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Microsoft、新基本ソフト“8”とタブレット(Surface)の商用化で、
モーバイル分野からの攻勢に対し反撃を開始

2012年12月15日号

 2007年7月、AppleがiPhoneを発表して以来、スマホを巡る競争が激しくなり、 モーバイル業界の従来の秩序は急変した。それだけでなく、スマホは、インターネットの利用、ゲームの遊び方、音楽配信、カメラの使用方法等も変えた。スマホの売り上げ増に伴い、これの製造に関係するメーカ、関連業界の裾野が大きく広がった。不況の折りから、スマホ業界の急激な進展は、経済成長にとって大きなプラスである。
 さらに、Appleは、2000年4月、iPadを商用化した。広い画面で書物が読め、メールの送受、コンピュータ検索イコールインターネット検索ができる。タブレット端末時代の始りである。この市場でも、早速、Samsungが市場参入を開始、スマホの場合と同様、Appleと激しい競争を展開している。アマゾン、Google等、その他メーカの参入も相次ぎ、2012年後半から、タブレットは、もっともホットな端末市場を形成している。
 このような状況の下で、全世界のPCの基本OSの90%以上のシェアを有し、IT業界への強力な支配力、絶大な財力を持つMicrosoftが、PC分野への侵食を座視しているはずはない。
 同社は、2012年10月26日、タブレット端末Surface、PCおよびタブレットに共用できる新基本OS、Windows“8”の販売を開始した。この反撃は、これまで、PCソフトの販売を主体にしてきたMicrosoftにとって大きな変革を伴う。しかし、これまで、成長に次ぐ成長を続けてきたPCの販売も、今年は大きな節目の年となっている(注1)。従って、Microsoftの反撃は、同社にとっては、絶対に避けて通れない戦略なのである。
 本文では、MicrosoftのSurface、Windows“8”の初期の販売状況、最近の同社株式総会の模様を紹介する。参考として、同社の最近の財務状況を付した。


Windows”8”、Surfaceの販売開始

 MicrosoftのCEO、Steve Ballmer氏は、2012年10月18日、同社2013年第1四半期の決算発表の機会に、“ Windows”8”の発売は、Microsoftの新時代の始まりを意味する。長年にわたる投資が今や結実して、素晴らしい機器、サービス提供の未来が創りだされる。当社の顧客、ディベラッパー、パートナーには、とてつもない機会がもたらされよう”と述べた(注2)。
 現在、もっとも使用が高いMicrosoftの基本OSは、2009年7月に市場に出た“7”であり、きわめて評判が良い。“7”のほか、その前の基本OSには“XP”もある。評判がさほど良くないXPの後のOS、“Vista”を使用しているユーザもいる。これらユーザから、さしたる不満が出ていない。それでも、新たに新基本OSの作成、販売を開始したのは、Microsoftが、どうしても、モーバイル業界からの攻勢による業績低下を食い止めて置かなければならないとの強い危機感を抱いたからのことであった。
 遅延を繰り返しながらようやく完成したMicrosoft Windows“8”は、(1)UI(ユーザーインタフェイス)として、これまでのキーボード方式から液晶画面への指によるタッチ方式を主体にした。この方式は、スマホ、タブレットで一般に取られているものである。もっとも、タッチに使用する液晶画面の裏側がキーボードになっており、ユーザは、液晶、キーボードの双方が利用できる。(2)PC、スマホ、タブレットのいずれにも共通して利用できる。画面の表側で、競争に対処するスマホ、タブレット形の顔を見せ、裏側で、旧来のPC文化に親しみいまさらスマホ、タブレットの利便を享受する気はないユーザに対処する顔を見せている。水陸両用の複合端末である。
 “8”の販売を開始した同日、同社製のタブレット端末、Surfaceも市場に出た。すでに、自社製のスマホ、Microsoft Phoneは販売されているが、“8”搭載のスマホは出荷が遅れており、販売開始は2013年初頭になるという。


