本号では、DTの2011年の年次報告書(2012年2月中旬発表)の核心部分を紹介する(注1)。
前回、DTの財務について解説を試みたのは、2010年9月のことであった。筆者は、そのはしがきで、「DT は懸命に業績悪化を食い止めるのに努力しているのであるが、競争に一大不況が重なって、その効果は上がっていない」と記したのであるが(注2)、1年半を経過した現在、残念ながらその状況は変わっていない。それどころか、さらに悪化している。
本文、表1に示したとおり、DT は2011年次、587億ユーロの収入(2011年比6%減)に対し、わずか6億ユーロの純利益しか計上できなかった。純利益のなかには、AT&Tから得たペナルティー(DT子会社T-Mobile USA売却不成功に対するAT&Tからの賠償金)30億ドル分が含まれている。つまりDT は、本来なら赤字に転落するところをAT&T に救われたのである。
2012年度、DT は、一向に好転していない欧州地域の金融不安の悪条件の下で、DTの財務を好転させるという難事業に継続して取り組んでいかなければならない。とりわけ、米国市場においては、すでにネットワークの4G化に乗り遅れ、さらに、Appleから、人気商品ナンバー・ワンのiPhone4Sの販売権を獲得できないという不利な条件の下で、加入者の流出が続くT-Mobile USA経営再建の緊急課題の解決も迫られている。
民間出身の経営者として、大幅赤字後のDT再建を託され2006年11月に同社の会長兼CEOに就任したObermann氏にとっても、今後1、2年が正念場となろう。赤字克服のため登用された同氏としても、DTを再び赤字に陥れたまま退陣というわけにはいかないはずであるから。
本文の前半では、DTの財務の状況を、また後半では、T-Mobile USAが置かれている苦境について説明する。
DTの収入、2年連続減少へ
表1 2009-2011年におけるDTの収入、利益等の推移
項目 | 2011年 | 2010年 | 2009年 |
収入(億ユーロ) | 587(−6.0%) | 624 | 646 |
国内比率(%) | 44.9 | 43.7 | 43.4 |
海外比率(%) | 55.1 | 56.3 | 56.6 |
純利益(億ユーロ) | 6(−67.1%) | 17 | 4 |
EBITDA | 200(−15.2%) | 173 | 199 |
EBITDA/収入(%) | 31.8 | 31.2 | 32.0 |
従業員数(千人) | 240(−4.8%) | 252 | 258 |
従業員当たり収入(千ユーロ) | 244.0 | 247.2 | 250.8 |
*1 | 2011年欄の括弧内%の数値は、2010年対比増減比を示す。 |
*2 | EBITDA(Earnings before interest, taxes, depreciation and amortization)は、文字通り税金、減価償却、債券償却前の利益を示す。 |
表1は、DTの過去3年間の収入、利益等の主要経営指標を記載したものであるが、この資料から、次のような芳しからざるDTの経営動向が読み取れる。
- DT は2009年、収入でこれまで最高の646億ユーロを記録した。しかしその後、2010、2011と2年続けて減少している。企業の盛衰は、利益の増減もさることながら、なによりも収入の絶対額の確保、維持いかんに掛っている。収入の持続的減少は、DT に取り、大きな赤信号である。
- 収入の国際比率は、2009年まで年々上昇を続け、DT国際戦略の成功を裏付けているかに思われた。しかし、2010、2011の両年、減少に転じている。これは、DTが進出している一部の国において、投資が利益を生まなくなってきていることを意味する。換言すれば、DT は、競争が激化しつつある国際市場でも、敗退しつつあるのである。
- 2011年からDT は、純利益と並び利益指標としてEBITDAを使用し始めた。
しかし、減価償却も行っていない段階の数値を“利益”として表示し、この数値が、前年より高い、低いと議論することは、あまり意味はない。企業たるもの、最終的には、しかるべき額の純利益を挙げることを義務付けられているからである。
- DT は、2009年に至るまで増加を続けていた従業員数を2010、2011 年両年において、相当数減らした。組合の力がなお強い状況下において、この努力は評価に値する。しかし、従業員一人当たり収入(生産性測定の重要な指標)は、なおも減少しており、人件費面での合理化が、まだ、所定の効果を収めていないことが、明らかである。
収入が増加した事業部門は、システムズ・ソリューションのみ
表2に、2011年のDT事業部門別の収入を示す。
表2 2011年におけるDTの事業部門別収入(単位:億ユーロ)
項目 | 収入 | EBITDA | 従業員数 |
ドイツ | 240(−4.4%) | 96(−0.2%) | 76,028(−4.2%) |
欧州 | 151(−10.2%) | 52(−8.8%) | 60,105(−8.1%) |
米国 | 148(−7.9%) | 38(−7.8%) | 34,518(−8.7%) |
システムズ・ソリューション | 92(+2.1%) | 9(−8.0%) | 48,224(+1.3%) |
本部(戦略設定等) | 12(記述なし) | 9(+14.8%) | 21,474(−3.7%) |
(括弧内%の数値は、2010年対比の増減比率)
