2012年次の決算報告書(2012年10月末発表)によると、米国の2大ワイアレス事業者、Verizon、AT&Tの事業の伸びは著しい。現在、両社の収入は、米国ワイアレス業界全体の約75%を占めているという。この状況が続けば、米国ワイアレス業界の寡占化が著しく高まり、競争による適正な料金形成が妨げられないかが懸念される。
特に、Verizonによる新規加入者増が著しく、AT&Tとの差を大きく拡大し(ポストペイド加入者獲得数はAT&Tの10倍超)、一人勝ちの状況となった。この好調な業績には、Verizonが2012年6月から実施したスマートフォン加入者用の料金制度“Verizon Share Everything”が大きく寄与している。この事実は、Verizon自体もまたAT&Tも認めているところである。
今回は、このトピックスの他、ワイアレス事業とは対照的に、業績面では停滞を続けているAT&T、Verizonのワイアライン部門の概況、Verizonと労組との新4ヵ年労働契約の締結などのニュースを取り上げた。
なお、Verizon、AT&Tの2012年第3四半期の決算数値は、本文の後に“参考”として掲載した。本文と併せてお読み願いたい。
Verizon、ポストペイド加入者数の伸びで他社を圧倒(注1)
表1 2012年3Q、2QにおけるAT&T、Verizonのスマートフォン販売数(単位:10,000)
項目 | Verizon | AT&T |
期間 | 2012 3Q | 2012 2Q | 2012 3Q | 2012 2Q |
iPhone | 310 | 270 | 470 | 430 |
他のスマホ | 370 | 320 | 140 | 120 |
計 | 680 | 590 | 610 | 550 |
表1から、次の事実を指摘できる。
AT&Tは、iPhoneにおいて、またその他の機種ではVerizonが、それぞれ販売数がより多い。
Verizonは、販売総数において、2期ともAT&Tを上回っている。しかし、両社の差は10%程度のもので、さほど大きいものではない。
2012 3QにおけるVerizonの優位は、スマートフォン販売数だけでなく、ワイアレスフォンの加入者増数により、一層、明らかなものとなる。それを示したのが、次の表2である。
表2 2012 3Q、2QにおけるAT&T、Verizon両社のワイアレス加入者増数比較(単位:10,000)
項目 | Verizon | AT&T |
期間 | 2012 3Q | 2012 2Q | 2012 3Q | 2012 2Q |
PS加入者増 | 153.5(+72.6%) | 88.8(−29.4%) | 15.1(−52.9%) | 32.0(−3.3%) |
その他加入者増 | 22.8(−21.4%) | 29.0(+475.4%) | 52.7(−50.2%) | 94.6(−14.0%) |
計 | 176.3(+49.7%) | 117.8(−10.6%) | 67.8(−46.5%) | 126.6+(15.6%) |
(上表で、PSは、“ポストペイド”を指す。)
表2で際立つのは、2012 年第2四半期と第3四半期のわずか3ヶ月の間におけるVerizon、AT&Tの両社における加入者のそれぞれ急増、急減のあまりにも対照的な変動の大きさである。
Verizonでは、スマートフォンを中核としたポストペイド加入者数が72.6%と急増したのに対し、AT&Tでは半減以上の急減をしている。これが主な原因となり、総体のワイアレス加入者数も半数以下に落ち込んでいる。
AT&Tでは、ポストペイド加入者数増の絶対値がわずか15.1万であって、これはライバルVerizonの153万の10分1に過ぎない。表1、表2を合わせて考えると、AT&Tは、610万ものスマートフォン(Verizonの680万とさほど大きな開きはない)を販売しながら、そのほとんどが自社の機種変更に当てられ、新規の加入者獲得は少ない。
この期、米国第3位、4位のワイアレス事業者、T-MobileUSA、Sprint/Nextelに至っては、それぞれ大量の加入者流出が生じた。Sprint/Nextelは、2012年第1四半期、第2四半期は、それぞれ127.6万、28.3万と加入者増のペースが続いてきたが、この好調な基調は、第3四半期に至り42.3万の加入者減になってしまった。
上記の数字からして、Verizonがこれら競争業者から、かなりの数の加入者を奪い取ったことは確実と見られる。
