筆者は、2011年9月、新労働協約締結を巡ってのVerizon労使の団体交渉が難航している状況を解説した(注1)。
前回の記事の予想に違わず、労使双方の団体交渉は、開始後10ヶ月にして、なおも解決の展望が開けず継続している。
この間、AT&Tも、幾つもの単位組合との新協定締結の交渉を始めた。AT&T労使の交渉は、使用者側AT&Tの力が強い点では、Verizon労使の場合と共通するものの、AT&Tの態度はソフトである。すでに、IBEWの一部単位組合との交渉(対象組合員数、約7千名)は、僅かながらベースアップもあり、現協約一部改定という形で、協約期間切れの前に妥結した。この様な推移からすると、AT&T労使の交渉は、案外早期に解決するのではないかとも思われる。
今回の論説では、上記二組の労使の団体交渉の状況を紹介するとともに、参考として、米国労働組合が陥っている窮状についても多少の説明を加えた。米国の組合がどのような状況に置かれているかをまず理解しないと、AT&T、Verizonの労使関係の理解も不十分になるからである。
筆者が驚かされたのは、あまりにも激しい米国組合の凋落振りと将来展望の暗さである。かつて、学界において、多元的国家論がもてはやされたことがある。その論によれば、労働組合は、労働者の権利保護という重要な機能を担うものとして、社会組織のなかで重要な地位を与えられるべきものであり、事実、そのように、一応の敬意を払われていた時期もあった。しかし、今や、原理主義的経済理論と共和党右派による激しい攻勢により、その衰退は著しい。
詳細は、本文をお読みいただきたい。
開始後10ヶ月を過ぎてなお妥結しないVerizonとCWA・IBEWとの団体交渉(注2)
Verizonと同社ワイアライン部門従業員約4万3千名を代表する組合、C&W、IBEWは、昨年8月末以来、次期労働協約締結を目指して団体交渉を行っているが、未だ妥結に至らない。それどころか、妥結の目途すら付いていない。給与、年金、医療保険、配転等組合員の労働・福祉条件を大幅に改定(組合側からすれば、改悪)する旨、提案している経営者側と、旧協定の労働条件を死守したい組合側の双方の主張が真っ向から激しく対立し、進展は見られていない。
交渉長期化のひとつの大きな原因は、現在、組合員たちは、無協約下にあるものの、前協約に定められた労働条件が保証されているためである。また、“参考”に記したとおり、労働紛争が当事者間で解決しない場合にレフリーの働きをするNLRB(全国労働関係委員会)の機能が麻痺しており、調停、あるいは、仲裁が行われないためである。さらに、Verizon経営側は、組合との交渉を嫌っており、今後、労働条件の決定は、経営者側の条件を一方的に組合側に押し付け、交渉を皆無にすることは考えていないにせよ、簡略化する方策を構想しているのではないかと思われることである。
現在、オン・アンド・オフであるにせよ、ともかく団体交渉自体は行われている。しかし、この交渉にしたところで、昨年8月中旬に、組合員の1週間のストを打った挙句の成果として、ようやく実現したものであった。
交渉期間中の主な組合側の行動は、定期的に設けられた“行動日”(Day of Action)に組合員がスティッカーを付け、交代で街頭に出、ビラを配って、Verizonの主張の不当、組合側の要求の正当性を通行人に訴えることである。最新のデモンストレーションは、2012年6月23日であった。
スティッカーには、“良い職場を求めて闘おう。Verizon経営陣の貪欲に抗して立ち上がろう(Fight For good jobs. Stand op to corporate greed at Verizon)”の文言が太字で、書かれている。
AT&Tの新労働協約改定に向けての組合交渉は、進行中 ― 妥結は間近か
AT&TとIBEW、労働協約1年延伸で妥結(注3)
2012年5月30日、AT&TとIBEWは、労働協約の期限(2012年6月23日)切れ前に、協約の1年延伸について、合意した。
- 基本給1%アップ
- 年収50,000ドル未満の組合員には500ドル、50,000ドル超の組合員には300ドルの一時金支給
- 組合員から健保に対する拠出金の若干額のアップ
なお、この協定でカバーされる組合員数は約7,000名(Local21、イリノイ州、インディアナ州北西部等の地域の居住者)であり、IBEW参加組合員のすべてではない。
AT&T、CWAと新協定締結について交渉中 ― 理解を示すAT&T側(注4)
