AT&TによるT-Mobile取得の案件を審理中の米国司法省は、8月31日、この合併は、著しくワイアレス業界の競争を阻害するものであるとしてその阻止を求め、ワシントン連邦地裁に訴えを起こした。
AT&TがT-Mobileの取得を申請したのは、2011年3月。それ以来まだ半年しか経っていない。通常、司法省、FCCにおけるこの種大型合併案件の審理は、9ヶ月から1年程度の期間を掛るのが常である。司法省が、このように性急な判断を下した理由については、不況のさなかであるだけに、さまざまの思惑が飛び交っているようである(注1)。
本文では、司法省の決定の骨子、誤ってネット上に公開されたFCC宛てのメールによる機密文書、AT&TのT-Mobile取得見通しについて紹介する。
テレコムウォッチャーでは、前号(9月1日)において、8月初旬に始まったVerizonワイレスの新協約締結をめぐっての労使間対立について紹介したばかりである(注2)。今回、またAT&TのT-Mobile取得案件の難航模様を紹介することになった。いずれにせよ、同時期に、業績改善に向け遂行している両社の最大の戦略実施(いわば、賭け)が、意外に大きな困難にぶつかっていることを示しているとの脈絡を示す出来事として理解すべきだろう。
AT&T、Sprint/Nextel両社、巨費を投じて大掛かりなロビイング活動を推進(注3)
AT&Tは、長年、同社においてこの業務を担当し実績を挙げているJim Cicconi氏(AT&T上級副社長)を責任者として、大々的なロビイング活動を展開している。他方、AT&TのT-Mobile取得に対する主な反対業者は、この合併により致命的な打撃を受けるとみられる米国ワイアレス業界第3位のSprint/Nextelと消費者団体(Consumer Union等)である。Sprint/NextelもベテランのVanta B McCann氏(Sprint/Nextelの上級副社長)を責任者とし、AT&TによるT-Mobile取得を阻止するために、懸命なロビイング活動を行っている。
これまで幾度ものM&Aを経験しており、しかも、資金力が抜群に豊富なAT&Tが、先行して活動に着手し、浸透度も高く有利だと見られていた。しかし、自社事業の生死を賭けたSprint/Nextelの必死の運動も、勢いを増している模様である。
6月末までの2011年上半期6ヶ月間に、AT&Tは、1億1700万ドルをロビイング活動に投じた。これは、前年同期に比し30%増である。
これに対し、Sprint/Nextelの側は、1900万ドルと、金額こそAT&Tの6分1程度に過ぎないが、これまた、昨年同期の1300万ドルに比すれば、約50%増と大きく、支出を増やしている。
ロビイング活動たけなわの8月8日、次項で触れるように、AT&TからFCCに宛てた機密文書がネット上に公開されるというハプニングが生じた。それに引き続き、8月31日には、司法省がAT&TのT-Mobile取得を独禁法違反であるとし、ワシントン連邦地裁に提訴した。Sprint/Nextelは、数日後、同じくワシントン連邦地裁に、AT&TのT-Mobile取得を取りやめさせる訴訟を提起した。
こうして、9月以降におけるSprint/Nextel、消費者団体の合併反対のロビイング活動には、一層の弾みが付くであろう。
AT&TからFCCへの送付書類、ミスによりネット上に公開される(注3)
2011年8月8日、T-Mobile取得について、AT&Tと協働しているある法律事務所から、FCC宛てに送られたメールが誤ってFCCのネット上に掲載されるというハプニングが起こった。AT&Tは、すぐさまこの事実を知りFCCに通報、資料はネットから削除された。しかし、ごく短い掲載時間中に、いち早くこの資料をキャッチした者があり、資料は広範にネット上に流布している。
この書類は、数ページの簡潔なものであるが、LTE(AT&Tが構築している4G高速ワイアレスネットワーク)についてのAT&Tの構想が記されている。
この書類からは、これまで、部外者が知り得なかった次の事実が明らかになった。
- AT&Tは、LTE(4G高速ネットワーク)の全国への構築(AT&T当社計画の米国人口、80%から97%への普及)の費用を38億ドルと見込んでいること。
