DRI テレコムウォッチャー


国内の安定需要で不況を乗り切ったFTグループ
2012年5月15日号

 筆者は、先日来、欧州3大通信事業者、テレフォニカ(スペイン)、ドイツテレコム(ドイツ)、フランステレコム(フランス)の財務、事業活動の紹介を試みている。前回、前々回には、それぞれ、テレフォニカ、ドイツテレコム両社について記述した(注1)。
 今回の記事は、いわばこのトリロジー(三部作)の最終部分である、フランステレコム・グループの最新の財務、業務活動状況を紹介する。
 このはしがきでは、予想以上に安定しているフランステレコム財務について、3点の特色を強調するにとどめ、細部は本文に委ねる。

  • フランステレコム・グループの収入は、伸び悩んでいるものの、2009、2010、2011の3年間、ほぼ横這いの状況であり、利益もほどほどの水準を維持している。ここ数年来、毎年、利益が出せるか否かの段階の決算を続けてきたドイツテレコムとは、対照的である。

  • フランステレコムの海外進出のスタイルは、ドイツテレコム、テレフォニカと異なる。フランステレコム・グループは、精力的に、最近は特に、中近東、アフリカ地域に重点を置いて電気通信キャリアに投資している。同時に、かつて進出していた先進市場からの撤退を計画的に実施に移している。そもそも、海外市場への依存比率が欧州3大キャリア中もっとも少ないからできることである。

  • 2011年7月から、フランステレコムは、現CEO兼会長Stephane Richard氏のイニシャチブにより、長期経営目標、“Conquests 2015”を実施に移している。このプロジェクトは、フランスの基幹企業として、技術革新の成果を応用し、あるいは積極的な海外進出を行って、質量共に優れた事業運営を実施し、従業員、顧客に報いることを目的としている。特に、従業員の待遇改善を、達成すべき目標のトップに置き、2010年から2012年に掛けて、10,000 名のフランス国内従業員の増員を誓約していることは、注目に値する。


FTグループの比較的安定した財務体質(注2)

減収、増益の2011年次決算
 表1に示すとおり、FTグループの2011年次の収入は、2010年に比し、0.5%減収であった。しかし、営業利益、純利益はともに増益となった。年次後半、ギリシャ国債の劇的な低落をキッカケとして始まったEU金融不況下にあったが、その影響は切り抜けた。
 そもそも、2009年以来のFTグループの決算を見ると、緩やかな増収増益基調なのである。ただし、最新の2012年次第1四半期の決算によると、前年同期に比し収入は1.8%減少している。2012年には、2011年より、多少の財務悪化は避けられまい。

表1 FTグループの過去3年間の収入、利益(単位:100万ユーロ)
項目2011年次2010年次2009年次
収入45,297(−0.5%)45,503(+1.5%)44,845
営業利益7,918(+5.1%)7562(−1.2%)7,650
純利益3,828(+0.5%)3,807(+18.9%)3,202
(2011年次の括弧内の数値は、前年対比増減率を示す。)

DTに比し国内市場が大きいFT

表2 FTの収入・利益の地域・分野別内訳(単位:100万ドル)
項目収入営業利益営業利益率(%)
フランス22,534(−3.4%)6,241(−5.0%)37.7%
スペイン3,993(+4.5%)−168(−218)−4.2%
ポーランド3,625(−7.9%)443(+73.4%)+14.4%
世界のその他の地域8,795(−6.3%)595(−56.9%)+68%
小計38,947(−0.1%)7111(−10.7%)+18.2%
企業通信7,101(−1.6%)940(+96.8%)13.2%
国際通信1,619(+0.00%)−103(−1354)−7.3%
調整−2,381(−2,624)
小計6,339(+2.3%)837(+31.4%)+13.2%
総計45,277(−0.5%)7,918 (+5.1%)+17.5%
(本表の最初の3項目、フランス、スペイン、ポーランドは、それぞれ3地域の“パーソナル通信”(住宅用通信が主体)の数値であって、これら地域通信の総収入を示すものでない。)

