“限られた人生だ。他人の生を生きて
自分の生を無駄にするな。
Steve Jobs
スタンドフォード大学卒業式のスピーチより
(2005年6月)
2011年10月4日以来、米国の新聞、ネットは、Apple関連記事で埋まってしまった。その余波は、10月中旬の現在もなお続いている。
10月4日、本年8月、Steve Jobsの後継者としてAppleのCEOとなったTim Cookは、iPhoneの新バージョン、iPhone4Sの説明を行った。4Gネットワーク対応の斬新な新機種iPhone5の発表があるものとの期待が強かったこともあり、ジャーナリズムの評価は芳しいものではなかった。
発表翌日の10月5日、Steve Jobs逝去の報道が全世界を駆け巡った。1976年21才にしてAppleを創業、以来、35年間、パソコン業界、音楽業界、携帯電話業界に衝撃を与える新製品を次々に市場に送り出した産業界の巨人の死である。特に、1996年、追われたApple社のCEOに再び返り咲いてからの同氏の活躍振りは目覚しかった。iMac(Macintoshの改良型)、iTune(音楽聴取の機器)、iPhoneシリーズ(IP機能を繰り込んだ本格的なスマートフォン)を次々と発表した同氏の製品創造力は、驚嘆に値する。しかも、Steveは、同氏の早逝をもたらしたすい臓癌と2004 年以来、闘病していたのであるから、その精神力の強さに圧倒させられる。この間、Appleの業績は飛躍的に向上、株価も上がり、2011年第2四半期末には、ついに、同社は株式総価格で、世界最大の企業になった。
すでに、米国のジャーナリズムは、Steve Jobの偉業を讃え同氏の死がIT業界に及ぼすインパクトの記事で満ち溢れている(注1)。
しかし、数奇ともいえるSteve Jobsの出自、また生まれ育ったカリフォルニア州コペルチーノ市において電子工学を学びながら、かたわら、1960年代後半から1970年代に掛け、米国西海岸を席巻したカウンターカルチャーの雰囲気に、深く傾倒した彼の青春時代については、大手ジャーナリズムは、いまだ報道を控えている。
すでに、一部のネット報道では、Steve Job氏の独自のライフスタイル、言行、氏の開発してきた製品のデザイン等に、その影響が色濃く見られるとの論調が見られるのにもかかわらずである。
本文では、Appleが発表したiPhone4Sの性能、10月14日発売当日のiPhone4Sの売れ行きについて記述する。同時に、参考として、Steve Jobsの出自と青春時代の体験についても多少、紹介する。
iPhone4Sの性能(注2)
iPhone4Sの性能は、iPhone4に比しかなり改善されたものとなっている。
その主なものは、次のとおり。
1.iOS5
iPhone4SのOSにはiOS5を使用する。このOSは、iOS4に200もの新機能を加えている。なお、iPhone4、iPhone3Sを使用しているユーザも、無料でiOS5を使用できる。iOS5の代表的な新たな機能として、次のものがある。
通知センター(Notification Center)
ユーザが使用するiPhone、iPad、iPodのすべての機器に入ったいるすべての情報(eメール、テキスト、友人からのリクエスト等)の項目を3機種から一覧で見ることができる。
iMessage
iPhone、iPad、iPod間のコミュニケーション(メール、写真、ビデオ等)の送受が無料でできる。
2.iCloud
PCの力を借りず、iPhone、iPad、iPod、iMac、PCで、蓄積された楽曲、写真、テキスト等を共有して使用できる。
3.Siri−音声認識機能
音声により、質問しただけで、即座に回答が戻ってくるインテリジェント/アシスタント機能である。たとえば、“週末に雨傘がいるかな”と質問すると、即座に、終末の天気予報の表示がなされる。アシストの方法は、音声、eメール、テキスト等による。
4.処理能力の向上
CPUには、iPhone4のA4に代えてデュラル・コードA5が使用され処理速度が一段と向上する。電池の性能も、3G通話で、7時間から8時間へと高まり、ダウンロードスピードも、7.2Mbpsから、14.4Mbpsへと倍のスピードとなった。さらに、カメラの機能も格段に、向上させた。