AT&TとCWAは、現在、CWA傘下AT&T従業員120,000名中約40,000名をカバーする新労働協約締結に向けて、4つの単位組合(Midwest、West、East、Legacy)と団体交渉を行っている。
組合員は、Verizonの場合のように、ストを実施しなかった。特定の活動日を設け、街頭に出て、プラカードを歩行者に示している写真がネットで見られるが、そのスローガンは、“American Dreamを求めて闘おう”というものであった。Verizonの場合、スローガンは、“中産階級の地位の維持“であったので、スローガン内容自体は似たようなものであるが、この世知辛い労働情勢下において、すでに消え去った夢の世界であるとみなされそうな闘争目標に掲る組合は、米国では羨望の的となろう。
2012年5月初旬には、CWA組合の副委員長が、AT&T株主総会に主席し、従業員の労働条件に配意してほしいと挨拶している。また、AT&T側も、交渉開始時期にAT&Tは組合と交渉を通じて、引き続き、雇用を提供して行くつもりであると、前向きの姿勢を示した。Verizon労使に比し、対照的なムードであり、妥結までに多くの日時を要しないと思われる。
参考:窮地に立つ米国の労働組合(注5)
低下が進む組合組織率
最初に、米国の組合組織率を見ておこう。
2011年の組合組織率は、11.8%であった。といっても民間と官公労で、組織比率は大きく異なる。官公労組合の組織率は37.0%とかなり高いが、民間組合の組織率は6.9%と低い。
1983年の組合組織率の平均は、20.1%であった。30年間で、組合組織率はほぼ半減したことになる。なお、厚労省の資料によれば、2010年におけるわが国の組合組織率は、18.5%であった。国際的に見るとわが国の組織率は低い方であるが、米国の組織率は、わが国に比し半分に近い低さである。
米国の州別の組合組織率格差は、かなり大きい。20%を超えるのは、3州に過ぎない。ニューヨーク州(24.1%)、アラスカ州(22.1%),ハワイ州(21.5%)である。他方、組織率が5%を下回る州が5州ある。ノースカロライナ州(2,9%)、アーカンソー州(4.2%)、ルイジアナ州(4.5%)、テネシー州・バージニア州(4.6%)。
組織率が高い官公労の分野でも、特に、地方自治体職員の組織率がもっとも高く、43.2%であった。このグループには、教師・警官・消防士等が含まれる。民間部門で組織率が高い産業分野は、運輸・公益事業(21.2%)、建設業(14.0%),がある。低い分野には、農業および農業関連の事業(1.4%)、金融業(1.6%)が挙げられる。
以下の項で説明するとおり、現在、共和党議員・知事、企業からの組合組織、労働協約の内容、労働条件等に対する圧力は、主として、地方自治体労組に向けられている。
米国の組合運動、共和党の攻撃により組織防衛に徹する
米国の組合は、民主党からの手厚い支援、行き届いた労働法制により隆盛を誇った1950年当時からすると、見る影もないほどその勢いが弱まっている。しかも、2011年秋、民主党が中間選挙に敗れ、下院におけるマジョリティーの座を共和党に譲ってから、共和党による組合パッシングは、州段階はもちろんのこと、連邦段階でもきわめて激しくなった。この結果、特に狙い撃ちされている官公労組合では、弱体化が一層加速している現状にある。以下、その実態を紹介する。
共和党知事による州政府組合パッシング ー 中西部諸州が中心
2010 年以降、米国中西部の共和党知事たちは、州の組合の攻撃に着手し、州公務員の給料・年金の切り下げ、州法改正による団体交渉権の剥奪等の荒療治に乗り出した。ちなみに、テキサス州を始め、南部の一部諸州では、最初から、共和党の勢力が強いこともあり、こういった組合弱体化はすでに実施に移されている。
中西部諸州は、これまで、民主党、共和党が競いあってきた土地柄であるが、2011年中間選挙での民主党の敗北、小さな政府を標榜して勢力を増している共和党派勢力のティーパーティーの台頭等により、共和党は、一気に、組合パッシングの活動を強めている。この結果、ウィスコンシン、ミシガン、インデイアナ、オハイオ等の州で組合弱体化の方向に向けて、共和党主導の変革が進行した。ここでは、典型的なケースとして、ウィスコンシン州の事例を紹介する、
ウィスコンシン州では、リコールにより一度は、州知事の座を降りたScott Walker氏が、州知事選において、民主党候補Tom Barettを破り、返り咲きを果たした。一度、リコールされた州知事が再帰した事例は、米国では始めだという。