表2で注目されるのは、2011年のDT収入が、4つの主要事業部門で、すべて、減少していることである。唯一健闘しているシステム・ソリューション部門も、事業部門の規模が小さく、EBITDA段階でも、ほとんど利益を挙げていない。大口加入者に対し、テイラーメードでITサービスを提供するこの部門は、もっとも成長が著しい部門(たとえば、最近、米国初め先進諸国で需要が大きく伸びているクラウド・コンピューティング等)であるはずなのだが。
表3 2011年末における「ドイツ部門」のサービス回線数(単位:100万)
項目 | 2011年末 | 2010年末 | 2011/2010(%) |
固定ネットワーク 固定ネットワーク回線数 小売ブロードバンド回線数 アンバンドルド市内回線数 卸売りアンバンドルド市内回線数 卸売りバンドルド市内回線数 | 23.4 12.3 9.6 1.2 0.7 | 24.7 12.0 9.5 1.0 1.0 | −5.3% +2.5% +1.1% +20% −30% |
モーバイル加入者数 契約加入者数 プリペイド加入者数 | 29.3 12.9 16.5 | 29.2 12.1 17.0 | +0.3% +6.6% −2.9% |
* 計 | 76.5 | 77.4 | −1.2% |
(* 計は、原資料にはない。筆者が計算し、原資料にある他の項目に付け加えたものである。)
決算資料では、事業部門「ドイツ」のみについて、主要サービスの回線数、加入数を出している。この資料によると、この事業部門が、前年同期に比し、どうして、4.4%も収入が減少したかの理由がよく判る。全体として、サービスを受け入れる設備、加入者の数が、1.2%も減少しているからである。
DT は、自国において、年間5.3%も固定ネットワークの回線数を減らしたが、この減少をカバーするだけのモーバイル加入者数を獲得していない。ドイツは、DTを含め、主要5社の携帯電話会社が参入し、激烈な競争を展開しているのであるが、DT は、この競争において必ずしも勝者になりえていないのであろう。
表3において、DT によるアンバンドルの市内回線の販売数の絶対値が大きく、また、わずかながら増大している点にも、注目すべきである。競争業者は、自社が望むDTの市内回線部分を自由にリースすることによって、市内サービスあるいは、DSLサービスの提供を有利に進めていると想定される。これが、DT収入のかなりの部分を侵食しているのであろう。
DTの米国部分(T-Mobile USA)の業績不振、懸念されるT-Mobile USAの将来
T-Mobile USAは、米国全土にサービスを提供する最小の携帯電話キャリアである。同時に、DTの4大事業部門のひとつでもあるという二重の性格を有している。
このT-Mobile USAは、AT&T Wireless、Verizon Mobile、Sprint/Nextelに比し、その加入者数は半数に満たないほど、規模は小さいが、主として、割安料金を求める低利用加入者にとっては、人気のある事業者である。米国携帯市場の需要がまだ飽和に達しなかった頃、2006年くらいまでは相応の利益を挙げ、親会社、DT に大きな利益を納入していた。いわば、親孝行な子会社であった。
しかし、2007年以降、携帯電話の需要がサチュレイトし、利用者が高度のネットワークを要求するようになると、高度ネットワークの架設資金が容易に得られない同社は、次第に加入者数の獲得が難しくなり、2010年頃から、加入者減に追い込まれつつあった。当然、DT自体も、T-Mobile USAの売却を模索するようになっていた。たまたま、AT&T Wirelessが、同社の最大の戦略として、T-Mobile合併を打ち出してT-MobileとAT&T Wirelessの利害が一致し、2011年2月には、AT&T は、390億ドルの巨費を支払ってT-Mobile USAの買取りについて、同社と契約を締結した。
ところが、自信満々でスタートしたこの大規模なM&Aプロジェクトは、2011年後半に至り、まず司法省、次にはFCCの強硬な反対を受け、2011年末には、AT&T は、T-Mobile USA買収契約の破棄に追い込まれてしまった。(注3)。
ここでは、上記契約破棄の月日を含む2011年第4四半期の期間に、いかに、多くの加入者数を減らしたか、また、今後、従来どおり独立路線を歩まざるを得なくなった同社が、2012年以降、いかに多難な将来に直面しているかを簡単に述べておく。
T-Mobile USA、2011年第4四半期に加入者数を大幅に減らす(注4)
表4 2011年第4半期におけるT-Mobile USAの収入・利益および加入者数の減小
項目 | 2011年第4四半期 | 2010年第4四半期 |
収入(単位:億ユーロ) | 46(−2.7%) | 不詳 |
OBITDA(単位:億ユーロ) | 14.0 | 13.4 |
加入者数増減(単位:万) | −52.6 | −2.2 |
契約加入者数 プリペイド加入者数 | −80,2 +27.6 | −25.1 +22.9 |
表4は、2011年第4四半期におけるT-Mobile USAの業績が、いかに不振であったかの一端を示している。収入の減少に比し、OBITDAがわずかながら増加しているのは、当然、予想されるところである。
T-Mobile USAは、次項で紹介するとおり、AT&Tから同社売却の契約を解消した30億ドルのペナルティーを支払済みであって、この金額のなかから、決算を下支えする支出を行ったはずである。