Verizon、2012年6月から導入したスマートフォン加入者向け新料金制度の成功を誇示(注2)
今回の四半期業績が良好であった理由として、Verizon 会長兼CEO、McAdams氏は、LTEネットワークの架設が進んでいることと並んで、同社が2012年6月からスタートさせた新料金制度、“Verizon Shares Everything”の導入が目覚しい効果を収め、加入者誘引に大きな役割を果たした点を強調している。
この料金制度については、すでに、2012年9月のテレコムウオッチャーで説明済みである(注3)。ただ、この料金制度は、(1)月額使用ビットのキャップ(上限)までは定額制で、利用者は事前に、使用ビット量を見積もった上、自分の利用に見合った定額料金帯を選ぶことができること(2)ワイアレス通信が、携帯端末に限らず、タブレット、Wi-Fi、PCなど、ネットに接続できる端末のすべてのセット料金として組み立ててあり、加入者側からすれば、ポストペイド方式とはいえ、月額料金を事前におおよそ見積もれるメリットがあることの2点が主たる特色である。定額制のオブラートに包まれているが、実質、従量制料金と言って差し支えない。
ところで、AT&Tは、Verizonより2ヶ月遅れた2012年8月、類似の料金制度、“Mobile Share Plan”を実施した。しかし、Verizonの場合、このパッケージ料金プランが新規加入者に対し強制であるのに対し、AT&Tのパッケージ料金はオプションであって、他の料金制度の選択肢も認められる。AT&Tの新料金がどれだけ効力を発揮するかについては、同社、第4四半期の決算結果を見なければならない。
Verizon、AT&Tともにワイアアライン部門では収入、利益維持に懸命
参考の表5、表7に示したとおり、Verizon AT&Tのワイアライン収入、利益は、2012年第3四半期も前年同期に比し、横這いないし低落気味であり、両社ともに現状を維持するのに懸命である。加入者構成、サービス内容は、継続的にPSTN(公衆交換ネットワーク)の急速な縮小が依然として続いており、これに、ブロードバンド、ビデオの販売が追いつかないといった大幅な構造変化が進行している。
おそらく、今期だけでなく来期以降も続くものと思われるが、両社の光ファイバーによるサービス(AT&T:U-Verse、Verizon:FiOS)の加入者数は、高速DSL回線の減少分をカバーすることができない状況である。要は、AT&T、Verizonともに、料金を徴収できる加入者数が減少しているところに、両社ワイアライン部門の問題がある。
この問題には、MSO(Comcast、TimeWarner Cable等大手ケーブル会社)の好調な業務状況が大きくかかわっている。MSOとの競争に敗れた事態を直視して、競争をできるだけ避け、協調路線に転じたのがVerizonである。同社の路線変更とMSOとの提携内容については、すでにテレコムウォッチャーで紹介した(注4)。
ここで、現在の路線(減少しつつあるPSTNをなおも利活用しながら、その加入者ベースを基礎としてU-Verseの拡充に力を入れる)を持続しようとするAT&T、急激な路線変更(PSTNをほぼ見限り、短期的にはMSOとサービス市場の割り振りを行うとともに、将来はMSOと新サービスの創出も行っていく)を選んだVerizonの両社の対照的な戦略の差異が注目される。どちらの戦略がより多くの利益をもたらすかは、さらに少なくとも後、1、2年の期間の経過が必要であろう。
Verizonと同社組合、4ヵ年の労働協約更新を締結(注5)
VerizonとCWA、IBEW相互間の新労働協約は、2012年10月18日、両組合が、協定案を批准したことにより、発効した。2011年6月に交渉開始、8月には2週間のストを打ち、その後、本年春に“労働調停局”(Federal mediation and Conciliation Services)の調停を経ての長い苦難の交渉であった。
筆者が利用したのは、CWAが発表した1枚のプレスレリースだけであって、その主要点は、(1)組合は、3年間で8%のベースアップを勝ち取ったこと(2)CWA 副委員長EdMoonyが、“この協定は、CWA、IBEWの35,000名組合員の16ヶ月間に及ぶ団結と決意によって、勝ち得られたものである”と語ったことの2点である。
