DRI テレコムウォッチャー


米国のスペクトラム法律、制定される可能性はなし
2012年2月1日号

 FCC委員長、Genachowski氏は、米国ブロードバンド推進計画の策定に全力を投入している。米国のブロードバンドを高速化するとともに、これまで音声サービスについて実施されてきたブロードバンドの“ユニバーサル化”を目標に掲げ、これを実施に移そうとする政策の実現は、そもそも、オバマ大統領の重要な選挙公約の1つである。
 ブロードバンド推進計画の財務を定めるUSF(ユニバーサル・サービスファンド)がまだ、完全に規則化されていないこと、ブロードバンド計画の法規制を定めるネットワーク・ユーティリティーも、FCCの規則に組み込まれたものの、裁判所に提訴されて、法的には、効力が定まらないままになっていることなどもあり、ブロードバンド計画の実施が遅れている。
 さらに、いまだ未構築になっている重要なFCCのブロードバンド施策として、未使用周波数免許を有する事業者の周波数帯を買収して、これをワイアレス事業者の利用に供する“インセンティブ・オークション”がある。FCCは、2007年、テレビのディジタル化移行後に不要となった700MHZ帯周波数をオークション実施により、成功裏にワイアレス業者に販売した実績を持つ。Genachowski委員長としては、その重要性からしても、ブロードバンド推進政策の進展の成功を誇示するためにも、ぜひとも、“インセンティブ・オークション”を制度化したいところである。しかし、このためには、議会による法律の制定が必要である。
 FCC委員長が、2011年12月以来、米国国会議員に対し、早期にオークションを実施できるようFCCに権限を委譲する法律の策定をする旨、勧奨の努力を払っているのも無理はない。同委員長は、2012年新年早々にも、ラスベガスで開催されたCESの家電見本市で講演し、FCCにできうる限りのフリーハンドを与える条件により、関係法案の早期可決を訴えた。
 残念ながら、FCCの懸命の努力にもかかわらず、議会の審議は熱がなく、ジャーナリズムの報道も、ただ、事実を淡々と報道するのみできわめて冷ややかである。あたかも、この案件についてのプレイヤーたちの行動は、セレモニーとして演じられているのだと受け取っているかのようである。2012年に入って以来、議会での法案審議は中絶はしていないものの、目だった動きはない。法案は、上下両院の統一法案制定を待たず、死滅するだろう。

 本文では、米国の周波数不足の実態、Genachowski氏のCESにおける講演のあらまし、米国上下両院におけるスペクトラム法案審議の模様を紹介する。


法案上程の背景 − 技術の高度化、スマホの増大により、深刻化するワイアレス通信周波数の不足

 数年前から指摘されてきた問題であるが、米国において、ワイアレス通信における周波数の不足は、焦眉の急の解決課題となっている。
 周波数不足の原因となっているのは、技術進歩とスマホの急増によるユーザのデータ通信利用増である。米国では、ワイアレス・ネットワークは、主要キャリアによる3Gネットワークへの切り替えが済んだ後、現在、4Gネットワークへの移行が急ピッチで進んでいる。すでに、Verizonは、他のワイアレスキャリアに先んじて、相当程度、4Gネットワークを整備したが、それでも、将来のトラヒック増に備えて、他業者からの周波数免許の買取に余念がない。2011年12月2日、同社がケーブルテレビ3社から、38億ドルの巨費を投じて周波数帯を購入した件については、前号のテレコムウォッチャーで紹介した(注1)。Verizonと並ぶ米国第2位のワイアレスキャリア、AT&Tは、Verizonに比し4Gネットワークの整備で大きな遅れを取っている。2011年暮れにT-Mobile USAの取得計画が挫折するや、同社の4Gネットワーク構築に要する周波数帯の不足がにわかに、クローズ・アップされた。
 同様に、Sprint/Nextel、その他中堅のワイアレスキャリアも程度の差こそあれ、4G用周波数帝の獲得の必要に迫られている。

