FCCは、オバマ政権下における民主党FCC委員長、ゲナコウスキー氏を責任者として、2010年初頭以来、新時代に適合した一大ブロードバンド拡充政策、“ブロードバンド拡充計画プロジェクト”の構築を推進している。
米国の電気通信政策は、19世紀末以来、電気通信分野における独特の政策目標、“ユニバーサル・サービスの維持、拡大”を大きな軸として展開されてきたとも言いうる。今や年間予算約80億ドルの規模に達し、おそらくは世界に冠たる通信産業の巨大内部相互補助制度となったUSF(ユニバーサルサービスファンド)の改革も、上記ブロードバンド拡充プロジェクトと表裏一体をなす大きなFCCの本年次課題である。
事実、USFに関するFCCの規則設定作業は、2010年半ばのR-Rate改正を皮切りに進行しており、今、大詰めの段階に差し掛かっている(注1)。
USF基金の主項目について、基金の投資対象範囲、資金投入に当たってのフィロソフィー(音声分野からインターネット分野への投資の重点の変更と効率化の向上が主体)が、おおむね定まった今日、この案件についての重要課題は、USF資金を確保する収入サイド(収入を拠出する電気通信企業、収入の財源等)の規則設定である。
FCCは、2012年4月30日、この重要案件について調査告示を発出し、利害関係者のコメントを求めた。本論では、FCC提案の主要点である「USF基金徴収フレームワーク改定の必要性」、「拠出金負担キャリアの拡大」、「拠出金徴収方法」の3点について、その骨子を紹介する。
筆者は、2012年4月、同年3月に発出された新聞社の放送局合併条件についてのFCCの調査告示の内容が相当にお粗末なこと、FCC委員長、ゲナコウスキー氏の資質が疑問視されていることを記事にした(注2)。2012年における最重要のFCC文書である今回の調査告示においても、同様にFCC調査告示内容の明晰性の欠如、委員長を含むFCC委員3名の声明書に見られる気迫不足を感じざるを得ない。FCCは、2012年末までに、本調査および、すでに利害関係者から悪評を受けている新聞社による放送局資本参加の規制のあり方の2点の重要案件の裁定を下さなければならないのであるが、この大事業を無事遂行できるかいなか、いささか懸念を抱かざるを得ない。
USF基金徴収フレームワーク改定の必要性
USFは、当初、長距離市外通話から市内通話への内部相互補助制度としてスタートした。そもそも、この制度自体が、利益の多い長距離通話部門から、米国全土津々浦々まで、電話加入者を増やす必要に対応する低廉な料金でサービスを提供するには、収支が償わない市内通話に資金を回す必要があったからこそ、生み出された通信政策であったのだから、このことは当然であった。
その後、拠出金を負担するサービスは、携帯電話、双方向のVOIPにまで、拡大されたが、急成長しつつあるインターネットは未だ拠出対象サービスには含まれず今日に至っている。現状のまま推移すれば、USFの負担をインターネット関連のサービス提供事業者に負わせることなく、旧来の巨大事業者数社が主として、この負担を背負うことになる(注3)。
この状況を数字で示したのが、次表(調査告示の記述から筆者作成)である。
表 電気通信総収入とUSFへの拠出金との関連(単位:億ドル)
項目 | 8年あるいは10年前 | 近年 | 増減率 |
電気通信会社がFCCに申告した総収入 (対象年次) | 3,340 (2000年) | 4,440 (2010年) | +32.9% |
USFへの拠出金 (対象年次) | 45 (2000年) | 81 (2010年) | +70% |
USF拠出金を負担したサービスの総収入 (対象年次) | 758 (2004年) | 749 (2008年) | −1.2% |
電気通信キャリアが、FCCに申告した総収入(機器販売分も含む)は、2000年から2010年の間に、3,340億ドルから4,440億ドルへと32.9%も増大した。
他方、2004年から2008年の間に、USF拠出金を負担するサービスの収入は不振であって、この間、1.2%の減少を示した。
2000年から2010年の間、USFへの拠出金も45億ドルから81億ドルへと70%も増大した。このように、増大する拠出金を限られたサービス(州際の市外通話、携帯通話、双方向VOID)により負担するのであるから、その負担率は相当に高い(測定年次が2010年、2008年と2年間ずれるが、近年には10%を超える数値となっている)。
