AT&T は、2011年3月20日、ドイッチェ・テレコム(DT)と同社事業部門のT-Mobile USAの買収について合意に達したと発表した。
米国の観測筋は、かねてから、Sprint/NextelがDT買収を望んで交渉をしていると報じており、AT&TとDTとの接触は感知しなかった。事実、Sprint/Nextel自体も、3月20日当日になって、T-MobileがAT&Tに奪われてしまったことを知ったという。
AT&T は、数ヶ月前にDTと接触を開始し、ここ数週間の精力的な交渉で、この大型M&Aの合意を取り付けた。
DTにしてみれば、AT&Tの方が提示する買収金額がSprint/Nextelより多額であったし、プレステージが高い企業を選んだ方が、株主に対しはるかに説得力がある。しかも、T-Mobile取得は、株式と現金の双方で行われ、DTはAT&T に8%の株式を持つ大株主になれ、役員を1名送り込めるという好条件である。
Sprint/Nextel は、AT&T並みの条件を提示できなった模様であり、AT&Tが勝者となったのは、当然といえよう。
ただ、現在、米国ワイアレス業界で、売り上げにおいて、AT&T、T-Mobileは、それぞれ2位、4位のキャリアである。本文の表を見ていただければ判るが、M&A実施後の拡大AT&TMobilityは、1位であったVerizonWirelessを大きく引き離し、さらに、第3位のキャリアSprint/Nextel は、同社の半分程度の規模になってしまう。換言すれば、これまで大手業者4社の競争により、維持されていた米国ワイアレス業界の主なプレイヤーは、実質上大手2.5社となり、寡占に限りなく近づいてしまうという見方もできる。この点では、Sprint/Nextel(3位)、T-Mobile(2位)が合併した方が、同等の力を持つ大手3社出現となって、FCCとしては、承認しやすいであろう。
AT&T は、米国規制機関の承認を得るのが難関である点を充分、意識しており、T-Mobile取得のプレスレリースの中で、合併が、AT&Tに多くのメリットをもたらすのみか、米国の国益にも十二分に資するという点を高圧的といえるほどの語調で、述べたてている。
たとえば、AT&T会長のRandall Stephenson氏は、“T-MobileUSA取得において、当社は、わが国の将来にとって、きわめて重要なインフラ構築を行うことを誓約する。AT&T は、今後、インフラ投資を7年間で80億ドル上積みし、LTE(第4世代ネットワーク)を4600万加入(T-Mobile加入者)にも及ぼし、米国人口の95%の人々にLTEへのアクセスを可能にする”と言っている。
テレコム・ウォッチャーで、これまで、幾度も紹介してきたように、FCCは、「米国ブロードバンド計画」を実施に移す計画、策定を最大の課題にしている。まさに、AT&T は、ワイアによるブロードバンドはともかくとして、ワイアレスによるブロードバンド(すなわち4GのLTEサービス)については、ルーラル地域はさておいても、都市部は、自社単独で、実行可能だといわんばかりの勢いである。
もちろん、この案件について、Sprint/Nextel、消費者団体等の反対は強いが、米国のおおかたのジャーナリズムは、すでに、AT&TのT-Mobile取得は、FCC、司法省の厳しい審査を経るにせよ、実現するだろうとの報道をしている。
AT&TとDTの合意条件(注1)の概要
- AT&T は、T-MobileUSAを390億ドルでDTから買収する。250億ドルはキャッシュで支払い、残り140億ドルは、AT&Tの株式で支払う。ただし、AT&T は、キャッシュ分を42億ドルまで増やすオプション権を持ち、キャッシュ分が増えれば、その分だけ、DTが手にする株式分も(したがって株式所有比率も)減る。ただし、DTが持つAT&T株式所有比率が、5%を下回ることはない。
- FCC、司法省からの承認が得られず、合意が実行できなかった場合は、AT&T はペナルティーとして、DT に3億ドルを支払う。
- DTは、AT&T に役員を1人、派遣する。
- この取引は、米国規制機関の承認を得る必要がある。AT&TのT-Mobile取得は、今後12ヶ月間で実現を期する。
なお、AT&T は、T-MobileUSA買収の資金を自社のキャッシュと負債によりまかなう。
J.P Morganから200億ドルの融資を受ける。
T-Mobile取得の必要性とメリットを高らかに喧伝するAT&T
AT&T は、今回のM&A合意の発表に当たり、どうしてT-Mobileの取得が必要か、また、それが、どのように国益に資するかを詳細に説明している。これは、予想される反対意見への先制攻撃だとも取れる。主な主張は次のとおり(筆者のつぶやき:相当に強引な議論が含まれており、AT&T反対論者を強く刺激していることも事実であるが)。
