AT&Tは2011年12月19日の声明で、2011年における同社最大プロジェクト、T-Mobile USA取得を断念したと発表した(注1)。
この声明のなかで、AT&TのCEO、Randall Stephen氏は、FCC、司法省がAT&TによるM&Aに反対の決定を示した後、今後のオプションについてDTと協議したが、良い打開策を見出せることはできず、T-Mobile USA取得の企てを撤回せざるを得なかったと述べた。
さらにAT&Tは、モバイルサービスの急速な需要増に対応し、今後、第4世代通信網(LTE)構築のため、従来の方針通り全力を傾注する点を強調している。2011年3月、このM&A案件を司法省、FCCに提案した当時、AT&Tが提示したメリットは、ルーラル地域をも含めた米国全域における高速ブロードバンド網の構築(FCCのブロードバンド政策に適合した)と雇用の創出(オバマ大統領の現下最大の経済政策)に大きく資するということであり、周波数取得のメリットは、従の位置付けであった。しかし、今回のAT&Tの声明からは、この二つの項目は影を潜めた。司法省、FCCから、これら取得理由の根拠の薄弱さについて、徹底的な批判を受けた現在、AT&Tは、従来からの主張を固執することができなかったのであろう。
振り返って見ると、AT&TのT-Mobile USA取得の任に当たった両規制機関(司法省、FCC)の反対姿勢は強硬であった。このプロジェクト実現のためなら、取得するT-Mobile USA資産の相当部分を第三者に売却することも甘受するとのAT&Tの妥協提案にも全く耳を貸さなかった。
司法省が合併に反対する旨の結論を出し、AT&Tを相手取って訴訟を提起した8月末以降も、AT&Tは最後までT-Mobile USA取得の意図を貫き、ギリギリに追い込まれるまで、裁判闘争を続けるとの態度を崩さなかった。
AT&Tが最終的にT-Mobile USA取得を断念したのは、同社が最後まで一縷の望みを託していたFCCが、11月中旬に至るや、司法省と歩調を合わせ、AT&Tに反対する態度を明らかにしたことによる。
さらには、司法省、FCCが、大型合併反対に舵を切ったのは、オバマ大統領が、2012年秋の大統領選挙戦に勝ち抜くため、本来の民主党の政策に沿ったリベラル的な路線(社会政策の強化、金持ち増税、大企業間のM&A反対等)を鮮明にしたことも、大きく関連するだろう。
それにしても、空気が読めなかったのは、AT&Tだけではない。ジャーナリズムの一部には、11月末、FCCが実際には不退転の決意で、FCC内でのこの案件審理を進めている段階でもなお、FCCは司法省 vs. AT&Tの裁判に対しニュートラルな態度を取るだろうとの見解が消えなかった(注2)。AT&Tは、規制機関に対し強い力を持っている、これまで、AT&Tが企図した大型テイクオーバで失敗したことはない、とのAT&T浮沈艦神話が、これほどまでにジャーナリストたちを呪縛していたのである。昨今、情勢変動の激しいおりから、固定観念による判断ほど恐ろしいものはないことを示す格好の事例といえよう。
本文では、AT&T、DTによるT-Mobile USA取得申請(2011年3月)から、AT&Tの取得断念(2011年12月)に至る間のこの案件の経緯、AT&TがT-Mobile USA取得断念を決意させるのに大きなインパクトを及ぼしたと見られるFCCスタッフの報告書、FCCによるこの案件の断念がAT&T、DTに与える影響について述べる。
経緯 ― AT&T、DTがT-Mobile USA取得を申請してから断念するまで(2011年3月から12月)
AT&T、DT両社が、T-Mobile USAを取得して以来、この企てを断念するまでの約9ヶ月間の経緯を3期間に分けて、次に示す。
申請(3月20日)してから7月中旬頃まで
- AT&TとDTは、2011年3月20日、T-Mobile USAを取得するとともに、この旨の認可申請を司法省、FCCに求めたと共同発表した。総額は390億ドル、IT・通信事業分野における最大級M&Aの発表であった。
- AT&Tは、Verizonと互いにトップを競い合う米国最大級の通信キャリアであるとの自負、これまでの幾件かの他社統合実責からして、T-Mobile USA取得については自信に溢れた態度で、大掛かりなロビイング活動を開始した。政界、一部キャリア、消費者団体等から、T-Mobile USA統合は、米国通信業界の寡占化をもたらすものだとの批判は当初から強かったものの、6月中旬ころまでは、代償として、一部資産、ネットワーク、加入者等の切り離しを要求されるにせよ、AT&Tは初志を貫徹するだろうとの観測が強かった。