従って、技術進歩、サービス種類の拡充により、サービスの裾野が広がってきた現在、これまでのUSFへの拠出方式(拠出するサービス、拠出金を算出する根拠となる帰納ベース等)を刷新できないだろうかというのが、今回のFCC調査の問題意識である。
USF拠出金負担キャリアの拡大提案
FCCは、“州際電気通信事業者は、公益の要請により必要とされる場合には、いずれの事業者も、USF基金への拠出を求められるものとする”との現行米国電気通信法256条(d)項の条文を適用することにより、(1)個々のサービスを検討して、拠出対象となる事業者を増やすか(2)市場の進展に対応できるよう将来の保証をより確実にするような一般的な拠出業者を定義する(筆者注:つまり、例外的な適用除外は別として、原則として、すべての州際事業者を拠出対象事業者に指定する)の2つの方法のいずれを選択するかについて、意見提出を求めている。
FCCは、調査告示において、将来、対象に含められる可能性のある個々のサービスについての記述を詳細に行っている。
ここでは、あるネット資料が、将来、USF拠出業者に指定される可能性がある事業者を列挙しているので、参考までに、これら事業者種別を紹介しておく。
ブロードバンド・アクセスサービス提供業者(Broadband Internet Access Service Providers)
ユーザにではなく、他の事業者にサービスを提供する事業者(Wholesale Providers)
国際通信専用事業者(International Only Provider)
企業通信サービス提供事業者(Enterprise Communications Service Providers - 専用IP、VPN、WANの提供事業者を含む)
テクスト・メッセージ提供事業者(Text Messaging Providers(SMS、MMSを含む))
片方向VOIP事業者(One-Way VOIP Providers)
装置対装置サービス提供事業者(Machine-to-Machine Service Providers)− smart meter、smart grid、remote health monitoring、remote securityサービス提供事業者を含む
プリペイド・コーリング・カード配送事業者・小売事業者(Prepaid Calling Card Distributors and Retailers)
無料サービスあるいは広告に支えられたサービス(Free or Advertising-Supported Services)
収入ベースによらないUSF拠出金徴収方法の提案
FCCは、現在行われている収入ベースによる方法に代わるUSF拠出金方法として、次の3種のものを提案している。
加入者番号による方法
固定電話、携帯電話の加入者番号に着目して、この番号に対したとえば、月額3ドルといった拠出金を課する。
回線による方法
拠出金徴収対象となるキャリアが有する回線に対し、拠出金を課する。
加入者番号と回線の双方の方法の併用(ハイブリッド)
加入者番号の方法と回線の方法の双方を組み合わせる。たとえば、住宅用加入者対象の場合は番号方式を、また、ビジネス加入者対象の場合は回線方式を採用するなど。
改革の意欲が薄い3名の委員の声明
今回の調査告示は、委員長ゲナコウスキー氏と2人のFCC委員(民主党Mignon L.Clyburn氏と共和党Robert M.Mcdowell氏)の3人のFCC委員の賛同を経て発出されたものであって、3氏は共に声明を発表している(注4)。
ゲナコウスキー委員長は、今回の調査の重要性を強調し、特にビジネス通話の面で、USFに拠出を続けてきた事業者と拠出を行っていない事業者が市場競争を行っているのはフェアでないと述べている。明らかに、現在のUSF基金拠出の主体であるAT&T、Verizon等の巨大ITC事業者に肩入れをした発言である。しかし、不思議なことに、同氏は、ブロードバンド拡充政策と今回の調査告示との密接な関係について触れておらず、この告示の有する意義についての情熱が伝わっていない。
MacDowell氏は、ゲナコウスキー委員長の淡々とした声明とは異なり、このUSF問題のあるべき姿についての私見を述べている。氏は、USF拠出ベースの拡大の必要性を強調し、その具体的手段として加入者番号方式を推奨するのであるが、この方式について、確たる自信がないので、利害関係者の意見に耳を傾けたいとしている。