5.3種類のiPhone4Sと価格、iPhone4、iPhone3Gの割引販売
16GSモデル:199ドル
32GSモデル:299ドル
64GSモデル:399ドル
iPhone4は99ドル、iPhone3Gは、2年契約を守ることを条件で無料で提供。
6.販売国
10月7日予約開始、10月14日予約開始。
米国、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、日本、英国
10月末までには、さらに22カ国で発売開始。これらの国には、オーストリア、ベルギー、チェコ、デンマーク、エストニア、オランダ、ノルウェー、シンガポール、スロバキア、スロベニア、スペイン、スウェーデン、スペインが含まれる。
好調な売れ行き
iPhone4Sは、予定通り、4月14日、米国のほか、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、日本、英国で、午前7時から販売された。
米国では、AT&T、VerizonのほかSprint/Nextelが、また、日本では、SoftBankのほか、KDDIが取り扱いキャリアに加わった。さらに、Steve Jobsが逝去したとはいえ、他のスマートフォン・キャリアに比し、Appleユーザの忠誠心の高さは折り紙付きであるため、iPhone5を入手できなかった不満はあるものの、販売数は、iPhone4より大きく上回るものと専門家筋は見ている。
また、確かに、Apple社は、一回り大きい画面をそなえLTEネットワーク(4G)にも対応できるiPhone5の商用化をiPhone4Sと同時期に準備していたはずであったのに、どうして、これを断念したのが、疑問とされている。
一説によれば、LTE対応の寿命の長い電池の開発がまだ進んでいないとも推測されている。すでに、Samsungを始め、幾つかのスマートフォンのメーカは、LTE対応機を市場に出しているので、Appleとしても、長期の遅延は、競争力の低下を招く。2012年の早期には、iPhone5が登場するだろうとの期待が強い。
今後、Steve Jobsの指導なしにAppleを率いるTim Cookは、十数年来、COOとして、Steve Jobsと共にAppleの経営を支えてきた実績を持つ。とくに、Tim Cookは全世界のおけるAppleのサプライ・チェインの構築で辣腕を発揮しており、彼個人の資格において、Appleを統率するに足る人材であるとの評価も、一部にはある。
しかし、同氏はSteve Jobsの天才的な製品開発力、カリスマ的なリーダシップは到底持ち合わせておらず、“Steve Jobsのスピリット”を中核として(Steve Jobs哀悼の辞に見られるように)、今後、集団的なマネージメントを展開していくものと見られている。
ただ、他のスマートフォン業者(特に、Motorola Mobileを手中に収めるであろうGoogleとSamsung)との競争は、益々、激烈の度を加えるであろうから、Appleの将来は厳しいものがあろう。
参考: Steve Jobsの数奇な出自とカウンターカルチャーの影響(注3)
Steve Jobsの実父は、シリア人、実母はドイツ系のスイス人であり、2人は大学院生のときに知り合った。Steve Jobsは未婚の両人の子供として、1955年2月に生まれた。
実母の両親が結婚に反対したため、生まれた子供、Steve Jobsは、仲介人を介し、養子に出された。ところが、その後、実母の父親が亡くなったので、生みの両親は、Steve Jobsが生まれて6ヵ月後に結婚し、数年後、娘が生まれる。Steve Job氏の実妹、Mona Simpson(結婚後の氏名)である。彼女は現在、中堅どころの作家で活躍している。Jobsと思われる人物を登場させる小説を書いてもいる。中年になり、Steve Jobsは、実妹と対面を果たし、Steve Jobs氏が死ぬまで、Steve JobsとMona Simpsonは親密な仲であった。
