DRI テレコムウォッチャー


Verizon Wirelessとケーブル事業者3社の業務提携の意義、インパクト
2012年1月15日号

 2012年最初のテレコムウオッチャー(2012.1.1付け)では、AT&TのT-Mobile USA取得断念の記事を取り上げた。
 2012年2番目の本号では、同じく2011年12月に結ばれたVerizon Wirelessとケーブルテレビ会社3社の周波数売買、自社エリアにおけるサービスの相互販売についての合意の意義、インパクトについて考察する。
 この合意が結ばれたのは、2011年12月2日。AT&TがT-Mobile USA取得を断念した12月19日より、約2週間前である。
 今回の発表は、スマートフォンの急増に伴い明かになってきた米国における高速ワイアレス用周波数帯の不足、Verizonによる光ファイバー網利用のビデオ、インターネットの不振を背景にしたものであり、多分、Verizon、ケーブルテレビ会社3社間で、隠密裏に練り上げられた緻密、かつ大胆な戦略である。
 詳細は、本文をご覧頂きたい。


Verizon Wirelessとケーブル事業者3社の合意内容

 Verizon Wirelessとケーブル事業者3社の合意は、次の2点から成る。1点は、Verizon Wirelessが総額36億ドルに及ぶ大量の高速周波数帯(4Gネットワーク用)をケーブル3事業者から購入することである。2点は、Verizonとケーブル3事業者との間で、サービス、製品を相互に販売し合うことである。Verizonが発表した合意の概要は次のとおり(注1)。
Verizon Wireless, 3社結成の合弁会社のSpectrumCo(注2)を通じて、122件の高速周波数(総額36億ドル)を獲得へ
 Verizon Wirelessは、ケーブル会社3社(Comcast、TimeWarner Cable、Bright House Networks)から、SpectrumCo(注2)を通じて、計、約36億ドルの高度ワイアレス周波数免許を購入する。免許数は計122件、カバーする人口は2億5500万人だという。購入先別の免許金額は、次表のとおりである。

表1 Verizonが購入する高度ワイアレス周波数免許の購入先別金額(単位:億ドル)
購入先購入金額購入金額比率
Comcast2363.6%
TimeWarner1131.2%
Bright House1.95.2%
35.9100%

 Verizon Wirelessのプレスレリースは、同社がこの大量の周波数を取得する意義について、次のように説明している。「ワイアレスサービス、周波数への需要が急速に伸びている正にこの時期に、この合意が結ばれた。この周波数の購入は、モーバイルサービスへのニーズ、要望が現下の周波数不足により脅かされることがないようにするための重要なステップである。一層の周波数開放についての政府の措置を期待するものであるにせよ、今回の周波数購買は、既存周波数の有効使用を確実にするものとなろう。」
サービスの相互販売についての提携
 プレスレリースは、さらに、Verizon Wirelessとケーブルテレビ会社3社のサービスの相互販売について、次の点で合意したとしている。

  • ケーブル会社3社とVerizonはそれぞれ、サービスを相互に、自社販売網により販売する。
  • ケーブル会社3社は、Verizonのワイアレスサービスを卸価格で購入し、販売するオプションを有する。
  • さらに、ケーブル会社3社とVerizon Wirelessは、ワイアレスサービス製品とワイアライン製品を一層巧く統合する技術を開発することを目的として、イノベーション技術開発を目的とした合弁会社を設立した。

 上記、3項目は基本的な原則についての合意に過ぎない。しかし、それだけに、将来、この原則が実施に移されていく過程で、Verizonと3ケーブル会社の協力関係が進捗し、一部の論者が評するごとく、“合併を伴わない合併”に進展する可能は充分にある。もちろん、逆に、Verizonとケーブル会社のケミストリー(社風)が合わず、実施過程で解消する可能性もありうる。
 今回の合意締結に際し、上記4社のトップは、いずれも、提携の効果に対し大きな期待を抱いている趣旨の声明を発表した。たとえば、Verizon Wireless、Comcast Cableのトップは次の声明を行った。
 Verizon WirelessのCEO兼会長、Dan Mead氏:「米国国民は、ワイアレスサービス提供業者から、卓越したサービスを受ける価値がある。また、周波数は、ワイアレスネットワークの土台となる素材であって、高速周波数帯を確保することは、将来に向けてのVerizon Wirelessのリーダシップの強化を意味する。」
 Comcast Cable会長のNeil Smit氏:「今回の合意は、当社のWi-Fiプロジェクトとあいまって、長期にわたる総合的な当社の戦略実行、さらには、当社のXfinityサービスへのワイアレスサービスの組み込みを意味するものである。われわれは、この提携が消費者にもたらす将来のイノベーションについて、興奮を禁じ得ない」。


今回のVerizon、ケーブルテレビ事業者の提携が提示する深刻なインパクト ー Craig Moffett氏の予測

 米国のネットでは、今回のVerizonとケーブル会社3社の合意について、さまざまな議論がなされている。次表では、鋭い分析で定評がある電気通信関係のベテラン・アナリスト、Craig Moffett氏の今回の発表の有する潜在性の深さについての分析、予測を紹介する(注3)。