Scott Walker氏は、2011年初頭、知事に就任して以来、徹底的な州予算の削減、州職員の給与、年金の切り下げ、州組合の弱体化を目指し、活動してきた。同氏の政策は、典型的なティーパーティー候補であると見られている。
選挙民からのリコール運動は、Walker氏が、ほとんどの州公務員の団体交渉権を剥奪(警官、消防士を除く)する州法を立案、共和党がマジョリティーを持つ州議会に、この法案を可決させたことから始まった。
この州法制定過程(2011年2月)でも、また、最近の知事選(2012年5月から6月)の過程でも、ワシントンから、応援のため、共和・民主両党の議員、運動員が応援にはせ参じ、デモが行われるやら、知事側、知事反対側が相互に罵りあうやら、州都は、大変な賑わいを見せたという。
なお、ミシガン、ウィスコンシン、インディアナ、オハイオ等の州でも、大なり小なり、州職員の労働条件の切り下げが、ここ1、2年間で行われている。
さらに、共和党の勢いが衰えなければ、州政府の財務の急迫、地方公務員労働条件の民間に比しての優位といった状況を背景として、この官公労組合パッシングは、東部、西部など、今のところ、まだ組合員の権利が守られている地域に波及する可能性もあると見られている。
連邦段階では、NLRB(労働関係委員会)が機能麻痺状態に
地方段階における共和党による官公労組合パッシング、労働者保護法規の改悪と連動して、ワシントンの連邦政府段階でも、規制分野での組合パッシングが進行している。
その最たるものは、労使間の紛争調停、労働者保護のための重要な中央組織であるNLRB(全国労働関係委員会)の機能が麻痺していることである。
NLRBの委員の定数は5名であって、与党3名、野党2名の委員から構成されるのであるが、議会における委員承認をその時々の野党が拒否するため、現在、慢性的に定員を割っている。
オバマ政権下では、遂に、HLRBの正規委員が2名になってしまった。オバマ大統領は、便法を講じ委員3名を1年間、暫定的に増員することにより、やりくりしているが、共和党はこの措置を違法だと攻撃している。
さらに、議会における共和党右派は、一部の州において州法で制定されているRight to Work規則の連邦段階での法定化を狙っている。Right to Workとは、誤解を招きやすい語句であるが、その内容は、従業員が組合への参加、不参加を自分の意思により、決定できるようにすること、さらに、当該職場において、組合員にならない従業員も組合員と同等の労働条件が適用される権利を意味する。つまり、従業員からすれば、組合費を払って、組合員となるインセンティブが薄くなり、組合の力が弱体化する。
このRight to Workは、米国の南部、最近には中西部の幾つの州において、州法により定められているのであるが、東部、西部の多くの州で制定されていない。
米国組合の蘇生には、抜本的対策が必要
最後に、Harold Myerson、Shamus Cook両氏が主張する米国組合運動についての改革の方向性を紹介して置こう。
Harold Myerson氏は、まず、この組合パッシングの時期に、組合指導者が学んだことはといえば、組合は今や、OWS(オキュパイ・バイ・ウォールストリート)並みのアウトカースト(主流から見放されたはぐれもの)の地位に成り下がった事実を認識したことだけだと自虐的な批評をする。
しかし、氏によれば、米国の若者たちは、今や、米国の資本主義がうまく機能しておらず、米国社会には、様々の不平等、矛盾がある事実を実感している。現にSEIU(Service Employees Industrial Union、ヒスパニック系の低所得労働者を組織している小組合)のように組織率を高めている組合があるのだから、今後は、若者を中心に組織される新たな組合に、将来を託するしか組合蘇生の方途はないと論じる。
作家兼組合運動家であるShamus Cook氏の組合衰退の現状把握は、Harold Myersonとさほど変わらす暗い。しかし、将来展望は、きわめてラディカルである。
氏は、民主党は、表面上、組合支援を唱えるが、実際には、組合を選挙時の運動要員、投票マシーンとしかみなしていない。また、民主党知事でも、最近は、共和党知事と変わらないリストラ策を提示していると批判する。
つまり、米国の組合は、自己の利害を代弁してくれる政党を有しないのであって、民主、共和両党に次ぐ第3の政党を結成する以外に解決策は無いというのである。
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