FCCは、早晩、2名の委員を補充し、久方ぶりに定員5名の総揃いの体制で、2012年の活動を本格化する(注1)。
FCCの難問は山積(携帯電話スペクトラム不足の解決問題、議会とこじれた関係になっているネット・ニュートラリティー問題、ブロードバンド推進で最大の問題となっているUSF基金の財源をどこに求めるかの問題等々)している最中である。総帥、Genachouski委員長の力量が試されるところである。まもなく、FCCに新人委員として登場するRosenworcel、Paiの両氏はいずれも、議会の委員会、あるいは、FCCにおいて、電気通信規制の分野の経験を積んだ実務家であり、FCCに新風を吹き込むものと期待されている。
ところが、肝心のGenachouski氏自身の評判が極めてよろしくない。
残念ながら、筆者自身も、2012年2月15日号の記事を書いた際、同氏の言葉多くして内容のない演説に憤慨したばかりのところである。(注2)。
本文では、FCCの異動と合わせ、いかにFCC委員長が批判されているか、具体的なある調査告示発出を例に取り紹介した。
2012年は、FCC、FCC委員長にとって、まことに多難きわまりない年となろう。
Copps委員は任期満了で退陣、新たに2名の委員が任命される
オバマ大統領は、2011年11月1日、FCCの新たな委員として、Jessica Rosenworcel氏(民主)およびAjit Veradaraj Pai氏(共和)を指名した。Rosenworcel氏は、Michael Copps委員(2011年12月31日に辞任)の、また、Ajit Veradaraj氏は、Attwell Baker氏(すでに2011年6月にFCC委員を辞し、まもなくComcastの役員職に就く予定)の後任である。Rosenworcel氏は、上院商務委員会委員長のJay Rockfeller氏(民主党)の上級顧問。FCCの改革からネット・ニュートラリティーまで、これまで幅広く電気通信の案件を手がけており、1年以上も前から、民主党FCC委員筆頭候補であった。また、Ajit Veradaraj Pai氏は、2011年6月、法律事務所Jenner&Blockのパートナーとなったばかりであり、それまでは上院司法委員会憲法小委員会の顧問であった。両人とも、かつてFCCに顧問として勤務した経験があり、類似の経歴の持ち主である。
上記の新委員2名が実務に就けば、2012年のFCC委員陣のラインアップは次表のとおりとなる。久しぶりに、定員5名がすべて埋まり、充実した布陣である。
表1 2012年におけるFCC委員の新ラインアップ
委員の氏名 | 所属政党 | 就任月日 |
Julius Genachouski(委員長) | 民主 | 2009.6.29 |
Robert M.cDonald(委員) | 共和 | 2006.6.1 |
Mignon Clyburn (委員) | 民主 | 2009.8.2 |
Jessica Rosenworcel (委員) | 民主 | 上院で承認手続き進行中 |
Ajit Veradaraj Pai(委員長) | 共和 | 上院で承認手続き進行中 |
Genachowski FCC委員長、一時、任期途中の退陣も噂される
2011年9月上旬、政界筋の情報に強いニュース紙、“The Hill”は、FCC委員長Genachouski氏が任期途中で退陣するかもしれないとの予測記事を掲げた(注3)。
この記事は、「FCC委員長がネット・ニュートラリティー規則制定に当たり、議会との調整に失敗し、議会の民主党、共和党議員との関係を悪化させてしまった。ホワイトハウスは、もっと、デシジョン・メーキングができる委員長を望んでいる」と明記している。議会、ホワイトハウス筋の情報には、定評ある専門紙が、周到な取材を行って流したニュースである。大統領に近い高官からも取材したと説明が付いている。オバマ大統領自身か、大統領側近が、Genachouski氏の更迭を一時は考えていたと見て、間違いあるまい。
しかし、結局、オバマ大統領は、FCC委員長を続投させることで決着した。
選挙運動たけなわに、FCC委員長という要人を更迭し、共和党に弱みを見せたくはない。それより、能力に問題があっても、気心の判ったGenachouski氏を、ともかくも留任させた方が無難だということになったのであろう。
しかし、決断力不足以外にも、Genachouski氏は、さまざまの点でこれまで批判を受けたし、新聞種にもされている。
次項に、いかにGenachouski委員長が、無責任な行動を取っているかの事例として、彼が長年の懸案である新聞社・放送会社の株式相互持合いの案件についての調査告示をどのように処理したかを紹介する。
FCC、新聞社・TV会社の資本持ち合いを規制する調査告示の発布
―異例の内容、3名の委員の異例の声明
これまでの経緯
FCCは、2011年12月22日、新聞社、TVの資本持合の規制に関する調査告示を発出した(注4)。この調査告示は、通信法に基づき、FCCに対し4年おきに発出が義務付けられているものである。
新聞社・TV会社の資本持合の制限をどう定めるかについての議論は、FCCのPowell(共和)、Martin(共和)両委員長も取り組んだ問題であったが、いずれも失敗した。FCCおよび.議会の共和、民主両党の委員・議員の両極化した意見対立のなかで、結局、持ち合い緩和を織り込んだ裁定を下したものの、いすれも、控訴裁判所において、差し戻し判決を受けるという不幸な結果を繰り返すに終わったのである。今回、FCCのGenachouski委員長が、調査告示を出したのは、2008年、Martin前委員長が裁定を下し控訴裁判所が差し戻し判決を下した後を受けての措置であった。
前回、Martin委員長が、全米のトップ20の市場において条件付きで、資本持合を認めた裁定を下すまでの経緯は、当時のテレコムウォッチャーに詳細に記述したとなので、ここでは経緯の説明を略する(注5)。
変わり映えがしない陳腐な内容