 ワイアレス・トラフィックの増に関する統計、設備不足のついての警告もワイアレス利害関係者、調査会社から、幾つも出されている。ここでは、CTIA(米国ワイアレス事業者の業界)が発表した数字を次に紹介する。

  • 2011年1月から6月までの期間:ワイアレス・データトラフィックは、2.1倍の増
  • 2011年7月:ワイアレス機器(携帯電話、タブレット、その他の機器を含む)の数は3億2760万台に達し、この時点の米国人口、3億1550万人を超えた

 さらに、CTIAのCEO、Steve Largent氏は、声明の中で、“ワイアレス機器の利用は、このように日増しに増えているのであって、今後5年間で、トラヒックは50倍にも達するであろう”と警鐘を鳴らし、FCCに対し、キャリアにワイアレス周波数をもっと行きわたるようにするよう要望した(注2)。


新年早々、スペクトラム法案の可決を要望したFCCのGenachowski委員長

 FCCからの強い要請に応じ、議会両院では、委員会段階において、スペクトラム法案の策定に取り組んだ。しかし、実際に本腰を入れてこの作業と取り組み始めたのは、11月、12月に入ってからである。2011年末には、次項で説明するとおり、上院の委員会では、法案が可決され、作業はある程度、進展した。しかし、当初の目標であった2011年中の法律制定は、2012年に持ち越された。
 このような情勢の下で、2012年初頭、FCC委員長、Genachowski氏は、恒例のCES(Consumer Electric Show、米国家電協会)の展示会の催しの機会に、この案件に焦点をしぼった講演を行った(注3)。
 委員長は、講演の前半で、ワイアレス通信が今や、米国ブロードバンドを牽引する中枢の役割を担っていること、しかも、ワイアレス通信において、データ通信の占める比率が飛躍的に高まっていることからして、所定の周波数帯の不足が将来、米国の経済、社会に深刻な影響をもたらし、ひいては、国際競争力の大幅な低下をもたらしかねないと警告した。
 後半において、委員長は、周波数帯の不足をカバーするためには、ワイアレス事業者は、周波数を十二分に確保していながら当面、利用を意図していない事業者(主として、ローカルのTVステーション)から、これを入手することが、考えられる最善の対策である旨を力説した。FCCが胴元になり、オークション実施により、売上金を周波数提供業者と国庫(手数料として)に配分する“インセンティブ・オークション”方式の仕組みと実現に向けての努力の動きがどこまで、進捗しているかについての詳しい説明を行った。
 後半部の説明要旨は次のとおり。
 “インセンティブ・オークション”の実施により、免許販売業者は、しかるべき報酬を得ることとなるし、売上高から、報酬を差し引いた差額は、国庫収入(250億ドルが期待できる)になる。もちろん、免許の移転を受けるワイアレス事業者は、新たに得た周波数免許をより有効に活用し、ワイアレスブロードバンドの高度化、トラヒックの増に対処できる。このオークションは、ウィン・ウィン・ウィンのプロジェクトである。
 米国は、周波数帯のオークションについては、世界で最も成功した実績を持つ国であり、最近、全米に普及した3Gネットワークの周波数帯の太宗は、2007年におけるテレビのディジタル化による700MHZ帯周波数の大掛かりなオークション実施により、調達されたものであった。“インセンティブ・オークション”は、類似の方法を早急に整備が迫られている4Gネットワークの周波数需要に適用するものである。
 現在、オークション実施のため、必要なFCCに対する権限付与のための法案(いわゆるスペクトラム法案)が、上下両院において審議されている。
 議員の間から、FCCがオークションを実施するに当たっての権限を縛る趣旨の条件(たとえば、オークションで得られる免許の一部を無免許の用途に無料で公開 ― かつて、Wi-Fiの利用についてFCCが行ったような要件)を設定するべきであるとの議論が出ている。しかし、オークションの実施は、そのときそのときの条件により、適時、適切の要件を設定する必要性が生じるものであるから、ぜひとも、フリーハンドでオークションが実施できるような議会での法律制定をお願いしたい。 