 表2は、FTグループの資料に基づき、2011年の収入・営業利益の地域別、分野別内訳を示したものである(小計は、数字の整理上の便宜を考え、筆者が独自に計算した)。
 一読すると、これら3地域の収入は少なく、「世界のその他の地域」の収入のウェイトが高いように思えてしまう。
 しかし、原資料の注に表示されているFTの企業通信、国際通信の収入分6778百万ユーロ(本来FTの国内収入に計上されるべきもの)をFT収入(パーソナル通信収入)に繰り入れると、FT国内分の収入は、29314百万ユーロへと30%も増大する。FTグループのフランス国内市場は、見掛けよりかなり大きいである。
 参考までに、修正したFT資料および、これまでに紹介したDT、テレフォニカの資料により、2011年次における欧州大陸3大電気通信事業者(FT、DT、テレフォニカの収入、国内収入、海外収入)の比較を表3に示す。

表3 2011年次におけるFT、DT、テレフォニカの収入、国際収入比率比較(単位:1000万ユーロ)
項目収入海外収入比率
FTグループ総収入:4528
国内収入:2831
海外数入:1697
37.4%
DTグループ総収入:5860
* 国内収入:3224
* 海外収入:2636
55.1%
テレフォニカグループ総収入:6284
国内収入:1728
海外収入:4556
77.5%
* DTは、1000万ユーロ単位の総収入、総収入の国内、海外比率しか公表していない。
ここで示したDTの国内、国際収入は、総収入に収入比率を乗じて計算した。

 表3から、次の諸点が明らかになる。

  • 海外収入比率が最も高いのはテレフォニカであって、同社は、総収入の4分の3超を海外市場に頼っている。DT、FTがこれに次ぐ。

  • 海外収入比率が最も低いFTの海外収入比率は、40%に満たない。同社の国内市場の規模、283.1億ドルは、総収入がFTより30%も多いDTの国内収入322.4億ドルに迫るほどの規模である。しかも、FTグループの国内事業の業績は、他部門に比し、むしろ好調である。

 上記から、FTグループは、DT、テレフォニカグループに比し、比較的、安定した国内市場を有しており、この市場により、2011年次もほぼ、前年度と同様の業績を維持して不況を乗り切ることができたと推測される。
 では、FTは、どうして堅実な国内市場を保持できたのか。フランスの電気通信事情にうとい筆者には、確かなことをいう自信はない。しかし、その理由の大半は、FTが、EUからの強い規制緩和の要求、激しい競争事業者からの攻勢を巧みに跳ね返し、相対的に、国内市場での競争に打ち勝ってきたことによるのであろう。


FTグループの経営目標、“Conquest 2015”(注3)

 FTグループのCEO、Stephane Richard氏は、2010年7月、2015年を完成年次とする長期目標、“Conquest 2015”を発表した。この計画は、FTグループが当面する課題を従業員のモラールの向上、最新ネットワークの建設、顧客の獲得、国際事業の展開の4点にしぼり、これら課題達成を掲げたものである。
 このプロジェクトを開始する契機となったのは、FTグループ内の従業員のモラール低下であった。FTの従業員問題の真相は、情報量が少ないため明らかではないが、その深刻さを示す数値として、FTは、2008年以降、部内で50名もの自殺者が出た点をあげている(注4)。
 “Conquest 2015”の策定は、約50名のFT管理者により推進され、全世界の500名ものテレコム専門家の意見を聞いて取りまとめられたものだという。
 以下、FTのプレスレリースの基づき、この長期目標の背景と、その内容を紹介する。

“Conquest 2015”策定の背景
 “Conquest 2015”の背景となっている課題は、次の3点である。

  • フランスにおける類例のない社会不安

  • 急速に変化しつつあるエコシステム
    西暦2020年までに、世界で500億台ものネット接続機器が利用されるようになるだろう。現在、毎月6兆バイトもの情報が、インターネットを通じて運ばれている。またユーチューブは、2000年分に相当するビデオサービスをサポートできるのである。このような関連において、顧客は、完璧なサービス品質、カスタム化されたサービス料金、個人データの秘密保持を期待している。

