テレコムウォッチャーの記事の初回は、2000年4月1日であった。2000年は、来るべき21世紀を展望して、“IT革命”の潜在性をめぐっての議論が高まった年でもあった。IT政策のありかたは、九州・沖縄サミットの議題に取り上げられたし、また、“IT革命”の語は、2000年の流行語大賞も受けた。
ところが、以来10年以上、わが国、米国のジャーナリズムは“IT革命”についてほとんど論じていない。不思議なことである。
今回、これまでの経緯を振り返り、IT技術の応用がどのように進んだのか、その経緯をフォローしてみた。
筆者の結論をいうと、2000年代の末から2010代の始めに掛けて、固定・モバイルのブロードバンドは急速な勢いでグローバルに張り巡らされ、高品質のPCおよびモバイル端末(スマホ、タブレット)も大量に、ビジネス加入者、消費者が利用するところになり、IT革命は、まさに離陸しているのである。
後世、21世紀10年代、20年代は、IT革命が定着した時代であったとして、評価されるのではなかろうか。
ただし、ITの利用は、素晴らしい利便をもらすとともに、多くの諸問題(未成年者へのバーチャル・リアリティ感の植え付け、ITネットワークのセキュリティ保持の問題、他産業に及ぼす大きなインパクト等々)を惹起していることも確かである。今後、これら問題の対処も、軽減、緩和すべき大きな課題となろう。
第1段階:1990年代から2000年代初期 ― PCとインターネット普及の時代
IT(Information Technology)が、社会、経済、文化に画期的なインパクトを及ぼすとの考えは、1990年代末から盛んに議論されたが、この概念はPCとインターネットという画期的な製品の出現によって裏付けられているだけに、本来、その論拠はきわめて強固なものであった。
汎用コンピュータを開発し、この分野で長年の実績を積んでいたIBMは、すでに1970年代半ばにPCを開発したが、小型化には成功したものの、素人でも容易に入力できるソフトの開発にてこずった。結局、この分野での実用化は、奇しくも生年を同じくする天才的な発明家兼アントルプルヌール両名、Bill Gates(1955年生まれ)、Steve Jobs(1955-2011年)が、完成することとなる。
Bill Gatesは、PCのハードに興味を持たず、基本ソフト(OS)およびPCを有効利用することができる複数の基本アプリケーション(Office)を有料で顧客、PCメーカに販売する卓抜なビジネスモデルを開発した。ようやく、ソフトがユーザ・フレンドリーとなったのは、1995年に市場に出た同社の基本OS、Windows 95発売以降のことであろう。以来、Microsoftは、PC数の年々の増加とともに、順風満帆、世界最大の利益を生み出す成長企業の道を歩む。
他方、Steve Jobsは、自ら創設した企業、Appleを通じて、Microsoftとは異なった設計思想に基づくPC機種、Macを商用化した。この機種は、特にグラフィックを好むPC愛好者たちに好んで利用されたが、マーケットシェアは到底、MicrosoftのWindows搭載PCに及ばなかった。後述するように、Steve Jobsは、Macを基盤とし、その後、モバイル機器の分野に新天地を開拓、iPod→iPhone→iPadへと次々に新製品を開発した。同氏は、2012年7月に死去したが、同社製品の売れ行きは、現在も好調である。Appleは、世界最大、最強のIT企業となっている。
インターネットが商用化されたのは1988年、MicrosoftのWindows 95が利用できるようになったのは1995年である。しかし、大量のデータを疎通する能力を持つ光ファイバーの架設は、投資コストが莫大な額となるため、架設が遅れた。このため、20世紀末の段階において、業界におけるIT利用の状況は、まだ萌芽の状況にあった。この間の事情を解説している文献として、Bill Gatesの著書、“The Road Ahead(1995年)”と米国商務省の報告書、“Digital Economy”がある(注1)。
第2段階:2000年から2004年半ばまでの停滞期 ― ITバブルとその崩壊
1990年代後半から、インターネットとPCを駆使しての無限と思われるほどの商的チャンスに期待して起業するベンチャー企業(いわゆるdot.com企業)が、米国でもわが国でも多数輩出し、株価が高騰した。ジャーナリズムはこの現象を目して、IT革命がいよいよ到来したともてはやした。