同氏は、声明書の末尾において、“われわれが、本日、収集をスタートしたデータと意見は、少なくとも2012年秋には下さなければならない裁定につながる方途に照明を当てる助けになるだろう”と述べている。この調査告示が不十分な内容であることを正直に告白した点で異色ではあるが、この調査告示に対し、コメントを求められている利害関係者からは、とても賛同は得られまい。
さらに、Mignon L.Clyburn氏の声明は、13行の短文であるが、末尾4行でこの調査告示策定の舞台裏を明らかにしている点で興味深い。
FCCスタッフ:調査告示作成の実務担当
ゲナコウスキー委員長:リーダシップの発揮
McDonell委員:懸命に作業をして、調査告示を取りまとめた
Clyburn氏の上記表現からして、今回の調査告示取りまとめは、ゲナコウスキー委員長ではなく、McDonell委員長であったと思われる。FCC委員長が、自党の委員に、重要案件の取りまとめを委ねるというのは、裁定作業の遂行がおおむね、党派的に行われてきたFCCにおいては、異例のことと思われる。
インターネット事業者が新たに拠出金賦課対象者となることは、ほぼ確実
USF醵金の方法改革に関する利害関係者のコメント提出の期限は、2012年7月9日であって、ほとんどのコメントは、すでに提出されている模様である。FCCは、必ずや、これらコメントも参照の上、2012年末までには、この案件について採決を行うものと見られる。
不思議なことに、AT&T、Verizon、Google、Appleといった大手ITCの意見がネット上では得られない。この改革は、枝葉末節の部分を取り払えば、旧来のPSTN(アナログ公衆通信ネットワーク)に未だ大きく頼っているUSFへの拠出を新世代のインターネット網利用者にも負担してもらうということを意味する。インターネット網の利用に事業のすべてを賭け、世界最大の成長企業となっているGoogle、Apple等のIT業界の大きな関心事でなければならないはずである。
なお、FCC・州公益事業委員会は、USF拠出の主体、拠出方法について、次のような提案を行っている(注5)。
筆者は、この件については、FCC・州公益事業合同委員会(FCCと州公益事業委員会が構成メンバーになっている)の意見がFCC裁定に大きく取り入れられるのではないかと見ている。
このように推測する根拠は、(1)FCC・州公益事業員会は、その名称が示すように、FCCの意向に対して結論を出すのが通常であり、かりに食い違った意見を提出しても、FCCは、その意見を無視することができない、(2)FCC・州公益事業員会の提案は、かつて、有線州際通話からスタートしたUSF基金の徴収が、その後、無線州際通話と片方向VOIPを加え、収入ベースにより徴収してきた従来の方法の踏襲であって、実行が容易である、の2点である。
(注1) | これまでDRIテレコムウォッチャーにおいて紹介した関連する論説を以下に記す。
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(注2) | DRIテレコムウォッチャー、2012年4月1日号、「厳しい批判を受けるFCC委員長Genachousi氏」。 |
(注3) | AT&T、Century Link、Sprint Nextel、T-Mobile USA、Verizonの5社で、USF拠出金の4分の3を負担しているという。2012年4月30日付け、FCCの調査告示、“Universal Service Contribution Methodology”、p6の記述より。なお、本稿の記述は、特に別の注で指定した資料以外は、すべて、このFCC調査告示によった。 |
(注4) | この調査告示発出時点におけるFCC委員は3名(定員5名のうち、2名が欠員)であった。 2012年5月には、上院の承認を得て次の新FCC委員2名が任命され、現在は、FCCはフルメンバー5名を有する。 新FCC委員たちは、いずれも、過去にFCCに勤めた経験を持ち、電気通信法制に通暁した気鋭の人々であるといわれる。 Jessica Rosenworcel (民主党、2012年5月11日就任)、Agit Pai(共和党、2012年5月4日)。 |
(注5) | 2012年7月21日付け、CPUC(カリフォルニア州公益事業委員会)、“FC's Further notice of Proposed Rulemaking(FNPRM) Regarding USF Contribution.” 筆者は、このコメントは、FCC、州公益事業委員会の意見とほぼ同一であると信じている。 |
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