11月の第4週といえば、23日のThanksgiving Dayを挟んで、米国ではお祭り気分がただよう時期である。しかし、11月22日、FCCのGenachowski委員長が、AT&T・DT両社から申請されているT-Mobile USA(Deutshe Telekomの完全子会社)の合併案件について、“この合併は消費者の利益にならないと考える”との意見を付して、別途、公聴会の開催をも含めたこの件の審理を行政裁判官(FCC内部の職)に行わせるとの内部文書を回覧中であるとの情報が伝わった。
この情報に、AT&T、DT は速やかに反応した。AT&T は、即日、FCCの行動は遺憾であると述べる声明を出し、さらに翌々日の11月24日、FCCの行動を批判するとともに、T-Mobile申請を取り下げた旨、発表した。同時に、AT&T は、2011年第4四半期の決算で、T-Mobile取得を断念した場合の財務措置として、あらかじめDT、T-Mobileと協定していた条項に基づく両社へのペナルティー金額40億ドルを費用に計上する旨を表明した。
こうして、2011年に決着が期待されていたAT&T によるT-Mobile取得の決着は2012年以降に持ち越されることはもちろんのこととして、果たして実施そのものが完遂できるのか否かが、問われる事態となった。
AT&Tが390億ドルの巨費を投じて、2011年にDTと協定し、準備を進めてきたT-Mobile取得プロジェクトは、2011年から2012年に掛けての同社最大プロジェクトである(注1)。AT&T は、その規模において、Verizonより一回り大きい米国最大のテレコム・ITキャリアではあるものの、成長率の高いワイアレス部門においては、売り上げ高、ネットワークの規模、品質ともにVerizonより劣位にあることは否めない。T-Mobile獲得は、この逆勢を一挙に挽回するウルトラC級の一大戦略であった。
AT&T・DTが今回、T-Mobile取得戦略を変更せざるを得なくなってからまだ一週間ほどしか経っていないのであるが、米国のジャーナリズムはこの事件に敏感に反応し、多くの情報がネット上に流れている。
そのほとんどが、AT&T・DT は、今後いかに努力してみても、T-Mobile取得の可能性は薄いというものであった。
しかし、これまでのAT&Tの他社買収に成功してきた実績、買収に掛ける執念からして、同社は、最後までこの案件をあきらめまい。次期大統領選での共和党勝利をも視野に入れて、最後まで、初志貫徹に向けた行動を取るに違いないとの一部の見方もある。
本文では、上記の点について、さらに詳しい最新の情報を提供する。
AT&T・DT、FCCにT-Mobile取得の取り下げを申請
AT&T、FCCの行動を批判する声明を発表(2011.11.22)
AT&T は、FCCのGunachowski委員長が、同社のT-Mobile取得について否定的な見解を発表するとともに、この案件の検討を行政裁判所の審理に委ねようとする決意をした当日、11月22日、早速、次のような声明(内容的にはFCCに対する抗議文)を同社のネットに掲載した(注2)。この声明は、AT&Tの広報担当上級副社長、Larry Solomon氏の責任で発出されたものである。
「本日のFCCの行動には、落胆を禁じえない。AT&TのT-Mobile取得は、米国経済が、切に、この取得により創出される幾十億ドルもの投資、幾千人もの雇用を求めている正にその時期に、政府機関がこれを妨げる行為を行ったという事例に他ならない。AT&Tとしては、当面、幾つかのオプションを検討することとする。」
AT&T・DT両社、FCCにT-Mobile取得の取り下げを申請(2011.11.24)
AT&T・DT両社は、前述の抗議を行った翌日の11月23日、T-Mobile取り下げの文書を提出するとともに、この件の説明をそれぞれのネットに掲載した(注3)。その主要点は、次のとおり。
- AT&TとDT は、2011年11月23日、FCCに対し2011年4月に提出し受理されたT-Mobile取得申請(2011年4月28日付けでFCCに登録されている)を取り下げる申請を行った。AT&T・DT両社は、この申請書の可及的速やかな受理を求める。
- 本日、両社が取った公的行動は、司法省が提起した訴訟案件をクリアするため、両社の力を結集し、この訴訟に勝利するため、引き続き努力を傾注することを目的とする。
- AT&T は、2011年第4四半期決算で、40億ドルの費用(30億ドルはT-Mobileに対するペナルティーでキャッシュ、10億ドルはT-Mobileへの周波数譲渡費用)の計上を予定している。これは、T-Mobile取得が規制機関からの承認を得られなかった場合に備えた措置である。
FCCは、AT&Tの申請取り下げを認める予定
米国の様々のネットは、今回のAT&T・DTの申請取り下げの真の目的は、
- 2011年2月からスタートするコロンビア連邦地裁における裁判(AT&TのT-Mobile取得申請について、司法省が原告、AT&Tが被告となっている裁判)から、FCCを遮断すること
- さらに具体的には、AT&T・T-MobileがFCCに提出している大量の資料を裁判所側に引き渡されるのを恐れていることの2点にあると観測している。
しかし、当初、FCCの側は強硬であり、AT&T・DTの申請に対しては、次の2つのオプションのいずれかによる対処を考えていた。