表2 Verizonとケーブル事業3社の相互業務提携合意内容と筆者のコメント
合意項目合意内容筆者のコメント
Verizon Wirerless販売店がケーブル会社のサービスを販売Verizonは今後、数週間で自社販売店を通し、ケーブル会社のブロードバンド、TV、音声サービスを販売する。Verizon Wirelessが、自社営業エリアにおいて、ケーブルテレビ3社の代理業者になることを意味する。
ケーブルテレビ会社3社、Verizon Wirelessのネットワークにより、ワイアレス事業者の本格営業ケーブルテレビ会社は、4年以内に、Verizon のネットワークを使って、自社ブランドでワイアレスサービスを提供する。早期実現は難しいとのことで、4年の猶予期間が置かれたのであろう。
ケーブルテレビ会社、特にトップ企業のComcastは、この合意内容がスムーズに実現すれば、業界4位あるいは5位のワイアレス事業者に成長する可能性がある。
ケーブル会社とClearwireとの提携解除ケーブル会社は、Clearwire社(Sprint/Nextelが最大の株主である高速ワイアレスネットワーク提供業者)からのワイアレスサービスの再販を6ヶ月以内に中止する(注4)。ケーブルテレビ3社は、Clearwire社の高速ワイアレス回線を利用して、サービスを提供していた。たとえばComcastは、この回線により、ワイアレスブロードバンドインタネットサービスの“Internet2Go”を提供しているが、このサービスも廃止されることになろう。


Verizon、ケーブル会社の合意の意義 − 固定通信によるブロードバンド、インターネットをケーブル会社に委ねる決意をしたVerizon Wireless

 米国の固定通信市場は、MSO(Comcast、Time Warner等の大手ケーブル事業者)とこれに、本格的な光ファイバー網FioSにより戦を挑んだVerizonとの対決が重要なファクターであった。テレコムウオッチャーは、この視点から、この件についての情報を過度にわたるほどに提供してきたところである。今回の合意は、この対決−激しい競争―を協調に移行させ―それぞれ、自社営業網を通じてのサービスの相互販売―を志向している点が特徴である。
 Verizonは、高速ワイアレス周波数の購入も含め、すべて、規制機関からの承認を必要とすると述べている。周波数免許の転売が、FCCの承認を得ることは当然であるが、規制機関が、いかに大規模なものとはいえ、今回のような業務提携に対し、ストップが掛けられるのか。合意発表後、FCCも司法省もなんらの発言をしていない点からして、案外、難しいのではないかとも思われる。それに、表1にあるように、Verizon Wirelessは、今日、明日にでも、ケーブル事業者3社のサービスの販売を開始する構えであり、既成事実が作られている模様である。

 Verizonは固定通信分野で最大の成長分野として、力を入れてきた光ファイバーによるTV、ブロードバンドのサービス(FioSTV、FioS Internet)のサービスを現状規模で留め、新規投資を行わない(すでに2年ほど前からストップしているので、その方針を確定)ことが明らかになった。
 実のところ、VerizonのFioSサービスは、ローカル地域ごとに免許を取る必要があるが、この取得が順調に進まないのと、投資資金が嵩んで、支出困難に陥っているため、その進捗ははかばかしくなかった。現在、サービス提供可能な地域のカバレッジは、30%以程度のものであろう(Verizon販売店900のうち、FioSサービスを提供している店は220に過ぎない)。
 したがって、Verizonからの今回合意の最大の目的は、同社のワイアラインからの撤退である。そもそも、同社は、ワイアレスとブロードバンドを事業の主軸であるとしている。つい1年ほど前にも、Verizonの前社長Seidenberg氏は、アナログ電話サービスなど、なくても良いとの趣旨の発言をして波紋を招いたことがある(注5)。
 今回の合意の内容は、弾力的であり、Verizonがなし崩し的に、同社のワイアライン部門を縮小して行き、最後、Verizonが純然たるワイアレス企業に脱皮していく可能性は強い。本論中で、筆者が大きく、その論旨を紹介したCraig Moffett氏を始めとする一部のアナリストとたちは、おおむね、将来の動向をこのように読んでいる。
 また、今回の合意で、Comcastを始めとするケーブルテレビ会社側が最大のメリットとしているのは、米国最大、最良のVerizon Wirelessのネットワークをケーブル会社にリースして、待望の本格的なワイアレスサービスの提供を可能にさせることである。たとえば、Comcastは、ビデオ、音声電話、インターネットの3つのサービスの提供(トリプルプレイ)により、地道に加入者を増やしている。この組み合わせに、さらに、ワイアレスサービスを加えることにより(クアドプレイ)、加入者の一層の拡大が図られるだろう。
 合意のなかには、Verizonとケーブル会社とのワイアレス、ワイアラインの両サービスの統合についての研究、開発を進めるとの項目がある。Verizonは、すでに、この分野での研究を最も進めているキャリアであると思われるが、衰退しつつあるとはいえ、同社のアナログ公衆通信網は、まだ、強大なものがあり、ケーブル会社のケーブル網も合わせ、統合を考える余地は充分にあるだろう。


(注1)2011.12.2付け、Verizonのプレスレリース、"Verizon Enters Into $3.6 Billion Deal With Comcast, Time Warner, and Bright House For Advanced Wireless Spectrum."
(注2)SpectrumCoは、2006年,当該ケーブル会社3社が、FCCが実施した高速周波数オークションに、共同で応札する目的のため、設立した合弁会社である。
(注3)http://news.yahoo.com/, "How the Verizon Spectrum Deal Changes The World Forever."
(注4)Moffet氏が述べているとおり、他のネット紙も、Verizonから得た情報であるとして、同様の趣旨のニュースを流している。Comcastは、2012年早期に4市場でサービスをスタートし、次第に他の市場でもサービス提供を始める計画であるという。
ちなみに、Clearwireから借りたネットワークによるケーブテレビ会社のワイアレスサービスの加入者は、少数に留まっている模様である。
(注5)DRIテレコムウォッチャー、2009年11月1日号、「VerizonのSeidenberg会長による固定電話見限り発言−その背景」


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