調査告示の内容は、新聞社・TV会社の資本持合全面禁止(通信法で定められた)を緩和し、20市場について、定められた条件の下に、資本相互持合いを認めるというものであり、4年前、前委員長Martin氏が下した裁定内容を踏襲している(注6)。
驚くべきことは、本来、思想的立場からすると、通信法に定められている通り、持ち株の相互持合いを否定するか、少なくとも、Martin氏が行った規制緩和を縮小すべき立場にあるはずの民主党委員長下のFCCが、唯々諾々と共和党委員長の下で作られた裁定内容を、ほぼ、そのまま認めて調査告示を出したことである。
実質的に調査告示の内容に反対を声明した3名のFCC委員
表2 調査告示に対する3名のFCC委員の声明
声明を出したFCC委員 | 声明の概要 |
Michael Copps(民主) | 新聞・テレビ事業の株式持合いを認めることは、公益に資するとは思えない。持ち合いを認めると、次の弊害が生じ、米国国民の情報にアクセスする権利が侵害される。 (1) | コミュニティーでの国民の発言が少なくなる。 | (2) | 地域性(ローカリティー)が薄れる。 | (3) | ニュース・デスクが少なくなり、報道上、大きな役割を果たしてきた地方の新聞記者の数が減る。 |
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Mignon Clyburn(民主) | この調査告示が、事実を踏まえて発出されなかったのは、問題である。控訴審が指摘し、FCC差し戻しへの理由の1つとした少数民族に対する放送、TVのアクセスの確保についても、事実を調査すべきであるのに、行わなかった。 FCC委員長に、調査決着時までに、正当な結論を出すのに必要な充分な調査を行うよう、求める。
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Robert M McDonald(共和) | 調査告示において、ここ数年、メディアに占めるインターネット、モバイル電話の役割が高まっており、新聞、放送のウェイトが高まっている情勢の変化を指摘したのは、正しかった。しかし、正しい方向を打ち出しているのに、結論が、前回、2006年の裁定と同様の結論になったのは、なぜか。新聞、放送両事業の株式相互持合い全面撤廃を打ち出さないまでも、もっと、大幅な緩和を提案すべきだったのではなかろうか。
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上記の3名の声明について、特徴的な点は、(1)Genachouski委員長を除く全委員が調査告示にて反対意見を提出していること、(2)委員長自身は、声明文を出していないことである。
つまり、FCC委員たちは、調査の開始を宣言した単なる調査告示であって、当面、利害関係者に影響を与えないがゆえに、FCC委員長の面子も考慮して、“反対”声明である旨を示さなかったものであろう。
民主党委員長の下でのFCCは、充分な調査に基づいて、新聞社あるいはTV事業者が、互いに資本参入することで、ニュースのコンテンツが同一になることによる、ニュースの同質化、ローカルニュースの質の低下、量の減少を招くという本来の主張を織り込み、両事業の資本持合を撤廃する方向での裁定を実施する絶好の機会であった。この機会を逃し、なんらの定見を示さなかったGenachauski氏の識見は、相応の批判を受けて然るべきであろう(注6)。
(注1) | 2011.10.30付け、http://www.politico.com, "Jessica Rosenworcel, Aji Varadaraj Pal nominated for FCC posts." |
(注2) | DRIテレコムウォッチャー、2012年2月1日号、「米国のスペクトラム法律、制定される可能性はなし」。 |
(注3) | 2011.9.30付け、"End of the Julius Genachouski Era may come soon at the end." |
(注4) | 2011.12.22付け、FCC のNotice of Rulemaking、"2011 Quadrennial Regulatory Review of the Commission's Broadcast Ownership Rules and Other Rules Adopted Pursuant to Section 202 of the Telecommunications Act of 1996." |
(注5) | DRIテレコムウォッチャー、2008年1月1日号、「FCC、電気通信法で定められた新聞・放送事業兼営禁止を緩和する裁定を下す」。 |
(注6) | 2011.12.22付け、http:adweek.com,news、"FCC Pushes Out Media Ownership Rules." |
追記
実のところ、本論執筆の3月28日時点で、大統領からFCC委員として指名されたRosenworcel、Pai両氏は、米国上院の承認を受けていない。
FCC、FCC委員長に対する不信、大統領選挙中における議会筋の思惑が絡んで、承認手続きが異例に遅れている模様である。
2012年2月16日付けのあるニュース紙(Sun Broadcast Group Inc)は、共和党の議員、Charles Grassley氏が、再三再四、要求している資料(ワイアレスブロードバンド回線提供会社に対するか回線使用許可を仮承認をしながら、結局、拒否した経緯についてのもの)の提出を依然としてFCCが拒否しているので、上院での承認手続きをストップすると宣言しているとの記事を掲載した。あいにく、同議員は、政府高官の承認手続きを仕切る法務委員会の実力者である。これも、間違いなく一因ではあろうが、他にもいろいろ、事情があるように思える。いずれにせよ、Genachouski氏にとっても、ひいてはオバマ大統領にとっても、この新人FCC2名の委員の上院における承認の遅れは、頭の痛い問題であろう。
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