すでに、テレコムウォッチャーで、幾度かにわたり紹介したとおり、Verizonは、当初、コスト削減の見地から、年金、給与、医療保険等広範囲な労働条件について、改定を求めること、さらには、基本的に組合員の労働条件決定に当たり、交渉をする必要などないとの強行姿勢を取っていた。ベースアップ以外にも、様々の妥結項目があることは、当然であり、CWAもVerizonもこれを公表しないのは、腑に落ちない。ひょっとすると、労使間の妥結事項をジャーナリズムに発表しないことが、労使間で協定されたのではないかとの疑惑すら感じざるを得ない。
しかし、組合がスローガンとして掲げ、終始主張してきた、“中産階級としての地位確保”は守られた模様である。
参考:AT&T、Verizon両社の2012年第3四半期業績
表3 2012年第3四半期のAT&T、Verizonの収入、利益(単位:100万ドル)
項目 | AT&T | Verizon |
収入 | 31,459(−0.1%) | 29,007(+3.9%) |
営業利益 | 6,037(−3.2%) | 5,483(+18,0%) |
純利益 | 3,701(+0.4%) | 4,292(+21,2%) |
純利益率 | 11.8%(11.7%) | 14.7%(14.8%) |
(括弧内数値は、2011年第3四半期対増減比。ただし、純利益率は、2011年第3四半期の実績値。)
表4 2012年第3四半期のAT&T、Verizonワイアレス部門の収入、利益(単位:100万ドル)
項目 | AT&T | Verizon |
収入 | 14,906(+4.5%) | 19,024(+7,3%) |
営業利益 | 4,353(−5,6%) | 6,047(+17.4%) |
営業利益率 | 26.2%(29.5%) | 31.8%(29.0%) |
(括弧内数値は、2011年第3四半期対増減比。ただし、営業利益率は、2011年第3四半期の実績値。)
表5 2012年第3四半期のAT&T、Verizonワイアライン部門の収入、利益(単位:100万ドル)
項目 | AT&T | Verizon |
収入 | 14,813(−1.6%) | 9,914(−2.3%) |
営業利益 | 1,905(+2.0%) | 386(−41.4%) |
営業利益率 | 12.9%(12.4%) | 1.3%(2.2%) |
(括弧内数値は、2011年第3四半期対増減比。ただし、営業利益率は、2011年第3四半期の実績値。)
表6 AT&T、Verizonの2021年第3四半期における前年対比ワイアレス加入数増加数、
同期末における加入者数(単位:10,000)
項目 | AT&T | Verizon |
2012年第3四半期加入者増数 ポストペイド加入者増数 プリペイド加入者増数 リセラーによる加入者増数 ネット接続機器加入者増数 | 15.1(−52.7%) 7.1(−73.7%) 13.7(−71.0%) 31.3(−69.8%) | 153.5(+74.0%) 22.8(不詳) *1 *2 |
計 | 67.8(−68.1%) | 176.3(+82.1%) |
2012年第3四半期末加入者数 ポストペイド加入者数 プリペイド加入者数 リセラーによる加入者数 ネット接続数加入者数 | 6974.7(+1.7%) 754.5(+6.9%) 1457.3(+11.9%) 1400,6(+16.4%)
| 9035.4(+4.8%) 554.5(+22.3%) * * |
計 | 10587.1(+5.1%) | 9589.9(+5.7%) |
(*の項目は、Verizonの場合、記述がない。ポストペイド、プリペイドの項目に組み込まれている模様である。)
表7 2012年第3四半期末におけるAT&T、Verizonのワイアライン部門の音声、ブロードバンド加入者数
(単位:10,000)
項目 | AT&T | Verizon |
音声回線加入者数
ブロードバンド加入者数
| 3582.1(−10.7%)
U-Verse:434.4(+21.2%) Satellite:163.3 DSL:852.4(−0.2%) | 2284.7(−6.8%)
FiOSInternet:528.0(+14.4%) 高速DSL:348.8(−11.8%) |
計 | 1450.1(−0.2%) | 876.8(−2.3%) |
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