“8”、“Surface”売れ行き予測は収斂せず

“8”、搭載PCの売れ行き
 Microsoftは、売り出して最初の3週間で“8”ソフトを3,400万販売したと称しているが、この数字は、OEM業者への販売を含むものであって、“8”搭載のPCを入手したユーザ数は、もっと少ないと見られている。今後、数ヶ月のうちに、“8”ソフトのやや正確な出荷数が判明するだろう。

Surfaceの2012年末までの売り上げ予測は各様
 MicrosoftのCEO、Ballmer氏は、2012年末までに、Surfaceを400万販売したいとの意向を示している。しかし、販売初期の売れ行きは低調のようであり、様々の予想値が飛び交っている。その幅は、最低40万から、最高100万の間に分布している。Microsoft社自体の発表がないので、実際の出荷高は不明である。
 スマホ、PCの需要予測の面で定評があるIDC社は、次表のとおり、2012年と2016年の主要メーカ別タブレットの出荷数予測値を発表している(注3)。

表1 タブレットメーカ3社のシェア予測(2012末、2016年末)
2012年末2016年末
Apple53.8%49.7%
Android Group42.7%39.7%
Microsoft2.9%10.3%
その他0.6%0.3%

 表1の予測どおりになれば、タブレット市場は膨大であるので、Microsoftにとっては 最低限の目的を果たすことができたといえよう。ただ、この予測が的中する保障はなにも ない。


株主総会で、革新の必要性を強調したMicrosoftのCEO、Steve Ballmer氏(注4)

 歴史的といえる新ソフト“8”及びSurfaceを登場させて商用化してから1か月あまりの11月28日、MicrosoftのCEO、Steve Ballmer氏は、年次株主総会において、Appleはじめモーバイル事業者からの激しい攻勢に対処するため事業を革新する必要があることを強調した。Ballmer氏は、2000年1月にBill Gates氏の後継者として、MicrosoftのCEOに就任し、Microsoft王国に君臨してきた実力者である。写真を見ると、体躯堂々、眼光炯炯とした禿頭の風貌、長時間にわたりMicrosoftのモーバイル部門への参入の必要性について、熱弁を振るった。彼の左側には、Bill Gates氏(非常勤会長)も座った。かつてのハリーポッターに似た童顔のBill Gates氏も今や厳しい表情、半白髪頭の初老の紳士である。
 往年、株式時価総額で世界最大の企業となったMicrosoft(2000年12月、510億ドル)であるが、今や、宿敵Appleが2012年6月に時価総額541億ドルでトップの地位を占めている。毎年、並の企業に比べれば、とてつもない利益率を上げている会社であるが、かつての勢いはない。これまで、ビデオゲーム(Xbox)、インターネット検索(Bing)、さらに最近は、スマホ(Smart Phone)の分野に進出しているが、どの進出分野でも、さほどの成功を収めてはいない。Bingは赤字が継続している。在任期間中に、株式時価総額を半分に減らし、業務多角化にも成功を収めることができなかったBallmer氏を非難する声が高いのも当然のことである。
 Ballmer氏は、幾つもの辛らつな答弁に悩まされたようであるが、強引に株主総会を乗り切った。ただし、Ballmer氏が歯切れ良く、新路線の成功を確約しただけに、この後、実績が伴わなければ、責任問題が生じかねない。2013年は、Microsoftにとって、停滞の継続か繁栄の道への再帰かを定める決定的な年となるだろう。


参考:Microsoftの最近の財務状況

 表2に、Microsoftの最近2期の四半期および2012年次および2011年次の収入、利益の数値を示す(注4)。

表2 Microsoftの最新2半期、2011、2012年の収入利益状況(単位:100万ドル)
項目2013 1Q2012 4Q2012年通期2011年通期
収入53.8%16,008(―11.3%)7372369,943
営業利益5.308(−16.9%)*1192(6,386)16,97827,161
純利益4466(−11.7%)*1 -492(5701)21,76323,150
純利益率27.9%*2 34.3%29,5%33.0%