一部政治家たちの反対(7月中旬)から、司法省のワシントン連邦裁判所に対する訴訟提起(8月31日)まで
- 7月20日、Anna Eshoo(下院のエネルギー・商務・通信・技術小委員会委員長)、Edward Murky(通信関係に熟達した下院のベテラン議員)が、法務省、FCCに書簡を送り、AT&TのT-Mobile USA取得は、著しく携帯電話市場における競争を阻害することになるとして、この案件について認可を与えないよう両規制機関に要請した。また同時期に、上院の反トラスト小委員会委員長のHerb Kohl氏は、“この合併が承認されれば、ワイアレス市場において競争が弱まり、消費者は被害を受けるであろう”と警告した。
同時期、このM&Aにより、最も強い影響を受ける米国第3位の携帯電話キャリアSprint/NextelのCEO、Dan Hess氏は、精力的なロビイング活動の実施、議会委員会への出席等により、AT&T、DTの企てに対する反対を表明した(注3)。
- 8月31日、これまで公的には沈黙を守っていた司法省は、突如、AT&T・DTによるT-Mobile USAの取得がClayton Actに反するとして、AT&T・DTを相手取り、ワシントン連邦地裁に提訴した。AT&TとDTは、すぐさま、(1)訴訟を受けて立つこと(2)FCCに対し、3月に提出したT-Mobile USA取得の申請を取り下げる旨を通告した。
こうして、AT&Tは、きわめて不利な状況の下で、訴訟による長期戦をも視野に置き、T-Mobile USA取得の初志貫徹に向け、最後の努力を重ねる決意をした。
FCCが11月中旬、AT&Tへの反対の意思表示をしてから、AT&TがT-Mobile USA取得を断念するまで
- 11月22日、FCCのGunachowski委員長は自らの反対意見を添えて、AT&TによるT-Mobile取得案件をFCC内部の審査に掛けるとの情報が流れた。
- AT&Tは、即日、FCCの行動は遺憾であるとの声明を発表。11月24日には、FCCにT-Mobile USA取得の申請を取り下げると述べた。同社は、これは、T-Mobile USA取得を断念するものではなく、司法省が提起した裁判での勝訴に向け、全力投球する趣旨だと説明した。しかし、AT&Tは、同時に、2011年第4四半期の決算で、40億ドルの費用(T-Mobile USA取得ができなかった場合のDTに支払うペナルティー用)を計上するとしており、内外に、AT&TによるT-Mobile USA取得が困難になっているとの印象を抱かせることとなった。
- FCCは11月末、AT&TからのT-Mobile USA取得案件に関与しないでほしいとの強い要請を拒否して、この案件の審査をFCC内部で進行する方針を継続し、その際の資料としてのスタッフ報告書を発表した。この報告書は、AT&Tが意図する大型M&Aにより、米国の消費者、ビジネスが携帯電話料金の引き上げを含むさまざまな不利益を蒙る可能性が大きいことを、モデル式により検証したものである。
- AT&T、DTは、12月19日、遂にT-Mobile USA取得の断念を発表し、所定の後始末を行うとともに、今後は不足が深刻化すると考えられる4Gネットワーク構築のため必要な周波数確保に努める旨を強調した。
FCCのスタッフ報告書:AT&TのT-Mobile USA取得が公益に反すると断言
FCCが、部内の公聴会における資料として作成したスタッフ報告書は、200ページを超える長大な内容である(注4)。しかし、その大半は、AT&TがT-Mobileを取得すると消費者にどれほどの料金引き上げが起こるかのシミュレーションに関する記述であって、スタッフが検討した結果を記したイントロダクションと勧告の部分は、簡潔明瞭である。この部分(内容的には、ほぼ全文の紹介)を以下に示す。
FCCスタッフ報告書の意図
司法省は、すでに、AT&TによるT-Mobile USA取得がClayton Act(独禁法)に反するか否かの審査を終了した。同省は、AT&TがT-Mobile USAを取得すると米国第3位の携帯キャリアSprint/Nextelの2.5倍の規模を有する超巨大キャリアとなり、明確にClayTon法に違反するとの結論を出し、この結果同省は、この件をワシントン連邦地裁に提訴中である。
FCCスタッフ報告書は、司法省の審査と連動して、この超大型M&Aが消費者保護の視点からして、公益に即したものであるか反するものかを審査した。審査に際しての方法論は次のとおり。