しかし、株価の上昇は2000年3月頃をピークにして低下し始め、実体経済が不況に入るに従い暴落した。2001年9月11日のニューヨークにおける多発テロ事件が、さらにdot.com企業の業績低下に追い討ちを掛けた。いわゆるITバブルの崩壊である。この不況は長引き、完全に回復したのは、2004年半ば頃だった。
このように、IT革命への夢は、早くも消え去ったかのように思われたのであるが、この見方は皮相である。実は、この時期は、2004年以降の本格的なIT革命進行の準備期間であったのである。その証拠の幾点かを次に示す。
アマゾン、eベイ、ヤフー、グーグルなどのIT企業は健在、次期の飛躍に備え、実力を養っていた。
ITインフラを担う通信事業者も、不況に悩まされ、また、投資に失敗するなど、業績は大きく低下した。しかし、旧来のPTS(固定公衆回線網)、新興のモーバイルサービスの事業により、インターネットサービスの拡大(ダイアル・アップ、ADSLが主体)を促進し、将来のインターネットワーク網拡充の準備を行った。
光ファイバーの国際ネットワークに投資した幾つかのベンチャー企業(たとえば、Global Crossing)が廃業に追い込まれたが、設置された光ファイバーは、他事業者に買い取られ、将来のIT国際化のための有効なインフラとして活用された。
第3段階:2004年以降 ― テイクオフし発展を続けるIT革命
おおよそ2004年以降、IT技術は、B2B(Business to Business)の分野でも、B2C(Business to Consumer)の分野でも、実用化が急ピッチで進展しており、今や、IT革命は発展段階に入った。以下、その状況の一端を記述する。
経済のグローバライゼーションに大きく寄与しているアウトソーシング、SCM
アウトソーシングは、企業が業務の一部の遂行を契約ベースにより、海外企業に委ねることにより、古くから行われていたことであった。しかし、近年、特に、自国労働者の失業を招くとして問題視されるようになっているアウトソーシングは、高速、高品質の光ファイバーを使用して、高度な内容の文書、設計書の作成等、高次の技術的業務の内容をも含むものであって、まさに、2000年代の初頭からの周到な準備の後に実施に移されたものであった。(注2)。
アウトソーシングには、発注側の要望に応じて、契約を履行できる能力を持つ労働者、技術者、発注側、受注者側を結ぶ高速デジタル回線が必要である。インドのバンガロールは、これらの条件を満たす世界最初で最大のセンターを集めた都市であり、IT技術を駆使しての本格的なアウトソーシングは、バンガロールで始まったといわれる。
アウトソーシングは、国内労働者の失業を招くとの批判を受けながらも、グローバルに着々と進行した。東北大地震の影響で、日本からの部品供給が遅れたため、iPhone機器の出荷が遅れたとのニュースが伝えられたこともあり、Appleの壮大なアウトソーシングの実体も、広くジャーナリズムで取り上げられるようになった。
現在、大手企業は、サプライ・チェイン・マネージメント(SCM)の推進を通じ、安価、高品質の製品をできるだけ早い納期で納めるよう競争を続けている。製品の開発、調達、製造、配送、販売の各工程において効率化を追及しているのであって、これの遂行に当たり、IT技術の利用が不可欠であるのは、もちろんのことである。SCMがグローバルに展開される場合、各作業工程のどの分野で、効率のよいどの国の労働力が使われるかが検討されるのであって、理論的には、外国労働力は自国労働力と対等の地位に置かれる。こうして、アウトソーシングは、SMCの一部に包含されてしまった。
スマホ、タブレットの発達により、消費者によるIT利用は質量ともに高まる
ビジネス分野におけるインターネットの製造、サービス分野への利用の拡大と平行して、消費者によるIT利用も、スマホ、タブレットの商用化以降、本格化した。
契機は、Appleが2007年7月に商用化したiPhoneである。音声、メールによるモバイル通信機器は当然のことであるが、その他、PC機能、インターネット検索機能、音楽配信、カメラ機能をスリムで掌中に収まる小型のケースに収めたこの機器は、これまでのIT技術の結集であった。
いち早く、iPhoneのインパクトに対応したのは、Googleであって、同社は、Appleの基本OSであるiOSより一層、開放的なAndroid OSを無料でスマホのメーカに提供した。こうして、iPhoneに対抗する数多くのAndroid OS搭載スマホの競争を通じ、スマホの売り上げが、期を追うにつれ、拡大している状況にある。