  • 激烈な競争環境、厳しい規制環境
    さらに、インターネット業界からの新たな競争業者の参入、卸市場にもたらす規制された低料金のインパクト等々

“Conquest 2015”の基礎となる4点の戦略的方向

  • 従業員のプライドの征服
    FTは、なににもまして、企業の中核をなす男女従業員の心を掴むことを目指す。ヒューマン・リソースについての新たなビジョン、新たな経営のスタイル、価値の共有により、FTは従業員に便益をもたらす労働環境提供を誓約する。すでに、Orange campusの創設により、この誓約に向け行動している。Orange campusは、まず2011年1月にパリで、さらに同年春から、Serock(ポーランド)、マドリッド、ボルドー、マルセイユ、ナンシー、レンヌ、さらに欧州外の6都市(アトランタ、ダカール、ナイロビ、ニューデリー、リオ、シンガポール)に、管理者のコミュニティーを設立することを目的とする。さらに、年を追うにつれ複雑になって来ているITを簡素化し、場合によっては、一部、抜本的に組み換える。最後に、フランス従業員の平均年齢が高くなっていることにより生じている問題に対応するため、2010年から2012年に掛けて、10,000名の従業員を新たに採用する。このためのフランス国内分の予算として、9億ユーロをすでに計上済みである。

  • 顧客の征服
    FTは、誰とでも会話を交わすフランスの顧客のための通信事業者であり、顧客の信頼を鼓吹しなければならない。顧客の信頼を回復するためには、とりわけ、現在の顧客を保持する点に価値を置き、顧客サービス、顧客関係の改善を計らなければならない。FTグループの野望は、すべての点において、顧客に優れた経験を与えることである。これには、顧客ニーズの分析と期待、技術支援、新サービスへの移行の支援、支出のコントロール等が含まれる。FTは、顧客と共に働き、顧客のディジタル生活を容易にすることにより、顧客の“マルチメディアにおけるコーチ”にならねばならない。また、最高の音声サービス品質の提供によるにせよ、SIMカードに付加機能を付与するにせよ、新サービスを開発することによるにせよ、イノベーションを通じての成長戦略を継続して行う。FTはまた、医療、教育、携帯電話による支払い、送金といった分野でのサービスを開発する。

  • 国際発展の征服
    FTは、また、国際分野での発展を通じ、成長のスピリットを喚起することにまで視野を広げている。もっともこの戦略は、従来どおりのM&A手法によるものであって、相手企業の“変革”を意図するものではない。新興国市場における収入を今後5カ年間で倍増することを目的にしている。
    最後に、FTは、全営業エリア内における現在の2億弱の加入者数を、2015年までに3億加入者数に増加することを目標としている。

  • ネットワークの征服
    FTは、ネットワークが事業の中核であり、その将来を制するものであることを確認する。FTは、ネットワーク並びに、技術者の経験を中心として形成されてきたものであり、従業員は、このことに大きな誇りを持っている。
    FTは、フランスにおいて、2015年までに、最新光ファイバーネットワーク構築のため、20億ユーロを投資する。この投資により、フランス本土において、40%のフランス世帯への光ファイバーのアクセスが可能になる。また、2015年までには、すべての県(海外地域を含む)にファイバーを導入する。
    また、FTは、LTE(第4世代携帯電話ネットワーク)の技術を有しており、規制の枠組みが定まり次第、このネットワーク構築に掛る用意がある。また、携帯電話トラヒックのマネタイゼーション(携帯電話サービス提供業者が、サービス料金の課金を可能にすること)への投資、グリーン・ネットワーク(ソーラ携帯電話など)への開発を行う。


発展途上国中心の国際発展

中近東・アフリカへの投資を推進するフランステレコム
 すでに、“Conquest 2015”にも明示されているところであるが、FTは発展途上国への投資に重点を置き、2015年までに、この地域からの収入倍増を目標としている。
 特に、力を入れているのは、中近東、アフリカ地域である。2011年に入ってからも、たとえば、3月には、イラク第3のキャリア、Korek Telecom株式の20%を取得した。エジプト、コンゴとも、現地キャリアへの資本参加について、交渉中である。
 すでに、表1に示したとおり、FTがかなりの投資を行っているスペイン、ポーランドを除く他の世界の地域での収入は、FT収入の相当のウェイトを占めており、成長率も高い。中近東は、リスクの多い地域であるが、FTは、当面、この発展途上国中心路線を追求していくものと思われる。