FCCは、合併によりもたらされるであろうメリット、デメリットをそれぞれ摘出し、メリットがデメリットを上回っているか、下回っているかを判断して、結論を出した。特に力点を置いたのは、消費者に対する料金が引き上げになるか否かの予測であって、この分析にはFCC格各分野の専門家を動員して、これに当たった。
勧告内容
FCCスタッフは、AT&TによるT-Mobile取得により、(1)料金引き上げにより、消費者に大きな損害が生じる可能性が強いこと(2)革新(イノベーション)へのインセンティブが弱まること(3)消費者への選択肢が狭まることーを勧告する。さらに、確証するために一層の調査を要するにせよ、その他の深刻な消費者に対する損害も想定される。
AT&TによるT-Mobile USA取得禁止が同社およびDTに及ぼす影響
M&Aによる拡大路線が頓挫したAT&T
AT&Tは、DTに対し、T-MobileUSAの買収に失敗したとき、同社に対する3点のペナルティーおよび便益の提供を約束している。それは、(1)ペナルティー30億ドル(2)128営業エリア(ダラス、ロザンゼルス、ヒューストン、ワシントン、サンフランシスコを含むに対する周波数をT-Mobile USAに提供)(3)7年間にわたるローミングサービスの提供であり、これによりT-Mobile USAカバレッジは、2.3億人から2.8億人に急増する。専門家筋は、上記を総計すると計60億ドルに達するという(注5)。
大変な金額であるが、流石に米国屈指の大企業であって、この程度の損失は、長期的に見ると、さほどAT&Tの業績に影響はないもののようである。現に、AT&Tの株価は、今回のM&A取り止めで、さほど下がっていない。
それよりも、過去、政府筋、規制機関に対する絶大な影響力、および、この力を背景としての過去のM&Aの連戦連勝の実績が生み出した威信の低下の方が大きいといえよう。
前途が不透明になったT-Mobile USA、さらにDTにも及ぶ深刻な影響
T-Mobile USAは、強豪携帯電話キャリア、AT&T Mobile、Verizon Wireless、Sprint/Nextelに伍し、これまで主として低料金プリペイド加入者の市場を開拓し健闘してきたが、近年、加入者数を大きく減らしており(2011年の9ヶ月間で84.4万の減)、親会社、DTは、T-Mobile USAを売却、携帯電話分野において、米国市場から撤退する決意を固めていた。
同社としては、39億ドルという高値で買い取ってくれるAT&Tの出現は、まことに有難く、救世主が出現したかの感があったはずである。
前述したように、DTは、AT&Tから総額60億ドルものペナルティー、便宜供与を受けるのであるが、これをもってしても、T-Mobile USAの財務は好転せず、今後、さらに、T−Mobile USAの売却先を探すという難しい課題と直面しなければならなくなった。
さらにDTは、欧州市場においても、競争力強化のための投資に迫られており、この投資に、T-Mobile USA売却金39億ドルは、貴重な財源となるはずであった。
したがってDTは、戦略の大きな変更を迫られ、2012年は同社に取り、さらに苦難の年となろう。
(注1) | DRIテレコムウォッチャー、2011年4月1日号、「AT&TとDT、AT&TのT-MobileUSA取得について合意」 |
(注2) | DRIテレコムウォッチャー、2011年12月1日号、「ほぼ絶望的となったT-Mobile取得―AT&Tは政権交代に最後の希望を託すか」 |
(注3) | 政界、Sprint/NextelのAT&TによるT-Mobile USA取得反対の動きについては、次の2資料を参照した。 http://www.bgr.com/2011/07/20, "Senate Antitrust Subcommitte chaiman asks regulators to block AT&T/T-Mobile merger." http://www.bgr.com/2011/12/27, "Looking back at 2011: AT&T's bid to acquire T-Mobile is defeated." |
(注4) | FCC資料、WTDocket No.11-65, "staff analysis and report." |
(注5) | http://www.businessweek.com.mews/2011-12-21, "Deutche Telekom Buys Time for T-Mobile From Breakup Package." |
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