成立の見込みがないスペクトラム法案

 現在、米国議会において、スペクトラム法案は審議されているものの、まだ、この記事執筆中の1月下旬現在、枝葉の論点に議論が集中しており、両院が本格的に法律を可決するという方向性は見えていない状況である。法案の審議状況等を以下に述べる。

米国下院、所得減税延長法案の一部として、FCCへのイニシアチブ・オークション権限委譲法案を可決(2011.12.13)

 下院は、2011年12月13日、FCCに対し、高速周波数帯免許のイニシアチブ・オークション実施の権限を付与する法律条文を所得減税延長法案の一部として可決した(注4)。賛成234、反対193票と、案外反対票が多かった。これは、この法律の主な内容が、所得税減税の可否にあったので、票決結果は、即、オークションに対する賛否を示したものではない。
 法案の主なポイントは、次の3点である。

  • FCCは、法律制定後、3年以内にオークションを実施すること。
  • 相互接続性がある保安目的の全米ネットワーク用に、オークションにより得た資金を留保すること。
  • 他の周波数帯への移行を強制され、事業を継続するTVステーションの保護のため、30億ドルの資金を保留すること。

 その他、前項でFCC委員長が削除の要望を付けていたオークション実施に当たってのFCCの裁量権を妨げるような条文が幾点か含まれていた模様である。

上下両院における法律制定の意欲は薄い

   2012年に入り、両院相互において、この法案をどのように取り扱うかについて、話し合いが続いているようであるが、はかばかしい進展は、一向に見られない。
 2012年は大統領選挙の年である。そもそも選挙年には、多くの案件について、民主、共和両党の思惑がからみ、法律が成立しにくいのである。電気通信の分野においては、特にこの現象が著しい。2006年の暮れ、中間選挙を翌年に控え、民主、共和両党の意見が、ほぼ党派別に分かれたため、“ネットニュートラリティー”の将来を左右する重要な“米国電気通信法案”が、半年にも及ぶ期間にわたり、喧々諤々の討論が為された後、結局、流産に終わった例もある(注5)。
 FCC委員長のCES講演だけを聞いた人々は、いかにも、スペクトラム法案は可決間近にあり、FCCは、成立間近にある法律の中身について注文を付けているかのように思われる。しかし、実際には、すでに利害関係者は、この法律の成立が不可能である確かな予見を持って行動しているかのようである。
 1月27日、AT&Tは2011年第4四半期の決算を発表したが、この決算は、T-Mobile USA取得失敗にともなう多額のペナルティー支払いを原因とする68億ドルの赤字計上となった。
 決算発表に当たり、同社のCEO兼会長のRandall Stephensonは、次のようにFCCを痛烈に批判した。
 “FCCは、周波数免許のオークション実行の枠組みを組むことに失敗し、また、T-Mobile USAの統合に反対することにより、電気通信業界の成長を阻んだ。FCCは、市場に委ねることを止め、弱者、強者を選別している。”


(注1)DRIテレコムウォッチャー、2012年1月15日号、「Verizon Wirelessとケーブルテレビ3社の業務提携の意義、インパクト」
(注2)http://www.pcmag.com, "Wireless Devices Now outnumber Americans?"
(注3)2012.1.11付、FCCのプレスレリース、"Remarks of FCC Chairman Julius Genachowski 2012 consumer electric show Las Vegas."
(注4)2011.12.13付け、http://www.adweek.com, "Spectrum、Legislation Passes House Part of larger bill, spectrum faces uncertain future in Senate."
(注5)DRIテレコムウォッチャー、2006年10月15日号、「望み薄となった米国電気通信改革法案の成立」


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