FCCは、2010年5月、連邦・州ユニバーサルサービス合同委員会(FCCと州公益事業委員会の委員から構成されるFCCに対する諮問機関)に対し、ライフライン、リンクアップ制度のあり方について諮問した。
ライフライン、リンクアップは、1995年から実施されている低所得者に対する補助制度である。ライフラインは、月々の電話料金、リンクアップは、電話架設費の一部をそれぞれ補助する。
これらの補助は、USF(ユニバーサルサービス基金)から支出される。USFの太宗を為すのは、長年の歴史を持つ高コスト地域に対する電気通信キャリアへの補助金であり、次に大きいのは,新通信法制定(1996年)後、まもなく実施された学校・図書館に対するインターネットアクセスの拡充を目的としたE-Rateである(注1)。
ライフライン、リンクアップに対する補助は、支出金額は、高コストサービス維持、E-Rateに対する支出よりはるかに少ないものの、USFを支える大きな柱であることに変りはない。
連邦・州合同委員会は、FCCからの上記の諮問に応えて、約半年にわたる審議ののち、2010年11月2日、この案件に対する勧告を含んだ決定(Recommended Decision)という形でFCCに回答を行った(注2)。
本文で、連邦・州委員会が行った勧告、委員会の3人の州選出委員の意見(実質的にはFCCが計画している低所得者政策に対する厳しい批判が主)の概要を紹介する。
その内容は、本文を読んでいただければ明らかである。しかし、ここで興味深いことは、低所得者に対する補助政策をめぐって、FCC委員とPUC(州公益事業委員会)委員の意見が、基本的に対立したことである。
FCC選出委員は、ライフライン、リンクアップの拡充、質的向上を図るため、低所得者情報のデータベース化、低所得者の登録作業、自動化を全国的な標準の下に行って、低所得者の電話加入を促進し、さらに、電話の普及率を益々高めようと提案している。具体的には、FCCは、(1)ライフライン、リンクアップが適用される該当者の所得水準を大きく緩和(米国政府が定義する“低所得者”所得の150%へ。現在は、130%の所得である)(2)ライフライン、リンクアップの適用対象者を音声サービスから、ブロードバンドサービスにも拡大するという意欲的な、低所得者層に対する改革案を提示した。
このFCC提案に対し、州選出委員の側は(1)コストが掛り過ぎて、事実上、不況下の米国の現状からすれば、実現不可能であること(2)現在のUSFの財源規模を前提にして、仮に低所得者層に対する補助を増額すれば、高コスト地域の通信キャリアに対するUSF補助を大幅に削減せざるを得ず、これは、RLECS(ルーラル地域の通信事業者)に大きな打撃を与えること(3)ブロードバンドをサービス対象に含めることは、前者については、ブロードバンドの定義が明確になっていないこと、後者については、さなきだにワイアレス業者がルーラル地域において、安かろう、悪かろうのサービスを実施し、しかも、浪費、経費濫用、詐欺行為の温床となっている実態があり、反対せざるをえない等の理由を挙げて、FCC提案を拒否した。要約すれば、州選出委員は、ライフライン、リンクアップ制度の改革は、現状の制度運用の合理化、円滑化(特に、登録、確認の制度を秩序あるものにし、また、この低所得者制度をサービス提供するキャリアを通じて周知徹底する)に重点を置くべきであるとの保守的な見解と取ったのである。
こうして、本文でみるごとく、連邦・州委員会が行った勧告は、FCC主導によらず、州からのボトムアップによる受給者のデータベース化、登録化の推進を主体とするマイナーな内容に留まった。
しかし、FCC委員両名(合同委員会委員長のCyborn氏、Copps氏)は、上記の批判に一向、困惑した様子を見せていない。両氏の声明書を精読すると、表現こそ丁重であるが、FCCが、この後、聴取が予想される利害関係者からのコメントを根拠にして、当初の方針通りのライフライン、リンクアップ制度の改革(さらにはUSF制度全体の大改革)に突き進む方向を示唆している(注3)。
連邦・州ユニバーサルサービス合同委員会、ライフラインとリンクアップの将来政策についてFCCに対する勧告を決定
連邦・州合同委員会が、FCCに対し、勧告したのは、次の6項目である。
ライフライン、リンクアップの受給者の自動登録
FCCは、他の低所得者補助制度(たとえばフードスタンプなど)を受給している者が、即、ライフライン、リンクアップ補助の該当者となるよう、自動登録制度をすべての州が行うよう勧奨すること。
ライフライン、リンクアップ受給者が本物であるかいなかの確認(verification)
FCCは、全州のETC(補助受給者にサービスを提供するキャリア)に適用する最低限度の受給者確認のための最小限の手続き、サンプリング方法を定めること。