Steve Jobsの実父、Abudul Fattah Jandaliは、シリアの名門の出身。学生運動の指導者であって、これが原因で米国に留学したという。一時期、シリアに戻り、事業を行ったこともあるが、米国に帰る。ミシガン大学、ネバダ大学で、教鞭を取った後、不動産、ホテル、カジノ経営の道に入った。現在、ネバダ州のレストラン会社の副社長である。80才の今も壮健。
Steve Jobs氏は、妹の仲介で、再婚している実母、Joanne Carl Scikble(結婚前の氏名)と会う。しかし、実父、Jandali氏とは、妹の再三の勧めがあったのにもかかわらず、最後までコンタクトを拒んだ。Jandali氏が幾回もメールを出したのにもかかわらず、返事も出さなかった。Jobsは、それほどまでに、実父に見捨てられたのを恨みに思ったのだろう。
ところが、Steve Jobsは、高校時代からのデート仲間、Christian Brennarとの間にできた女の子を当初は認知しないと頑張っていたのだから、矛盾している。Brennarは、3年間、生活保護を受けて子供を養ったが、結局、養いきれず、Steve Jobsと交渉して認知させた。
Brennarは、Jobsとの同棲生活を回想、Jobsは、Bob Dylanの歌を好み、みずから作詩を試みていたという。ロマンチストであったのである。
Steve Jobsは、1991年にLaurene Powellと結婚し、3児の親である。結婚式は、禅の僧侶により、仏式で行われた。
話がさかのぼるが、Steve Jobsの養父母は、Paul Jobs、Clara Jobsである。カリフォルニア州コペルティーノ市に住み、地元の企業で機械工をしていた養父は、高校中退の学歴だが、Jobsに電子工学の初歩、手作業を教えた。養父母とSteve Jobsと仲は良好であり、Jobs氏は、養父に感謝している。
2005年6月のスタンフォード大学におけるスピーチで、Jobsが語ったところによると、授業料の安いReed Collegeを選んだにもかかわらず、養父がそれまで貯めてくれたお金で、6ヶ月しか通えず退学。以降、18ヶ月は、選択科目だけを聴講したという。
この間、Jobsの貧乏生活は大変なものであり、友人の下宿を転々としながら、7キロの道程を毎週日曜日に通って、Rama Krishuna(1966年にニューヨークで結成されたヒンズー系の宗教団体)の寺院の喜捨による食事を食べていた。これが縁になったのか。彼は、その後、Atari社で働いて貯めた金で、インドに旅行した。この頃、LSDも服用し、彼自身、“自分は、LED服用の経験がないような男とは性が合わない”と周囲に語っている。
ここ、数日で米国の一部のネットが紹介するようになったのだが、Jobsの青年時代に浴びた反カルチャー、仏教(特に禅)、ヒンズーの影響は、Jobsの思想、感性の形成に大きな役割を果たしたらしい。ついでながら、Steve Jobsは、菜食主義者だった。
(注1) | 代表的なものとして、AppleがSteve Jobsを悼んだ弔辞の訳を以下に掲げる。 “Apple社は、一人の理想家、想像力を持った天才を失った。また、世界は、一人の驚嘆すべき男を失った。幸運にも、Steveを知り彼と共に働いたわれわれは、親愛なる友、われわれに精気を吹き込む師を失った。Steveは、彼ならでは創立できなかった会社を残して、この世を去った。Steveの精神は、永久に、Appleの礎となるであろう。” |
(注2) | この項は、2011.10.4付けAppleのプレスレリース、“Apple Launches iPhone4S, iOS & iCloud.”によった。 |
(注3) | 幾つもの報道記事を参照した。なかんずく、第一級資料は、彼が2005年に行ったスタンフォード大学におけるスピーチである。 スタンフォード大学、2005.6.14付け、“You've got to find what you love.”Jobs said.” 他、Wikpedia: Steve Jobsの紹介記事が、もっとも参考になった。 |
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