競争は維持され、料金は下がる
米国は、世界でもまれなモバイル通信での競争が激しい国である。たとえばユーザは、上位20のローカル地域中、18地域で、5以上のキャリアを選択できる。
1999年から2009年に掛けて、5件もの大きなキャリア統合が起こったが、この間、料金は50%下がった。
ワイアレス分野における周波数不足への対処
スマートフォーン、タブレット、eブックの登場等により、データサービスの利用が高まり(過去5年間で80倍増大)、周波数帯が急激に不足している。2015年のトラフィックは、2010年のトラフィックの5倍増となる。
AT&T に取り、この問題は、T-Mobileを統合し、同社の周波数帯を使用することで、早急に解決する。
米国ワイアレスユーザのため、サービス品質を改善する
同一エリアで基地局が平均30%増えることにより、サービスが大きく改善できる。
特に、人口稠密でトラフィックの高い地位の改善が計れる。この基地局建設を自前でやると、今後5年を要する。
米国人口の95%のエリアに4Gサービス(LTE)を拡大できる
新たに、T-Mobileの加入者、4650万人に、LTEサービスを提供することによって、AT&T は、米国の全人口95%の人々に、最高のブロードバンドサービスを提供できるようになる。ルーラル地域、小さなコミュニティーも、サービスエリアに含まれるので、これら地域の人々は、高次のワイアレスにおるブロードバンドサービスを享受できよう。
AT&T投資の増大
AT&T は、T-Mobile統合により、7年間で80億ドルの投資を増大できる。
この投資により、ドイツ方式のT-Mobileネットワークは、米国ワイアレスネットワークの一部に改変される。
M&Aにより、新たな価値を創造していくというAT&Tの伝統の踏襲
AT&T は、これまで、幾つもの他のキャリア統合により、企業価値を高めてきた。
今回のT-Mobile統合でも、多様なシナジー効果(たとえば、ネットワークの効率的利用とか、スマートフォーンの販売拡大であるとか)が期待されるので、長期的には、M&Aに支払った費用、390億ドルは回収できるだろう。
売却金を財務改善に当てるDT
DTのCEO Rene Obermann氏は、2011年3月20日付けのニュースレリースで今回のAT&TへのT-Mobile売却について、“われわれは、当社、当社の顧客、当社の株主に取り、最善の解決策を選んだ。この取引により、当社は、急成長しつつあるモバイル・データの分野に参画するとともに、欧州における当社の立場も強化されよう。まだ、英国、ポーランドでの事業部門改革(筆者注:両国における子会社を売却する意図を有している模様)が残っているが、この取引により、事業改革は概ね終了したので、今後は、DTの事業体質の変革に焦点を当てることができよう”と述べた。
T-Mobileの売却金(キャッシュ分の140億ドル)については、DTの財務体質改善(負債の償還とDTの自社株買収)に当てる方針である。
FCC、DOJ(司法省)はAT&T によるI-MobileUSA取得を承認するとの予想が大半
表 AT&T によるT-Mobile取得後の米国大手携帯キャリア3社の加入者数等 (2010年末)
| AT&TMobility | VerizonWireless | Sprint/Nextel |
加入者数(100万) | 128.5(95.5, 33) | 94.1 | 49.9 |
収入(億ドル) | 790(580, 210) | 634 | 不明 |
3G規格 | GSM | CDMA | CDMA,iDEN |
4G規格 | LTE | LTE | WiMAX |
(AT&TMobility加入者、収入の項のカッコ内の2つの数値は、それぞれ、現AT&T、-Mobilty、T-MobileUSAの数値である) |
上表は、AT&TMobilityがT-Mobileを統合した後の米国のワイアレス業界で、いかにAT&TMobility、Verizon両社の市場力支配が強くなるかを、明白に示している。
当然、この統合計画に対しては、利害関係者から強い反対が生じている。
最大のショックを受けているのは、AT&T MobileによりT-Mobile取得の夢を破られたSprint/Nextelである。同社は、早々に、“統合が認められれば、
AT&TMobilityとVerizonWirelessの両社で、ワイアレス市場の80%、さらに他の中小ワイアレス業者へのアクセスの大半を握ってしまうので、ワイアレス業界は、圧倒的に両社で支配される。第3位の業者、Sprint/Nextelが生存を続ける余地はない“との趣旨の声明を発表した(注2)。