  1. Microsoftの会計年次は、7月1日から6月末日までである。
    従って上表では、四半期を暦年(普通の企業の会計年度)の四半期に読み替えて理解していただきたい。 2013 1Q=2012 3Q、2012 4Q=2012 2Q、2012年通期、2011年通期は、それぞれ、2010年7月1日から2011年6月末日、2011年7月1日から2012年6月末日と。

  2. *1 Microsoftが赤字492億ドルを計上したのは、同社が購入した広告会社aQuantiveの経営が破綻し、その欠損分(61.52億ドル)を会計処理したことによる。1986年創業以来、四半期決算でMicrosoftが赤字を出したのは、これが最初であった。aQuatitativeの損失計上がなければ、Microsoftが得ていたであろう営業利益(63.86億ドル)、純利益、5701億ドルを括弧で示した。

  3. *2の利益率は、Microsoftの収入を上欄括弧の利益で割って計算した。

  4. 1Q 2013の各欄の数値に付した%は、4Q 2012に対する増減比である。

 表2から、最新の1Q 2013期に、Microsoftが前期(4Q 2012) に比し、大きく収入、利益を減らした点が注目される。Microsoftは、この期間、PC契約数が“8”の出荷開始(2012.10.28)を待ってから契約更新を使用とする顧客数が多かったためだと説明する。しかし、PCの出荷数の純減が2012年後半に進行している状況からして、Microsoftは、新ソフト発表待ちの顧客数の問題を抜きにしても、同社はPC契約者を減らしていたはずだと考える方が自然のように思える(注5)。
 表2から汲み取れる第2の点は、Microsoftの純利益率の高さである。Microsoft社の主な業務は、創業以来変わらず、15億ともいわれる契約加入者からのソフト(主体は、Windows “7”、XP等のWindows OSとOffice:ワード、メール等のアプリケーションの集合体からのの収入に支えられている部分が大きい。“通行税”の一種ではないかとしばしば皮肉られているとおり、PCソフト独占下においては、ソフトの改定を適時、適切に行ないライセンス料を取っていけば、PC加入者増に伴い収入が増加していくのであるから、高い利益率が得られるのも無理はない。この卓抜したビジネスモデルの経年別適用により、創業者、Bill Gates氏は、世界無比の富豪となった。現在、同氏の資産は650億ドル(しかも、これまで各種慈善団体等に280億ドルを寄付した後)だという。
 ついでながら、現Microsoftの現総帥、Steve Ballmer氏は、資産額157億ドル、世界第19位の富豪である。つまり、Microsoftは、通常の企業と異なり、とてつもない凄みを持った特別の企業だと思えてくる。仮に2013年以降、新分野の投資に莫大な資金を投入することになっても、財務的にMicrosoftの土台が揺らぐような事態は想定しにくい。


(注1)2012年下半期、世界のPC出荷数が減少に転じたという点については、大方の調査会社の意見は一致している。問題は、この下半期の減分を上半期の増分でカバーし切れるか否かという点である。HISiSuppli社(台湾の大手モーバイル端末メーカ、HIS傘下の調査会社)は、2012年通期に、PC出荷数が減少に転じる歴史的な年になるとの予測をしている。
2012.10.10付け、http://bgr.com,”PC shipments are set to decline in 2012 for the first time over a decade.”
(注2)2012.10.20付け、Microsoft のプレスレリース、“Microsoft Reports First Quarter Results.”
(注3)次のネット記事から抜き出した数値を表に仕上げた。IDC資料の孫引きである。
2012.12.05付け、http://www.technologyreview.com, "The tablet market isn't changing."
(注4)幾つものネット紙が報道しているが、たとえば、2012.11.28付け、http://www.dailytech.com,”Microsoft CEO Ballmer Roars at Shareholder Criticism.”
(注5)この件については、New York Timesが慎重に言葉を選び、Microsoftの2013年次第3四半期と前年同期の収入、利益を比較し、同社の実質収入、実質利益が減少したとの推測記事を掲載している。
http://www.nytimes.com, “Microsoft’s Profit Falls as Sales of Personell Computers Shrink.”


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