- AT&Tマーケティング部門は、T-Mobile買収の話が出る以前から、この38億ドルの投資を競争上必要であると強く主張してきたが、AT&Tマネージメントはこの投資は必要ない(つまり、LTE架設は80%でよい)との判断を下してきたこと。
- T-Mobile買収の合意ができた後も、AT&Tマネージメントの態度は変らず、将来のワイアレス高速ネットワークの構築は、T-MobileのHSPA+(T-Mobileは、4G並みの性能があるとして、すでに全国展開している)をそのまま利用する方針であること。
アナリストたちは、この書類の内容は、AT&Tがこれまで、T-Mobile取得の主な目的としてきた説明内容と明かに食い違うと指摘している。
AT&Tは、T-Mobile取得は、LTEの全国展開を行うためには、周波数帯が不足し単独では不可能だとの主張を繰り返していた。ところが、上記資料によれば、38億ドルを支出すれば、単独で実施可能であるとも推測される。また、38億ドルは、AT&TがT-Mobile合併に支出すると合意した金額390億ドルの10分の1に過ぎず、あまりにも些少である。
こうなると、AT&Tは、米国4競争ワイアレス業者の1社を消滅させて、寡占的状態(残るワイアレス事業者は、Verizon、AT&T、Sprint/Nextelの3社になるが、うち、Sprint/Nextelは、Verizon、AT&Tに比し、格段に力が弱く、ワイアレス市場は2強1弱となる)を実現させることに目的があるのではないか。そして、寡占的市場支配を行うことにより、料金引き下げ、品質の低下を実現し、利益の拡大を狙おうとしているものと推測できる。
司法省、AT&TによるT-Mobile取得を阻止するためワシントン連邦地裁に訴えを提起、FCCは、この合併案件に大きな懸念を示す旨の声明を発表
司法省は、8月31日、AT&TのT-Mobile取得が、反独占法に反するとして、ワシントン連邦地裁に訴訟を提起した。また、FCCも同日に、AT&TによるT-Mobileの統合が、競争に及ぼす負のインパクトに深い懸念を抱くという旨の声明を出した。ただし、司法省は、今後、AT&Tとの話し合いを拒否するものではないと述べた。
以下、司法省の訴訟を提起した理由の骨子、FCC委員長Genachowski氏の声明(全文)を紹介する。
- 司法省が訴訟を提起した理由(注4)
AT&TがT-Mobileを統合することにより、ワイアレスの全国サービス提供キャリアが3社になることによる弊害
- 現在、米国のワイアレスサービスのユーザ(ルーラルエリアのユーザも含む)は、4社のナショナルキャリア相互間の競争を通じて、大きな便益を受けている。しかし、キャリアが3社に減少すると、料金引き上げ、サービス低下、機会の減少等が生じ、ユーザの便益に大きな損害が起きる。
- AT&Tが統合することにより、市場から消滅させようとしているT-Mobileは、
同社が自ら称しているとおり、業界のイノベータであるから、上記の懸念は一層、高まる。T-Mobileは、たとえば、無制限のワイアレス・サービスの提供、Android OS搭載スマートフォン販売等のさまざまな分野で、業界を先導した革新的企業である。
AT&TによるLTEサービスの全国拡大は、自社のみでできないだろうか。
AT&Tは、架設拡大を提案しているLTE4G高速ネットワークの全国展開(当初計画の80%から→97%へ)が、T-Mobileの取得なしではできないと主張している。しかし、AT&Tの豊富なリソースをもってすれば、同社は自力で、これを実施できるのではなかろうか。
- この件に関するFCCのGenachowski氏の声明(注5)
司法省は、AT&TによるT-Mobileの取得が、反独占法に違反し、競争を減少させるとの結論に達し、T-Mobile取得を阻止する目的で、訴訟を提起した。
FCCの当該取得が公益に合致しているかどうかの分析において、競争は重要な要因である。FCCの分析過程は、まだ続行中であるが、これまでAT&TがFCCに提出してきた資料からしても、T-Mobile統合が競争に対するインパクトを及ぼすと重大な懸念を抱かせるものである。