さらに、Appleは、ここ1、2年の間に、e-book機能をも含め、ノートPC並みの広画面で、主要なPC機能を取り扱える新たな端末、iPadを市場に出した。現在、Microsoft、Google、Amazon等のメーカが、iPadの後を追って、この新種端末(タブレット)の分野で激烈な競争を展開している。
スマホ、タブレットの端末の及ぼすインパクトは、深甚である。ほんの数年前まで、モバイル端末において、他のメーカを圧し首位の座を保ってきたフィンランドのNokia は、スマホのOSが陳腐化したため、急速に売り上げが減少しており、今や、赤字に悩んでいる現状である。代わって、韓国メーカのSamsungがいち早く多機種のGallaxyシリーズを市場に投入して、iPhoneを追撃し、市場シェアではAppleを追い抜き、モバイル端末業界の首位の座を占めている。
IT技術は、他の業界の業務を急速に奪っている。
その端緒は、dot.com企業によるネット販売による小売流通業界の侵食(典型的なのは、初期のアマゾンによるネット書籍販売)、さらには、Googleによるインターネット検索画面に付記して行う広告業への浸透であった。
しかし、他業界の蚕食は、万能端末スマホの出現で加速度がついている。音楽プレイヤー、ゲーム機、デジカメ、カーナビの売れ行きには、すでに相当に大きな打撃を与えている。
最近は、テレビ業界にもこのインパクトが及ぶものとみられている。わが国の携帯電話に占めるスマホの比率は、すでに35%程度に達しているといわれる。早晩、少なくとも50%程度には達するものと見られるので、スマホの他産業に及ぼす影響は、ますます高まっていくだろう。
わが国で望まれるIT技術の有効活用
上記のように、ITの利用はビジネスにおいても消費者の側からも、質量ともに深く、かつ広く行われるようになっている。IT革命は、今やテイクオフし、さらい急速に進行しているのである。しかも、その潜在性は、いまだ計り知れない。
こういう状況にもかかわらす、わが国において、政府がIT利用について、明確な政策を打ち出していないのは、残念なことである。
たとえば、現在でこそ、経済の分野において労働力の需給ギャップの克服が問題にされているのであるが、わが国の労働力人口自体は、2005年をピークとして年々減少している。2012年9月時点で、労働力人口は6541万人(ピーク時より11万人減少)であるが、厚生労働省の試算では、最悪の場合、2030年の労働人口は5,680万人と、950万人も減少してしまうという。
いうまでもなく、経済成長を左右するのは、労働者数と生産性の乗数である。今後、ITの徹底的利活用による生産性の向上がないとすれば、わが国は、国内の基本インフラの維持、運用、高齢者の介護に労働力の多くを吸引され、高次のIT技術を要する熟練労働力不足、インフレに悩まされる芳しからざる国家に成り下がる危険性に見舞われる可能性が高い。
発足間もない安倍政権は、まもなく経済成長委員会において、わが国の成長分野への産業政策を策定するとのことである。ぜひとも、IT利用のあり方、IT産業政策について、抜本的な政策の策定、実施をおこなってほしいものである。
(注1) | 1995年秋、Bill Gatesは、「Bill Gates: The Road Ahead」(邦訳 “ビルゲイツ未来を語る”)を発刊した。100万を越える読者を獲得したこの本は、流石に“地球規模の情報マーケット”という言葉により、ITがもたらす未来のインパクトを予見している。しかし、サプライチェインの変革、アウトソーシングに見られるような生産ライン、流通方法の革新については触れていない。IT革命の進展はすでに、Bill Gatesが考えた射程を超えているのではなかろうか。 「The Road Ahead」出版2年後の1997年に発表された米国司法省の“Digital Economy”(邦訳 “ディジタル・エコノミー、米国商務省レポート”)も、“インターネット革命”という用語を使い、将来インターネットを媒介として、商取引、電子商店等、サービスの電子手段による配送が、大きく成長していく期待を表明しているが、将来の予測は控え目なものである。 |
(注2) | アウトソーシングの記述をも含め、この項の説明については、「フラット化する世界 上下」、Thomas Friedman著、伏見 威蕃 翻訳。 |
(注3) | 日経朝刊、2013.1.12、「ディジタル機器 スマホが侵食」は、スマホ、タブレットのIT機器侵食の実体を数値により、具体的に紹介している。 |
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