DRI テレコムウォッチャー


長期化が予想されるVerizonワイアライン部門労使の団体交渉
2011年9月1日号

 8月8日の朝、FENのニュースを入れたところ、“今、Verizonの組合員がピケを張っています”というアナウンスに引き続き、大勢の組合員たち叫び声が僕の耳に入ってきた。
 その後、できる限りのネット情報を入手して取りまとめたのが、本文の記事である。FENのニュースを聞かなかったら、筆者は今回の記事を書いていなかったであろう。何しろ、私の通常のニュース検索からは、このニュースは洩れていたのだから。
 ストが8月23日に終了して以来、VerizonとCWA/IBEW(Verizonワイライン組合員を代表する)の交渉は、まだ再開されていない模様である。どうやらこの労使交渉は、長期化する可能性が大きい。
 組合側は、今回の労働争議のスローガンを “中産階級を守るために” とし、これをプラカードにも書き込んでいる。それほどまでに、米国における中産階級の没落は、ジャーナリズムの話題になっているのだ。
 本文の最後に、参考までに、米国中産階級の置かれた現状を定量的かつ時系列的に分析した報告書(New American Foundation発行)のさわりの部分を紹介しておいた。


VerizonとCWA/Verizonの労働交渉の経緯

交渉は、討議に入らない段階で決裂
 Verizonワイアライン部門の従業員は、CWA、IBEWの両組合傘下に組織化されており、VerizonとCWA、IBEWとは労働協約を締結している。2011年8月7日、協約は期限切れとなるので、双方は、6月22日以来、改定交渉を続けて現在に至っている。
 Verizon側は、100項目にも及ぶ交渉項目を組合に提示、それらの内容について議論をする姿勢を見せなかった。CWA、IBEWの両組合は、“誠実に組合との交渉に応じること” をVerizonに要求、8月6日12時からストに突入した。
ストは15日間継続、8月21日に終了
 ストには、Verizonワイアライン組合員45,000人(CWA組合員35,000人、IBEW組合員10,000 人)が参加した。Verizonの従業員がストを行うのは、2000年以来のことである。ストに参加した組合員の中心は、電話、インターネット、TVの架設、修理に携わる熟練労働者であり、これらスト参加者は、ニューヨーク、フィラデルフィアなど、米国北東部の諸地域で、300カ所を超えるピケラインを張った。信じられないことであるが、Verizonの設備、機器を損壊する行為(サボタージュ)も100件以上生じた。Verizon側は、幾ヶ所かのピケについて、インジャンクション(差止め命令)を裁判所に請求、その幾件かは認められた。電話がまだ、独占事業で運営されていた当時から、ニューヨークを中心とするエリアは、組合員意識が高いと言われていた。その伝統が、今日でも残っている模様である。
 米国では、組合の結成率は年々低くなっており、現在7%程度であるという。特に、万人単位の組合員が参加する大規模なストは、稀な現象になっている。2007年GMの従業員73,000人がストを行ったが、それ以来のことである。
 ところで、両組合指導部は、8月20日、スト中止指令を出し、組合員たちは8月23日に職場に復帰した。暫定協定を締結することなく、ストを終了したのは異例ではあるが、組合としては、“真摯に交渉に応じる” とのVerizon側からの言質を取ったと確信したのであろう。組合指導部としては、ストの中止は当然の行為である。それにしても、米国において、組合の置かれている厳しい状況がうかがわれる(注1)。
労使は無協約の下での交渉再開で合意
 交渉再開に当たっての条件は、次のようなものらしい(注2)。

  • 現在、無協約であるが、新協約提供までは、旧協約の条件が組合員に適用される。
  • 組合は、交渉がスムーズに行かないと考えた場合、交渉開始後、一ヶ月以内にストライキに訴えることができる。
  • 交渉開始後、一週間、一日、12時間の労働時間になる範囲で、組合員は、超過勤務の応じる義務を負う。

 上記箇条書きにおける最後の項目は、ストライキの期間、Verizonは、40,000名の管理者、部外者を動員して組合員業務の穴埋めをしたのであるが、当然、多くの申し込み(新規サービス、修理のための事務処理、工事等)が遅れて、積み残しになっている。その後片付けをさせたいということらしい。
 上記のような経緯からみると、組合は当初から不利な立場に置かれており、しかも、せっかくストに突入しながら、なんらの成果も得ず、交渉のテーブルに着いたのでは、Verizon経営陣に対抗できないだろうと推測されても、止むを得ない。進歩派のジャーナリスト、大学教授たちも、そのように論じている。
 しかし、CWA委員長Larry Cohen氏(61才)は、地味な性格であるが、企業側からの激しい組合切り崩しの攻勢の中で(事実そのため、ここ5年間で組合員はほぼ半減した)、組織を維持し、組合員の団結を高めてきた点で、評価されてきた老練な組合指導者らしい。特に、組合員からの突き上げが激しいだけに、Verizon側と安易な妥協もできまい。