- FCCは、AT&T・DTの取り下げ申請にかかわらず、現にGenachowski委員長が提案している公聴会を開き、FCC内の行政裁判官(administrative judge)にAT&T によるT-Mobile取得の是非を判断させる。
- FCCは、今後、T-Mobile取得の再申請は行わないとの条件付で、AT&Tの申請取消しを認める(つまり、AT&T にT-Mobile取得をあきらめさせる)。
しかし、これに対し、AT&Tが猛反対したこともあり、結局、AT&T・DTの取り下げ申請は認めるものの、FCCがAT&TのT-Mobile取得の企てをどう考えるかを記した「スタッフ報告書」を、2012年2月のコロンビア連邦裁判所における裁判開始に間に合うように提出することとなった模様である(注4、注5)。
AT&T は、共和党政権誕生に賭けるのか
AT&T・DTが2011年4月にT-Mobileの取得を発表したとき、アナリスト、通信業界、消費者団体等は、司法省、FCCは、従来にない大規模の合併要件であるだけに、相当厳しい条件を課するにせよ、結局AT&Tの申請を認めるだろうという観測が強かった。
なにしろ、電気通信業界の合併要件で両規制機関がストップを掛けた例は、10年以上前のWorldComによるSprintの統合計画申請を唯一の例外として、これまでなかったし、他社の統合に次ぐ統合により規模を拡大してきた、米国屈指の通信キャリアの試みることであるから、司法省もFCCも、容易にストップが掛けられまいという、いわば諦念ムードが漂っていたからである。
ところが、2011年夏頃から、T-Mobileが消滅することによる競争条件の変化によって、最大の被害を蒙る米国第3位のワイアレスキャリアによる猛烈な反対キャンペイン、 Public Knowledgeを始めとする消費者団体によるT-Mobile統合後の料金引き上げに対する懸念などが、効を奏し始めた。消費者層も、果たしてAT&Tが主張するように、T-Mobile統合によって大幅の雇用増が生じ、また、同社が大きくVerizonより遅れている4Gワイアレスネットワークが急速に進むのだろうか、に疑念を持つようになった。
このため司法省は、2011年9月に、AT&TのT-Mobile取得は独占禁止法に違反すると、コロンビア連邦裁判所に対しAT&Tを相手取って、訴訟を提起するとの異例のアクションを取った。また、今回のFCC Genachowski氏の消費者保護の見地からしてのAT&T申請に対する疑惑の表明は、司法省が訴えを提起し、いよいよ2012年2月から審理が始まる裁判について、司法省の立場を支援することとなる。最近の米国ジャーナリズムは、AT&Tの通常のサービスが悪い事実を引き合いに出し、AT&Tが今回の大型合併の進行について大きく挫折したのは、自業自得であるという趣旨の報道も幾つか見られる(注6)。
このような状況下にあって、一部のアナリストたちは、AT&T・DT連合は、2012年2月から始まる訴訟を梃子にし、粘りに粘って時を稼ぎ、次期大統領選挙での共和党の勝利に賭けるのではないかとの見方をしている。2000年代初頭、AT&T は、当時のFCC委員長Hunt氏の強い反対を受け、SBC取得をあきらめかけていたが、2004年、共和党政権下のMartin委員長の下でSBCの合併に成功した前例もある。AT&T は、決して最後までT-Mobile取得をあきらめまいというのである(注7)。
(注1) | DRIテレコムウォッチャーは、この件については、以下のとおり、2011年4月、9月にそれぞれ記事を掲載しているので、参照されたい。 2011年4月1日号、「AT&TとDT、AT&TのT−MobileUSA取得について合意」 2011年9月15日号、「難航するAT&TのT-Mobile取得提案」 |
(注2) | 2011.11.22付け、AT&Tのプレスレリース、"AT&T Statement on FCC Action." |
(注3) | 2011.11.24付け、AT&Tのプレスレリース、"AT&T and Deutsche Telekom Continue to pursue sale of DT's US wireless assets." 意訳、省略した部分があるが、上記プレスレリースのほぼ全貌を紹介した。 |
(注4) | 2011.11.29付け、http://www.reuters.com、"AT&T To Be Allowed to Pull T-Mobile Application." ただし、FCCは、正規にAT&T、DTに回答をしてはいない。 |
(注5) | 2011.11.26付け、http://online.wsj.com、"AT&T Blickers With FCC on Merger Review." |
(注6) | たとえば、高名なテレビコメンテイターであるJohn DVORAK氏の意見。同氏は、AT&T は、その度外れたサービスの悪さにより、消費者から憎まれている。しかも、その事実に気が付いていないから救い難いと痛烈な批判をしている。 2011.11.25、http:www.marketwatch.com、"‘AT&T’s 4billion$ mess is of its making." |
(注7) | 2011.11.28付け、http://www.reuters.com、"‘AT&T’s T-Mobile Deal:Could the Election Tip the Scales Again?" |
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