint.com, "Sprint and Softbank amend merger agreement to deliver greater value to Sprint stock holders."
(注5)2013年7月8日付け、http://news.cnet.com, "Clearwire shareholders approve Sprint takeover."
(注6)2013年6月21日付け、http://u-note.me/note/47485099、「新30年ビジョン「時価総額世界トップ10へ」 - 孫正義社長が語るソフトバンクの未来。」
(注7)DRIテレコムウォッチャー、2013年6月15日号、「Verizon、好調な2013 1Q決算:宿敵AT&Tとの差を広げる」
(注8)参考の記述は、次のSprint決算資料によった。
2013年4月24日付け、Sprintのニュースレリース, "Sprint reports first quarter 2013 results."



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