FCCによる州独自の確認方法の承認
FCCは、浪費、詐欺、濫用を防ぐのに有効である程度において、州独自の確認方法、あるいは、FCCの定めた方法に付加した確認方法を州が利用することを承認する。
ETCに対する確認データ提出の義務付け
FCCは、全州のすべてのETCに対し、FCC、州、USAC(ユニバーサルサービス運営会社)に確認資料のサンプルの送付、および、その資料が公衆にアクセスできるようにするよう求める。
ETCに対するライフライン、リンクアップシステムの広報の義務付け
FCCは、ETCに対し、USFから財務補助を受けるFTCが、ライフライン、リンクアップ制度について広報を行うことを義務付け、その要件を定める。
低所得者補助制度の広報について州へのアドバイス
FCCは、州が行う低所得者補助制度の広報についてのアドバイスを継続して行う。
FCCは、ユニバーサルサービス達成のための低所得者に対する計画のあり方については、引き続き意見を求めることとする。これには、ライフライン、リンクアップの受給水準の緩和も含まれる。
なお、委員会では、FCCが、諮問事項の中で最重要と考えたライフライン、リンクアップの対象範囲をブロードバンドにも拡大する件、安いワイアレスサービスにより、低所得者層のユニバーサルサービス普及率を一挙に高めるべきであるという提案についても議論が行われた。しかし、積極的な改善意見はでなかった。
FCCの提案に強く反発したPUC選出委員
表 連邦・州ユニバーサルサービス合同委員会メンバー、表決状況
委員会のメンバー | 本来の役職 | 委員会勧告への意見 |
Mignon L Clyburn | FCC委員(民) | 一部承認、一部合意 |
Michael J Copps | FCC委員(民) | 一部承認、一部同意 |
Attwell Baker | FCC委員(共) | 賛成 |
Ray Baum | オレゴン州PUC委員長(民) | 一部承認、一部反対 |
John D Burke | バーモント州PUC委員長(民) | 一部同意、一部反対 |
Larry S Landis | インディアナ州PUC委員長(民) | 一部合意 一部反対 |
James H Cawley | ペンシルバニア州PUC委員長(民) | 一部合意、一部反対 |
Simon ffitch | 法務長官の下での消費者局局長 | 専門的意見を提出 |
(この委員会の委員長は、Mignon L Clyburn氏、またPUC代表の委員長は、Ray Baum氏である。また、PUCは、Public Utility Commission(公益事業委員会)の略称である。) |
上表が示すとおり、連邦・州合同委員会は8名の委員からなり、FCC3名、PUCから4名、法務省から消費者代表の専門委員(表決に加わらず)1名が選ばれている。票決状況を見ると、FCC委員は2名が一部承認、一部合意、1名(共)は賛成、州委員は、表決権を有する3名の委員が全員、一部合意、一部反対という状況である。PUC委員はいずれも、痛烈にFCC政策の批判を行っており、論調を通読したところ、一部反対でなく、大方の部分に反対という印象すら受ける。
PUC選出各委員ともに、見解のベクトルの方向は同様であるので、以下、重要項目3点だけについて、簡潔に反対理由を紹介する。
FCCの主要提案に対するPUC選出委員の反対
PUC委員4名は、それぞれ、FCC提案に対し、忌憚のない批判を展開した。
冒頭でその要点を紹介したし、紙面の関係もあるので、ここでは、低所得者制度に対する補助率拡大、ブロードバンドサービスへの補助の拡大、登録制度の自動化、データベース化の標準化による実施のそれぞれについての反対根拠を簡潔し示すに留める。
補助率拡大に対する批判
低所得者制度に対する補助は年々増大しており、今後2年間でさらに30%増大し、2億ドルに達する勢いである。他方、米国政府の財政難の折から、資金の増額を政府に期待することもできない。さればといって、高コスト地域への補助を低所得者制度に振り替えるのも、ユニバーサル制度の根幹をなすルーラルキャリアを破滅に追いやる結果となる。他方、電話の普及率は年々向上しており、現在では約90%に達している。ほぼ、普及率の面からは、ユニバーサルサービスの目的を達したのではないか。
ブロードバンドサービスへの補助の拡大 音声サービスに対する補助だけでも資金が不足しているというときに、ブロードバンドへのサービス範囲の拡大を定めるのは、音声サービスがないがしろにされ、また、ルーラルキャリアの存続を難しくする。さらに、仮にブロードバンドに対象範囲を拡大したとすると、ブロードバンドサービスの定義すら為されていないし、成果測定(普及率がどれだけになったか)も困難である。