ワイアレスサービスにおける力強い競争は、イノベーション、経済成長、雇用創出にとり、必要不可欠なものであり、また、モバイル分野におけるグローバルな米国の主導性を発揮させる。競争は選択肢の増大、サービスの向上、料金の低落等をもたらし、消費者の便益を高める。
ワシントン連邦地裁は、9月21日、両社間の和解を目的として、司法省、AT&Tを召集へ:多難なAT&Tの前途
司法省の態度が強硬であり、訴訟提起を求める同省のAT&T批判が極めて厳しいものであったので、同省は、AT&TによるT-Mobile取得を認めない方針ではないかとの観測も一部に流れた。しかし、訴えを提起されたワシントン連邦地裁の行動は素早く、9月21日、当事者(司法省、AT&T)を召喚し、和解の可能性を探るヒヤリングを実施すると両社に通告した。
これにより、この案件解決の場は、当面、ワシントン連邦裁判所となり、問題は、AT&T、司法省が、どこまで双方が提示する反競争的行動の除去、緩和条件について、折り合いが付けられるかどうかに掛っている。
AT&Tとしては、T-Mobileと取り決めた統合不成立の場合のペナルティーが、総額70億ドルにも及ぶため、この金額の支払いと提示する条件がもたらす収入減とが、どこまで、司法省に譲歩できるかを定める判断基準となろう。
すでに、ロイターは、AT&Tは、T-Mobile資産(ネットワーク、周波数を含む)の25%までを売却する決意を固めていると報道している。
しかし、今回の合併案件の審査には、FCCが公益保護の観点から、多分、近々、裁定を下すものと見られている。すでに、FCC委員長がこの合併に対しネガティブな声明を出している現在、来るべきFCC裁定がAT&Tに取り、有利なものとなる可能性は考えられない。
結局、AT&Tは、今後は、(1)司法省との和解に基づくT-Mobileの統合
(2)和解条件について、司法省、AT&Tの合意が整わず、AT&Tは、T-Mobile取得を断念の2つの選択肢のいずれかを選ぶこととなろうが、すでに説明したとおり、この案件についてのAT&Tへの逆風はかなり強い。
さらに、上記のいずれの道を選択しても、そもそも、T-Mobile取得の戦略決定が果たして、妥当なものであったかどうかの批判が、AT&T経営陣に付きまとうことは避けられない。
(注1) | たとえば、わが国のある新聞は、失業率低下が米国政府の緊急の政策課題となっている現在、大幅失業を伴うと予想されるAT&TとT-Mobileの統合が、今回の司法省の早期の決定に導いたのではないかと論じている。筆者が、利用した限りでのネット情報からは、こういう観測はなかった。むしろ、本文で筆者が紹介したAT&Tから、FCCに当てられた機密文書の漏洩が、さなきだに、AT&TのアグレッシブなM&A戦略に批判的な見解を有していた司法省の決断の時期を早めたのではないかと推測した記事(暗示的にせよ、明示的にせよ)が幾つか見られた。 |
(注2) | DRIテレコムウオッチャー、2011年9月1日号、「長期化が予想されるVerizonワイアレス部門労使の団体交渉」。 |
(注3) | この項については、現在、ネット業界紙が幾つもの報道を行い、ネットを賑わせている。ただ、この報道を最初に手がけたのは、Broadband 社による次の2つの記事である。最初の記事からは、問題のオリジナルメール(AT&T→FCC)にアクセスできるので便利である。両記事とも、タイトルの数語を打ち込めば、Googleで検索できるので、URLの記入は省略した。 - Leaked AT&T Letter Demolishes Case for T-Mobile Merger、2011.8.12 - AT&T Blows Smoke to Cover Leaked Document Snufu、2011.8.18 |
(注4) | 2011.8.31付け、司法省プレスレリース、”Justice Department Files Antitrust Lawsuit to Block AT&T Acquisition of T-Mobile.” |
(注5) | 2011.8.31付け、FCCプレスレリース、FCC委員長Genachowski氏の声明 |
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