IT業界の多くの事業者を会員に有している業界団体、CCIA(Computer and Communications Industry Association)も黙ってはいない。会長のED Black氏は、声明の中で、“今回の合意は、史上まれに見る最大の攻撃的かつ、反消費者的な提案であって、今後、規制機関の審査過程で、多くの反独占的事項が明らかになろう”と非難している(注3)。
不思議なことに、最大の競争者が自社を追い抜くことになるAT&T統合に反対しそうなVerizon Wirelessは、われ関せずの中立の立場を保っている。同社は、みずからも、これまで幾つもの合併、統合を繰り返していただけに、今回の統合に反対し難い点があるのだろう。
米国の大手消費者団体、Public Knowledgeの批判も厳しい。同団体の理事長、Gigt Sohnは、“この合併提案が、もし認められたら、ユーザには、値上げ、選択肢の縮小、イノベーションの衰退をもたらすこととなろう。合併は考えられないことだ”と発言している(注4)。
しかし、ワイアレス業界の競争を明らかに弱めるものと見られ、強い反対があるのにもかかわらず、米国の大手ジャーナリズムは、AT&T は、多分、今回のワイアレス分野における大型M&Aを実現するだろうと論評している。
これには、次の主な理由がある。
まず、条件付きで大型M&Aをすべて認めてきたというオバマ民主党政権の実績が挙げられる。したがって、この実績からすると、今回のAT&TのT-Mobile取得提案に対しても、FCC、司法省は、同様の判定を下すだろうというのである。
この推論を明快に打ち出しているのは、英国のファイナンシャルタイムス紙である。同紙は、これまでは、米国民主党は大型M&A反対、米国保守党は大型M&A賛成の、くっきりイエスかノウかの態度を取ってきたが、オバマ民主党政権は、条件付きで大型M&Aを認めるという第3の政策を取っていると述べ、米国のM&A政策を支持している(注5)。
これに関連して、AT&Tが、これまでに行使してきた強いロビイングの力が挙げられよう。AT&T は、過去6年間でロビイング活動に1.15億ドルもの巨費を投じてきた米国で最大のロビイング企業である。同社上級副社長のJames W Cicconi氏が、同社のロビイング活動の最高責任者として、過去15年間、辣腕を振るっており、今回のM&A案件にも、すでに全力投球している(注6)。
合併反対派も、多分、CCIAを中心に、大掛かりな反対運動を展開するであろうが、AT&T に勝てるとは思えない。
さらに、グローバル的に見ても、M&Aは、国際企業が利益を増大していくために発動する至極当然の経営手法とみなされ、その数は年々増大している。M&Aは、事業経営に取り、悪ではなく善であるとの見方(企業側のPRが浸透したことにもよるが)が高まっているのである。
上記の理由、機運からして、筆者は、よほどのハプニングが生じない限り、AT&T は多分、2012年第一四半期(AT&Tが目標としている時期)には、T-Mobileを手中に収めるものと考える。
(注1) | AT&T、DTは、2011.3.20、今回のM&Aについて、それぞれ、次のタイトルの簡潔なプレスレリースを発表した。ここでは、その内容をほとんど訳出した。 "AT&T to Acquire T-Mobile From Deutsche Telekom." "Deutsche Telekom :US Deal accelerates own transformation." |
(注2) | 2011.3.22付け、Bloomberg, "AT&T's Cash, Breakeup Fee Said to Win T-Mobile Over Sprint."から孫引き。 |
(注3) | 2011.3.28付け、National Journal, "Group Calls AT&T-T-Mobile Deal 'Most Anti - Consumer ' in History." |
(注4) | 2011.3.28付け、guardian.com.UK, "Consumer group calls AT&T's $32bn deal to buy T-Mobile unthinkable." |
(注5) | 2011.3.23付け、FT.com, "US deal remedies offer hope to AT&T." |
(注6) | 2011.3.26付け、New York Times, "AT&T Lobbyist Faces Belt Way Test in T-Mobile Deal." |
テレコムウォッチャーのバックナンバーはこちらから