採算の取れない欧州地域からの撤退(注4)
 発展途上国への進出政策と表裏一対をなすものは、採算に合わない先進諸国投資先からの撤退である。現在、欧州諸国の携帯電話事業は、需要が飽和しており、しかも、競争業者の参入により、利益率が低下、あるいは赤字になる傾向すら見られる。これは、FTだけでなく、DT、テレフォニカにも、共通して見られる政策であるが、旧来の投資先を選別して、利益の上がる地域に、今後、投資をしぼり込んで行こうとの傾向は、共通して見られるところである。ただし、FTが、もっとも明確にこの方針を打ち出し、実施に移しているといってよかろう。
 2011年8月、FTは、それぞれ、スイス、オーストリア、ポルトガルにおける同社の携帯電話提供キャリアを売却する計画を発表した。
 上記3件の売却案件のうち、スイスでは、売却が完了した(Orange Switzerlandを、Matterhorn Mobileに、15億ユーロで売却)。また、オーストリアでも、最近、Orange AustriaのHutchison Austria への売却(5億ドル)は、合意が成立、規制機関の承認を待っている段階だといわれる。ポルトガルでの売却は未定。


(注1)DRIテレコムウォッチャー、2012年4月15日号、「欧州不況による業績悪化を好調な中南米市場での発展で乗り切るテレフォニカ」
DRIテレコムウォッチャー、2012年5月1日号、「財務悪化に歯止めが掛らないドイツテレコム ー 2011年次報告書から」
(注2)本稿の執筆に当たっては、おおむね、FTグループの2011年年次報告書、“Consolidated financial statements”によった。ただし、FT決算の業績評価については、次の資料に負う点も大きい。2012.2.23付け、http://www.telecoms.com,”France Telecom hit by poor domestic performance”
(注3)2010年7月付けFTのプレスレリース、“Orange Unveils its new industrial project, conquests 2015” 本文では、この資料のほとんど、すべてを紹介(ほとんどが翻訳)した。
(注4)FT従業員の士気喪失の問題には、Stephane Richard氏の前任者、Didelier Lambard氏が深く関与している。2009年秋、Lambard氏は、従業員の自殺者が増えている状況下で、この問題についてジョークを飛ばしたという噂が広まり、これが契機となって従業員のストライキ(数日間、参加者10万名程度)に発展した。同氏はエコール・ポリテクニーク出身の毛並みの良い経営者であり、FTのディジタル化、インターネット化に貢献したといわれるが、少なくとも、人の心を読む能力には欠けていたらしい。
Lambard氏は、日ごとに高まる退陣要求圧力の下、2012年3月、ついにFTグループ、CEOの座を降りた。
(注5)この問題と真正面から取り組むと、それ自体で、独立した論説が書けてしまう。今回は、この注で問題点の指摘のみに留めることとする。
実のところ、DT、FT両社に取って、共通かつ最大の海外投資の課題は、両社が、2009年秋に設立した英国における携帯電話合弁会社、Everything Everywhere(T-Mobile England、Orange UKを50、50 の株式比率で合併させたもの)の取り扱いである。
2012年2月には、DTがゆくゆくは、Everything Everywhereの株式を手放すのではないかとの観測記事が幾つかの欧州系のネットを賑わせた。
この合弁会社は、約3000万近い加入者数を有する英国最大の携帯電話企業であるが、経営状況は芳しくない。DTは、T-Mobile USAのAT&Tへの売却金の一部を当てて、Everything Everywhereへのてこ入れを考えていたのだが、この目算が狂ったため、にわかにDT財務の先行きが不透明になった。
そこで、この合弁会社への同社の持分を他社に売却し、英国からの撤退を考えざるを得ないことになるだろうと報じられている。あわよくば、合弁の共同相手であるFTが買主になり、Everything Everywhereを完全所有してもらうのが、もっともおさまりが良いという論も出ている。
ところが、FT側で、この合弁会社にこれ以上投資する意欲がないことが伺われるので、この問題の取り扱いは厄介である。
FTの2011年次決算報告書からは、Everything Everywhereの収支は、FT全体の収支とは別枠の記載になっている。つまり、2011年次におけるFTの総収入、452億2970万ユーロのなかには、Everything Everywhere収入分、7612億ドルは含まれていない。Everything Everywhereの営業利益はというと、7800万ユーロの赤字である。営業利益段階の赤字が出ているのでは、同社の純利益はさらに大きく、多分、赤字額は数億ドル程度には、達しているものと想定される。
しかも、2000年次には、4700万ユーロだったので、Everything Everywhereの財務は悪化の傾向にあるらしい。

テレコムウォッチャーのバックナンバーはこちらから



COPYRIGHT(C) 2012 DATA RESOURCES, Inc. ALL RIGHTS RESERVED.