長引く団体交渉の背景

 ― 労働条件の抜本的見直しを意図するVerizonと中産階級の地位防御を守りたい組合員

Verizonのワイアライン、ワイアレス部門の業績不均衡が問題
 Verizonは、2010年通期、100億ドル強の収入に対し10億ドルの純利益を上げた。競争相手AT&Tに比し、収入規模こそ少ないが、利益率はより高かった(注3)。
 問題は、同社のワイアライン部門とワイアレス部門の業績の不均衡にある。その状況を次表に示す。

表1 2010年におけるVerizonのワイアライン、ワイアレス部門の業績      (単位:100万ドル)
項目ワイアラインワイアレス
収入41,227(+2,9%)63,407(+6,1%)
営業利益768(−51,2%)18,724(+12,5%)
営業利益率1,9%(+4,3%)24,5%(+18,6%)
(上表の括弧内の数値は、前年同期に対する増減比率、営業利益率の項の括弧内数値は、前年同期実績値である。)

 表が示すとおり、ワイアレス部門はきわめて好調であり、2010年に比して、大きく業績を伸ばした。これに比し、ワイアライン部門の業績は危機的である。純利益段階では、赤字を出しており、ワイアレス部門から、内部相互補助を受けていることは確実と考えられる。
 Verizon側の主張は次のとおりである。Verizonは、音声通信分野ではVonage、Skype等の事業者、インターネット分野ではComcast、TimeWarner等の競争事業者から激しい競争を受けている。音声加入者は大きく減少しており、その減少部分の赤字をインターネット、TV部分の増加でカバーしきれない状況である。競争業者には、組合がなく給与水準も低いから、Verizonより機敏に対応し、有利な地位にある。現状のままでは、わが社は、競争に打ち勝つことができない。そもそも現行の労働協約は、競争が厳しい状況下で結ばれたものであるから、全般的に見直しを行いたい。
 Verizonが提示した多くの協約改定項目のうち、主なものは、次のとおりである。

  • 年金:組合員に対しては年金を据え置き、新規採用者に対しては減額
  • 健康保険給付:組合員の拠出分を増額
  • 祝日有給休暇の縮小(Martin Luther Kings Day、Labor Day)など、一部の祝日を無給にする
  • 給与は、一律定昇は廃止。業績ベースにする
  • 雇用のセキュリティー:撤廃する(具体的には、たとえばレイオフ、解雇を企業の裁量だけで行うことができるようにするとか)

Verizonの好調な業績、巨額の経営者報酬を指摘し、労働条件切り下げを拒否するCWA/IEBWの主張
 CWA/IEBW側は、次のように、組合側の労働条件保持の必要性を主張した。

  • Verizonは、年間10億ドルもの利益をあげている。さらに、2011年第1四半期、第2四半期の業績は、さらに上昇を続けている。今回のような網羅的な労働条件引き下げを要求する理由は全くない。
  • Verizon側は、ワイアレス部門に比し、ワイアライン部門の業績が良くないと主張するが、かってはワイアレス網構築の投資資金をワイア部門から拠出した時期もあった。現在、ワイアレス部門から、ワイアライン部門に資金を内部相互補助するのは、当然のことである(注4)。
  • Verizonは、従業員には労働条件引き下げを求めながら、自社の経営層には巨額の報酬を支払っている。たとえば、最近2年間で、Verizonトップ3名が受け取った報酬額は2.58億ドル(筆者注:1ドル75円で計算し、年間1人当たり32.25億円になる)である。これは、Verizon従業員の給与(6.5万ドル程度)に比し、あまりにも高過ぎないか。
  • 組合は、経営者側の要求を呑めば、Verizon ワイアラインの組合員は、中産階級から脱落するとの危機感を抱いている。中産階級の地位を維持するためにも、われわれは、Verizonの要求に屈することはできない。


Verizon経営陣の強気な姿勢の背景にある共和党の新自由主義的労務政策

 なお、Verizonが実現したいとする労働協約の刷新は、共和党の掲げる経済政策の流れに忠実に添ったものである点に注目すべきだろう。
 2010年秋の中間選挙に勝利し下院でのマジョリティーを確保した共和党は、2012年の大統領選挙戦における勝利をも展望し、かねてからの念願である新自由主義をベースにした経済政策、労務政策を実質的に実行に移し得る実力を備えるに至った。
 特に、共和党は、財政難に悩む州政府の緊縮政策に目を付け、共和党知事の州における官公労働組合の活動制限、人件費切り詰めを主体とした政策を支援し、すでに、人件費節減では、一定の成果を収めている(注5)。
 CWA/IBEWとの交渉の責任者、Verizonの労務担当の役員、Mac Read氏は、Verizonにおける組合の組織活動の切り崩しに辣腕を振るった人物であると、組合側が評価している労務の専門家である。上記のような共和党寄りの経済、労務政策の転換期の動向の流れに沿って、Verizonの労務政策を実行しようとしているのであろう。