低所得者制度実施にともなう詐欺、無駄、濫用の根絶の必要性 受給対象者の登録制度が厳格に実施されていないため、これに伴う、詐欺、無駄、濫用が横行している。この傾向は、FCCがワイアレスプロバイダーの市場参入を認めて以来、甚だしくなっている。これの根絶を図らなければならない(この目的のため、この委員会の勧告において、登録制度の自動化、データベース化がなされたのであるが)。
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PUC委員たちの強い反対意見に動じないFCC選出のClyburn、Copps両委員
両委員は、合同委員会が、6ヶ月の期間で、真剣な審議を尽くしてくれた労をねぎらったのち、低所得者保護制度に対する所信を述べた。
両委員ともに、合同委員会の建設的な勧告を充分に今後の裁定内容に生かしたいと述べ、特に、ライフライン、リンクアップの潜在的受給者に対する広報の必要性を力説した。ちなみにこの件については、消費者の立場からの声明を提出したSimon ffitch氏が提示した1つの数字が、問題の重要性を端的に示す。同氏によれば、ライフライン、リンクアップの制度の利用資格を有するもので、現に利用しているものの比率は、全国平均で36%、しかも、州ごとの格差が大きく、過半数の州の利用者比率は25%を下回っているというのである。この数字は、周知が行き届けば、この制度の利用者は、大きく向上することが期待される(注4)。
さらに両委員は、表現こそ異なるが、この合同委員会で、PUC選出の委員たちが強い反対にもかかわらず、ライフライン、リンクアップへの捕縄額の引き上げと補助対象サービスにブロードバンドの追加をFCCの重要な基本方針として、実現に努力する旨を示唆した。
(注1) | ライフライン、リンクアップの改革に先んじて、FCCは2010年9月23日、E-Rateの改革について裁定を下した。この裁定内容は、E-Rateの対象範囲を高速ブロードバンドにも広め、かつ、インフレ率分だけ、捕縄金額の枠を拡大するというものである。 DRIテレコムウォッチャー、2010年10月15日号、「FCC、 E-Rate制度を改正―中心は光ファイバ−化の推進と資金の拡大」参照。 |
(注2) | 2010年11月3日付け、FCC文書、“Recommended decision in the matter of Federal-State Joint Board on Universal Service, Lifeline, Link-Up.” |
(注3) | 敢えて、FCCが、今後、どのようなUSF改革を考えているかを推測する。
FCCは、USFの補助金の総額をできるだけ現状のままで押さえ、最も多大の支出を伴う、高コスト地域への捕縄金額の大幅な削減を行い、これにより生み出された経費を、ライフライン、リンクアップに回そうとするだろう。現在、高コストにサービス提供を行い、補助金を一番多くもらっているキャリアはRLECなのであるが、そもそも、現在の補助金算定方法は、かなりキャリア側に有利に算定されており、削減の余地は充分ある模様である。それに現在、FCCが強く勧奨を行ったためもあり、ルーラル地域に数多くワイアレスキャリアが参入しているが、これら業者との競争を通じて、ますます旧来の固定電話網(PSTN)が衰退していくことは、グローバルな時代の流れであって、付加逆的な動向である。来るべきUSF改革は、このような動向を早める起爆剤のひとつとして、巨大通信事業者(AT&T、Verizon)、ワイアレス事業者、IT事業者から期待されているはずであり、コメントを求めれば、FCCの政策に賛成する利害関係者はマジョリティーを占めるはずである。PUC民主党の委員たちは、規制を通じRLECの立場を擁護すべき立場にあることは、心情的に理解できるものの、あまりRLECの権益擁護に固執すると、時代から取り残されることになりかねない。将来、むしろ、PUCの民主党委員の側から、FCC政策賛成の議論がでるのではなかろうか。 |
(注4) | (注2)のFCC文書と同時に発表されたSimon ffitch氏のステイトメント、“Statement of senior assistant attorney general Simon ffitch.” なお、この声明文は、米国のライフライン、リンクアップがどのような状勢にあるのか、また、どのような問題点を含んでいるかを指摘した論文として、優れている。今回、訳出をしなかったが、米国の低所得者保護制度に関心がある方は、是非、ご一読をお勧めしたい。 |
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