それより、注目に値するのは、第4四半期に、同社が52万加入者数を失ったことである。これについて、T-Mobileは、2010年末市場に出され、爆発的売れ行きを示しているApple社のiPhone4Sにより、競争3社(AT&T Mobile、VerizonWireless、Sprint/Nextel)が大きく、加入者数を伸ばしたのにもかかわらず、Apple社と契約を結ぶことができず、このため、同社の加入者が大きく他社に流出した事実を認めている。
ちなみに、大きく減少したのは、“契約加入者”であって、プリペイドにより携帯電話を利用する加入者数は増加を続けているのである。これら加入者は、月額料金(APRU)の支払い額が少なく、T-Mobile USAの将来にとって、必ずしも歓迎すべき加入者層でないことも事実である。
4Gネットワーク構築に必要な周波数の確保に成功したT-Mobile USA − しかし、前途はなおも多難(注5)
DT は、2011年3月20日にAT&Tとの間で結ばれた契約に基づき、AT&Tから次の補償を得た。
- 30億ドル(23億ユーロ)の現金補償
- 高次ワイアレス周波数(12億ドル、9億ユーロに相当)の提供
- 米国内のUMTSネットワーク(T-Mobile USAが使用している3Gネットワークに対するAT&T Wirelessネットワークとの7年間超の無料ローミングサービスの提供)
Philipp Humm氏(T-Mobile USAのCEO)は、上記のAT&Tのペナルティーにより、T-Mobileは2013年には、待望のLTEネットワーク(4G)を稼動させることができると楽観的であるが、観測筋は、厳しく、同社の将来を評価している。
まず、同社は、2012年に入っても、iPhone4Sを同社商品として欠いているがゆえに、加入者数を減少し続けているのではないかとの観測がある。事実、Appleは、米国におけるiPhone4Sのライセンスをビッグスリーだけでなく、地域ワイアレス・キャリアの2社、C Spike(2011年10月)、Telelos(2012年4月)にも認めたのであって、これにより、T-Mobile USAの孤立がますます際立つことになってしまった。
Appleが、T-MobileをiPhoneグループから当面、除外しているのは、T-Mobileが使用しているネットワークの主流(3G HSPA)の仕様に使用できるようにiPhone4S端末を改造しなければならないが、そのコストに値するほどに、T-MobileのiPhoneが売れるかいなかの採算ベースを考量してのことであるとも言われている。
それでは、T-Mobileが仮に2013年にLTEネットワークを駆動させたとしても、この時期に、Appleが、同社にiPhone(多分、4Gネットワーク対応のiPhoneが、2012年には市場に出ると予想されている)使用の権利を付与するだろうか。また、2012年から2013年に掛けての相当の長期間、T-Mobileが大量の加入者の他社への流出に耐えて、持ちこたえていけるだろうかといった観測筋の懸念も、大きく流れている。
さらに、LTE周波数の問題にしたところで、スマートフォンにおるデータトラヒックの予想以上の増大が生じている折から、T-Mobile USAでも、必ずや近い将来、周波数の不足も見込まれる可能性がつよいのであって、その際、他の携帯電話事業者に対し、ネットワークの共用協定を模索しなければならないのではないかといった見方も強い。
T-Mobile USAの前途は、ますます、多難であるといわなければならない。
(注1) | 2011年DTのアニュアル・レポート、副題、“Whenever, Whatever, Whereever”。264ページからなるこの膨大な報告書は、欧州経済の現状、ITCに掛けるDTの意気込み、DT組織の詳しい内容、財務の詳細に至るまで、説明がなされており、DTの研究者にとっては貴重な資料である。しかし、投資家、ユーザの立場からすると最も必要な資料(たとえば、欧州諸国子会社における各種提供サービスの加入者数)が伏せられており、情報公開が後退しているのは、残念である。 |
(注2) | DRIテレコムウォッチャー、2010年9月15日号、「懸命に事業業績・事業規模の維持に努力するDT」。 |
(注3) | DRIテレコムウォッチャー、2012年1月1日号、「AT&T、T-Mobile取得を断念:厳しかった司法省、FCCの拒否」。 |
(注4) | この項は、主として、2012.2.23付け、http://www.tmonews.com, "T-Mobile Announces Fourth Quarter 2011 Financial Results,LTE Network Coming in 2013." によった。 |
(注5) | この項は主として、次のネット資料によった。
2012.2.23付け、http://online.wsj.com, "Deutsche Telekom Downwardly Mobile in the US."
2012.2.23付け、http://www.dailytech.com, "Gadghet T-Mobile Announces Q4 2011 Results." |
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