参考:米国中間階級の現状(New American Foundationの報告書より)

 2011年4月、New American Foundationという調査会社から、米国中産階級の現状に関する優れた報告書が発表された(注6)。
 以下、そのハイライト、および、米国の上位富裕層がいかに近年、資産のシェアを拡大しているかを示す1枚のグラフを示す。

高い失業率:2009、2010年における失業率は、8.6%と高止まりしている。これに、パートで、全日勤務を希望している人、求職をあきらめている人を加えた広義の失業率を計算すると、15.7%(公称失業率の約2倍)となる。
中所得を生み出す職の減少:中程度の所得を生み出す職は、1980年の52%から、2010年には42%へと減少した。低所得の雇用の比率は、現在、全体の41%を占めている。
退職後の生活の不安定さ:退職時の貯金額の中位数は、4.5万ドルに過ぎない。
多い退職時の負債額:退職者は、退職時に平均して47,732ドルの負債を抱えている。これは、低所得者の負債によるものである。
年間可処分所得に占める負債の比率:過去30年間の年間における可処分所得に対する負債比率は、1980年の68%から増え続け、2010年には114%に達した(筆者注:つまり、米国の家庭は、平均して2010年に入り、年間所得を10%上回る負債を負っていることを示す。これは、住宅バブル崩壊によるものである)。
子供を大学に送れない中産階級:大学の授業料は、年間平均2.1万ドルであり、1990年から72%上がった。この結果、40分位、60分位の家庭は、生活費のそれぞれ54%、40%を当てなければ、子供を大学に送れない状態である。
医療費支出の増大:医療費は、1980年代には個人支出の9.5%であったのが、2010 年には16.3%となった。医療費は、個人の所得からは支出できない水準に達している結果、満足な治療を受けることができない人が約5000万人いる。
給与の低落を一部補う政府からの補填:個人所得に占める給与の比率は、1980年の60%から、2010年の51%に下がった。個人所得に占める政府からの移転(政府のよる社会保障費)の支払いは、1980年の11.7%から、2010年の18.4%(過去最高)へと増大した。個人所得の減少を政府が大きく下支えしている。
失業保険の受給者は850万人、フッドスタンプ(貧民層に対する食料給付、わが国の生活保護の一部に当たる)は4000万人に達している。
高技量を要しない職の増大:大卒者のうち1700 万人は、大卒の技量を必要としない職についている。たとえば、スチュワーデスの30%弱、テレマーケティングを業とするものの16%が大卒である。

 最後に、この報告書は、上記の中産階級の衰退を駆動する原因の集約として、米国のトップ富裕層への富の偏在を取り上げる。
米国の富の一部富裕層への偏在:(1)米国所得者のトップ1%が、総所得の21%を所有している。また、この1%の層は、国の資産の35%を有している。(2)トップ20%の所得者が、総消費のうちの40%を占めている。
 上記(1)には、グラフが添付されているので、次に紹介しておく。
 米国の総所得に対するトップ1%の所得者の所得が占める比率が、1980年頃から上昇を始め、現在、大不況期の1930年代初期と並んでいるのは、きわめて示唆に富む。

表2 米国のトップの人々が占める所得シェア(1920−2010年)

1,所得には、キャピタル・ゲインを含む。(クリックすると拡大表示します)
2,出典:Top Incomes Database ,UC Berkeley


(注1)もちろん、CWAは、連邦労働関係委員会に、Verizonの団体交渉拒否の姿勢を改めるよう要請している。しかし、今のところ回答を得ていない。
(注2)ここで“らしい”と書いたのは、労使で合意した内容が公開されておらず、断片的な情報が、幾つものネットに散在して現われているためである。
(注3)DRIテレコムウオッチャー、2011年3月1日号、「2010年次のAT&T・Verizonの決算 - 業績は両社とも2009年次より少し悪化」
(注4)周知のとおり、Verizonには、英国大手携帯会社Vodafoneの資本45%が投入されている。Vodafoneとしては、Verizonにできるだけ高い利益率を求めるのは当然であって、Verizonワイアライン部門から、ワイアレス部門に内部相互補助を安易に認めたくないとの態度を取っているはずである。この点は、Verizonから、CWA、IEBWに一層の合理化協力を迫る理由になるものと思われる。
(注5)ウィスコンシン、オハイオ、ニュージャージー等の州で、本年始め、共和党知事が官公労働組合に給与削減、場合によっては、労働基本権の制約(団体交渉案件を制減して、ベースアップは知事が決定する専権事項にするとか)を定める法律案を提出し、それぞれの州で反対する民主党議員たちを巻き込み、大きな紛争を巻き起こした。しかし概ね、組合側は、給与引き下げは飲むが、労働基本権の侵害には応じられないとの形で、当面収まっている。
(注6)"The American Middle Class Under Stress", April 27, 2011, Sherle R. Schwenninger, Samuel Sherraden, New America Foundation


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